kokorohanaのブログ

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クリスマスの風

ふと思い立って友達に

「ちょっと出かけない?」

すぐに返ってきた返事は、

「もちろん行きま〜す」ケーキを食べに行こう

何時ものおいしいケーキ屋さんへ。

ところが…店内に空席は無く、、

じゃあ、予定変更。

以前お邪魔した、こだわりの素敵な文具屋さんへ向かった。

扉を開けると、

「いらっしゃいませ。お久しぶりです」

店主さんの優しい声に、心があたたかくなった、

「メリークリスマス」

店内には、

若い女性のお客さんが一人。

店員さんと楽しそうに話していたので、自然と会話に混ざることになった。

 

彼女は「ワークホリデーで、1年間海外に行ってみたいんです」

 

20代で、自分の意思を持って海外に飛び出そうとする。その勇気とタイミングが、まぶしかった。

 

その時にしかできない経験がある。

「今だ」と思った風に乗れるかどうか。

人は時々、立ち止まる。

足踏みをして、迷って、膝を抱えてしまうこともある。

でも、動ける瞬間も必ずやってくる。

 

一歩ずつ、一歩ずつ。

自分の人生を、自分の足で歩いていく。

 

「ピンチはチャンス」と、言うけれど、そういう瞬間が人生にはあるのだと思う。

 

彼女は、静かな声で教えてくれた。

仕事が忙しすぎて、心も体も壊れかけていたことを。

 

楽しいはずのテレビや、

動画を見ても、何も感じない。

面白い場面でも、笑えない。

 

喜びも悲しみも、

感情そのものが、

消えてしまったのだという。

 

同じ職場では、同僚がうつになり、会社を休んでいた。

「でも、私はまだ動ける。考えられる。だから休んではいけないと思ったんです」そう言って、

 

彼女は重い仕事を抱えたまま、踏ん張り続け

頑張らなければ。働かなければ。

その思いで自分を支え続けた。

 

気づいた時には、感情がなくなり、体が壊れそうになっていた。

 

心と体は、静かに限界を知らせてくれる。

しかし声を上げず、

倒れる寸前まで、我慢してしまう時がある。

 

 

だからこそ、

「自分の好きなことを見つけて、動き出そうと思った」と、

その選択は、とても勇気のある決断だったのだと思う。

 

心も体も、壊れてからでは、

元に戻るまでに、どうしても時間がかかる。

 

だから、

自分の心の元気を取り戻すために、

自分らしい人生を選び直すこと。

それは、逃げではない。

 

自分の貴重な時間。

人生に必要な、大切な決断なのかもしれない。

店主さんも、そっと話してくれた。

これまで勤めていた会社が、二度も突然つぶれ解雇。

三度目に働こうと思ったとき、

怖くて、どうしても一歩が踏み出せなかったこと。

 

心は、見えない傷を抱えたまま、

知らないうちに固く閉じてしまう。

前に進みたい気持ちがあっても、

足が動かないことがある。

 

それでもある日、

「自分のお店をやってみよう」と、

 

不動産屋さんから一本の連絡が来た。

 

不思議なほど、とんとん拍子に話は進み、

気がつけば、今このお店は十年目を迎えている。

 

 

 

動ける風が吹いたとき、

人生は、驚くほど静かに、そして滑らかに動き出すことがある。

 

チャンスは、

準備が整った時だけではなく、

“心が少しだけ勇気を出せた瞬間”にやってくることもある。

 

掴むか、見送るか。

そこには、自分だけのタイミングと、

「えいっ」と踏み出す覚悟が必要なのだと思う。

 

 

 

飛び込んだ先で、

きっといつか、振り返る日が来る。

 

「あの時、動いてよかった」

「だから、今がある」

 

 

私も人生の後半を過ぎ、

たくさんの経験を重ねてきたはずなのに、それでも、いくつになっても迷い、悩む。

 

