12月27日、川越市の親戚(市の南東部)へ行く用があり、事前にランチ先を探してたまたま目にとまったうどん屋へ行くことにした。行列も覚悟し早めに行ったら、お客は順に入れ替わりスムーズだった。その後、近くの神社を見学した。
◆古尾谷八幡神社(ふるおやはちまんじんじゃ)
由緒書きによると、貞観年間(859~877)に慈覚大師が石清水八幡宮の分霊を祀ったのが始まりと伝えられている。社殿と旧本殿は県指定有形文化財。
一の鳥居から三の鳥居まである。

その先は、まず右に手水舎。意匠を感じさせる造り。調べてみると、屋根は向唐破風、吹き寄せ垂木、柱には唐獅子の木鼻も・・・。

社殿(拝殿・幣殿・本殿)は享保7年(1722)の再建で朱塗りの権現造り。

向拝(正面の造り)はシンプルな造りに見える。

社殿後方に鎮座する本殿。入母屋破風に飾り金具・三つ巴紋がつき、棟には千木と鰹木。軒下には彫刻と彩色。(⇓影で見難い)

旧本殿は天正5年(1577)に造営。享保7年の社殿建築時に西側へ移築され、末社として境内の神社が合祀された。(1577年は安土桃山時代、戦国時代後期)

社殿前の狛犬は、新旧2対。

境内には多くの末社があった。社殿の東側には旧本殿を二回り小さくしたような若宮神社。奥の朱い鉄板葺きは三峰神社・榛名神社。

境内の南西側(児童公園の近く)には稲荷社がある。

本殿の後方には、春日神社、御嶽神社、三島神社。さらに後方(北側)には、鳥居を設けた護国神社があった。(他にも境内社はあるようだ)
たまたま見つけた神社だけど、歴史があり立派な社殿の神社で驚きつつ感心した。
◆久下戸氷川神社(くげどひかわじんじゃ)
古尾谷八幡神社からは車で5分ほど。前述のうどん屋の近く。
創建年代等は不詳ながら、大宮氷川神社を勧請して創建された。明治の終わりに境内社と地域の8社を本殿に合祀し村社に指定された。村の鎮守様だ。
鳥居の扁額には「氷川神社」の文字。右側の石柱に「村社」の文字あり。

拝殿。裸電球が懐かしく、愛らしい。

拝殿向かって左側から。拝殿手前に古い灯籠。奥には本殿。

境内道路側には小さな山?富士塚のようだ。「寛保洪水位標」という石碑や説明板によると、寛保2年(1742)大洪水の水位は標高9.5mで、境内富士講山の頂上がこれにあたると推定、これを後世に伝えるため記念碑を建立したという。大水害の記録と教訓。

明治時代に地域の寺院は全て廃寺となり、地域での葬儀は「神葬祭(神道式の葬儀)」になったという。道路沿いには「久下戸囃子保存会」の掲示があった。
地域にとって大切に親しまれている神社のようだ。
◇うどん屋では「牡蠣ダシの肉汁つけうどん」をいただく。旨かった。
店内撮影禁止の貼紙を見て記録できなかった(写真を撮らなかった)が、食後に外の貼紙をよく見たら店内は禁止だけど料理の撮影はOK!ということだった。あ~勘違い。







































