冬菜かしこの「晴れた日も 雨の日も きらり☆エッセイ日和」の日々

二人娘と一緒に遊んで、学んで、楽しんでいるアラフィフ小学生ママの記録です。

【エッセイ】小学校のとんど祭りの不参加を納得するまで

昨日、バイトを木曜日から土曜日に変更してもらった。

だから、今日のバイトはなくなって、

週末の土曜日にバイトになったのだ。

 

カレンダーに行事が無かったので、

大丈夫だと思っていた。

子供関連の行事が無ければ、

土曜日のバイトはそれほど嫌でもない。

 

ところが、学校連絡のアプリを見て、

今週末の土曜日に、とんど祭りがあることを知った。

とんど祭りとは、書初めや正月飾りを焚火で焼いて、

その火でみかんやおもちを焼いて頂くというもの。

小学校の校庭で行われ、

体育館では保護者らによるおにぎりなどの販売、

不用品回収によるバザーなどもある。

数年前はよく行っていた、

娘たちも好きな行事だった。

 

うーん、バイトの土曜日出勤、早まったか。

せっかくの、次女の小学生活最後のとんど祭り。

午前中なので、どうやってもバイトと時間が重なっている。

このままでは参加できない。

 

かといって、急に、店長にお願いした手前、

バイトの欠勤や有休は、すこぶる使いにくい。

どうしたものか。

頭を抱えてしまった。

 

ジムのエアロの間中、ずっと考えていた。

子供のために、今年の土曜日は、

かなりバイトを入れないでいた。

でもここにきて、小学生最後のイベントに行けないとは。

残念で仕方なかった。

結局、エアロが終わるまで、

とんど祭りの悩みは解決できなかった。

 

でもジムが終わって、ふらっと、

ショッピングモール内を見て回っていた時の事。

ふと、別の考えが浮かんできた。

 

「もしも、実家の母が病気になって、

土曜の朝から行かなくてはならなくなったら。

小学校のとんど祭りなど、吹き飛ぶのではないか。

主人に二人のお世話を任せて、

実家に飛んで帰るのではないか。

自動的に、私はとんど祭りには参加しないのではないか」と。

 

そこまで考えてから、

ようやく腹をくくることが出来た。

今はまだ、いろいろ、

子供と過ごしたいと思っているけど。

それは、きっと、今だからなのだ。

長い目で見れば、大きな問題ではない。

 

実家の母も健康で、

自分も主人も二人娘も健康で、

だから、とんど祭りのような小さな悩みが、

大きくなっているんだ。

そんな風に思ったのだ。

 

もしも、今日バイトに行っていたら。

苦手なベテランパートさんに絞られていたとしたら。

とんど祭りに行けないことくらい、

小さなことだったに違いない。

 

つまり。

とんど祭りに行けないことを、

うんうん悩んでいるというのは、

きっと私は幸せなのだ。

そんな平和な悩みで困っているくらい、

私は今、心に余裕があるのだろう。

 

ショッピングモールで、

ちょっと気分転換したあと帰宅した。

小学校を休んだ次女がこたつでユーチューブを観ていた。

 

「今週の土曜日に小学校で、

とんど祭りがあるんだけど、どうする?」

私は次女に聞いてみた。

「行かなーい」

即答だった。

 

「どうして?小学校最後だよ?

前は行っていたじゃない?」

さらに聞いてみた。

「うーん、めんどくさーい」

すぐに次女が答えた。

 

「そっか。

でももし行きたくなったら、パパと行けるから。

ママはバイトだけど」

そう言っても、

「たぶん、行かなーい」

と次女の決意は固い。

 

念のため、次女に確認してみた。

「ママがバイトじゃなかったら、

一緒に行けるんだったら、行きたい?」

私に気を使っているのかと、

気になって聞いてみた。

「めんどくさーい。家から出たくなーい」

テレビ画面から顔を動かさず、

迷いのない声で次女は答えた。

 

きっぱりとしたその返事に、

たぶんそれは本心だろうと思った。

私はもうそれ以上、

くどくど聞くことはしなかった。

 

人の欲望にはきりがないから、

なんでもかんでも、

思いのままにしたくなる。

一つの不満が解消されても、

新たな不満が顔を出す。

いくらやっつけても、

いたちごっこだ。

終わることは、きっとないのだろう。

 

私は38歳の時に、腰の骨にひびが入って、

入院したことがある。

数か月の入院の後、

すっかり骨がくっついて、

退院する時に医師から言われた言葉がある。

 

「フルマラソンとかしなければ、

普通に生活は出来ますよ」

 

医師は私を元気づけようとしてくれたのだ。

でも、私の心は100パーセントは晴れなかった。

小学生の頃から、マラソンだけは速かったのだ。

クラスメイトから、ほめてもらえる、

数少ない特技だったのだ。

 

