更新情報

26/01/22
岡山県総社市
御灰山古墳群(東谷支群)29-31号追加

26/01/15
岡山県総社市
御灰山古墳群(東谷支群)25-28号追加

26/01/08
岡山県総社市
御灰山古墳群(東谷支群)13,14,24号追加

25/12/25
岡山県総社市
御灰山古墳群(東谷支群)


各県別青森
秋田岩手
山形宮城
佐賀福岡山口島根鳥取福井石川新潟栃木福島
長崎大分広島岡山兵庫京都滋賀富山群馬埼玉茨城
熊本宮崎愛媛香川大阪奈良岐阜長野山梨東京千葉
鹿児島高知徳島和歌山三重愛知静岡神奈川




もう使っている人も少ないと思うので日本測地系は記載しないことにしました
一応世界測地系と表記はしておきます
古い記事では測地系は表記してないので一つであれば日本測地系です



世界測地系を併記するようにしました

・数値を選択して検索するとグーグルマップ当該位置が表示されます
・位置はずれていることもあるので参考程度にしてください


経緯度の位置情報をグーグルマップやスマホアプリで使う際は世界測地系を使用してください

googlemapで日本測地系をそのまま使うと位置が南東にずれるので測地系変換サイトで数値を世界測地系に変換してお使いください

#ブログのURL
https://kofunoheya.blog.fc2.com/
に直接アクセスすると画像が大量に表示されるため重くなります。
この記事のURL
https://kofunoheya.blog.fc2.com/blog-entry-2726.html
に直接アクセスすると画像が無いためその分表示が早くなります。

#リンクは自由です (個別の記事の紹介は直リンクでOKです)。

御灰山古墳群(東谷支群)

岡山県総社市 2019年1月訪問、20年3月、25年2月再訪
丘陵に広範囲に石室墳が散在(番号はHP「古墳奮闘」に従う)
(2025年)
今週追加29-31号

5号
1号へ行く途中も山道沿い、これは見学済み、新しい標柱があり赤坂山26番墳の表記


1号
 位置:34.711349,133.762985(世界測地系)
色々ありましたが3度目の正直でやっと見っけ、ここに来るには時間も体力も使うけどそれ程の石室でもなくもう意地ですね(笑)
僅かな高まりに天井石露出、笹薮が草刈り、山道からの通路も草刈りで接近容易


正面から、手前の天井石は微妙にズレているか


斜め前から


細長い石室、最後部だけ天井石残存


掃除してみたけど大して変わりなし


最後部辺り、側壁は平石形


奥壁は3段積みか


天井石は2枚残存、最後部が一段高くなっているか


斜め後方から


6号
墳丘背後から、自然地形にしか見えない


南東方向に開口


開口部から内部


玄門辺りの天井がズレてここから入れる、実際はこちらを先に見かけますが


側壁奥壁とも小型石材、やや持送りがあり古そう


奥から外、左片袖か、ライト撮影、開口部辺りで日が当たっているのでホワイトバランスがおかしい


奥から右方向


〃左方向


〃天井


7号
 位置:34.706998,133.767041(世界測地系)
開口部、かまどねこさんが掃除、以前はシダで覆われていたそうだ


羨道後部が残る


大型石室、やや持送りがある


〃縦位置


天井、持送りがあるので幅が狭い


奥から外、右片袖式


〃右方向


〃左方向


〃天井


昭和の香りがする化粧瓶か、5,60年代、ひょっとして戦前か、こんなのがある事自体長い間誰も入ってなかったんだろうな


7号から8号方面を目指したのですがほぼ道は無し、悪戦苦闘してやっと墳丘らしきものに出会ったのですがなんだか違う
13号
位置:34.707232,133.768062(世界測地系)
どうやら13号のようです、(それも後から分かりましたが)