けれど今日、

この日に、この場所で、

こうして交わった言葉や出会いが、

人生って不思議だなと思う。

 

動けば、出会いがあり、

出会えば、心が動く。

 

そんなことを思いながら、

クリスマスの風を感じた一日だった。

ブラックコーヒーと、

生クリームの優しい甘さのケーキが美味しいなぁ〜。

 

手帳

毎年この季節になると、「今年こそちゃんと書こう」と手帳を手に取ってしまう。可愛い手帳は毎年買うのに、

なぜか一年後には、空白が多い。

雑貨屋や文具店に並ぶスケジュール手帳を眺めながら、私は何度、同じことを繰り返してきただろう。

続かない理由

(たぶん私の文字にある。)

 

武将が戦場で書いたかのような殴り書き文字。

枠からはみ出し、罫線の意味を完全に無視。

せっかくの可愛い手帳も、あっという間に、戦国時代になるからだ。

 

そういえば、学校の運動会前日なぜか私は、いつも文字を書く係だった。

理由は、私の文字が無性に“武将っぽかった”からだと思う。

 

「闘魂」「戦え」「燃えろ」

白い模造紙いっぱいに、

墨汁をたっぷり含ませた筆で、勢いのまま書く。字の太さも、かすれもはみ出しも気にしない。

とにかく気合い文字だった。

今は、老眼も急速に進み、

小さくて可愛い文字への憧れは人一倍強いが、、

書けない。

 

この「自分との小さな葛藤」が、

私を何度も手帳から遠ざけてきたのだと思う。

そんなある日、友達が

「毎年使ってるよ」と言って、一冊の年間スケジュール帳を見せてくれた。

 

そこには予定だけでなく、

好きなことや可愛いシール、柄のマスキングテープ。

“その人らしさ”が、ぎゅっと詰まっている手帳。

 

ただのスケジュール帳ではなく、これはもう「自分手帳」になっている。

 

日常の記録だけではなく、

その時の想い、なりたい自分、未来の夢を文字にして残すのだと言う。

 

なるほど。

手帳って、

こんなにも自由に、自分を文字にする存在だったのか。

彼女はさらに教えてくれた。

小さい文字が書きずらいなら、少し大きめの手帳にすればいいし、

横罫線じゃなくて、方眼のほうが自由で書きやすいですよ!

 

実際に方眼の手帳に書いてみると、

驚くほどストレスがない。

文字が多少大きくても、歪んでいても、妙なハネがあっても、

それが“私の文字”として、ちゃんと収まってくれる。

可愛いマスキングテープも何だかイキイキして見えてきた!可愛くて小さな付箋シールも、私の文字の横で妙に良い感じだ。

 

何でも書いて文字にしておくと、

あとで見返すことができる。

そして、あの時の自分を、

少し客観的に見直すことができる。

 

考えてみれば、

ブログの存在もどこか似ている。

楽しかった事、悩んでいた時の気持ち。その時々の自分を、綴ってきたからこそ一年を振り返ることができる。

幾つになっても、

夢や、やりたい事、観てみたい風景を文字にして残して書こうと思う。

 

いつか振り返ったとき、

ページをめくりながら、

 

「あっ!ちゃんと実現してるじゃん」て、言いたいな、、!

 

パワースポット

東京の夜景は綺麗だった。

ビルの灯りがキラキラと瞬き、山手線の電車がカタコト、カタコトと音を立てて通り過ぎていく。

色んな色の電車が、人の人生を乗せて、それぞれの家路へと向かっている。

私も数日間の東京旅を終え、空港の駐車場に停めていた愛車に乗り込み、数日ぶりにハンドルを握る。

「さぁ、帰ろうか」エンジンの音が私の心を温かく包んでくれた。

 

2週間後、帰省中の息子に「ねぇ、連れて行きたいところがあるよ、山奥だけど、、」

すると、

母が、ジィーとこちらを見ている。

 