その時に、思った。

「そうか。もう、フルマラソンは無理なのか。

だったら、なにかほかの趣味を見つけよう」

転んでも、ただでは起きないのが、

私のいいところである。

その後、私は油絵を習い始めたのだ。

 

物事にはなんだって、

表と裏がある。

人の性格だって、

短所は時に、長所にもなる。

自分に甘い、だらしない人でも、

他人にとても優しい、という面があったりするのだ。

 

さて、今年のとんど祭りはあきらめよう。

でもきっと、またなにか、楽しいイベントはある。

それを楽しめばいい。

いつだって、毎日は続いていくのだから。

 

前を向いて。

良い事を見つけられるように。

まっすぐに前を向いて、

歩いていこうと思っている。

 

【エッセイ】逃げるは恥だが役に立つ、を実感する

今日。

以前、テレビ放送されていたドラマのタイトル、

逃げるは恥だが役に立つ

を実感する出来事があった。

 

今のバイトを始めてから、もうすぐ2年になる。

最初は週3日で始めたが、しんどくなって、

3か月前に、週2日に減らしてもらった。

少しはましになるかと思ったけれど、

そうはならなかった。

だから今日、店長に、

「週1日にしてもらえないでしょうか」

と聞いてみた。

 

店長に理由を聞かれたので、

「木曜日がもう無理です」

と正直に言った。

店長はなにかを察知してくれたようで、

すぐに、週1日の手続きをしてくれた。

店長が自らパソコンで、

タタタッと、ものの1分ほどで手続き完了してくれた。

 

そしてさらに、

「明日からの木曜日も、土曜日に変更してほしいです。

無理なら、木曜日は欠勤でもいいです」

そう伝えてみた。

「じゃあ、明日から変更しましょう」

と、これまた、すぐに察知してくれて、

すぐに変更してくれた。

 

正直言うと、

「明日からの勤務の変更なんて、

ちょっと、無理かな?」

という気持ちもあった。

だからあっさり手続きしてもらえて、

ちょっと拍子抜けするぐらいだった。

それでも、私の固い決意を理解してくれたことが、

とても有難かった。

 

実は店長は今月で、他店舗へ異動する。

どの店長も1、2年で異動なのだから、

分かっていたことではある。

でも、ちょっと思うのだ。

 

「あっさりと、勤務の減少を聞いてくれたのは、

異動の影響もあるのだろうか」と。

 

その後、帰り際に、品出し中の店長に声をかけた。

「次の異動先は○○ですよね。

がんばってください」

そう言うと、店長は笑っていた。

 

「私は、店長もベテランパートさんも、嫌いではないんです。

ただ、フルタイムの方と、週2、3日のバイトでは、

仕事への考え方が違うんですよね。

仕事のベクトルが違うんだなって思いました」

私が正直にそう言うと、

店長はうなづきながら、

「○○さん(私の名前)の考えも分かりますよ。

間違ってはいないと思いますよ」

そう言って、また笑ってくれた。

いつも厳しい店長の、

珍しく優しい顔がそこにあった。

 

実は、3か月前。

ベテランパートさんのえこひいきがあまりに激しく、

店長に訴えたことがあった。

そうして私は、週3日から週2日にバイトを減らしたのだ。

その時の私の意見を、店長は、「それは分かる」と、

言ってくれていた。

 

私も、きっと店長も、

その時のことを思い出していた。

だからこその、今日の店長の

「分かる」だったのである。

 

今日、週2日から週1日に、

バイトを減らした。

ベテランパートさんのいる木曜日は無理、

と、店長には言わなかった。

「木曜日はもう無理」

とだけ言った

でも店長は察してくれたようだった。

皆がいる前で、ベテランパートさんの苦情は言えない。

だから、ぼんやり、伝えた。

それでも店長は気づいてくれた。

なんだか、もうそれで十分だと思った。

 

この年末年始は。

晦日と元日を有休にして、

2週間の大型休みにした。

それで少しは、

普段のストレスから解放されて、

心が楽になるかと期待したが、

そうはならなかった。

お正月明けてからは、

初出勤が憂鬱で仕方なかった。

 

ベテランパートさんの定休の、

水曜日はまだいい。

問題は、ベテランパートさんがいる木曜日だ。

 

出勤日が近づくと、

どんどん、耳鳴りは激しくなった。

気は重くなる一方だった。

胃の当たりもなんだかスッキリしなかtった。

もう、限界だと思った。

そうして店長に、週1日を申し出て承諾された。

私は胸をなでおろし、帰宅の途に就いた。

 

退勤あとの車の中は、

もうウキウキだった。

体を左右に揺らしながら、

この喜びをどうしようかと思うほどだった。

 

帰宅してすぐにリビングに行き、

こたつでくつろぐ長女に、

「もう、すごーく、うれしーいー!」

と声をかけた。

そのくらい、うれしくて仕方なかった。

 

リビングの1月のカレンダーの木曜日の欄の、

バイトの勤務時間を消して、土曜日の欄に記入した。

そのあと、2月のカレンダーの水曜日の欄に、

バイトの勤務時間を記入した。

いよいよ2月から、週1日勤務がスタートする。

ようやく実感がわいてきた。

もう二度と、ベテランパートさんに会うことはない!