石材露出、玄門辺りかな


開口部を横から


内部はそれ程埋まってないようです


14号
13号すぐ南東側に大きな墳丘、8号だとこの位置に墳丘はないので13,14号と推測


墳頂は大きく盗掘


南側から見た墳丘、この後下っていくと山道に出会ったので13,14号確定、東側に小さな12号があるはずだが確認できず


24号
 位置:34.707253,133.768594(世界測地系)
13号から北東に登っていくと尾根先端に24号、こちらは細いがはっきりした山道があります


天井石が露出


南側に開口、羨道先端辺りか


羨道は殆ど埋まっている、奥に見えているのはまぐさ石か


最後部の天井石


奥壁一部が開口


奥からまぐさ石、左が乗ってないような、この位置からして羨道は結構長そう


奥壁は破壊埋没か、見られず


墳丘背後から


24号から尾根筋を北に向かうと25-28号がまとまって立地しています
25号
山道沿いに低い墳丘


大きさはあるが高さはそれ程でもない


天井石が露出、ほぼ原位置かな


こちらが開口部側か、内部埋没


石室は先端辺りまで残っているようだ


26号
山道を更に上に行くと大きな墳丘


大きな開口部、初めはここが玄門かと思ったけど


盗掘で側壁最後部辺りが開口


石材隙間から裏込めの状態が見られるけどこれでよく千数百年もったな


奥壁も側壁と同じ小型石材、下の方が石材が小さいような


奥から玄門方向、赤い染料が残っているのかな


〃左方向


〃右方向


玄門まぐさ石、剥離したような割れ方をしている


玄門から奥壁方向、やや持ち送りがあり奥壁小型と古いタイプか


天井、ヒビが入っている


こちらが本来の入口


羨道はよく残っているが半ば埋没


28号
更に山道を登ると天井石が露出した石室


一応ここから中に入れます


奥方向、奥壁側も開口


玄室後部が破壊


石室後方から、こちらから入った方が楽、側壁はまだまだ伸びている


奥から中間辺りの開口部、これがまぐさ石だとすると羨道はだいぶ長そう


奥から右方向


〃左方向


玄室天井石を上から


少し離れているけどこれが奥壁かな


後方から、手前は猪のぬた場


27号
位置:34.708336,133.768852(世界測地系)
27号は28号手前、山道を外れた林の中にあります


開口部、シダの藪の中に隠れている


開口部から内部、ここの4基の中では一番状態がいい


殆ど持ち送りのない側壁、中間の天井石だけ底面が整えられていない


奥壁は四角い鏡石+平石数枚、側壁といい新しそうな感じ


奥から外、右片袖式、袖石手前の石はどこから来た


奥から天井


他のは底面が平らになっているのに画面一番上のだけ加工されていない


奥から左方向


〃右方向


今週追加
28号から更に登っていくと開けた場所に29-31号があります。どれも小型であまり状態は良くない。以前25-28号を見学する為に北側から接近してここで石室を見つけてっきりそうだと思ったが後から確認したら当時未確認の別の石室でした。仮1-4としてここにアップしています。今はあのコースを通るのは無理、必要もないですが
?号(仮4)
最初にであう僅かな膨らみ


石材もあるし古墳かなと思うけど


天井石かな


29号(仮3)
これははっきりした石室、側壁がかなり手前まで伸びている


最後部に天井石残存


天井石は3枚くらい残存


内部は半ば埋まるも奥壁が見えている、石室長はかなり長そう


31号(仮1)
石室前部天井石が崩壊


それでもここの中では一番状態がいい


後部2m程度が良好に残る


奥壁は平石3段積みか


奥から外、一応入れる


天井部を横から、2枚程度残存


30号(仮2)
位置:34.709123,133.767555(世界測地系)
31号西側、石材露出


もうごちゃごちゃによくわからない状態


こちらが開口部側かな


おまけのヤマザクラ巨木、この山には何本かある、冬場に行くので花は見たことない



(2019,20年)
道無し難コース山道コース東谷支群
道無し難コース
24号
位置:34°42′14″N 133°46′24″E (日本測地系)
    34.70711223 133.77068212(世界測地系)
麓近くの斜面に立地、道はないがそれ程難しくはない


墳丘は割と残り天井石露出、手前の石は滑り落ちた天井石のよう


正面、羨道埋没


玄門上部の隙間から内部撮影、その隙間から中に入れる


一様に傾いた玄室側壁


〃縦位置


側壁と変わらない小型石材の奥壁、小型三角形の鏡石、この古墳群の特徴でしょうか


奥から外


〃縦位置


左片袖式、袖石はないようだ、不釣り合いなほど巨大なまぐさ石


石室背後から、ここから入るのは難しい


25号
24号南西50m、ほぼ同高度にある


南側に隙間開口、天井石全面露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、意外と良好、左側側壁が押し出されている


奥壁を望遠で撮影、土圧で側壁が押し出されている


仮その1
位置:34°42′24″N 133°46′14″E (日本測地系)
    34.70988978 133.7679046(世界測地系)
前面が崩壊した石室露出


天井石落下、最後部だけ残る


石室内部、奥壁は平石積み、正真正銘難所の仮1-4、15-18号を探すつもりだったのだが多分15-18号はもう少し南側、分布図よりもっと狭い範囲だろう


仮その2
仮1すぐ西側に接する


天井石露出、内部埋没


仮その3
仮1下方に石室下部露出、かなり細長い石室


最後部で天井石残存


天井石に隙間


内部は殆埋まるが割と奥があった、奥壁が何とか見えている


仮その4
更に下方にはっきりした膨らみ


天井石の一部が露出


内部は完全埋没


山道コース
S7号
位置:34°42′00″N 133°46′20″E (日本測地系)
    34.70322362 133.76957123(世界測地系)
丘陵南麓神社境内に石室露出


開口部は狭い


奥の方は崩壊している


もう殆ど築山と化している


天井石は奥の方まで見えている


26号
位置:34°42′16″N 133°46′03″E (日本測地系)
    34.7076677 133.76484947(世界測地系)
山道沿いで最初に見かける石室(この時点ではそうでした)


羨道は埋没


墳丘中央部辺りが窪んで石材露出


奥壁が抜かれて開口


玄室内部は意外と良好、散乱した石材は奥壁のでしょうか


玄門は左片袖式、袖幅が広く袖石はなさそう、内側から見たら羨道はそれ程埋まってないような


玄室内部


〃ストロボ無し


9号
位置:34°42′18″N 133°46′07″E (日本測地系)
    34.70822322 133.76596043(世界測地系)
尾根先端に立地、山道から少し離れている


墳丘流失、天井石露出


玄門上部に隙間がありここから入室可


一様な持ち送りのある玄室、石材は小型


〃縦位置、中で立つことが出来るほど高さがある


奥壁下部に小さな鏡石を据えている、他の石室でも同様のがありました


奥から外、右片袖でしょうか、羨道殆埋没


〃縦位置


8号
9号から見た8号、すぐ北西に立地、この上を通ったが全く分からなかった


小型石室露出、かなり掃除しました


奥壁辺りが僅かに残るのみ


2号
位置:34°42′28″N 133°45′53″E (日本測地系)
    34.71100075 133.76207189(世界測地系)
山頂南側斜面に立地、天井石露出、この時は笹原が刈られ山道から見えていた


