気力に満ちた躍動の1年に(神頼み(^_^;))。
皆様、新年明けましておめでとうございます。今年一年が皆様にとって穏やかでより良い年になりますよう心よりお祈り申し上げます。そしてまたスローなマイペース更新の当ブログにお付き合い頂き誠に感謝の極みです。本年もこののんびりブログと私をどうぞ宜しくお願い致します。
さて、昨年一年を顧みれば歯のトラブルはあったものの、ブログでもお知らせした通り2024年4月に心不全による緊急入院を最後にしてそれ以降は0と言う私にとってみれば奇跡のような1年であった。自分の入院履歴を過去に遡り振り返ってみると今から18年前の2008年1月が記憶に残っている。この時の診療科は心臓血管外科であった。三尖弁逆流の手術についての可能性を調べる検査入院だった。この入院が切っ掛けで循環器内科へとバトンタッチ。カテーテル検査などもあったため、2週間ほどの入院になったとおぼろげながら記憶しいている。三尖弁に対するオペは可能ではあるものの、成功率は五分五分でしかも術後の生存率があまり芳しくないとの事。
そんな絶望に近い状況だったため手術は諦め、もう暫く薬の投与で経過観察と判断した。そして2008年6月、あの『秋葉原通り魔事件』のあった日、不安定狭心症(心筋梗塞一歩手前)で緊急入院し、循環器内科にてカテーテル治療を行い右冠動脈にステントを挿入した。服用の薬が一気に増えたのはこの頃からである。それ以降は毎年、心不全による入院を繰り返して来た。
最も酷かったのは2013年1月~5月の間だった。正月明けの1月4日の深夜に脳梗塞を発症し、右半身が完全麻痺…。この時の恐怖は心停止の時に匹敵するほどだった。声も上げられず自由になるのは左の手足のみ。ベッドから転げ落ち多分1時間ほど床でのた打ち回っていたと思う。その時に咄嗟に右腕がクッションになり頭を床に打ち付ける事はなかったが、右腕は内出血で大きく腫れ上がっていたが麻痺しているため痛みは全く感じなかった。左腕だけでベッドに戻りそのまま気を失ってしまった。ところが、翌朝、眼が覚め右腕に感触が戻り始めていたのである。慌てて携帯を手に取り119をプッシュするも、このプッシュが上手く出来ず15分くらい掛かってしまった。
三井記念病院の救急外来へ搬送されたのは脳梗塞発症後12時間経ってからだった。病院に到着した時は半身麻痺は収まっており、言葉も自由に話せるようになっていたため一過性脳虚血発作と診断されたが、後に詳しく検査をした結果、最も重篤な『心原性脳梗塞』である事が分かった。後遺症もなく、短期間で普通の身体に戻っていたため、入院10日で早々の退院となった。病院の皆さんからは「運が良かった」「強運の持ち主」「悪運が強い」などの言葉を頂いた。
万事休すから一転、起死回生を果たし意気揚々と病院に別れを告げたものの、同年2月、心不全で救急搬送、そして3,4、5月と連続で緊急入院の繰り返し。ほぼ一年の半分を病院のベッドで過ごすに至った。幼少の頃から心臓が悪く途方もなく長い闘病生活を続けて来て、自分はそんなに長く生きられないだろうと思っていたのだが…。幾度となく命の危機に直面するも持ち前の運の良さで切り抜けて来た。だが、運だけではないように思う。眼には見えない神秘的な何かに守られているのかも知れない。
1300年の歴史を持つ江戸の総鎮守である神田明神(神田神社)。スピリチュアルなパワースポットとしても人気が高く正月の初詣には約30万人以上の人々が参拝に訪れると言う。この日、私は目立たぬように撮影の合間を縫って神社の片隅で深く頭を垂れ、2026年も命の灯火が消えぬようにと祈願した。