 

2年ほど前のバイトの初日。

ベテランパートさんに仕事を教わるようにと、

その日定休だった副店長に言われた。

しかし私がベテランパートさんに挨拶すると、

ギロッとにらみを利かされた。

とても怖いにらみだった。

瞬時に分かった。

この人は怖いんだなと。

 

その後、ずっとベテランパートさんの行動を見てきた。

しかしどうみても、やはり怖い人だった。

たまに陽気な時もあるが、

なんだか重箱の隅をつついて怒ってくることもあった。

同じことをしても、

怒られる人と怒られない人もいた。

ベテランパートさんのお気に入りの人は、

全く怒られなかった。

おかしいなと思ったが、

そんなことは誰にも言えなかった。

 

ベテランパートさんも、

たまに機嫌のいい時もあった。

そんな時は楽しい人だと思ったりもした。

だから。

たまに怖い人だけど、まあいいか、

とも思ったりしていた。

そのうち、打ち解けるだろう、

と思っていたのだ。

 

しかし、人はそんな簡単には変わらない。

いや、変われないのだ。

この2年近く、ずっと変わることを期待していたが、

もう、無理だと分かった。

耳鳴りがして、気が重くなって、胃がスッキリしなくなって、

ようやく私は悟ったのだ。

人はちょっとやそっとじゃ、変われはしない。

 

私が年末年始の休みに入る前のことだ。

すぐそばに私がいることを知らず、

ベテランパートさんが、大きな声で、

バイト先の休憩室で私の仕事のやり方にケチをつけていた。

大きな声で馬鹿にしたように言っていたのだ。

確かに、ちょっと、商品を山盛りにしたかもしれない。

でも、山盛りにしてくれと先輩に言われたからしたまでだ。

しかも私は先輩にチェックをしてもらって、

直してもらい、OKをもらっていたのだ。

先輩がOKにしたのだから、何か言うなら、

先輩に言ってほしいと思った。

でも、そんなことは言えなかった。

 

その時。

「もう、無理だな」と思った。

私はすべてをあきらめたのだ。

これ以上、この人に期待しても無理だろう。

この先は、自分の心を守ることを第一にしてバイトしよう。

バイトで心身を壊すことのないようにしよう。

そう思ったのだ。

 

退勤してバイト先を出ると、

もう、嬉しさがこみあげてきた。

「バイトが週1日になった。

もう二度と、ベテランパートさんに会うことはない」

抑えようのない、嬉しさだった。

 

今日、夕食を作りながら、ルンルンした。

食後、湯船につかりながら、ルンルンした。

今も、こうしてブログを書きながら、ルンルンしている。

 

私は今日、バイトで、ベテランパートさんから逃げたのだ。

決してかっこよくはないけれど、

これはこれで、アリかな、と思っている。

なにより、心の健康に非常に良い、と感じているのだ。

 

私はもう、無理はしない。

心身を壊すほど、無理はしないと決めたのだ。

 

逃げるは恥だが役に立つ

それでいいのだ。

自分の心身は自分が守る。

そう決意した私なのである。

 

 

【エッセイ】年賀状のお返事が届いた

最近の年賀状離れは、

うちにもその余波が来たようだった。

1月2日までに届いたのは、

学生時代の友人からの1通だけだった。

 

1月5日以降に、「お返事」として届いたのは、

全部で5通だ。

どうやら、来たら返す、というのが、

多くなったようだった。

 

1月5日に、遅れて1通が届いた。

新卒の時の会社の元後輩からだった。

今年2通目の年賀状に喜んだのもつかの間、

その年賀状には、

「今年で、年賀状を卒業します」と書いてあったのだ。

 

そうか。

もう、やめることにしたのか。

仕方ないな。

なんとなく、惰性で送り合っていた感もあるし。

そこまでの親しい間柄でもない。

むしろ、よくぞ今まで年賀状が続いたよなと、

そんな風にも思える。

 

とはいえ。

あっけなく、終わったなと言う印象はいなめなかった。

きちんと、最後の年賀状として、

卒業を宣言してくれたことは、

ある意味、誠意でもあるようには思えたのだが。

でも、しかし。

これっきりなのだなと思うと、

ああ、そうかー、と思ってしまうのは仕方なかった。

 