1号より難しいと思ったが逆だった


かなり固そうな石材を平石に加工


内部には以前は生えてなかったネザサが生えていた、生えてなくても多分入らなかっただろうけど


マニュアルピントで奥壁撮影(じゃないとネザサにピントがあってしまう)下部が埋まるが奥壁は1枚石かな


仮その5
帰り道で遭遇、実は2往復目の帰り道(汗)、初めは山道でカットされた尾根先端かと思いましたが


石材も見えていてどう見ても古墳


石室も見えています


斜面下方に回ると開口部


残り具合の良い玄室、9号より小型だが石材はやや大きくなる


〃縦位置、特徴的な三角形の小型鏡石


奥から外、左側がかなりせり出してきている


〃縦位置


S12号
これは山道沿いではないですが神社北側100m辺りに立地


形のいい墳丘が残っているが石材は全く見られず


東谷支群
33号
位置:34°42′24″N 133°46′21″E (日本測地系)
    34.70988979 133.76984883(世界測地系)
谷沿いの小道から見えている墳丘、うっかり気が付かず谷奥まで行ってしまった(汗)


墳丘は残るが藪に包まれている


墳頂部に石室開口、手前は盗掘で窪んでいる


石室最後部のみ残存


小型石材の奥壁、かなり古そう、横穴石室にしては墳頂部すぎる気もする


34号
35号から見た34号、天井石露出、後方明るくなっているのはゴルフ場


反対側から


石室正面、天井石が折れて落下


露出した天井石、内部埋没


35号
位置:34°42′26″N 133°46′22″E (日本測地系)
    34.71044531 133.77012656(世界測地系)
34号から見た35号、ほぼ同大


石室正面、入り口埋没


後方で隙間開口


中を覗くと良好な石室、これは入るしかない


一様に持ち送りのある石室


奥壁は大型石材を据え上は基本平石


奥から外、両袖式でしょうか


(見学記)
(2020年)
道無し難コース:S12号から麓の道を更に進むと集落がありその北端辺りに墓地があります。そこから林の中に入っていくと古墳があります(24号)。後部は墳丘が残っていますが天井石や前部が露出、天井の隙間から中に入れます。内部は明るく持ち送りのある玄室、奥壁も側壁と変わらない小型石材で古いタイプの横穴石室かもしれない。西側の側壁は大分孕んできています。この西側にあるのが25号、疎林+藪の中を南西方向に進んでいったけどなかなか見当たらず諦めかけた頃やっとありました、距離にして50m程度でしょうか、でも藪の中を歩くと距離感が全くつかめません。墳丘は割と残っていて南側に開口していますが隙間開口、石室自体は割とよく残っているようです。この北側にある19,20は見つからず。
A地点から東側尾根上に15-18号があります。ショートカットか迂回していくか悩んだけど意外と谷が深そうだったので北側から迂回して行きました。切れ切れに痕跡道がある程度でかなり苦労したけど何とか到着、古墳も4基あったけど入室できるのは1基だけ、配置や事前にメモ書きしていた特徴とも何となく違う、でも4基あるしなと思ってモヤモヤしながら帰りました。帰ってから調べてみると全く違ってた(汗)。同じ尾根上だけど少し違う場所を見ていたのかもしれない。しかも帰りは軽く迷走状態、電子地図を持っていかなければ迷っていたかも。結局新規古墳5基見つけたけど5基見つからずプラスマイナス0でした。

山道コース:昨年に続いて赤坂山古墳群挑戦、今年は神社から山頂への山道コース沿いにある古墳を訪問しました。南側麓に御崎神社がありこの境内に石室(S7号)がありますが完全露出、よく見ないと石室ともわからない状況、内部も埋まっています。東側麓を通る道路を北に進むと丘がやや出っ張った辺りにも古墳(S12号)があります。神社西側から山頂に向かう山道があります、自動車が通った跡があるのでそれなりに広い(多分もうずっと車も通ってないでしょうが)。15分くらい歩いて山道が大きく右カーブする手前の右側に古墳があります、これが26号、低い墳丘が残っていて開口部が見えていますが羨道は埋まっている。でも奥壁側が破壊されて開口、左片袖式、内部に石がゴロゴロしていますが破壊された奥壁石材でしょうか。急カーブから150m程行くと右側の小さな尾根上に8,9号があります。手前の8号はわかりにくいですが奥の9号は天井石が露出、その隙間から中に入れます。羨道は埋没、玄室はほぼ完存、持ち送りがあり奥壁は小型石材で古式な横穴石室のようです。9号がわかれば8号もなんとか分かる。藪の中の小型石室の奥の方が残っています。更に行くと大きく左カーブした辺りが広くなっている(A地点、ここは後述)。更に山道を登り山頂手前で道が左カーブした辺りの右側に1号があるはずだが1時間近く探しても分からず。更に行くと左下方に露出した天井石が見えていますこれが2号、内部はかなり埋まっている。帰り道神社手前で丸い墳丘がありました。初めは山道で削られた尾根先端かと思ったけどどう見ても墳丘、天井部が開口していますが羨道からも中に入れます。9号よりは小型ですが持ち送りがあり奥壁石材も小型、でも小さな三角形の鏡石があり9号より新しそうです。

