
1 スフィンクス
ギザの大スフィンクスは、伝統的な考古学ではカフラー王(紀元前2500年頃)の時代に建造されたとされているが、スフィンクスに刻まれた大量の雨水で侵食された風化痕を研究し、その地質学的証拠(風化のパターン)に基づけば、紀元前7000年~5000年頃、すなわち、スフィンクス本体はピラミッドより古い時代、あるいは別の初期文明によって建造された可能性を指摘する説がある。
そもそも、スフィンクスがカフラー王の時代に建てられたものと考えられている物的根拠は、非常に少なく、三大ピラミッドの真ん中のカフラー王のピラミッドの参道上に位置しているということから推測されたものであり、逆に元々在ったスフィンクスに合わせてカフラーピラミッドの参道が築かれたという言う推測も成り立つわけである。実際、あれほど方角や角度にこだわるピラミッド遺跡群において、カフラーピラミッドの参道は、垂線でもなければ対角線上にもない。
さらにスフィンクスと言う遺跡は放っておくと、すぐに砂に埋もれてしまう特性があり、何度も掘り起こされたと言う歴史的事実がある。確かに、スフィンクスの頭部の肖像は、当時のファラオの象徴的スタイルをしているが、ある時期に偶然発掘されたスフィンクス遺跡を見て、当時のファラオの象徴に取り入れられたという考えも成り立つ。それに支配階級の伝統というのは、2000年くらい継承されても不思議ではない。
つまり、カフラーピラミッドの参道上にあるという根拠は、建築時期を特定するには、あまりにも薄弱なのだ。
さらに、砂に埋もれやすい特性が、風化や浸食を妨げて、ピラミッドよりも古い時代であっても、建造時の状態が保存された可能性は十分にある。
ちなみにスフィンクスが世界遺産となっているのは、あくまでギザの三大ピラミッド等の遺跡群の一部扱いである。しかしこの説が正しければスフィンクスこそが、その遺跡群の起点となった可能性が高い。まさに、地動説の如く、 “全ての始まりがスフィンクスであった”という天地動転の説が出ているのである。
さて、この説が正しいとなれば、このスフィンクスは、一体いつ、何のために建造され、一体何千年、一人ぼっちで砂漠の中に埋もれていたのだろうか?
2 韓非子の孤憤篇
孤憤、すなわち、「誤った方向へ進もうとする世界に対し、これを知りながら、ただ独り憤る」状況は、世の常であろう。
以下は、韓非子孤憤篇の冒頭文である。
「智術の士は明察し、聴用せらるれば、まさに重人の陰情を燭さん(てらさん)とす。能法の士は勁直にして、聴用せらるれば、且に重人の姦行を矯めんとす。故に智術能法の士用いらるれば、則ち貴重の臣必ず縄の外に在り。是れ智法の士と当塗の人とは、両存すべからざるの仇なり。」
簡単に言えば、法を公正に運用し、上下を巧みに操る術を持つ「法術の士」なる者が現れたら、既得権益者にとってはすこぶる都合が悪いわけであり、当然あらゆる妨害を受け、「孤憤」の中に埋もれさせられるわけである。
それでも、韓非子五十五篇は、ネットは愚か、印刷技術も無い時代に、世に広まり、国を出て、隣国秦の若き覇王の目に留まる。
ところが、「韓非子2000年の悲運」でも語ったように、この出会いが、韓非子だけでなく、その思想の運命をも狂わせ、法家の思想、法による支配の真髄は、書物の中に埋もれ続ける。
ただ私の考えでは、彼の思想は、きっと早過ぎたと感じている。儒教の仇と言われ、封印されなかったとしても、中華やアジアに、モンテスキューを先駆けて、「法の精神」が著されることは無かったと思うし、ジョン・ロック的「社会契約論(by統治二論)」が唱えられたとも思えない。それは土地を支配しようとする農耕民族と、人を支配しようとする狩猟民族という差からの私なりの推測だ。
韓非子の思想は、封建時代の君臣が存在する時代に形成されたものであるが、法の統治は、基本的人権と国民主権の思想が土台に在る方が都合良い。以前にも話したように、「法」は他人が定めるものであるため嫌われがちである。主権在民となれば、「法」の不都合の責任の一端は、民に帰するわけであるから。我々は法に縛られているのではなく、法に責任を持っているのである。それが「最善の専制政治(君主制)よりも、最悪の民主政治(共和政治)のほうがましだ」(銀河英雄伝説:ヤン・ウェンリー等)と言われる所以である。
しかしながら、現代世界はまだまだ未熟だ。天下に「法」が君臨し、司法によって公正に判断され、実行部隊が、過不足なくこれを執行するのであれば、世の中に、領土問題も宗教対決も起こらない。ところが、私たちは、国際法は愚か、自国内の法律ですら持ちあぐねている。
韓非子五十五篇も相変わらず悲運なものだ。こんな時代に発掘されても、せいぜい経営哲学書で面白おかしく扱われるだけ、もうしばらく書物の中に埋もれていた方が良かったかもしれない。
ずっと先の未来、彼の思想など、全く原始的で古典的と言われる時代に発見され、「なんだこりゃ?確かにまあまあ上出来だが、このくらいの作品なら誰でも作れるさ。ようし俺はこいつの横にもっと大きな「知」の遺跡を残してやるぞ」てな具合に、図書館か大学でも作ってくれる人が出てきて、ようやく、韓非子の長い長い孤憤にも意味が見出せる時が来るのかもしれない。
