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ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語

金曜と土曜の二夜連続ドラマ「ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語」(フジテレビ21:00〜)を観た。渡辺プロダクション創始者・渡辺晋の生涯と戦後芸能史を描いたこのテレビドラマ。夕飯を食べながら何気なく観始めたのだが、気がつけば没頭していた。

オープニングは初めてのテレビの前に近所中の人々が集まって大騒ぎになるという、昨今の昭和レトロブームの映画やドラマではお約束のエピソード。CGを駆使して再現された昭和30年代の下町の場面には、もはや、懐かしさというより、その昭和テーマパーク的なビジュアルの定型化が鼻につき「なるほど、ブーム便乗企画なわけね」と鼻白んでしまった。だが、すぐ、古いテレビ映像とメインのドラマ部分の場面転換の映像シンクロの見事さに感心して引き込まれた。
オンエア前に番宣(番組宣伝のスポットCM)で流れていたのは、現在の俳優が演じる往年の芸能界の再現場面ばかりだった。そのチープさ加減が気恥ずかしくてそれであまり期待する気になれなかったのだが、現在のハイビジョンモニターで見るとみすぼらしさばかりが目につく当時のテレビセットの再現が、スーっとドラマの中の解像度の低いモノクロテレビの画質にオーバーラップするように変化すると、驚く事に、かつて見たブラウン管が目の前に出現! セットのチープさはその時代の映像技術と受像機の性能を前提にした計算で、おそらくは実際もそうだったに違いないとすっかり納得。CGによるのっぺりした昭和の風景の再現には重きを置かず、微妙な映像そのものの質感にこだわった細やかな演出が、気持ちよく時代の空気感を表現していた。とにかく、ドラマ全体を通して、当時の映像素材と再現シーンの融合がこれほど違和感なく自然に感じられたテレビドラマは初めてだった。

ドラマの中身はというと、渡辺晋という芸能界の大立て者のサクセスストーリーの上澄みの部分のみで構成されているといった感じ。若き日、バンドマン時代に仲間のミュージシャンが借金苦で自殺を図ったり、手塩にかけた所属タレントが金につられて簡単に移籍したり、芸能プロ社長として成功してからはショービジネスを一段低いものと見下す財界に必死に取り入ろうとしたりするネガティブなエピソードも幾つか描かれているが、あえて生々しい後日談は一切語られてない。
といって、それは当の渡辺プロダクションと主要な舞台になっているフジテレビが制作した手前味噌なドラマの限界というわけではなく、そこはやはり、〝夢を見る力〟というドラマのテーマを尊重した制作者の意図のように私には感じられた。どんなに表面を取り繕っても、相変わらず興行の世界には闇が存在する。闇の世界に触れてしまえば、どうしてもドラマに一抹の虚しさが宿る。闇は光をのみこんでしまう。制作者はそれを避けたかったのだろう。

それにしても、このドラマには見事なくらい私の幼年期の記憶がぎっしり詰まっていた。劇中で使われた「シャボン玉ホリデー」のオリジナルのコントシーンなど自分でも意外なほどはっきり憶えていたし、クレージーキャッツやザ・ピーナッツの映像を呼び水にして、その頃の記憶の断片が次々に蘇った。昔、クレージーキャッツは面白いと思わなかった。日曜の夕方に放送されていた(と記憶している)「シャボン玉ホリデー」は嫌いだった。なのに、こんなにも鮮明に憶えている。大好きで夢中で観ていたはずのテレビアニメよりはっきり。不思議だった。

昭和30年代から40年代に生まれた最初のテレビ世代は、芸能界を一代で築き上げた渡辺晋という巨人の夢に多大な影響を受けていたことをこのドラマで初めて知った。そして、まさに昭和37年生まれの私など、テレビやエンタテインメントがなかったらいったい自分はどうなっていただろうかと考えさせられ、ぞっとした。
テレビは私にとって記憶。エンタテインメントは生きる支え。現在も自分も、すべては先人たちの夢の延長にあった。
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by leicacontax | 2006-05-28 11:24 | 映画/TVドラマ | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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