(2019年)
総社市久米、広い範囲に分布しているので敬遠していましたが岡山もだんだん残り少なくなりそうそう選んでもいられないので行ってみました。ゴルフ場西側の谷筋にも古墳群があります。入り口辺りにも破壊された墳丘が並んでいるようですが見当たらなかったので別の場所から入ったかもしれない。谷の中程に石積みの砂防堤があります、その脇にあるのが33号、背の高い墳丘が残っていて墳頂部に石室がありますが奥壁辺りが残っている程度です。奥壁も小型の石材で位置からして竪穴の可能性もありそうですがやはり横穴でしょうね。この堤に目がいって墳丘を見逃してしまい谷の奥まで行ったのは内緒(汗)。この辺りから小川を渡って北に行くと2基の古墳があります、34,35号。34号は天井石が露出しているが内部埋没、35号も正面から見ると入口は埋まっていますが天井部が隙間開口しています。かなり狭いけど意地で入ってきました。内部は良好、ここもやや持ち送りがあり、奥壁は四角い鏡石を据え上に平石を重ねています。ここはもうゴルフ場側、ロストボール1個みっけ。岬神社境内に駐車可。

御灰山古墳群(久米大池支群)

#ブログ「古墳奮闘」で砂川公園一帯の古墳群が統合再編されたのでこちらも再編します

岡山県総社市 2009年4月訪問、21,22年3月、25年2月再訪
  多数の石室墳、前方後円墳1基
  (古墳番号はHP「古墳奮闘」に従う)
(2025年)
28号
位置:34.705968,133.767117(世界測地系)
前回この辺りは30号から初めて下の方に行ったので27,28号は未訪問だったので訪問
石室後部残存


割と背の高い石室のようだ


右側壁


左側壁、全体に小型の石材


1枚だけ残った天井石、左側がカットされているようだ


奥壁下部だけやや大型石材、その上は平石を2列に並べているが一つだけ異質の石材、割り方も不格好、なんでこれを使ったんだか


横から見た墳丘


石堤
28号側、初め墳丘かと思ったがどうやら堤のようで切られている


27号
28号上にあるがこちらも大きく盗掘


左側壁、下部の方が前に出ている、上の石材はひょっとして裏込石か


奥壁辺りが残るというのはよくありますが


1枚石でもないのに正真正銘奥壁だけというのも珍しい、右側壁が僅かに残るのが逆に残念


奥から見た盗掘の様子


下から見た墳丘


37号
これは見学済み、新しい標柱、久米大池古墳群33番墳となっている


38号
37号下方、これは訪問してなかったので行ってみた


ざっくり盗掘


僅かに残る石材、側壁か


39号
これはこの後訪問する束谷7号の目印、お勧め出来ないコースですが



(2024年)
久米大池堤からの遠望


東支群(仮称)
(見学順)
26号→30号
山道から適当に藪に入って出会った墳丘


墳頂に石材露出、一応石室らしい石組みが残る


28号
上にも下にも墳丘が見えていたが取り敢えず下へ、上のは28号か、結局上へは行き忘れた


27号→33号
 位置:34°42′10″N 133°46′11″E(日本測地系)
    34.70600118 133.76707148(世界測地系)
更に下に明瞭な墳丘、色々考察して27号


南側に開口、この支群では唯一入れた


羨道から玄室


奥壁側壁とも小型石材


〃縦位置、持ち送りがあり背が高く古式な雰囲気


奥から外、無袖かな


〃縦位置


羨道奥から、長い羨道が残るのも珍しい


29号→36号?
低い穏やかな墳丘、石材見られず


30号→35号?
これも大きさの割に背が低い


これも石材見られず


不明
大きいが低い高まり、古墳かどうかも不明


20号
斜面に石材露出


天井石らしく見える


隙間開口


内部は殆ど埋まっている、一段下がっているからまぐさ石か


天井にも隙間


入り口方向に明かりが見える、完全埋没じゃないけど意味はなし


奥壁が見えている


21号から見た墳丘、この辺り3基集中


21号
20号上に低い高まり


斜面上から


石材露出も石室らしさはなし


22号
傍らにも穏やかな墳丘


墳頂に石材露出、手前の2個が天井石で左奥は側壁か



西支群(仮称)
4号
 位置:34°42′15″N 133°45′48″E(日本測地系)
    34.70738992 133.76068331(世界測地系)
(21年)
墳丘は藪の中、石室前だけ藪刈されていた


