1968年、社会主義の民主化、民主社会主義を求めたチェコスロバキアにワルシャワ条約機構下の軍隊が侵攻して制圧した。
その時の大義名分が「ナチからの解放」。今、ロシアがウクライナに侵攻している大義名分の「ウクライナの非ナチ化」とまったく同じ。57年前と同じやり方をごり押ししていて、とりあえずそれが国際社会で通る恐ろしさには背筋が凍る。1968年のプラハではなく、2025年のウクライナでも、プーチンにどう丸め込まれたのかトランプがロシアに有利な条件で戦争を終わらせそうだ。
イスラエルとロシアは「ナチ」を引き合いに出せば何やっても許されると思ってる。最近、高市の「台湾有事」発言に対して中国共産党が盛んに国際社会にアピールしようとしているのだけれど、これもロシア、イスラエルの動きに連動して見えるのが興味深い。
戦後80年の歩みを忘れているならともかく、中国共産党のいうように、日本が「再軍国主義化」してると、誰が思う?。
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻を目の当たりにしている今、いわゆる「台湾有事」、中国の台湾侵攻は絵空事ではない。
なので、中国がプロパガンダに走れば走るほど、むしろ、思惑とは逆に、国際社会の中国への警戒感を高めることになっているように見える。
そのあたり、高市首相周辺も察知しているらしく、20日には中央アジア五カ国との首脳会談、23日には自民党幹事長代行が台湾を訪問した。
とはいえ、中国の経済力は大きいので、国際社会がこぞって日本の側についてくれるってわけではない。不用意な発言だったには違いなかった。
話を映画に戻すと、この映画はチェコで大ヒットしたらしい。当時のことを体験として憶えている人がまだギリギリ現役くらい。当時、教会に集まって、いつ途切れるか知れないラジオの放送にハラハラしながら耳を傾けていた老人たちの年齢に近づいているその人たちは、胸をかきむしられる思いだろう。
映画としてもすごくよくできていて、ソ連と自国の諜報機関の両方から妨害される状況で、戦車がラジオ局に迫るギリギリまでどうやって放送が続けられてのかすごくよくわかった。
これって日本映画で言うと『日本の一番長い日』で暴走する青年将校から玉音放送を守り抜くあの切迫した緊張感とまったく同じだと思う。
『日本の一番長い日』も奇しくも1960年代。半藤一利があの時点で一次情報をまとめて書籍化してくれてなかったら、戦争がどう終わらせられたのかを私たちは知り得なかった。
プラハのラジオ局がギリギリまで放送を続けなかったら、この映画には出会えなかった。先日の『手に魂を込め、歩いてみれば』もそうだけれど、一握りの人の勇気が、無駄に見えても、後世に真実を伝えてくれる。