そして、今日、1月6日には、

4通の年賀状がポストに届いた。

それらは全て、学生時代の友人だった。

これで私が出した年賀状のお返事はすべて、

来てくれたことになった。

お返事はないかもと思っていただけに、

これはちょっと嬉しかった。

さて、そんなお返事の年賀状はというと。

 

まず、一番親しかった友人は、

パートをしていると書いてあった。

今年で3年目なのだとか。

ずっと専業主婦をしていたから、

そのまま行くのかと思っていたから意外だった。

でも彼女はしっかりとパートをして

働いていたのだ。

 

きっと、子供から手が離れたので、

何かしようと思ったのだろうと思った。

学生時代から働き者だった彼女の事。

きっと今も、しっかりと働いているのだろうと思った。

体に無理をせず、頑張ってほしいなと思った。

 

次に、高校時代の3年間、

一緒に自転車通学していた友人からだった。

彼女は、30年以上続けていた職場を退職し、

同じ業種の、別の職場に移ったのだと書いてあった。

昨年の年賀状に、「もうすぐ退職して新しい職場を探す」

と書いてあったので、新しい職場が見つかったようだ。

 

ずっと正規職員で、長く同じところでお仕事していた彼女。

みんなに愛される性格なので、

新しい職場でも、みんなに愛されるだろうと思う。

 

学生時代に。

周りの意見に流されない彼女が、

時に、強いなあ、と思うこともあった。

そして今、高校時代には気づかなかった彼女の強さが、

なんとなく分かるようになった。

彼女はこういう考え方で、

自分の意見を述べていたんだなと、

今頃になってやっと理解できるようになった。

きっと彼女は、高校時代から大人だったんだなと思う。

 

しっかりものの彼女の事。

新しい職場で、また新しいキャリアを積んで、

張り切ってほしいなと思う。

 

でも彼女の年賀状に、「孫が生まれました」とあり、

ちょっと、ひるんでしまった。

そうかー、孫かあー。

うちは次女が小6だからなあ、まだ先だなあ。

ちょっと驚いたけど、孫育てを楽しんでほしいなと思う。

 

その次に、私の行きたいコンサートに付き合ってくれていた、

心優しい友人の年賀状が届いていた。

別の県へのコンサートですら、

付き合ってくれていた彼女。

いつもかわいいニックネームで、

私を呼んでくれている彼女。

なぜそんなに私に優しいのか。

今もって謎なのだが。

 

だが、しかし。

うちの娘の小学校の補助教員として勤務していた時に、

ちょっと交流があったりして。

なんだかんだで、私の人生に深くかかわる人なんだなと

思わずにはいられない。

学級の人数の関係で、

近隣の小学校に異動になったけど、

今回もこうしてちゃんと年賀状を返してくれる。

いつまでも心優しい彼女である。

 

こんなへんてこな私の友人にしておくのは、

もったいない良い人の彼女。

これからも縁があれば会えると、

心の中で信じている。

無理して会おうとしなくてもいい。

縁があれば、いつか、きっと。

そんな風に思える彼女に、

出会えたことに感謝している。

 

最後に、学生時代の友人で、

なんとなく同じグループだった彼女から、

子育て頑張っているという内容の年賀状だった。

 

私と同じ、晩婚で高齢出産なのだが、

本当に素直な良い人で、

子育ても頑張っているようだった。

昨年引っ越しをして、今は隣の県に住んでいるらしい。

近くに来たら寄ってね、

と書いてくれていた。

お邪魔になるから、気を遣うけど、

でもそのひと言がうれしいなと思ったのだ。

優しい彼女らしい言葉だった。

 

こうして。

友人4人からの年賀状を読んで、

いろいろと考えさせられた。

 

パートを続けていたり、

転職してからも正職員で働いていたり、

お孫さんが生まれていたり、

子育て頑張っていたり。

 

友人達が生き生きとしているのを知ると、

嬉しい気持ちもあるが、

ちょっと、焦る気持ちもある。

 

私はどうなんだ?

と、考えてしまうのだ。

 

バイト、辞めたい、辞めたい、言うてる私。

正職員なんて、はなからやる気がない私。

まだ下の娘は小6で、孫なんてはるか先の私。

 

あーあー、大丈夫かいな、私?

なんて思ってしまったりもするのだ。

きっと、今までの私なら、

ここでちょっと、ひくつになって、

負けてらんなーいー!