長い石室が良好に残存


中程から、天井以外特に巨石は無し


腰石+平石3段の奥壁


奥から外、左袖があるかな


(22年)
藪が刈られ道ができたいた、小川に橋も架かっている


墳丘も藪が刈られ見やすくなっていた


上部が多少平坦になっているがこれだけ残れば十分


石室正面、上が平らになっているのがわかる


内部は明るいのでストロボ無しでも撮りやすい


側壁石材の面が整えられている


前年も撮ってますが何度も撮ってしまう


奥から外、ストロボ無し、天井のレベルが揃っている


奥から左


奥から右、こちらの方が石材がやや小型


5号
(21年)
4号下方に5号、この時は藪が酷く大変、墳丘上の山桜が目印になりました


墳丘は低く南側に開口


開口部正面、天井石が大きさの割に薄い、左から伸びているのは山桜の根、なんでここまで伸びてくるか、正面の木は別の樹木です


内部は多少埋まっています


奥壁は平石を重ねる、左右2列になっているよう


奥から外、無袖だが天井が一段下がるか


墳丘上の山桜、満開だったらさぞかし見事なんでしょうが


(22年)
こちらも通路が出来ていて墳丘がよくわかります


石室前の木は上部が切られていた


山桜が満開の頃来てみたい、山桜のこれ程の巨木も珍しいかも


A号→2号
4号背後にも古墳があった


石材が僅かに露出


一部の天井石が露出


正面から、内部は殆ど埋没



中支群(仮称)(見学順)
15号
ため池北側の山道沿いに6基程の古墳が並びます、最初に出会う15号、高まりが残る程度


14号
これも薮の中に高まり


南側に盗掘跡


隙間開口していました


土砂が流入するも内部は意外と良好


13号
この後は北側に墳丘があります


12号
どれも藪の中、墳丘は割りと残っているんですが


11号
これは大きく盗掘されていた、石材見当たらず


10号
これでも墳丘がわかる方


番号不明1→残土
この辺りから登道になります、墳丘は良好に残っていたが開口部見つからず


番号不明2
これは16号かと思ったが違ってた、石室かどうかも不明


9号?
盗掘跡状態


側壁でしょうか


8号
古墳らしい墳丘


墳頂部に僅かに石材が露出するのみ、袖石でしょうか


7号
 位置:34°42′10″ 133°45′50″(日本測地系)
    34.70600115 133.76123886(世界測地系)
やっと本格的な墳丘に出会いました、草が茂っているとこれでも見逃すことがあったとか


大きな墳丘だがかなり上の方に開口


開口部正面、腹ばいで入る必要がある


羨道天井に隙間があり土砂流入、余計入りにくくなっている


玄室は完存


奥壁はほぼ1枚石の巨石


奥から外、左片袖式


天井奥から、側壁上部が持ち送り


羨道奥から


墳丘背後から、結構斜面に構築


3号
 位置:34°42′12″ 133°45′52″(日本測地系)
    34.70655666 133.76179432(世界測地系)
(21年)
墳丘前面が草刈りされていて開口部がよく見えていた


立ったまま入れる程の大きさ


天井石が2段重ねかと思ったらカットされた状態でした


無袖だがまぐさ石が一段下がる


巨大な玄室、ただ側壁材はそれ程大きくない


〃縦位置


奥壁は縦長2枚を並べ上は平石、中央の石はもう少し斜めにすれば印象的になっただろうにな


奥から外、左に僅かに袖があるかも


〃縦位置


奥から右方向


〃左方向、最上部は調整用の平石


(22年)
翌年、墳丘全体が草刈りされていました


開口部横から


墳丘横から


墳丘背後から、遠くに平野部が見えています


前年撮っているけど入りやすいしまた撮ります


〃縦位置


入り口から天井部


奥壁ストロボ無し


奥から外、ストロボ無し、やはり左に袖石があるな


天井奥から



19号(元13号)
 横穴式石室、玄室長4.0,幅1.9,高2.2m(現状)
 位置:34°42′00″N 133°46′06″E (日本測地系)
    34.70322361 133.76568284(世界測地系)
堤からの遠望、手前の空き地に駐車可


お墓の中にお墓


これだけは早い段階から知っていたが、ここまで大規模な古墳群だったとは


一応開口部があり完全には埋まってないが入室無理


墳丘背後から


開口部からの撮影


入ってからの撮影、背の高い玄室、明るいのでストロボ無しで十分


〃縦位置、以前は蔓が垂れ下がっていたがなくなっていた


天井石、やや持ち送りがある


左側壁


右側壁


奥から外、左片袖式


以前あった蜂の巣は除去されたが新しいのが作られていた


1号
 前方後円墳
 位置:34°42′11″N 133°46′00″E(日本測地系)
    34.70627892 133.76401629(世界測地系)
尾根筋先端を整形して造られた前方後円墳、前方部端正面、手前に平坦面が広がっている


山の上なのでもっと小型かと思っていたので、意外な大きさに驚いた


横から見るとハッキリ直線状になっています


前方部隅から後円部


前方部から後円部、主軸上だと木が邪魔になる


前方部端上部に大きな盗掘跡


後円部から前方部


くびれ部東側に造出か


葺石が露出


後円部正面、尾根筋が大きくカットされている


(2009年)
13号
墓地の中で存在感を示す墳丘


背後から


天井石2個露出、石仏が乗っているのは羨道天井石


正面から。羨道埋没


天井石隙間から撮影、奇妙な物がと思ったらスズメバチの巣だった


雑然と積まれた奥壁


側壁も同様


おまけのスズメバチの巣


(見学記)
(2021,22年)
(東支群)
この古墳群は丘陵を超えた東側斜面にも広がっています。去年赤坂山古墳群として見つけたその5もこちらの古墳群に属するそうです(33号に変更)。その近くでも幾つも古墳が見つかっているので訪問してみました。33号より大分下方山道西側に何基も密集していましたが手前の藪が酷く見透かしてみてもまずわかりません。適当に突っ込んでみると低いが大きな墳丘がありました。上部は大きく盗掘されて窪んでいる、羨道側壁の石組みだけが残っていました。これを何号に同定するかで上に行くか下に行くかになる。取り敢えず下に行くとハッキリした墳丘があって南側に開口した石室がよく残っていました、これで27号と決定、なので前のは26号、その間に28号となりました。更に下に29,30号もありました。下に行ったので上の23-25号はスルー。更に西に行って20-22号を見つけて終了。藪はそれ程酷くはないがあまり見通しの聞かない場所、分布図の地形より更に細かな地形が見えて現在地がわかりにくい。結局19号(元13号)がある墓地上部まで行ってしまった。砂川公園に駐車場有り。

