SNSの為に生きて居る黄色い猿

 

 スカイツリーの下でクリスマスイルミネーションがキレイだとか、六本木ヒルズのイルミネーションを見たいとか、横浜のランドマークの中でツリーが飾られているとか、喧しいまわりの猿どもから、個人タクシーよりも道に詳しい俺にはよく声がかかってくる。

 時間が合えばチョチョイのチョイで行ってくるが、どこでも間抜けな消費者を誘導するかのように横一列に並んでいる出店や便乗商店の高い値段に驚いている。

 下町の祭りの屋台の3倍4倍の価額で、ロクでも無いモノをSNS用に売っている。

 オメカシして並んで買っている猿は外国人ではなくって、日本人も多い。

 こういう都会の狂騒も、日常にしっかりと観察している。

 島国の猿はどこまでも堕ちてゆくらしい。

 

 残酷な悲劇を起こしておいて、そこからの回復で夢を見せ、希望の光を与える。

 人は罪を背負って産まれて来ている、だから生きるとはその罪の償いだという教義だ。

 これがキリスト教信仰国家の常套手段になっているから、いろんな悪辣非道な出来事がナニも無いところから起こされて、そこから繰り返し神のご加護があるがごとき再生・復活を庶民に思い込ませる手立てが用意されている。

 俺の一貫している自分だけの教義とは、真反対と言っても良い。

 17歳の頃、あまりの悪さに大本山の禅寺に行かされて修行を始めたが、毎夜の高僧の禅話・訓話が隔離された場所でのキレイゴトにしか聞こえず、俺は娑婆の底辺でグチャグチャになって自分を確立してやると出奔したもんだった。

 最初からやり直して生きてやるよと日本中を金もなく放浪した。

 今まで西洋文明の嘘くさい教義を嫌と言うほどに見て来ると、金融や経済もそれに準じて動いているだけの話で、政治的な思惑があればそれに沿って動かされている。

 株価を暴騰させて景気は良くなると思わせては庶民を喜ばせて置いて、不可抗力を装うアクシデントで暴落させ、またそこから回復させて庶民の信仰を厚くしてゆく。

 景気の山と谷は、そうやって人工的に作られている。

 こういう馬鹿げた賭場で勝った負けたと騒いでいる猿は、じきに全員が淘汰される。

 

 一芸を磨き、専門性に秀でるのは食うための手段でしかなく、生きる意味にはならない。

 それだけじゃ〜、ただのメディアの広告塔で利用されてチャンチャンで終わる。

 善良なる庶民の皆様の、消費誘導係みたいな役割しかない。

 他にはナンの意味も無い。

 

 南青山や銀座を拠点にして40年以上も日本中に出掛けて周旋屋をやっていると、お金持ちや財産家であっても、日本や世界の現状がまったく見えていない人は多い。

 聞かれればアドバイスはしているが、皆さんご自分のことで忙しいのと別にナニも困って無いから呑気に過ごして居られる。

 30年以上も前の不動産バブル崩壊時には、そんな順調そうに見えていた方々がたくさん哀しい目をして退場して行かれたもんだった。

 いまがまさにそんな時代になっているさ。

 

 山の熊公たちは喰いモノがなくなってるエリアでは母熊も子を連れて歩くのが面倒になって来ておって、捨て置いて自分のことで精一杯という状況になっている。

 捨てられた子熊たちは生きてゆく術を親からじっくり見てないから、どうしていいのか解らないまんま灯りにつられて人里に降りてしまい、驚いて暴れてトチ狂ってる。

 そんなようなことさ。

 人間の世界でもおなじことで、メディア洗脳の奴隷たちが大人社会を作っているので、親の教育よりも幼児教育や義務教育、塾の教育にメディア洗脳、どう生きて良いのかすら解らないまんまトチ狂って大混乱を起こしている。

 親や大人にしてもおなじで、自分の日常や老いに戸惑いトチ狂ってしまい、大混乱だ。

 別に熊の話だけではなくって、人間の社会でもおなじだから、オジサンは笑って見ている。

 俺は最初から親や家や社会はいっさい頼りにはせずに生きて来たが、山や海という地球がいろんなことを教えてくれたさ。

 メディア奴隷が、大混乱な社会を助長し、自らで生き難くして行っている。

 だらだらと毎日を過ごして金を稼ぎ、得た賃金は下らない消費で消えてゆく。

 自分自身でナニかを作るという作業は忘れ果て、稼いで買う作業で完結している。

 これじゃ~人間は退化して劣化して、恰好だけの猿に成り下がってゆくさ。

 AIロボットでもそれを支配・管理することは容易いことだろう。

 

 金(ゴールド)は余裕で足場を固めているが、ここに来て銀(シルバー)が他を圧倒して高騰している。

 去年からはすでに2倍以上に急騰していて、俺の思惑通りに激しいボラの中で上昇を続けているだろう。

 まだまだ次の局面があるが、ま~今はそんなもんさ。