角度の問題シリーズで、先生が折に触れ、設問の図中にある長さや角度は必ずその数字を使って解くというヒントであるとおっしゃっていた。
ここの角度が30度ですよという情報があれば、それを無視しては解けないのだということだった。動画中で何度も聞いていたので染みついてしまった。
今、面積問題シリーズをやっていてまだ1周目の四分の一を超えたばかりだが、円に内接する正六角形があった。その六角形をあの線やこの線で区切って閉じた図形の面積を求める問題で、正六角形の一辺の長さと、円周率は3.14という条件が与えられていた。
それで、これは円に着目して解いていくのだろうかと考えたが分からないので解説を見ると円の面積などは使わないのだった。解法はむしろ簡単なものだった。分からなかったけど。
円周率を書く必要があったのかと思う。
あらかじめ与えられた数字はヒントであるから、必ず使うということを信じていたのは間違いだっただろうか。ひっかけ問題などというのは言い方の違いかもしれないが、出題の方向からみても解答方向からみても愚劣だと思う。
この問題はそういうひっかけ問題ではないけれど、円周率は余計ではなかったか。
私は受験するわけではないのでどうでもいいけれど、人によっては何を信用すればいいのか分からなくなるのではないか。そういう小さな言葉であれ重要な軸になると私は考える。
私が面白がって算数問題をはじめたのは、昨日の答えは3だったけれど今日は都合により5ですというようなことがないからだ。7歳の足し算も70歳の足し算も同じ答えであるからだ。解なしとか存在しないという答えも含めて正解があるからだ。
正解があるということは、信頼できるということだ。正しい論理を積み上げればいつか正解に辿り着くと信じるからだ。
そんなに大げさに理不尽だというような事案ではないのだけれど、まあそういう場合もあるよね、という大人の都合とか勝手みたいなのがもしこの問題にあるのだとしたら楽しさが半減すると思った。そういう場合ってどんな場合なのかと。
このような試練も乗り越えて数をこなしていくと、そのうちに初出の問題も分かるようになったりするので、捨てたものではない。
書いてみて自分でも初めてなぜなのか分かった。なぜ続けているのか。
あと、今日は冬至なので毎年恒例のあずきかぼちゃを作った。以前は砂糖を使って甘くしていたけれど数年前から砂糖なしにした。ほんのわずかな塩だけで作るとあずきとかぼちゃの豊かな味がする。塩はほんのわずかです。
年が明けると日が長くなったことをあきらかに感じるからやがてくる春を信じることができる。