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「月にはコウモリ人間やビーバーがいる」1835年、新聞記事から広まった天文学的デマ

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(著)

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 1835年8月25日、大きな声の新聞売りの前で立ち止まりニューヨーク・サン紙を購入した読者は、まんまと担がれることになった。

 一面の4分の1に掲載された記事は、権威あるエディンバラ・ジャーナル・オブ・サイエンス誌からの抜粋であると書かれていた。それによれば、南アフリカの奥地で著名な天文学者ジョン・ハーシェルが大発見をしたのだという。

 月に生き物がいるのというのだ。それも大量に。植物が生い茂り、後ろ足で立つビーバー、一角のヤギ、さらにはコウモリのような人間まで発見されたという。

 それから5日間というもの、7トンあるという最先端の望遠鏡でハーシェルが発見した月の最新情報に読者は釘付けとなった。月の観察からは、色とりどりの花々や、荘厳なる寺院、空を飛ぶ人型生物などが発見された。

 事実であればあまりにも素晴らしすぎる記事であるとはいえ、ハーシェルはれっきとした科学者で、月の生命の考察で引用されたこともある。エディンバラ・ジャーナル・オブ・サイエンス誌もまたきちんとした科学誌だ。ならば、これがまさかデタラメであるなどとは誰も思わなかっただろう。

 記事は街中で話題となり、他の新聞などにも取り上げられ、様々な憶測が流れた。2本足で歩くビーバーや月の人は何者であろうか? 彼らに宗教はあるのだろうか?

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image credit:A rendering of Herschel’s moon-peering telescope.

「月に生物」が広がっていった時代背景

 1833年創刊のサン紙はいくつかの点で画期的な新聞であった。蒸気印刷機で大量に刷られ、値段は1セントと一般的な6セントよりもかなり安かった。また、街角に立って見出しを連呼する新聞売りによって売られた新聞もこれが初めてだった。バーゲン価格であるゆえに、広告主を引きつけるために売り上げ部数1万5,000部は必要だった。

 だが、情報の正確さは二の次だった。当時のサン紙の情報源は常に正しいとはかぎらず、事実であることもあれば、風刺であることもあった。ラジオが登場する以前、新聞は日々の娯楽のようなものだったのだ。のちの登場するタブロイド紙のように仰々しくもなく、ちょっとした創作も期待されていた。

 月の記事が掲載されたのはそのような時代であった。

6回にわたって報じられた「天文学史上もっとも素晴らしい発見」

 1835年8月21日に「天文学史上もっとも素晴らしい発見」という予告が掲載され、それから4日後に6回シリーズの第一弾が報じられた。その大部分はハーシェルがいかにしてこの大発見をなしたのかについての説明に費やされていた。

 「水力-酸素顕微鏡」の要素が組み込まれた巨大望遠鏡のレンズによって、長距離の観測が可能になったこと。ガラス専門業者によって26基の光学機器が製作されたこと。4万2,000倍の倍率があれば、ケープタウンから56キロメートルの場所にある天文台から月面の昆虫でさえも観測可能であること……。

 2日目の記事には、望遠鏡の月面観測準備が整い、ハーシェルが玄武岩の岩に咲く赤褐色の花を発見したとあった。

 3日目、記事の記者とされる人物で、ハーシェルと親しいと称するアンドリュー・グラントはこう記した。

……二足歩行するビーバーである。最新の発見は地球のビーバーそっくりであったが、尻尾がほとんどなく、たった2本の足で歩く習性がある点で異なっている。人間のように子供を腕に抱き、穏やかに揺すっている

 グラントの報告によれば、ビーバーが建てる小屋は地球の未開人よりもずっと洗練されており、てっぺんから煙が登っているという。どうやら火を使用するようである。

 4日目、「巨大な翼を持つ生物」が発見され、それは「確かに……人間のようで」あり、「会話を行なっている」と報じられた。5日目、寺院のような建築物が発見され、謎めいた宗教を信仰しているらしきことまで明らかにされた。6日目には、コウモリ人間が登場し、「かなり粗雑に」果物を食べていると伝えられた。

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image credit:Wikimedia Commons // Public Domain

 最後の回は残念な知らせで締めくくられていた。グラントによれば、望遠鏡が不適切な位置にあったため、虫眼鏡のように太陽光が集まってしまい、天文台が火災に遭ったという。このため観測の続行が不可能になったというのだ。

アメリカ全土からヨーロッパに拡散

 このニュースの噂はたちまち広まり、ニューヨーク以外の州やヨーロッパにまで伝わった。ザ・ニューヨーカー誌は記事が本物であると支持を表明し、バプティスト教会はコウモリ人間に寄付や福音の教えが必要であるか検討したらしい。学会ですら、サン紙の記事を直ちには否定はしなかった……何しろ情報が少なすぎるため、月に動物がいないと断言できなかったのである。

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image credit:Library of Congress

ライバル紙よりデマであると報じられる

 そして、ジェームズ・ゴードン・ベネットが登場する。彼は競合紙であるニューヨーク・ヘラルド紙の編集長である。シリーズ終了直後の8月31日、これを読んだベネットはでっち上げだとサン紙を非難した。特にサン紙の編集長に就任したばかりのリチャード・アダムズ・ロックを名指しして、売り上げを伸ばすための行為である批判した。サン紙は一月で6万部も売り上げていた。 ロックはこれを否定し、両紙でお互いをなじる記事が繰り返し掲載された。9月になって問題の記事が作り話であることが確認されてからも、ロックは意見を変えなかった。そして、1836年にサン紙を去ると、”月のホラ話の著者”の肩書きを用いるようになった。1840年になると、科学的データがないのに地球外の生命を声高に語る神学者、学識者を称する輩、科学ライターへの風刺であると主張するようになった。