アッ、

「お母さんも一緒に行く?」と聞くと、

「行くー!」待ってましたと言わんばかりに元気な返事。

 

「山道を30分ほど歩くけど、大丈夫?」以前から母には、あの山道は無理だろうとあきらめていたが、やけに行く気満々だ。

お茶とタオルを手に、「さぁ出発!」

 

車はくねくねとした山道をひたすら登っていく。

「こんなに細い道、大丈夫?」

母は後部座席で、不安とクレームを呟きだした。「海が良かったぁ〜」

 

《えーー!今言うのか!山と海では全く違うんじゃぁ〜!!》←私の呟き

 

ようやく辿り着いた先は、車が5台ほどしか停められない小さな駐車場。

そこに、ひとり旅のライダーがバイクを停めていた。

日本一周中!?

「こんな秘境まで調べて来るんだね」

三人でバイクを眺めていた。

 

歩き始めて5分。

「もう歩けない、ここで待ってる」と母。

「すぐそこだよ」と励ますと、

「そうなの?じゃあ行くわ」とまた歩き出す。

それを5回繰り返しながら歩いて歩いて、、

橋を渡り、はしごを登り、岩場を歩き、ようやく目的地に到着!

(母よ、よくぞここまで歩いた)

 

二人は、ただ静かに立ち尽くしている。「すごい、、」

 

目の前に広がるのは、圧倒的な自然のエネルギー。

風が木々を揺らし、光が差し込み、水の音が響いている。

 

その場に身を置くと、神秘的な空間の中、自然のエネルギーが身体の中に沁み入ってくる。

 

帰り道、

少し息を切らした若いカップルが、母に「あとどのくらいありますか?」

母はにっこり笑って「もう少しよ、90歳のおばあちゃんでも行けたからね、」

 

二人は笑いながら「行ってみまーす!」と元気に歩き出した。

 

母は、さっきまで「足が痛い」と言っていたのに、帰りはまるで別人のように元気いっぱいだ。

 

「全然痛くなーい!パワーもらったみたい!」と笑っている。

 

 

自然の力って、本当に不思議だ。

人を癒し元気をくれる。

どんなに年を重ねても、

“行ってみよう”という気持ちがあれば、人生はまだまだ輝く。

 

この場所はただの山ではなく、人の心を浄化し、眠っていた力を呼び覚ます“癒しの聖域”だった。

 

 

母のブランコ

今日は母と一緒に、久しぶりに妹のお墓参りへ出かけた。

母の生まれ故郷で作られた九州のお茶パックを持ってお供えした。

空は青く晴れ渡り、風がやわらかく頬をなでていく。

 

「そろそろ帰ろうか」

そう言って振り返ると、

えっ!

母が墓地の敷地にある小さな公園のブランコで遊んでいる。

「お母さん、ブランコなんて久しぶりだね」と声をかけると、

母はブランコをこぎながら楽しそうだ。

 

私が突然「何か歌ってみて!」と言うと、

 

母は少し考えて、歌いだす。

(無茶振りに強い母なのだ)

 

♪   ケ・セラ・セラ〜

     なるようになる〜

 

ブランコが前へ、後ろへと揺れるたびに、その歌声が青空に溶けていく。風にのって広がるその声は、どこまでも明るく、やさしい。

 

♪  先のことな〜んて、

誰もわから〜ない〜 

    ケ・セラ・セラァァ〜♪

 

母の歌が、まるで私の心に語りかけてくるようだ。

《ケ・セラ・セラ=スペイン語「なるようになる」 という意味。未来を心配しすぎないで、きっと大丈夫だから今を大切に生きよう

私が子供の頃から、母がよく口ずさんでいた歌。母はたくさんの苦労の中で自分を励ましながら、時代を乗り越えてきたんだと感じなから、

 

母のブランコを眺めていた。

 

青空の下、母の笑顔が風に揺れている。

 

