私は既に健康寿命が尽きて、今年は人生2回目の手術を受け、後期高齢者にもなりました。
このため、私の煩悩はまだありますが、SNSやWEBサイトの作成・維持・更新をする意欲は失ってしまいました。
平均寿命まではまだ時間がありますが、あくまでも平均なのであって、自分が平均寿命まで生きられるという保証は全くありません。
このような事情から、この記事を人生最後のブログにさせていただくことにしました。
長い間、私のブログをご購読くださいまして、ありがとうございました。
追伸:
人生2回目の手術を受けて、仏教の「生老病死」「一切皆苦」をズシリと心底実感させられました。
私は悟り(解脱)を開いていませんので、AIに質問をしてみましたら、私が死ぬと、その煩悩によって次の生への「識」(業の流れ)が生じ、輪廻の連鎖が続くのだそうです。
補足しますと、人間には、怒り・憎しみ・恨みによる害他欲(悪行欲)を始めとして、金銭欲、支配欲、権力欲、地位名誉欲、性欲、食欲、その他の欲求(煩悩)が、年老いても死ぬまで、いや「死んでも」ありますが、
悟りとは、この煩悩が静かにそぎ落とされた状態なのだと思います。
私たちは、強くならなければならない、勝たなければならない、誰かに認められなければ価値がない、そう信じ込まされて生きています。
しかし、悟った人は、証明しようとしない、戦おうとしない、誰かを下に見て自分を保とうとしません。
空海は、人が煩悩に執着する理由を、自分の外側(縁)に問題の原因(因縁)を求めようとする心にある、と説きます。
誰かに認められた時だけ安心し、誰かに否定されるとゆらぐ、これではどれだけ誰かに評価されても、自分の心は落ち着きません。
だから悟りとは、自分の内側(因)に問題の原因(因縁)を求めることによって、煩悩を静かにそぎ落とした状態なのだと思います。
もっと詳しくは、AIに「肉体が滅んでも死から次の生へ繋がるメカニズムを、仏教では十二因縁(じゅうにいんねん)という連鎖で説明するそうですが、12の因果関係の各ステップを200字程度で分かりやすく解説してください。」と質問してみることをお薦めします。
解脱(涅槃寂静)とは、この煩悩の連鎖を断ち切り、輪廻から完全に抜け出すことなのだそうです。
私の最後の余生は、仏教の根本教条である三法印(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)について、AIに徹底質問し、少しでも悟りに近づきたいと考えています。
参考:死んだらどうなるのか
それではこれで、さようなら。