とか、思っていたんじゃないだろうか。

 

でも、今の私は違う。

そんな、やわな根性じゃないのだ。

 

この先の自分の人生は、

お金儲けはもう優先事項ではない。

孫がいるかどうか、それすらも小さなこと。

友人がどうとか、

周囲の人がどうとか、

もう、言ってしまえば、ひとの事なのだ。

それは私の人生には、大した影響はないのだ。

 

私は、子育てをする。

私は、親の世話をする。

私は、小学校のボランティアを、

今以上に充実した活動にしていく。

それだけなのだ。

 

特に、小学校のボランティアは、

なんとか周りの小学校にも広めたいと思っている。

児童の情緒を安定させる、

あたたかい活動として、

なんとか周りの小学校でも活発になってほしいと思っている。

 

そのためには、まず、今の小学校から。

足元を固めてから、

周りに波及することを望むのだ。

足元が固まっていなければ、

単なる空想でしかないから。

 

人は人。

私は私。

今日、あらためて思った。

 

パソコンから顔を上げると、

吐き出し窓の向こうに見える。

午後の青空が、陽光とともに輝いている。

なんだか、いい年になりそうな予感。

 

嬉しい予感はそのままにしておこう。

さて、今年も頑張りますかー!

【エッセイ】毎日ブログの決意

実家に帰省した年末年始が終わり、

いよいよ新しい年がスタートした。

 

主人は朝7時前には出勤して、

私はスポーツジムに行った。

いつもの日常が戻ってきた。

小学生と中学生の娘はまだ冬休みで、

朝の9時まで寝坊はしたものの、

二人して冬休みの宿題の追い込みに入っている。

あさってから3学期の始まりだ。

 

この年末年始は、しばらくブログを休んだ。

主人の実家の隣の県に2泊3日で行ったり。

私の実家に3泊4日で行ったり。

なんやかんやで自宅にいなかったのだ。

 

スマホでブログを作成できるほど器用でもない。

PCに向かわないとブログが書けない私は、

仕方なくブログお休みを選んだ。

「しばらくブログ休むから、

アクセスはゼロかもなあ」

そんなふうに思っていた。

 

ところが久しぶりに開いたブログのアクセス数が、

えらいことになっていた。

「アクセス数、20」

そこにはまぎれもなく、

当ブログを見に来てくれた数が表示されていた。

 

もちろん、ほとんどの人にとっては、

アクセス数20なんて、

それが、どした?

という感じだろう。

 

しかし、である。

自慢じゃないが当ブログは、

平均ブログ数が1、2くらいの弱小なのである。

それが何を間違ったか、

アクセス数20、なんて。

何回も見直した。

何回も開いて見て、

いったん閉じて、

また開いて見て、

確認した。

 

うーん、なにがどうなっているのか。

まったくもって、分からなかった。

ただこのことで想像できることは、

「年始、家にいる人が多かったの?」

ということぐらいである。

それでも、どんな理由にせよ、

嬉しかったのは間違いない。

ありがとう、アクセス数20。

 

実を言うと、

アクセス数が少ないことは、

デメリットばかりではないと思っている。

少数の人しか見ていないという事は、

批判的な意見もほとんどない、

ということなのだ。

 

ブログを見る人が増えれば自動的に、

批判をしたくなる人も多くなる。

無難なブログでさえ、

きっと、無難でつまらない、などと、

言われてしまうのがこのネット世界なのである。

 

だから、平均1、2のアクセス、

たまーに10、20のアクセスがあるくらいが

もしかしたら気持ちの負担も重くなくて

いいのかもしれないな、

などと思ったこともある。

 

でも最近、腹をくくることにした。

それは今年56歳を迎えて、

四捨五入をすれば60歳になるなと思って、

自分の人生を振り返ったからだ。

 

「このまま、無難人生をこなしていくのか」

自分の本心を探ってみれば、

おのずと答えは出てきた。

答えは、YESではなかったのだ。

 

世の中のあまた居るブログ強者の中で、

自分が頭角を現すことなど

目指していなかったのだ。

でもここまで健康に年を重ねて、

そろそろ人生に本気で向き合ってもいいのではないか、

と思えてきたのだ。

 

それは素晴らしい気づきなのかは分からない。

失敗してコケて笑われるかもしれない。

それでも、それはそれで、構わないと

腹をくくる決意が出来た。

自分の人生を生ききる。

それが私の中で、腹落ちした。

ならばもう、やるしかない。

やるっきゃない!のである。

 

「毎日ブログ」

その難しい日課を、やってやろうと決めた。

出来るかできないか、ではなくて、

やるかやらないか、なのだ。

だから、やる。

ただ、それだけだ。

 

自分の日常を書くエッセイだから、

周りの人の事を書くこともある。

だから私は家族以外には言わない。

そう決めている。

 