(西支群)
西側谷筋を超えた尾根筋に4,5号があります。この時はどのような古墳なのか全く分からず藪もひどかったので諦めかけましたが後で案内してもらいました(現在は山道が出来て行きやすくなっています)。上側のが4号でこれも石室がよく残っています。南西に下った場所にあるのが5号、石室自体はそれ程大したことはないのですが(一応入れる)上に生えているヤマザクラが巨木、高さは20m以上あるでしょうか、幹自体も大きいけど太い根が石室を抱え込むように伸びています。ちょうど花が咲き始めていて感動しました。ヤマザクラの巨樹は検索すると幾つも出てきますがベスト20くらいは入りそうな巨樹です。

(中支群)
以前は墓地の中にある13号しか知らなかった久米大池古墳群、久米大池北側にもあるにはあったけどわざわざ見に行く程でもなかった。でも最近幾つもの石室が見つかったので早速訪問、上物の石室も多いです。溜池北側のはサラッと流して山道を登っていくと途中に鉄骨製の砂防ダムがあります。初めはなんでこんなとこに建物がと驚かされました。更に登っていくと草刈りが行われて見通しが良くなった中に7号、斜面に大きな墳丘、中腹辺りに開口していて狭いですが中に入れます。今は一目瞭然ですが以前は林の中で藪に覆われ気が付かなかったとか。更に登っていくと一帯はまだ笹薮状態、その中に更に大きな石室を持つ3号があります。藪の中でわかりにくいですが痕跡道を辿ればなんとか見つけられます。手前に天井石擬きがありそれを見つければ石室はすぐ先、立ったままで入れる程の大型石室です。

(1号、19号)
去年見つけそこねた2号を探しに行きました。その際麓辺りの古墳を探していて林を抜けると墓地の中に19号があるのに気が付きました。去年は神社から行ったけどこちらから行った方が楽そう。林の中に入るとほぼ1本道の山道、これを行けば2号に至ると思いましたが行けども行けども2号どころか古墳らしきものにも出会わない。もう通り過ぎたと思ったけどこのまま行けば1号に行くだろうと登っていくとやはり1号に出会いました。山頂かと思っていましたが細長い尾根先端をカット整形した墳丘のようでカット部分や墳丘自体もよく残っています。前方部前面は広い平坦面になっていて儀式の場だったんでしょうか。墳丘は削られた跡はありませんが前方部上部端に盗掘跡、後円部にも浅い窪みがあります。造出もあるようなないような。2号には出会えなかったけどこれはこれでいいものでした。
13号(現19号)は天井部が開いているので以前は入れませんでしたが私より小さい人が入ったと言うので入ってみました(20年)。いざ入ってみると開口部から流れ込んだ土砂が下に溜まっていて床面が少し高くなり足をかける壁面もあるので出るのはそれ程困難ではなかった。でもそれは結果論、やはり万が一を考えるとなかなか単独では入れません。以前あったスズメバチの巣は撤去されていたけど同じ場所に新たな巣が出来ていた、どんだけお気に入りなんだか。

(2009年)
総社市久米、砂川公園入り口辺りの北側に久米大池があり堤を渡ると墓地がありその中にあります。割と大きな墳丘が残っていてすぐ分かる。羨道と玄室の天井石が1個ずつ露出、羨道は埋まっていますが玄門上辺りに大きな隙間があって中を覗けます。カメラを突っ込んで撮影したら何か丸い奇妙な物が写っている。よく見たらスズメバチの巨大な巣だった(汗)。冬場だから飛んでいないしどちらにしろ中にはいるのは無理だからいいけど撮影するにはすごく邪魔。カメラの視野にはいると巣が明るく写るので奥壁が暗くなってしまう。それはともかく石室が大きな割には石材は小さめ、側壁はやや持ち送りがある。奥壁も雑としか言いようのないような積み方。これだけの規模でこんなに雑なのも滅多にないぞ。墓地まで車で直接来れないこともないけど砂川公園の駐車場から歩いた方が無難。

宇山古墳群

岡山県矢掛町 2019年1月訪問、2024年2月、25年2月再訪

見学順、2019年とは番号が異なります

(2025年)
説明板
駐車スペースに新しい説明板が立っていた、青いポストの中にカラーパンフが入っている


案内板、左が北、パンフの方は個々の古墳も載っている


1号
 円墳、R15,H2.4
 横穴式石室、玄室長5.8m
 位置:34.624474,133.560194(世界測地系)
分かれ道に案内板、右はお寺への道


途中にも幾つか案内板がある、距離が書かれているのが助かる


大きな墳丘が残る


石室正面、羨道上部はかなり破壊


左の巨石は羨道天井石のようだ


玄室は完存、側壁はブロック状の石材を積む


奥壁は四角い鏡石+平石、岡山でよくあるタイプ


奥から外、右片袖式、右側が傾いてきているか


奥から右方向


〃左方向


天井奥から


右袖辺り、平石は天井石にしては小さいような


露出した天井石、丸く加工されているような


5号
 円墳、R8,H1
 横穴式石室、玄室長4.3,幅2.3,高1.1m
 位置:34.625792,133.564905(世界測地系)
お寺手前に5,6号案内板、ここにも駐車可


次の案内板、蓮華寺東・北の名称はそのまま寺からの方角


露出した石室、これは奥壁側、以前蓮華寺東古墳としてアップ


石室後部はかなり破壊


右は天井石、左のが奥壁か


正面から、羨道前部は壊失


ここが玄門か


落下した天井石


右側壁


左側壁


奥から外、右片袖式か


右袖部、左の石はどこから来た


6号
 R8,H1
 横穴式石室、全長5.4,玄室幅1.8,高1.4m
 位置:34.628083,133.564107(世界測地系)
6号案内板、以前5号を訪問した時右の道を上がってきたかな


短い尾根上に低い墳丘、どう見ても円墳には見えない、前方後円墳?