きっと妹も、あの世で母の歌を聴きながら、笑っているに違いない。

東京の空

久しぶりに眺める東京の空。

飛行機を降り立つと、大都会の景色が目の前に広がった。

いつも、自然の中で暮らしている私の目には、その夜景がまぶしくも、どこか切なく映る。

 

「綺麗だなぁ……」

オレンジ色に灯る東京タワーを見つめていると、

どこから現れたのか、一羽のアゲハチョウが私のまわりをひらりと一回り。

上昇気流に乗ってやって来たのだろうか。

やがて、その姿はビルの光の中へと消えていった。

こんな高層にアゲハチョウが? 

不思議だなぁ〜

 

翌朝、外の景色を眺めていたら30階の窓ガラスに、またアゲハチョウがひらひらと舞い、ピタッと目の前で留まった。

ビルの隙間に咲いた一輪の花のように、その小さな命は都会の空に溶け込んでいる。

 

数日後、家に帰り、母にその出来事を話すと、「まるで、一緒に蝶々を東京に連れて行ったみたいねぇ〜」

 

思い返せば、

庭のアゲハチョウの幼虫たちに、私はミカンやパセリの葉を集めて食べさせていた。

すると、お母さん蝶が、何度も近くをクルクルと飛び回っている。

蝶は、

「命の輪廻」や「新しい人生の始まり」を意味しているという。

 

眺めた東京の夜景と、

何度も近くに飛んで来てくれた蝶々

今も心の中で、灯り続けている。

優しい面影

今日は、私が体験した不思議な出来事を書こうと思う。

 

母と一緒に父のお墓参りに出かけた日のこと

車で1時間ほど走ると、道沿いに母と仲良しのおじさんの家があり、その家は昔ながらの平家で、玄関は木の引き戸。横には木枠のすりガラスの窓がある古い造り

おじさんは、自分で作ったお米や野菜を分けてくれたり、いつも作業服姿で笑顔を見せてくれる優しい人

 

けれど最近は、何度訪ねても留守がちで、母は「元気にしてるのかな」と心配していました。

 

 

 

その日も久しぶりに前を通ると、庭はきれいに掃除され、雑草も伸びていない。

 

「お母さん、ちょっと待ってて。声をかけてみるね」

そう言って私は車を停め、玄関に向かった。

 

けれど玄関には小さな南京錠が。

「留守なのかな」と思いながら、

「ごめんくださ〜い。こんにちは〜、○○さんいますか?」

と声をかけると、

 

その時

トントン…トントン…トントントン…トントントン…トン……

 

 

最初は屋根の上で鳥かカラスが歩いている音かな、、

でも耳を澄ますと、家の中から包丁でまな板を叩くような音がはっきりと聞こえてきた。

 

さらに奥の部屋からはテレビの声まで流れて、

きっと料理をしていて忙しいのかな、テレビの音で気づかないのかも

「おじさん、いるんだ!」

 

車で待っている母に、

「おじさんいるみたいよ、玄関は鍵がかかっているから」と伝えると、

「裏口から呼んでみるね。」

と母が裏へ回っていき、

 

 

しばらくして戻ってきた母は首をかしげながら、

「声をかけたけど誰もいないみたい。裏口も鍵がかかって閉まっているよ」

 

えっ…。

包丁の音もテレビの音も聞こえ、

人の気配が確かにあった。

 

その後、偶然知ったのですが、おじさんの家はすでに中古物件として売りに出されていた。

 

母はしみじみと、

「きっと最後に、“私たちによく来てくれたね、ありがとう”って伝えたかったんだろうね」

 

その言葉に、私は胸が熱くなった。

 

 

あの日の“トントン”という音は、優しいおじさんが「生きていた証」を教えてくれたように感じ、

そして今もその道を通ると、畑仕事の作業服姿で笑っていたおじさんの顔がはっきりと浮かんでくる。

人のつながりは、目に見えるものだけではないんだなぁ、