今のところ、二人娘と、主人と、

実家の母くらいなものだ。

その中でもブログを読んでいるのは、

二人娘位なものだ。

そしてブログを応援してくれるのは、

実家の母位なものだ。

そのくらいの少人数の中で、

私のブログは出来ている。

だけど、だからこそ、

のびのびと、思ったことが書ける。

それは想像した以上に、

私を自由な空に解き放ってくれているのだ。

 

誰かに気兼ねすることなく。

自由に筆を走らせる。

 

今日の出来事。

昨日、思ったこと。

昔々、自分が深く感銘を受けたこと。

今の自分が思うことを、

思うがままに書いていくんだ。

 

先日、ふと思ったことがある。

 

「人生はまるで、ドミノ倒しだな。

山を越え、谷を這い、平たんで単調な道を行き。

だけどどんな小さなドミノも、

その1つが無ければ、ゴールはない。

今の自分があるのは、

すべてのドミノが倒れたくれたおかげなのだ。

いいことも。

よくないと思っていたことも。

今の自分を作るのに、

すべて必要なドミノだったんだ」と。

 

心が晴れた日も。

心が雨の日も。

その中に、きらりと光るものを感じられる心があれば、

きっといつか、笑える日が来る。

何年先か。

何十年先か。

きっと、いつか。

 

だから、きらりと光るものを感じる心を、

持っていたいと思っている。

 

そんなことを思いながら、

今日もブログを書いている。

 

そんな年始の私なのである。

【エッセイ】2026年の抱負

あけまして、おめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

2026年になりました。

いよいよ新しい年のスタートです。

 

新しい年がスタートすると、

いつも思うのですが、

なぜか自然に背筋が伸びて、

何か楽しいことが始まりそうな、

わくわくした気持ちになるのです。

 

いいことが起こりそうな。

思いがけない出会いがありそうな。

予想外の楽しいことがありそうな。

そんな気持ちになるのです。

 

とはいえ。

私も56歳になり、

なかなかに健康が気になる年にもなりました。

4年程前にブログを始めた頃より、

ぐっと、健康に気を遣うようにもなりました。

でもそれは、良くも悪くも、

自分自身の人生を考えることに

つながっているように思います。

自分の人生をしっかりと生きていこうと、

今できることをしっかりしていこうと、

そんな風に思うきっかけになっているように思います。

 

さて、そんな私ですが、

今年はブログと言うものを、

本気でやっていこうと思っています。

もちろん今までも本気で書いている時はありました。

でも毎日ではなかったのです。

 

紙媒体の日記はもう、27年以上書いていて、

まあなんとか続いているのですが。

パソコンでのブログとなると、

ちょっとハードルが高いのですよね。

 

うちのパソコンは2階に置いていて、

夏は暑いし、冬は寒い。

扇風機とストーブの限界を感じながら、

汗ダラダラの夏と、

指がかじかむ冬を、

必死に乗り越えてのブログだったりするのです。

そういうわけで、毎日は書かず、

ときどき書く、という感じになっていたのです。

(もちろん、なまけ心もありますよねー)

 

この、ときどきブログ、というスタンスを変え、

今年は毎日書いていこうと思っているのです。

いや、いや。

書いていくと決めたのです!

事情で書けない時は、

「ブログをお休みします」

ときちんと宣言して、

でも通常は書いていくという、

決意をしたのです。

 

それは、ブログ飯の為。

でもそこには、

それだけではないメッセージもあり。

私にしか紡げないものを、

書いていきたいと思っているのです。

 

「きらり☆エッセイ日和」のブログでは、日々の気になること、

目についたことを書いていきます。

「きらり☆素敵な一人ジム」のブログでは、スポーツジムの楽しい過ごし方を、

私なりに書いていきたいと思っています。

「きらり☆愉快なボランティア」のブログでは、小学校のボランティアならではの難しさや楽しさを書いていきたいと思っています。

 

今はまだ、つたない文章ですが、

毎日書くことできっと向上していきます。

だから、みていてほしいのです。

読んでくれる人が、1分でもほっこりできたら、

大成功だと思っています。

 

人生は楽しんだもん勝ち!

ビバ、エッセイブログ女子!

(女子?)