一応前方部から後円部


一応後円部南側から前方部、斜面をカットした跡がある


一応後円部南側に開口


開口部、多分羨道入口辺り


内部、正面はまぐさ石かな


玄門辺りの隙間から玄室内部


平石を使った天井石露出


ここから入室できる


小型石材の奥壁、側壁と積み方は変わらず古いタイプか


奥から外


奥から右方向


〃左方向


天井奥から


古墳?
帰る途中、斜面に墳丘擬き、背後をカットした跡もあったが石材全くなし、後方に小さな砂防ダムがありその土砂を積んだか


7号
 円墳、R10
 位置:34.619840,133.560581(世界測地系)
手前が去年訪問した3号、後方に去年はなかった案内板


途中にも案内板、もう墳丘が見えている


この1年以内に見つかった古墳、23年11月地権者により発見


開口部正面、露出した天井石がかなり加工


石室内部、やや埋まるも完存、左側が土圧で膨らんできている


奥壁、下が埋まるが平石を重ねているか


奥から外、入口は狭くなっているか


小型ながら天井石は1枚石


(2024年)
3号
 位置:34°36′59″N 133°33′52″E(日本測地系)
    34.61962166,133.56181739(世界測地系)
道路分かれ道に案内板


溜池堤を渡った先にも案内板、画面右奥に3号がある


堤を渡って右折、すぐ先に3号


正面、墳丘は割と残る


開口部、ここが玄門、羨道はほぼ壊失


石室内部、割れた瓶が散乱していて危険


〃懐中電灯、あまり変わりなし


奥壁は三段積み


奥から外、無袖かな


奥から右方向


〃左方向、こちらの方が面が整っている


墳丘背後から


2号
広い空き地の先に案内板


まずは2号から


尾根頂部に立地、石室が殆ど露出


石室正面、前部はかなり破壊


奥壁はほぼ1枚石


右側壁


左側壁、左側が袖部分かな


4号(19年その1)
4号に降りていく道が出来ていた


問題なくたどり着けます、前回は北から来てちと苦労した


石室は変わりなし


ここも前部がかなり破壊


石室内部、やや土砂で埋まる


奥から外


奥から天井、平面に仕上げられている


奥から右


奥から左、こちらもこちら側が整っているような


墳丘背後から、天井石一部が露出


(2019年)
その1
横穴式石室、残存長4m程度
位置:34°37′12″N 133°33′55″E (日本測地系)
    34.62323235 133.56265054(世界測地系)

幅広い谷筋に位置する、なんでこんな場所に造ったか


切石に近い石材が露出


正面の石は動かされている、右側の石が天井石でしょうか


前部はかなり破壊、後部残存


ブロック状の石を積み上げた玄室


小型だが鏡石を据えた奥壁


奥から外、天井の剥離は当時のままでしょうか、だとしたらちょっと仕上げがあまい


その2
1号直ぐ側にはっきりした墳丘


山側から見た墳丘、右奥がその1かな


石材露出、側壁でしょうか


その3
石垣に開口、よくあるパターンですが石室そのものは表に出ていない


奥に見えている、多分まぐさ石


内部は殆ど埋没、奥壁がなんとか見えている


おまけ
蓮華寺境内にあった偽石室、偽と言うよりお堂なのはすぐ分かりますが


(見学記)
(2025年)
去年は2,4号までしか行かなかったので再度訪問してみました。去年車を停めた場所は焼き立てパン屋さんの駐車場だったので奥の2,4号の広い空き地まで行きました。途中の道が狭いけど致し方なし。空き地には去年はなかった説明板が立っていて古墳の分布を絵図で表示、カラー印刷のパンフレットも置かれていて助かりました。まずは1号、林の中ですがあちこちに案内板が立っているので迷うことなく行けます。特に古墳までの距離が書かれているのがありがたい。これがないとまだなのか既に通り過ぎたのか迷うことがありますからね。斜面に大きな墳丘が残り石室前面は破壊されていますが玄室はほぼ完存、奥壁は巨石1枚石+平石と岡山県によくあるパターンです。広場から先はまた道が少し広くなり蓮華寺手前に墓地、ここも駐車可。ここにも5,6号の案内板、5号は以前蓮華寺東古墳(仮称)としてアップしたので省略。6号は細い山道が作られていて行くのは容易です。低い尾根筋先端に構築していますが見た限りでは長形墳か前方後円墳か、尾根筋をカットした部分もあり少なくとも円墳ではなさそう。開口部は殆ど埋まっていますが天井石が露出してその隙間から内部に入れます。奥壁側壁とも小型石材でこの古墳群の中では古い方でしょうか。新たに7号が発見されたようで去年行った3号の先に案内板があってこちらも容易に行けます。墳丘はしっかり残り石室開口、7基の中では一番小型の石室でしょうか。ただ小型石室だが天井石が1枚石というのが驚きです。言うなれば鳶尾塚古墳のミニ版といった感じです。この古墳群は数はそれ程多くはないけど適度に離れていて歩き回るのに適しています。以前は古墳群は数が多ければ多いほど効率的に廻れると思っていたが近頃は数が多いとしんどい(汗)。もう10基もあれば十分、その半分も入室できれば更に十分、そういった意味ではこの古墳群は最適です。

