時は儚く、命散りゆく。
昭和100年、戦後80年となった2025年は、私にとって、悲しみが重なる年になった。

戦中戦後の親世代の方々が亡くなることが続き、昭和が終わっていくことをヒシヒシと感じた。4月に亡くなった父もその一人だ。
「スマートフォンがないと暮らせない」そんな時代に、生前父は生きづらさを感じていただろう。
街中からモルタルの家屋、トタン張りの木造平屋・長屋が消えていく。代わりに真新しいベランダのないマンションが建ち、昭和という時代の面影は跡形もなく消え去る。
そこに何があったのかも思い出せないくらいに。
新しい建物は、あげくには民泊などになっていたりする。


8月に世田谷233で、私が監修を行っている、ゆるカメ写真部による「近況報告」というミニ写真展を開催していた。
「いま、ここ。」と作品タイトルを付けたメンバーは、春から闘病のために帰郷していたので遠方から郵送での参加。幸いにして家族の傍でゆっくりと暮らせるたのではないかと安心していた。
しかしながら、会期終了を目前にして突然他界してしまったのだ。訃報が届き、あまりの若さと突然さに一人大泣きした。2週間前までやり取りしていたのに。
元気になったら
いつか時間ができたら
そんな断り文句や自己都合はもう通用しないと、身をもって知るのだ。
その前に遡って、7月にPENTAXクラブハウスで開催していたPENTAX17で撮影した私の作品展「傍のひかり」は、日々の一瞬を切り取った作品で構成した。
日常のスナップ写真なんて撮って意味あるの?と言われそうだが、心を動かされる瞬間はどこにでもあり、私だけが見つめた光景なのだ。

大切なものは足元にある。
日々の断片が写真の真髄なんだと思いながら選んだ作品群になっている。
いつもの光景がどんなふうに見えているのか、切り取っているのか。いずれ改めてまとめておきたい。
今年感じたことがきっと凝縮されたものになるのではないかとも思うし、タイミングよく、フィルムで撮影をしていたことにも何か意味があるのではないかとも思っている。
「いま、ここ。」にいる、地に足のついた自分ができることを続けていくこと。
今、という時間の大切さ。
亡くなられた方々に生きるという意味を改めて教えてもらった。
食べたいものも食べよう(もちろん健康優先・考慮して)
行きたいところに行こう(懐事情に合わせて(笑))
会いたい人に会おう(会えた時が一番若いとき(笑))
撮りたいもの撮ろう(同じ時は二度とこない)
楽しいことしよう(喜びは共有したい)
一生懸命に学ぼう(知識は知恵を生む)

単純で日々に沿うものほど大切にしたい。
心を動かされたものに素直に向き合いたい。
残された立場でやるべきことを粛々とやりきりたい。
彼らに感謝と敬意をこめて。




























![[conaretta] カメラハンドストラップ(コンパクトカメラ・スマホ用) - カメラストラップ スマホストラップ スマホハンドストラップ ハンドストラップ かわいい 手首 携帯ストラップ 調整可能 落下防止 ストラップ短め - (ブラック&カーキグリーン) [conaretta] カメラハンドストラップ(コンパクトカメラ・スマホ用) - カメラストラップ スマホストラップ スマホハンドストラップ ハンドストラップ かわいい 手首 携帯ストラップ 調整可能 落下防止 ストラップ短め - (ブラック&カーキグリーン)](https://m.media-amazon.com/images/I/31Ua8oP3GGL._SL500_.jpg)











