富良野遠征 ― 富良野博物館 ―

目次

 

1.富良野市博物館

南富良野町の市街地から札幌へ戻る。

最後に寄ったのは富良野市博物館。

 

国道237号線を北上し空知川を縦断、山部市街の南に位置。

廃校となった建物を生涯学習センターと併設して活用している。

 

2.富良野の自然

展示はいくつかのテーマに分かれて陳列されている。

まずは自然について。

北海道の植生からスタート。黒松内低地帯を境に植生が分かれる。

渡島半島を除く北海道の大部分では針葉樹と広葉樹の混交が見られる。

サハリン南部・沿海州中国東北部と似た分布。

 

森にすむ生き物の中でも特徴的な鳥がクマゲラ

大きくて、頭頂部が高く、素人でも一目見るとすぐにわかるだろう。

 

枯れ木に住むアリなどを餌とする。

長らく北海道にのみ生息すると考えられていたが、1978年本州でも生息が確認された。白神山地の山奥などに僅かに住んでいるらしい。

 

周囲を高い山々に囲まれている富良野盆地。

西側の神居古潭変成帯はジュラ紀から白亜紀にかけて形成された。

 

盆地自体は十勝岳火山群の噴火で噴出した十勝溶結凝灰岩が基盤となっている。


3.富良野の古代

富良野の遺跡からは旧石器時代の石器や道内では珍しい土器が出土している。

 

舟底型石器は槍先や彫器として使われていたと考えられている。

 

細長い「石刃(せきじん)」を素材に作り、その先端を加工して矢じり(石鏃)とした狩猟具・石器群で、大陸の影響を受けた寒冷地適応の文化に変わっていった。

 

石刃・石鏃は別々の時代で使われるのが一般的なのだが、北海道はちょいと違った事情があったようで。詳しいことはまだ研究中だそうだ。

 

立派な土器も出土。

 

4.近代の富良野

明治になって内陸部の調査が進み、日本人も富良野へ到達し始める。

本格的に探査を行い、記録を残したのはお馴染みの松浦武四郎

 

開拓計画が立てられたものの、到達の難しかった富良野上川盆地から10年遅れてスタート。

 

やがて鉄道が開通し戸長役場も設置。下富良野村が誕生した。

 

主幹産業は木材業。奥地へ森林鉄道が敷かれ、国鉄の各駅は搬出を待つ木材が山と積まれた。川沿いでは流送も行われていた。

 

造材は主に冬季に行われた。

 

木材を運搬する小さな機関車。奥地への開拓にも力を発揮した。

 

大湿地帯だった富良野盆地。大がかりな排水工事によって農業が可能な土地へ変貌を遂げた。

 

5.廃線

開拓の重要なインフラだった鉄道だが、時代が下るにつれ存在感がなくなっていく。

富良野新得間が廃線となり、根室本線は分断された。

 

廃駅となった山部駅。ランプ小屋と呼ばれたレンガ造りの油貯蔵庫は、当時の鉄道の姿を現代に残した貴重な建物。

 

同じく山部駅にあった旅客詰所。人力で分岐器切替を行っていた頃に使用されていた。

 

現在はこの博物館に移設され、誰でも見学できる状態になっている。

 

戦後間もない頃の富良野市の空中写真。駅前の市街地と対照的に駅裏は農地が広がっている。

帝国製麻の工場があったあたりは北麻町・南麻町・東麻町・西麻町となり、住所にその名残。

 

初代下富良野駅舎と職員の方々。

 

明治末期に2代目駅舎が完成。大きな駅舎だ。

 

対象になり滝川駅と下富良野駅間の鉄道が開通。農産物の出荷も増えていく。

 

廃駅の倉庫には当時の世相を映す資料が眠っていた。

看板もその一つ。

 

錆びに錆びた名所案内。

 

南富良野町落合駅構内。