3 私の孤憤篇
本巻を執筆するにあたっては、正直に言ってかなり抵抗を感じていた。前巻の「説難」では、己の才覚を総動員して、ずいぶん凝った構成に挑み、誰かに評価されたわけではないものの、書き終えた時にはそれなりの充実感と達成感を覚え、そこで一区切りをつけるつもりでいた。しかし、日々募る不安定な世界情勢や、愚鈍とも思える社会の在り方への憤りが抑えきれず、結局のところ筆を執らざるを得なかったのである。ところが、体調の変化の影響もあってか、念入りな構想のもとに書き綴った前巻に比べ、本巻の当初の書き出しはどうにも要領を得ず、自分自身で読んでも駄文に思えてしまい、投稿をためらうほどであった。
そこで、一般読者目線の代表として信頼している知人に読んでもらい、率直な感想や具体的なアドバイスを求めることにした。私が「編集長」と呼んでいるその知人のおかげで、無駄な表現や重複した内容をそぎ落とし、文字数も適度に整理され、多少なりとも読むに堪える文章へと姿を変えることができたため、ようやく投稿を始めることにしたのである。
最近では、AIとも相談しながら書き進めているおかげで、よろしくない表現や冗長な部分が自然と削られるようになり、その分、編集長の指摘も目に見えて減ってきた。それはありがたいことではあるのだが、その代わりに、「よくよく思うけど、ほんと、よくそんな面倒なこととか、どうでもよさそうなことを一生懸命考えられるよね。それをブログに書くことに、いったいどれだけの意味があるのか、最近ちょっと疑問に思えてきたわ。」などと、本音とも冗談ともつかないことを言われるようになった。
私は昔から、難解な話を中学生くらいには理解できる程度に噛み砕いて説明することが得意であったし、またそれを自負してきた。私がこの国の主権者の一人として、この国の憲法を意識しながら、世界平和や差別の問題について語っても大きな反応が得られないとしたら、それは私の文章が難しすぎるからではなく、単に読む側に関心がないだけなのだろう、と半ば達観している。しかし同時に、編集長のこうした「飽き」を感じさせる姿勢は、私の孤憤篇そのものが終局に近づきつつあることを静かに示しているのだとも思う。
これまで私は四つのChapterに分けて、情報の受け取り方やその危うさ、世界社会の未熟さ、法理のもつ力と限界、そして個人に潜む可能性と無力感について語ってきた。しかし、ここに至って話題が少しずつ重複し始め、同じ憤りを別の角度から言い換えているだけではないか、という感覚が芽生えている。語りたかった内容の多くはすでに吐き出し終えている。
孤憤という観点からはまだまだ言い足りないことも山ほどあるが、個別の事例をいくら積み上げても、結局のところ根底で言いたいことが同じであれば、新鮮味は失われ、自己反復に陥る危険性が高い。したがって現在、本巻の最終稿の執筆に取りかかっているという状況である。
しばらく構想のための時間を置いたあとで、今度は職務上の経験談を題材にした「新巻」に着手しようかと考えている。
私は「法による支配」を機能させるうえで、行政の資質こそが最も重要な課題であると確信している。そして、木端役人ではあるものの、多彩な部署を経験してきた私は、なかなかに稀有な体験を積んできたと自負しており、「民の本綱たる役人」のあり方や、「職務を果たし得ない役人」の姿について、いろいろと語ることができるのではないかと思っている。
編集長は、私が組織から多少なりとも冷遇されている事情を知っているがゆえに、余計なことを書いてひどい目に遭うのではないかと心配してくれている。しかし、そこは十分に作戦を練り、伝え方を工夫したうえで取り組みたいと考えている。
今の私にとって重要なのは、もう一段ギアを上げて、“コンテンツを磨きたい”という強い欲求が確かに芽生えているという事実である。
私はいつも言っている通り、発明家として名を残す野望もなければ、インフルエンサーとして名声を得るつもりもない。多くの人が「突飛でついていけない」と評するであろう私の思考の飛躍や奇抜な発想が、いつかどこかで、より高い能力を持つ誰かの目に触れ、何らかの形で活かされることを密かに願っている。
しかし同時に、見つけられるチャンスを広げるより、時を超えて残るコンテンツを考える方が重要のように思えるのである。
スフィンクスは砂に埋もれてもなお、伝説が口伝として残り続けた。韓非子は書物に埋もれても、その説話や故事成語は時代を超えて語り継がれてきた。ゆえに、何千年の眠りについたとしても、再び発掘されるものは必ずあるのだと思う。その不屈のコンテンツに、私は強い憧れを抱いてしまったのだろう。もちろん、それらに並び立とうなどとは一粒ほども思ってはいない。ただ、それらを後世に口伝する者の一人になれる程度には、少しだけ時を超えて残り得るコンテンツを著したいと願っている。
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何を成したいかではなく、何をやりたいか。今はそれで十分だと思っている。