 なお、サン紙の読者からは特に非難されなかったようである。でっち上げであることが明らかにされてからも概ね好評の意見が多く、2年後には発行部数が大幅に伸びている。

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image credit:El viatge a la lluna

 唯一の例外はエドガー・アラン・ポーだ。彼は事件の2ヶ月前、サザン・リタラリー・メッセンジャー誌に風船で人が月面へ行くという似たような作品を掲載していたのだが、これはほとんど話題になっていなかった。ポーは盗作であるとしてロックを非難したが、それを認めることなく彼は1871年にこの世から去った。また、サン紙も1916年に廃刊となっている。

via:hoaxesBeavers on the Moon: The Great Astronomy Hoax of 1835など

 夢とロマンあふれる情報はつい信じてしまいたくなるものだ。今ではインターネットの普及で誰もが情報の精査をしやすい環境にあるが、情報源が新聞だけという昔の人はそれも叶わなかったろう。

 今の時代にあっても、様々な情報が伝言ゲームのように伝えられていくうちに何が真実なのかわからなくなることは多い。私も心躍る興味深い海外からの情報に何度釣られてしまったことか・・・。それでもどうしても、このワクワクを誰かに伝えたくなっちゃう気持ちは抑えられないので、うっかり暴走してしまうこともあるかもしれないが、見てくれた人に教育的指導を受けながら、インターネットの荒波にもまれていくことにするよ。

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この記事へのコメント 25件

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  1. 現実に想像力の介入する余地がある時代っていいよね

    • +6
    1. ※1
      いつの時代も先端の科学や技術はそうでしょw
      今も現実の事実は夢や想像力であふれているじゃないか

      • +6
  2. 記事の話が1836年から100年以上経過した1940年に話題が移るところが、この記事の引っ掛けかな

    • -2
  3. 事実じゃなくても面白ければかまわない
    何でもしかめっ面で疑ってかかるより盛大に騙されて笑ってるほうが楽しいもん

    • -3
  4. ジャスティンって、この頃からお騒がせ男だったんだな。

    • -2
  5. そして今はネットは信用できる、と名無しの権兵衛が出してきた
    真偽も不明な情報に飛びついて議論をしている人がイッパイ
    ツールも媒体も情報化社会も人間の本質は変えられなかったご様子

    • +5
  6. ジョン・ハーシェルは確かにケープタウンで観測してたけど、新発見とやらを異国のニューヨークで知り得たんすかね?まだ無線通信も電話も無い頃ですが・・・伝書鳩?

    • 評価
  7. うん兆円かけてまで月に行きたがるわけだ

    • 評価
  8. 地球の長い午後の鳥人の元ネタってこの蝙蝠人間なのかな?

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  9. 今のメディアも平気で捏造記事書きまくってるね

    • 評価
  10. 根拠は忘れたけどホラ噺だって見破ってた人 何人か居たみたいだね、唯 目くじらは立てなかったみたい、むしろ面白がってどこまで話が拡がるか楽しみにしてた人も。

    • +8
    1. ※14
      嘘だと薄々分ってても逆にそれを楽しんじゃうおおらかさが当時はあったのかもなあ
      今は何でもかんでもそらパクリだ捏造だ陰謀だってうるさい連中多すぎる
      もうちょっと心の余裕欲しいね

      • 評価
  11. ちなみに ” 江戸川乱歩 ” は ” エドガー ア ランポー ”
    を文字ったペンネーム。
    これ豆な

    • +3
  12. いいか悪いかは別として大らかな時代だったんだなぁ。題材も特に誰にも迷惑をかけるジャンルじゃなかったのが良かったのかもな(ポー除くw)。

    • 評価
  13. 素晴らしい大ボラ。トップ絵(この図版も素晴らしい)見た記憶あるので何度か出会っているネタだと思うのですが(マガジン?奇想天外?スタログ?あるいはヨコジュンさんとか?)ここまで大ネタだったとは。
    オリジナルのテキスト化はWikipediaにリンクありましたがなにぶん長い。マシュー・グッドマンさんの書籍『トップ記事は月に人類発見!一九世紀、アメリカ新聞戦争』を探してみることにします。

    • +2
  14. まだ、飛行機(有人動力発飛行は 1903 年)は飛んでませんでしたからねぇ

    • 評価
  15. 当時は月になんて絶対行けないと思われてたからいくらでも嘘がつけたんだろなぁ

    • +1
  16. 海王星が未発見の頃、元素に周期表など無く、
    なんとなく重さだけで語られ、化学式も正確には分かっていなかった時代。
    今でも化学の時間なんかで教わるような発見がちらほら出てきた頃。
    放射線は知られて無く、トリウムランプやウランガラスなんかが作られていた。
    (ウランの発見は18世紀末)
    光は粒か波か論争にひとまず波と言うことで決着が付いた頃、
    では波を媒介する物は何かと言うことでエーテルという仮想物質が考えられる。
    その数十年後にアインシュタインが「エーテルなんて無い、光は粒でもあり波でもある」と言い出す。

    • +3
  17. ジャスティンが月まで飛ばされたわけじゃなかったんだね!

    • +3

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