心はいつも不安ではなく、不満ばかり
「原因」と「結果」の法則を読みまして
少し、考えるようになりました
今ある現実は、これまでのすべての結果だとすれば
それが真実だよな
自分では、私は穏やかであり、優しいと思っていたけれど
では、いつも自分の心の状態はどうであるのかと
意識するようになった
心に種をまくのは私
その種が、不満やす案ばかりであれば、咲く花たちは
それに沿ったものになるのは明らか
ひまわりはひまわり、チューリップはチューリップだものね
本を何度も読み直して
自分なりに心を見つめなおしてみた
自分の心は、優しく包まれていると思っていた
しかし、
私はいつも心の中で、不満や不安ばかりを呟いている
そう・・・
気づけばいつもだ
なんでそうなの?
どうしてそうなの?
ほんとわかってない!
バカなんじゃないの?
気づくと、こうして心の中で不満ばかりを呟いている
もちろん、自分ではなく、他人に対してである
自分は、寛容であると思っていた
穏やかだし、怒りをぶつけることもないと・・・・
どこかで、私は出来た人間だからなんて
思いっきり傲慢でしかない心なのに
いいように理解してやり過ごしていたのだ
最悪ジャン、アタシ
そして、
私の心は何かあれば、表には出さなくとも
すぐに拗ねる、不平不満を言う、蔑む、悪態をつく
こんなことしかしなくなっていた
要は、表に見えなきゃいいんじゃないの?ってところかな
思えば、確かに
昔は、純粋にそんな心ではなかった
「原因」と「結果」~~を読んで
私の場合も、じゃぁ、一体いつからこの連鎖は繋がっているのだろうかと
考えた
そう、そして、考えたら・・・
今、こうしている結果が明らかなように
私は、ひとつも良い種を蒔いてなどいなかったのだ
いつも不満、不安、蔑む、・・・・ばかりだった
その中で、私は悪くないのよ
相手がすべて悪いんだから・・・
これがすべてだと
疑うことはなかった
どこまでいっても相手の所為でこうなっている
それしか
私の頭も心もいっぱい
どうにもならない状態
しかも、それが正解であると思っていた
私は悪くない
あの人がいけない
アイツがダメなんだ
あの場所がよくないんだ
そんなことばかりで
先に進まない
当たり前だ
原因はここ、自分にあるのに・・・・
そこで、
すべての原因は私にあるのであれば
原因を変えてゆかなければ
結果は変わらない
良くわからなくなるので
本を何度も読み返す
ここまで私の原因が悪い方向へ回っているのであれば
もう、根本を軌道修正しなければどうにもならない
こうして考えている間でも、私が悪いんじゃない!!と
そう
思ってしまっているような始末だ
どうしようもない
しかし、懲りることなく
とにかく、軌道修正をかける
何度も何度もだ
私の心が誰かを責めていれば、違う!!といって
取り払う
その繰り返しだ
そして、
私の心に言う
大丈夫、できる と
呪文のように言う
何度も何度も、何度も
今はまだ
修正ばかりだ
相手がいけないと心が当たり前のように決めつけている
習慣を失くすこと
そのたびに、訂正修正をかけること
繰り返す
でも、一体いつからなんだろう
こんなに卑屈になって
卑下するようになってしまったのは
自信がなくて
落ち込んで
そのまま
前を向かないで
してしまったのだろう
とにかく、
まだ命があるのであれば
心にはよい種を蒔いていきたい
そうして、
ほぉ~うら、こんなに綺麗な花が咲いたでしょ!
なんて感じたい
ありがとうって、すべてのものに心からの感謝を
当たり前のようにできるようにありたい
今はまだ、心の中に生えているたっくさんの雑草たちを
取り除かなければならない
雑草は取り除いて、そうして
綺麗な花が咲く種を蒔こう
そうしよう
大丈夫、できる!!