 

今年もどうぞ、ごひいきに☆

【エッセイ】年賀状じまいを決めたものの

数年前に、年賀状じまいを決意した。

でもその時は、すべてを減らすのではなく、

ほとんど義理で出している年賀状は、

もうやめようと思ったのだ。

そうして「年賀状は本年限りで」と、

一区切りつけることにした。

 

相手も特に何も思わず、

ああそうですか、

と言った感じだったと思う。

実際、最近は私が出したものに、

正月遅れて返事の賀状が来るくらい

だった人も少なくない。

というか、年賀状じまいを決めた人たちの

ほとんどはそうだったんじゃないかと思う。

 

中に一通だけ「寂しくなるね」と、

年賀状じまいを惜しんでくれた人がいた。

友人の一人だった。

でもその友人は、毎年の年賀状は、

私が出してからの返信ばかりだった。

 

なにより、結婚式をする際に電話して出欠を聞いたら、

「仕事があるから行けない」

との返事だったのだ。

もちろん、仕事は大事だし、仕方ないなと思う。

でもなあ。

事務職の彼女の仕事が、どうしても行けないというのが、

ちょっとひっかかってしまって、

ああそうですか、となってしまったのだ。

もともと、それほど親しいわけではなかった。

だからもう、年賀状じまいを撤回する気は

残念ながら起きなかったのだ。

 

それまで100枚近い年賀状を送っていたが、

一気に4分の1ほどに減った。

そして相手からの年賀状じまいもくるようになり、

昨年はついに10数枚になっていた。

厳選されまくっていた。

そうなると、お互いの近況も詳しく書ける。

なにせ数が少ないのだから、

お手紙感覚だ。

それはそれで、なかなかいいなと思っていた。

 

しかし、急に転機が訪れた。

親戚の訃報が続いたのである。

訃報があるとその年は年賀状を失礼するようになる。

そうして数年送り合わないと、

来ない人も出てきた。

私も経験があるが、

なんとなく送り合っていた年賀状は、

訃報をきっかけに、その人が送り先リストから外れることは、

よくあることなのだ。

残念だが仕方なと思った。

どうしても続けたいということではなかったということだ。

 

そして、今年の年賀状である。

来春、次女が小学校を卒業する。

もうけっこう大きく成長したので、

子供の写真付き年賀状を送ることもなくなった。

そういうかんじで、

主人が「もう年賀状はやめる」

と年賀状じまいを宣言してきた。

私はまだそこまでは決めかねていて、

どうしようかな、と思っていた。

すでに大半の送り先には、

年賀状じまいを行っている。

残りの相手はどうするか。

そのうち、そのうち、と思いつつ、

日々は過ぎていった。

 

師走のあわただしさに、

すっかり年賀状のことを忘れていた私は、

ふと、スーパーのレジ横の年賀状に目が行った。

「年賀状、どうしようかな」

ようやく思い出したように、

考え始めた。

 

しかし、よく考えたら、もう12月22日。

クリスマスイブが近いではないか。

たしか、元旦に届けるためには、

「クリスマス頃までに投函を」

ということだったはず。

いっけねー、忘れてた!

スーパーからの帰り道、

「近いうちに年賀状買いに行こう。

そして今年ですべての人に対して、

年賀状じまいを宣言しよう!」

私は決意したのだ。

 

しかし。

クリスマス、バイト帰りにスーパーには行かなかった。

ショッピングモールで、

ケーキもチキンも総菜盛り合わせも買ってしまったのだ。

 

よし、明日買いに行こう!

そう思っていたが、翌日は、

バイト帰りに、有休をとっていた主人が来て、

娘たちと一緒に催し物を見てすぐ帰宅した。

気が付けば、スーパーに行っていない!

 

よーし、明日こそー!

鼻息荒くそう思っていたのだが、

「コンビニでもいっか」

と思って、ジム帰りの途中にあるコンビニで、

年賀状を買い求めた。

店員さんに聞くと、

奥から年賀はがきを出してくれた。

どうやらもう買いに来る人はいないから、

奥にひっこめていたらしい。

申し訳ない。

そうして必要枚数を購入して帰宅した。

 

厳選した6人の昨年の年賀状を出し、

ふとその文章を読んでみる。

みんな近況だの報告だのしてくれている。

私と同様、お手紙感覚で、

いろいろ書いてくれているのだ。

それを読んでいるうちに、

なんだか妙に懐かしくなってしまった。

 

こんなに懐かしい気持ちになるのは、

年に一度の年賀状の時くらいだな。

そう言えば、結婚式の連絡が出来たのは、

この年賀状の連絡先があったからだな。

 

学生時代の友人5人、

社会人の友人1人、

たった6人の年賀状相手。

一時の100枚超の頃に比べたら、

信じられないくらいの少なさだ。

 

でもこの6人への思いは、

きっと100人にも負けないと思う。

だから、すぐには、

年賀状じまいを宣言できなかった。

そうして、少しの間、迷ってから、

私は書き始めた。

 

「次女が小学校を卒業すること。

来年はなにか楽しい事をしたいと思っていること」

 

一人ひとり内容は少し違うが、

同じようなことを書いた。

そうして年賀はがきの、余白は埋まった。

その中に、「年賀状じまいします」

の文言は、ついに書くことが出来なかった。

 

