
長女の結婚式が終わった。
楽しくてうれしくて笑ったり泣いたりのパーティーが終わった。
みんなが去って日常に戻った。
祭りのあとの寂しさよ。
寂しさをかみしめるのも人生だ。
多くの友人たちや親戚たちに囲まれて祝福されている娘を見るのは親としてとてもうれしかった。
向こうのご家族に大事にされているのもうれしかった。
やっぱり結婚式やってよかった。
娘も同意見。
彼氏クンももう一回やりたいと言った。
友人たちも来週もやってーと言った。
楽しかった。やっぱりやってよかった。
チャペルで、最初に扉が開いて入場の際、夫と私の間に娘という一列に並んだ形で入場。
扉が開いて一歩歩き始めた途端、会場の振り返ってこちらを見ているたくさんの泣き顔に「えーもうここから?みんな感激屋だなあ」とびっくりした。
あとで聞くと、娘の泣き顔登場につられて一気にもらい泣きした人多数。
(リハーサルでも泣き顔だったが)
私がベールをおろしてあげて、そのあと父親と腕を組んでくしゃくしゃの泣きべそ顔で歩いて行った。
泣いて段取りが分かんなくなって「どうするんだっけ?」と娘にこっそりきかれ、おかしくて父親が笑ってしまったそうで、微笑む父と涙の娘というめっちゃいいショットが誰かのスマホで撮られていて、「〇〇ちゃんパパいけおじ~」といい絵が誰かのインスタのストーリーでアップされていた。
ここで泣いたおかげであとはにこにこ笑っていた。
「花嫁の手紙」も泣かずに読んでくれた。
「花嫁の手紙」なくてもいいとお母さんは言ったけど、周りに「絶対やった方がいい」と言われてどうしようかと思ったけど、やっぱり書くことにしたそうだ。
書いてる最中に何度も泣けたから、もう気が済んで本番では泣かずに済んだそうだ。
「ケンカも多くプチ家出もしたけれど」
長女とは本当にぶつかることが多くケンカが絶えなかった。
なぐりあいのケンカ(ちょっと盛りました。押し合いくらい?)で父親が止めに入ったことも。
彼女も家出したが私も家出した。
「子供が中学高校の頃の母親の幸福指数は人生で最低」と統計が出ているとおり、家族内はいちばん不安定で悩みが多い頃。
子育てに正解はなく、悩みながら迷いながら苦しみながらだったけど、私の子育てきっとこれでよかったんだ、と全肯定されてご褒美がもらえたような一日だった。
ケンカが絶えない思春期の頃思ってたのは、こうやって親の背中をふみつけて、親は痛い思いをしながら、そして親を乗り超えて行くのだなと、そうして大人になるのだなと感じていた。
だからその頃は親も子も苦しい。
今苦しいみなさんも、子供はやがて大人になり、よき理解者となってくれる日が来るので、もう少しの辛抱ですぞ。
結婚式の翌日娘夫婦がうちにご飯食べに来て、アフター結婚式で反省会をやった。
披露宴のとき私達両親はテーブルごとにごあいさつのお酌周りで忙しく見られなかった部分もあったので、ああだったこうだった、あの人はこうであの人がどうで、おもしろかった楽しかった話をたくさん聞かせてくれた。
友人たちのインスタストーリー(24時間で消えるやつ)にいろんな写真や動画がアップされていたから、それを見せてもらっておもしろかった。
みんな上手に編集しててコメントも気が利いてて感心する。
全員が持ってる小ネタを出し合い大笑いして反省会も盛り上がり楽しかったな。