(2024年)矢掛町西川面、まだ見てない古墳もあるし案内板が出来ていると言うので行ってみました。南側から入っていく道が狭いけど神社Pがありそうなのが大きな理由、でも結果的に上の方はそれ程狭くもなく駐車スペースもあちこちにありました。でも何年か前の豪雨で崩壊した跡を鉄板を敷いただけのもありやはり駐車場から歩いて行ったのが正解か。それはともかく駐車場から400m程上ると3号の案内板、そこを曲がり溜池の堤を越えた先に3号があります、墳丘石室とも良好、ただ内部にガラスの破片が散乱しているので危険です。グーグルマップでは何故か守山3号墳となっている。元の道に戻って更に進むと石垣の中に石室が埋まっている、これは既に見ているのでパス。更に進むと広い駐車スペース、その先に2,4号の案内表示があります。2号は神社手前に石室露出、奥壁が巨石1枚石です。以前来た時こちら側から4号に行ったけど気が付かなかったか。更に4号の案内板があり簡易ながら道が出来ていました。以前来た時はこれを探すのに結構苦労した。更に奥、蓮華寺周辺に3基の古墳、もう時間がなかったし既に訪問済みだと思ってパスしたら1基以外見てなかった、再訪しなくては。

(2019年)
矢掛町西川面、蓮華寺南方一帯に分布する古墳群ですが「矢掛町史」には個々の古墳が全く書かれておらずどの程度の規模なのか不明でしたが最近石室墳が見つかったので行ってみました。私は序でだったので蓮華寺から歩いていきましたが南から蓮華寺に登っていく道があります、狭いけど。蓮華寺300m程手前に”右寺道”と書かれた石柱があります(左にも道があるけどもう車は通れない)。この辺りから下に下っていくと古墳に出会えます、50m程でしょうか。墳丘は割と残り東に開口、前部は破壊されていますが後部はよく残っています、入るのは容易。直ぐ側に同規模の墳丘がありますが側壁の一部が見られるだけ。ただ向きを考えると北向き、東の方が幾らでも開いているのになんで北向き、しかも隣の古墳に背を向けています。石柱手前に駐車スペースあり。ただ前年の西日本豪雨で道路が大きく削られていました。普通なら通行止めになるくらいだけど奥にあるのは蓮華寺だけだからしなかったかな。
道路を下っていくと石垣の中に石室が開口しています。よくある開口部がそのまま石垣になっているのではなく少し引っ込んでいる位置にまぐさ石、更に奥に奥壁が見えています。石垣の中に埋め込まれていたら永遠に存在が分からなかっただろうな。古墳マニアとしては助かるけど石垣の強度は落ちるだろうにね。

大東大仙山古墳

広島県福山市(旧神辺町)2025年2月訪問

大東大仙山古墳
前方後円墳、TL47,R27(推定値)
位置:34.585665,133.417717(世界測地系)
下の道路に案内板あり、左の道を行くと張田古墳群


墳丘図(説明板より)


前方部端から後円部


後円部から前方部、高さは殆どない、後方林の中に3号があるはず


後円部南側に古墳状の高まり、しっかり盗掘跡がある


南側から、こちらの方が余程前方後円墳らしく見える


後円部上、祠or灯籠、古墳石室石材が使われているのかな


御堂の下にも平石、右端や左端のは他とは形状が違うような


これも同様、これらも古墳あるある


3号
箱式石棺(移築)
墓地の一角に3号箱式石棺移築


3号から見た大東大仙山古墳


(見学記)
張田溜池の所に案内表示があります。道は狭いですが1km以上あるのでさすがに歩いてはいけない。高所にある古墳、以前は円墳と思われていましたが最近南側に前方部が確認され前方後円墳と判明しました。全長47m、前方部が撥形に開く古式な前方後円墳の可能性があるそうです。現在はすっかり裸になっていて前方部がなんとか分かりますが藪の中だとまずわからないでしょう。北側に古墳上の高まりがあり説明板では古墳?となっています。盗掘坑もあってますます古墳っぽい。付近に古墳があり大東古墳群を形成しています。南側に3号があるようですがその場に行っても高まりは確認できず。北側に墓地がありその一角に3号の箱式石棺が移築されています。ただ説明板に載っている写真とはだいぶ違うようだ。この辺りは広島県と岡山県との県境、グーグルマップではこの移築石棺の位置は岡山県になっているがヤフーマップではギリギリ広島県、ヤフーマップの方が墓地北側の道が境界線になっていてこちらの方が自然かな。県境をまたいで施設が建っている例はありますがこんな山の中の墓地の中に県境が通ることはないだろう。多分ヤフーマップのほうが正しいかな。東側に2号墳があり大東古墳群を形成しています。くびれ部に専用駐車場があるのがありがたいですが墳丘を少し削ってないかい。墓地にも車を停めるスペースが幾らでもあるんですが墓地組合所有のようなので公式の説明板にそこに停めてもいいよとは書けないだろうな。
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