そう言えば
最近
というか
もう随分
腹を抱えて
笑っていない
もう、そんなこと
ないのかな?
なんて
思ったりした
時には
苦しいほど
笑って
みたいよな
なんて
ちょっと思った大晦日
良いお年を!
いろいろあるけれど
がんばらない
がんばらない
先日、
長年通っているサロンで
ちょっと辛いご病気の話を聞いた
私も、あまり認識されていない
1型糖尿病という世界で生きている
食事制限がある
似たような環境に
切なくなってしまった
私は
家族以外には病名は話していない
打ち明けても、認識されていないのと
説明したとしても
理解されないからである
病名事態を知らない方ばかりだ
ましてや
その病状はいくら説明したとしても
わからない
理解などされようと思ってはいけない
毎日のお食事の制限ある世界は
なかなかキツイ
世の中は
どれほどまでも
食に溢れている
外での食事ができない
人との会う機会は
ほぼほぼなくなった
外出するときは
お食事はしない
それでも、インスリン注射は打たないといけない
何あの人!
という目で見られる
トイレで打つのも
衛生的には
好まない
難しい
仕事も
低血糖のリスクを打ち明けると
自己責任だから
会社に迷惑かけないでね
と
あっさり言われる
はいはい
分かっています
特別扱いとか
そういうの
日本の社会って嫌いだよね
はいはい
自己責任ですよね
じゃぁ、自分がなってごらんよ
と
言いたくなるが
まぁ、
こんなんに認識のない病気
言ったところで
誰も知らないから話にならない
だから
いろいろあるけれど
がんばらない
もう
がんばれない
真摯に純粋に
真面目に生きてきたって
救われないのだ
好きに食べて飲んで
楽しんでいる大半の人たちが
理解できる訳ないのだ
10万人に2人程度の病気
私も、同じ病名の方と出会ったことはないし
身近にもいない
遠くにもいない
いいのだ
がんばらない
がんばらないで
生きてゆく
数年前に
年賀状終いをしたのだが・・・
実は
続いていたりする方もいて
そして
疎遠になってしまっていた方も・・・
残念だけど
なんとなく、年齢を重ねてくると
仕方ないのかな?とか
思ったりして
でも
ふと
かわいいクリスマスカードが届いて・・・
えっ?何?と
思っていたら
年賀状終いを聞いてから
ずっと気になっていましたと・・・
年齢を重ねてくると
親の介護や逝去が次々と訪れて
何年も喪中になってしまうことも
重なり
年賀状終いはやはり仕方なかったかもしれない
お互いに
ずっと
仲良くしていて
普通であれば、そのまま疎遠になって
お終いである
なのに
こうして
カードを送ってくださって
そして
連絡先のメールや携帯番号も
教えてくださって
お互いに
連絡が取れて・・・・
そして
また会うことができるように
なった
なんて
素敵なんでしょう
お気持ちが
ありがたいのと
切れないご縁は
繋がっているのだと
これは
もう何度も体験してきて
感じている事
よく、縁があれば
何度でも出会えると
聞いていたけれど
本当なんだって
嬉しくてたまらなかった
自分の残りの人生も
お終いが見えてきました
逢える人には
逢います
逢いたいです
たくさん
たくさん
逢いたいです
会いましょう
また
会ってください
お願いしますね
さて
今日も、始めましょう
不思議なもんだ、脳
そこからの発信が
いろいろな機能、思考を支配している
のだそうだ
でも、
自分で脳をコントロールなんかできる?
と
思ってしまう
だが
思い込み、というか
もう、半ば強制的に
そう思う
と
脳は、それが真実であると判断するらしい
そうなの?
でも、ネガティブ思考が
一気にポジティブになれる訳がないし
もし、強制的に
思考を変換したとしても
すぐに戻るよね
癖みたいなもんで
いくら、こうしようと思っても
そうはならない
のが
脳なんじゃないの?
とか
思うけれど
そうでもないらしい・・・
そうなの?
半信半疑・・・というか半信全疑
でも
ちょっと試してみる実験はありだなって
思う
もし、本当に
そうなのだとしたら
脳の指令は
自分でコントロールできるってこと?
になる?
でも、思考は
すべてに影響すると思う
それは信じられる
でも
この長年の
スーパーウルトラヘヴィー級ネガティブ脳を
コントロールしてゆくのは
相当なものであると想像はつく
それでも
実験
してみる?
私の脳
どうよ?そのへんは?
心が緩むことはなく
生きてきた
誰にも苦労や不幸はあるし
都合が悪い事もある
理解を求めてこなかったけれど
辛い状況は、それはそれで
キツイ人生である
まぁ、
仕方ないか
と
諦めている
ただ、
それでも
ずいぶん、我慢ばかりさせられてきたんですね
なんて
言われた日には
返す言葉がない
多かれ少なかれ
皆そんなもんでしょ・・・の
感覚
人に話せる人ほど
大したことがないのは知っている
私は
どうせ理解の範疇にないのが
わかっているので
誰にも打ち明けることはなく
ここまできた
最低最悪の人生を
わざわざ話してもねぇ
でも
生きているうちしか
いろんな事は伝えられないのだから
ちょっと
省みて欲しかったけれど・・・
でも
求めない
もう、ここまで来たら
やさぐれではなく
諦めた先の
なんというか
それでも
私としてちゃんと生き抜きたいという
それだけの気持ち
いい人ではない
悪態もつくし
ふざけるなとも思う
それでも
それでも
なんか
自分優位の傲慢より
真摯に生きるのは
いいように考えている
それが正解かは
わからないけれど
自分を優先というのは
わかる
でも
そんなの
してこなかった人間が
はい、じゃぁ、そうする!って
できるもんじゃない
ただ、
辛かった出来事を
でも仕方ないとか
うまく丸め込ませないでいいと
言う
そうだよ、
ひどかったよね
嫌だったよね
と
自分に寄り添うのがいいらしい
そうなんだぁ
じゃ、
それくらいはできる
ちょっと
そこから始めてみる
あぁ、嫌だった
あぁ、辛かった
あぁ、なんて酷い事を!!!
そうだよね
嫌だったよね
自分に寄り添って
あげること
まずは、そこから
ものわかりよく
いい子で生きて来て
辛い出来事しか
この世で残っていないなんて
哀しいよね