遊心逍遥記

遊び心で本の森を逍遥し、その時の思いを残しておこうと始めました。

『春はまだか くらまし屋稼業』   今村翔吾   ハルキ文庫


 くらまし屋稼業の第二弾、シリーズ化が始まる。ハルキ文庫(時代小説文庫)の書下ろし作品として、2018年8月に刊行された。エンターテインメント時代小説。

 堤平九郎は飴細工屋を生業にしているが、裏稼業が「くらまし屋」である。この裏稼業が始動するとき、チームを組むのが七瀬と赤也。七瀬は普段は日本橋堀江町にある居酒屋「波積(ハヅミ)屋」で働く女性。くらましのために智謀を発揮する。「波積屋」の主人・茂吉は平九郎の裏稼業を薄々知っていて、平九郎をサポートする。赤也は「波積屋」の常連客。変装が得意で「くらまし屋」稼業が始動すると、変装して巧みに情報収集を行う。平九郎、七瀬、赤也は絶妙なチームワークを発揮し、依頼を受諾したくらましは困難を克服して遂行する。如何にしてくらまかすかがこのストーリーの読ませどころである。

 平九郎は「くらまし屋」の仕事を引き受けるにあたって、七箇条の約定に依頼主が合意することを前提とする。本作の目次の次に「くらまし屋七箇条」が書き込まれている。「一、依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと」から始まり、「七、捨てた一生を取り戻そうとせぬこと」まで、条項が列挙されている。ここから始まるのがまずおもしろい。これがストーリー構築の方針になり、かつその制約要素にもなっていく。

 二年前の宝暦元年(1751)に身売り同然にお春は日本橋にある呉服屋「菖蒲(アヤメ)屋」に奉公に出てきた。お春は着の身着のままでその「菖蒲屋」から逃げ出した。なぜ、逃げ出したのか?
 武州多摩にいる母が重篤であるとの火急の知らせがきたことで、一目会いたいという思いを一心に募らせる。だが、主人の留吉は2つの理由からそれを認めようとはしなかった。だから、お春は逃げ出した。
 留吉は追っ手を差し向ける。逃げるお春は、その途中、本郷にある飛脚問屋「早兼(ハヤカネ)」の飛脚、風太に出会う。風太はお春の逃亡の手助けをするのだが、追っ手がまじかに迫ってくると、己が盾となり追っ手を足止めし、お春を逃そうと試みた。別れる前に、風太はお春にあることを教える。
 飯田町中坂通にある田安稲荷社の玉を咥えた石造りの狐の裏に風太が準備した文を人に知られずに埋めろと教えられた。訳がわからずにお春はこれを実行する。だが、その後で追っ手に発見され、菖蒲屋に引き戻され、土蔵に閉じ込められてしまう。

 田安稲荷の玉狐の下に文を埋めるのは、くらまし屋と繋がる方法の一つなのだ。風太はそれを知っていた。赤也がこの文を発見する。信濃に出向いていた平九郎は、この文のことを波積屋で赤也に知らされた。
 この依頼、裏稼業を知る敵の謀略か、本物の依頼か、本物だとしても七箇条の約定に合致するものと判断できるか。この見極めのための行動から始まっていく。
 依頼者であるお春という人物の特定作業。お春に対面し依頼内容の確認。七箇条に合致するかの平九郎の判断・・・・・・・・ストーリーは徐々に進展していく。
 勿論、平九郎たちは菖蒲屋の土蔵に閉じ込められたお春の存在を特定し、平九郎が土蔵内のお春と対話することになる。まず、ここに至る紆余曲折にエンタメ性が盛り込まれていて、その進展を楽しめる。
 お春から聞いた風太の容貌から、平九郎はある男を思いだす。
 
 平九郎はお春に確かめる。「幾ら銭を持っている」と。「七十文と少し」
 わずか七十文だというのに、平九郎はお春の依頼を引き受ける。金銭的に
引き合う仕事ではない。さらに、それは最初から七箇条の約定に対する掟破りともなる受諾だった。「二、こちらが示す金を全て先に納めしこと」に違反した。
 勿論、赤也は不承知を唱える。平九郎は赤也と七瀬に告げる。「すまねえ、今回のつとめは、俺一人でやる」と。(p134) 読者にとっては想定外の展開となっていく。
 逆に、読者には、ストーリーにおもしろい要素が加わっていくことを期待させる。エンターテインメント性が一層加わっていくことに・・・・・・・・。

 さらに、読者は、なぜ平九郎がそこまで突き進むのか。平九郎を駆り立てる背景に潜むものは何なのか。この点に関心をいだかざるを得ない。絶対にそう思うでしょう・・・・・・・・。

 この第二作にはおもしろい要素が加わる。
 一つは、万木迅十郎(ユルギジンジュウロウ)の登場だ。彼は江戸の裏社会で暗躍し、「炙り屋」を名乗る。依頼者の要望に応じて、人あるいは物を炙り出してくる稼業だ。平九郎の裏稼業「くらまし屋」とは真逆の稼業。万木迅十郎が、平九郎の障壁となる。いつ、どこで、どのように・・・・・・・・・。第一作にはその片鱗すらなかったが、本作には次の一文がさりげなく入っている。平九郎は「・・・・ 目的は完全に相反している。今まで一度だけかち合ったことがあり、その名を記憶していた」(p75) 読者にとっては、迅十郎がどの時点で出てくるのか、読み進める上で楽しみの一つになる。

 もう一つは、日本橋南の守山町にある口入屋「四三(ヨミ)屋」の主、坊次郎が加わる。平九郎がよく利用する店として。勿論、坊次郎は裏稼業の側面を併せ持つ男である。一人でお春の依頼を遂行すると決めた平九郎は坊次郎に2つの依頼をする。

 なかなか巧妙なストーリーに展開していくことに。

 このストーリー、菖蒲屋の近くに「畷屋(ナワテヤ)」という呉服屋ができるという異変が半年前に起こったという事情に一因があるのだが、その一方で、菖蒲屋の背景事情が関わっている。さらに主の留吉に裏事情があり、それを隠し通すために留吉が判断し、行動する側面が、ストーリーの進展を一層面白くしていく。

 最終章は「第五章 春がきた」である。
 お春の依頼は完遂される。だが、それで終わらないのがこの第二作。お春は江戸に戻る決心をする。そのオチが実に楽しくなる。

 エンターテインメント時代小説。楽しめる。

 ご一読ありがとうございます。