⚠本記事はプロモーションが含まれています
会社の仕事納めは29日、司会は年内ギリギリまで受注が来る可能性があるので予定では31日まで。今年はオンとオフ、本名と活動名(ハンドルネーム)の境界線があやふやになった一年だったなと思っています。一番大きかったのは葬式司会の仕事を始めたことですが、それと同時に……自分が思うままに書けなくなりました。年齢を重ねたから、ってのもありますが、やはり「感情のままに書くリスクの大きさ」に恐怖を抱くようになったからでしょう。
例えば仕事で嫌なことがあった場合。これまでは、ある程度のぼかしは入れるものの……自分が感じた不条理や納得のいかなさなどを書ける範囲で書いてきました。しかしもしそれが当事者に見られた場合、信用なんて簡単に失うばかりか余計なマイナスイメージを広めてしまう恐れがあります。
実を言うと、葬式司会のお話は物書きナレーターとしてのキャリアが下スレスレまで落ちていたときでした。信頼できる人に話を聞いてもらっていたとはいえ、まだモヤモヤの残滓が心に巣食っていたんです。それで初めて師匠(プロダクションの代表)とお会いしてお話したとき「何か見つかるかもしれない」と思い、見学とレッスン、オーディションを経て今に至っております。
状況が変わるのは会社だって同じです。これまでやっていた請求書処理業務から離れ、秋から系列会社の業務を委託する形で担当することに。上役の鶴の一声で見切り発車で始まったため、最初はとにかく不安で仕方がありませんでした。
しかしその不安は思わぬ再会で薄まり、今では少しだけ仕事に自信が持てたように思えます。業務研修で系列会社に行った日、なんと関係部署の担当者が昔近所に住んでいた幼馴染のお母さんだったのです!私が5歳の頃に引っ越してしまったのであまり覚えていませんでしたが、当時は家族ぐるみでの付き合いがあったようで、向こうは私のことを覚えてくれていました(何分四半世紀前のことなので先方も最初は「どこかで聞いたことある名前だな……」としか記憶になかったようです)。
以来、分からないことがあればすぐに質問したり相談したりするようになったので、ある程度の関係構築はできたのかな?と思います。大きな収穫です。
しかし「自分のキャリア」を長期的に見ると、現状のままではいつか綻びが生じて大転落するのではないかと思っています。収入面はもちろんですが、なによりスケジューリングが難しい!しかも最低賃金(1029円)で働いているので業務量と求められるクオリティ等のことを考えると、見切りを付ける準備をしてもいい気がしました。
これは私のライフイベントにも関わることでもあって、彼氏がいる街(第二の故郷)に引っ越せば葬式ホールの距離も縮められるし心のメンテナンスも充実するようになるのではないかなと思っています。
そのためには資金を作らなければならないので、まずは無理しない範囲で引っ越し資金を貯めながら私がいないときでも業務のPDCAサイクルを回せる環境を作っていきたいですね。来年の目標はそんなところです。
2025年はどんな1年でしたか?「仕事の思い出」を振り返って、Amazonギフトカードをゲット!
良かったことも、悪かったことも、全部ひっくるめてブログ&SNSでシェアしてください!




