
「そのうちやらなきゃね」
「そのうち行かなきゃ」
「そのうち、ちゃんと話そうと思ってる」
そんな言葉を、最近よく聞くようになりました。そして、自分自身もいつの間にか、それを口にしていることに気づくことがあります。
「そのうち」という言葉には、柔らかい響きがあります。
今はまだできないけれど、未来のどこかで…という前向きな希望も感じさせる。
けれど、私は老人ホームで介護士として働いている中で、この「そのうち」の言葉が、時に悲しみに変わる場面を何度も経験してきました。
「そのうち」が来ないまま、時が流れる
ある入居者様のお話です。
とても明るく、人とのおしゃべりが大好きな女性でした。
口癖は「うちの息子、忙しくてね。まあ、またそのうち来ると思うの」
そう言いながら、毎日その方は、玄関のほうをちらちらと気にしていました。
職員が「今日は何して過ごしましょうか?」と聞くと、「息子、今日は来るかもしれないから、ちょっと待ってようかしら」
そう言って、居室の前で静かに座っていたこともありました。
でも、その「そのうち」は来ませんでした。
息子さんが悪い人だったとは思いません。ただ、きっと、日々の生活の中で「そのうち」と思っているうちに、タイミングを逃してしまったのでしょう。
そしてご本人は、最後まで「今日は来るかな」と言い続けたまま、お別れのときを迎えました。
「そのうち」という言葉が、こんなにも切ない響きを持つことを、私はそのとき初めて痛感しました。
本当にやりたいことは「今」やっていい
私たちは忙しい毎日を生きています。
仕事、家事、人間関係、自分自身のメンテナンス――
「やらなきゃいけないこと」が山積みで、「やりたいこと」はどうしても後回しになってしまう。
だからこそ、心のどこかで「そのうちできれば」と考えてしまうのも当然のことです。
でも、本当に大切なことって、意外と“今”やらないと間に合わないことが多いのではないでしょうか。
会いたい人がいるなら、会いに行けるうちに行っておく。
伝えたい言葉があるなら、今のうちに伝えておく。
大切にしたい関係があるなら、小さな気づかいを怠らないようにする。
「そのうち」じゃなくて、「今できることは今やる」という選択が、あとから悔いを残さない生き方につながると、介護の現場にいると、何度も感じます。
「そのうち」は、悪いことではない
とはいえ、「そのうち」が悪い言葉だとは思いません。
今はタイミングが悪い、気持ちが整っていない、体力が追いつかない。
そんなとき、「今はできないけれど、そのうちやりたい」と思えることは、生きる希望にもなります。
ただ、その「そのうち」が、どんどん先延ばしされて、心の奥でずっと気にかかっているまま放置されてしまうと、それは「やらないまま終わること」に変わってしまう。
その「そのうち」が、他者との関係の中にあるなら、なおさらです。
自分が「そのうち」と言っている間に、相手の体調が変わるかもしれない。
状況が変わるかもしれない。
「会える」が「会えたらよかった」に変わる日は、ある日突然やってきます。
自分にも「そのうち」と言っていないか
そしてもう一つ、見落としがちなのは、自分自身への「そのうち」です。
「そのうち休もう」
「そのうち好きなことをやろう」
「そのうち、ちゃんと自分の気持ちに向き合おう」
介護士という仕事は、人のために動くことが多く、自分のことはどうしても後回しになりがちです。
特に、優しい人ほど「今は私が頑張らなきゃ」と思ってしまう。
でも、そうやって「そのうち」を積み重ねていくと、自分の心や身体が悲鳴を上げる日がきてしまいます。
だから私は、最近はこう考えるようにしています。
「そのうち」と言ったとき、自分の本音はどう感じているのか、と。
今、本当は疲れているのに「そのうち休もう」と自分を押し込めていないか?
本当は誰かに話したいのに、「そのうちでいいや」と感情を封じていないか?
自分自身にも、今この瞬間に優しくあっていい。
その「小さな今」が、自分を守ってくれるのだと思います。
さいごに
「そのうち」という言葉は、未来への約束のようで、実はとてもあいまいなものです。
気づけば、何年も何も変わっていない。
あの人に伝えたかった言葉も、あの場所に行きたかった気持ちも、「そのうち」と言いながら風化してしまうこともあります。
でも、「今」に目を向けることで、少しずつそれを取り戻すことができます。
誰かに会いたいと思ったら、「そのうち」じゃなくて「近いうちに」
大切なことを伝えたいと思ったら、「そのうち」じゃなくて「今なら言えるかも」
自分に優しくしたいと思ったら、「そのうち」じゃなくて「今日、5分だけでも」
介護の現場で学んだこと。
それは、「人生には限りがある」という、どこまでも当たり前で、どこまでも重たい事実です。
だからこそ、今日、できることを。
できるときに、できる人が、できるかたちで。
それで十分なんです。
「そのうち」が口癖になっているあなたへ。
それはあなたが真面目で、優しくて、忙しい証です。
でもどうか、少しだけ「今」に目を向けてみてください。
後悔の少ない日々は、きっとそこから始まります。
最後までお読みいただきありがとうございます。