愛猫タラは天国へ旅立った。
3月31日、埼玉にいる息子から「タラが今朝亡くなった…」と連絡が入った。20年生きたから人間に例えれば100歳くらいだろうか。よく頑張って長生きしてくれたと思う。さほど苦しむ事なくコタツの中で息を引き取ったいう。
タラとの出会いは2005年、春から夏へと季節が移り変わる頃だった。当時わたしは『うつ病』を患い休職中で、社会復帰に向けて早朝散歩をリハビリとして日課に取り入れていた。その日もいつもと同じコースを散歩し、南篠崎つつじ公園に立ち寄りベンチに腰を下ろし休もうとした時、公園の何処からか猫の鳴き声が聞こえて来た。早朝のため人も車も殆ど通らず朝の静寂に包まれた公園に「ニャーニャー」という声だけが響いていた。丁度その辺りの前の道を初老の御婦人が通り掛かり鳴き声が気になったようで、声の辺りを覗き込んでいたが結局見つからずその場を去って行った。
その後わたしも非常に気になっていたので、すぐさまその声の方に向かい生い茂った林の辺りを掻き分けてみると、生後1ヶ月ほどの子猫(キジトラ)が必至に甲高い鳴き声を上げてわたしの方を見詰めた。この辺りは住宅街で捨て猫とは思えない事から母親からはぐれてしまい公園に迷い込んだものと思われた。
子猫を抱き上げると鳴きながら爪を立ててわたしの身体にしがみついて来た。急ぎ足で自宅に戻ると子猫を抱いているわたしを見て家内と子どもたちが大変驚いた。そして一言「家はインコがいるから飼えないよ…」。わたしは自分が面倒みるからと説得し、そうしてタラが家族の一員に加わった。結局のところ一番面倒をみたのは家内であった。猫は男性よりも女性に懐くものだが男性の野太い声が苦手らしい。
わたしがタラと過ごした期間は約8年余り。2013年1月に脳梗塞で救急搬送された事が切っ掛けで自分がタラを飼うのは無理と判断し前妻にタラを託した。その時の詳細については関連記事の『good-bye Tara』に記している。
さて、話しは変わって歯の治療について。予定通り4月21日18階の外科病棟へ入院し、午後5時過ぎから歯科外来にて歯根端切除の手術を受けた。麻酔がかなり効いていたので痛みは全く感じなかった。麻酔が切れ始めたのは夜10時を過ぎた頃だった。ズキズキと患部に痛みが生じたが我慢出来ないほどではなかった。それより困ったのは傷口からの出血が止まらなかった事だ。血液をサラサラにする薬(ワーファリン)を服用しているから出血は想定内だったにしても、看護師数人が止血処理に戸惑っていた。当直の外科医に来てもらい指示を仰ぐも出血は収まらない。そしてベッドごと看護師詰所の中にある緊急処置室へ運ばれた。深夜0時を過ぎた頃、歯科医に連絡を取り診てもらう事となった。ケアガーゼを何枚も重ねて口の中が膨れ上がる。その上から傷口辺りを思い切り抑えるので余りの痛みで気が遠くなりかけた。
結局ひと晩は一睡も出来ず疲労困憊でヘトヘトだった。朝になって抗生剤の点滴を入れる際に口からガーゼを取り出してもらった。出血はまだ少しあるものの外来にて消毒と止血処置を受け、マウスピースを装着して昼前に退院となった。28日の外来で抜糸の予定である。削り取った骨が再生し元に戻るまで半年以上掛かるようで、義歯が出来上がるまでまだまだ時間が掛かりそうだ。
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