年賀状じまいについては、

まあ、また、来年考えよう。

 

自分の下手な字を見ながら、

郵便ポストに投函した。

こんな下手な字でもきっと、

気持ちは伝わっているよな。

 

手書きの味わい深さを、

ひしひしと感じた私なのだった。

 

【エッセイ】主人の有休とクリスマス

クリスマスに主人が有休をとってくれた。

どうやら有休を消化したかったらしい。

いつがいいかなと聞かれ、

クリスマスがいいと答えた。

私がバイトで不在となるので、

二人のお世話をしていてほしいと願いでたのだ。

 

そういうことで、

朝から私をバイトに送った主人は、

一日、二人のお守りをしてくれた。

といっても、もう小6と中2である。

そんなに手のかからない年齢だ。

ただ私が期待したのは、

せっかくのクリスマスだから、

二人娘を退屈にすごさせたくないということ。

どうせなら楽しいクリスマスにしてほしい。

そうして主人はしっかりと、

二人の面倒を見てくれたのだ。

 

夕方に私のバイト終わりの時間に、

主人と娘たちが迎えに来てくれた。

どうやら、ショッピングモールで、

マジックショーがあるらしい。

1時間ほど早く来て、

二人はスタバでお茶をして、

主人はぶらぶらして、

そのあと私は合流して、

一緒にマジックショーを見た。

始めてみる本格的なマジックショーに

家族4人で興味津々だった。

 

どうやったらそんなに器用に出来るのか。

グラスをワインが入れ替わったり、

本物のお札がでてきたり、

眼から球が出てきたり、

もう良く分からなかった。

どれだけ訓練しても、

きっと私には一生出来ないなと思うような

いろんな不思議な技が次々と出てきた。

見終わって、見に来て良かったなと思った。

 

帰宅する車の中で、

主人が言った。

「もう餃子は作ってあるんだ」

どうやら手作り餃子はすでに作っているらしい。

折角の有休なのに、家族の夕食をきちんと手作りしてくれる。

ありがたいなと思った。

昨日、誕生日で、今日も、

行ってみればクリスマス当日で、

まだ浮かれていてもいいはずなのに。

主人はきっちりと自分の仕事をつくって、

それをこなしている。

えらいなあと感心した。

 

夕食に、主人の作った餃子を頂いた。

50個も作ったそうで、

三割くらいは残ってしまい、明日に回した。

それでもいっぱいの餃子で満腹となった。

とてもおいしい餃子だった。

食事前に、昨日の残りのシャンパンをグラスに注いだ。

主人のグラスに注いだ後、

私のグラスに注いだ。

私の方はもう、ちょっとしか残っていなかった。

それでも、餃子を作ってくれた主人には、

もうなんの文句もなかった。

ただありがたいなと思っただけだった。

 

いつか、主人が言っていた。

「○○さん(私の名前)は、甘やかされて育っているから、

何にもできないと思って結婚した。

でも意外と料理が出来て驚いたよ」

ひどい言われようである。

 

でもまあ確かに、大学の家政科を出ていなければ、

きっと私なんて、味噌汁のひとつも出来ないタイプである。

そのくせ味にはうるさいので、

おいしいとか、おいしくないとか、

いろいろ文句を言うタイプになっただろう。

家政科の調理実習を履修しておいて、

心から良かったと思う。

 

でも、だからかな。

大人になってから調理実習を習って、

とても良かったと思うから、

皆でABCクッキングにも行こうと思ったし。

主人のパン作りも応援しようと思うのだ。

娘が料理を習うのも、

賛成したいと思ったのだ。

 

リビングには激安で買った2メートルほどの

大きいクリスマスツリーが置いてある。

壁には長女が作ったクリスマスリースと、

幼稚園時代にバザーで買ったクリスマスリースと、

生け花師範にいただいた大きなクリスマスリースを飾っている。

 

明日はまだもう少し余韻があるけれど、

あさってからはもう、

本格的に新年の支度に様変わりしていく。

家の中もお店の中も、街中がお正月に向けて、

あわただしく準備をしていく。

 

主人も明日仕事納めで、

あさってからは長期の年末年始のお休みだ。

隣の県に行ったり、隣の市の私の実家に帰省したり、

いろいろとあわただしい日が待っている。

 

それでも、今はまだクリスマス。

娘にちょっと小言を言いたくても、

それも今日までは控えめに。

せっかくのクリスマスだから。

 

サンタさんからのプレゼントで、

今日は一日遊んだのだろう。

それを私は見れなかったけれど、

その代わりに主人がしっかり見てくれたのだろう。

 

ありがとう。

面と向かっては言えないけれど。

二人娘に楽しいクリスマスを過ごさせてくれて、

感謝してますよー。