
今日はおせち料理作りの日。
朝から台所に立ち、ちまちまと小さな料理を作り続けた。
おせち料理の大半は、それほど難しいものではない。日持ちを考えた濃い味の煮物・佃煮の亜種がほとんど。他に酢漬けや焼き物があるだけ。
黒豆など1日前から仕込むものもあるけれど、それ以外は基本的な和食である。
つまり、食材さえあれば、小さな鍋やフライパンで簡単に作ることができる。
簡単だが、種類が多いから面倒ではある。
今回は蒲鉾や伊達巻など練り製品を除いた、おおむね8割の品を自分で作ってみた。
自作の場合はどうしても黒&茶色っぽくなるため、梅酢で薄く色付けたタケノコのピクルスなど、少しだけ伝統的ではないものも加える。そういう小手先の工夫をしていくと、昭和の終わり頃のオレンジページやクロワッサンや暮らしの手帖のようなおせち料理になっていくのは不思議かもしれない。
昭和や平成の頃は、料理上手な伯母・叔母が立派なおせち料理を作っていた。
お正月に実家に集まると、たくさんの料理が用意されていた。よくあんなことができたものだと感心してしまう。
今回は30日に予定が全く無かったこと、試しに作りたい料理がいくつかあったこと、そして節約を目的として多くの品を自作してみた。
できないことはないけれど、そして確実に節約にはなるけれど、暇人でなければ無理だな、というのが感想である。でも黒豆も田作りも筑前煮も、市販の品よりおいしくできた。
そうやって僕がおせち料理を作り続けていく横で、父は蕎麦を打つ。
いつもは大晦日に打つのだが、体調を考えて余裕をもったスケジュールにしたようだ。
完成したおせち料理は、小さな重箱*1や密閉容器に入れて、親戚に届ける。我が家だけでは余らせてしまうし、高齢の親戚の場合は「自分で全て揃えるのは大変だけど、少しだけ正月気分を楽しみたい」という需要(?)があるようなのだ。
同様に父も蕎麦を配る。
父の友人や親戚の家を巡り、蕎麦を渡していく。
どうせ親戚の家を巡るわけなので、僕がハンドルを握り父が助手席に座らせて、2人でこの"配達"をする。
父が蕎麦をおせち料理を手渡せば、余計な挨拶や雑談を(僕は)パスできる。そもそも、蕎麦打ちで疲れた父に車の運転をしてもらいたくないのだ。
もちろん正月の準備は、おせち料理だけではない。
玄関に正月っぽい飾り物をして、ついでに注連縄を付けるなど、家の中を新年っぽくしていく。
よく行くスーパーマーケットやドラッグストアは三が日を休業するらしいので、おせち料理や雑煮以外のものも用意しなければならない。
「配達」の合間に細々とした買い物をして、帰宅してからは片付けをして、片付けの興が乗りすぎてキッチン全体の分解清掃を行うなどしていたら、すっかり夜になってしまった。
おまけに、お蕎麦のお礼や、特別な理由の無いお裾分けなどもあって*2、今日は台所周りにがしっちゃかめっちゃかなのである。
先ほどようやく全てが片付いた。
力仕事などひとつもしていないし、おせち料理は(前述の通り)簡単な手順のものばかり。
でもずいぶんと疲れている。今日はよく眠れそうだ。




