
羽州ぼろ鳶組シリーズの第10弾!! 本書はシリーズの1冊であるが、勿論単体として読むことができる。しかし、本作に関しては、前回ご紹介した『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』を読んでから、本作を読むことをお薦めする。
私は本作を先に読んでしまってから『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』を読んだので、つながりで気がかりなところを一応の解釈で読み進めてしまった。『黄金雛』を読んだ後に、本作の読後印象をまとめている。
本書は今まで通り、長編時代小説書下ろしの文庫として刊行されたが、このシリーズでは初の上・下巻本。上巻は令和2年(2020)8月、下巻は同年10月に刊行された。
『黄金雛』は、宝暦6年(1756)霜月(11月)23日未明、林大学頭の屋敷から出火した火事の鎮圧がエンディングとなる。この火事は後に「大学火事」と称され、江戸の大火の原因となった。本作の序章は、この大学火事が鎮圧された後の火事場検分の場面描写となる。加賀鳶大頭が火事場見廻に申し入れ、「千眼」の卯之助を強引に火事場の検分に同行させる手はずを取った。卯之助は火事場で飯田橋定火消頭取、松永重内の亡骸を見つける。そして、卯之助たちの様子が描写される。
”・・・・・すぐには気付かなかった。この火事場は明らかにおかしい。あるべきものが、ないのである。「ありえねえだろ」卯之助は周囲をもう一度見渡したが、やはり無い。まるで神隠しに遭ったように消えているのだ。・・・・・「こりゃあ大変なことだぞ・・・・」すぐに謙八に伝えねばならない” (p12)
つまり、序章はストレートに『黄金雛』にリンクしている。卯之助の気づきがもたらす衝撃を読者が感じとるには、『黄金雛』読後の余韻の続きに、本作を読むことをお薦めする。そのインパクトが本作の底流となって行くのだから。
「第一章 青銀杏」は「大学火事」から18年の時を経た、安永3年(1774)から始まっていく。それがこのストーリーの現在時点。「大学火事」以降の18年間--源吾18歳の時に九段坂飯田町の火事で女の子を救出した。姫様と呼ばれていたその子が今や源吾の妻となっている深雪である。源吾の名が初めて火消番付に載った当時のこと。彼らが黄金の世代と呼ばれたこと。源吾の親の世代への回顧など--が、源吾と折下左門、そして深雪の間の会話、回顧談として、なめらかなで巧みに時代をつなぐ導入となっていく。親の世代、勘九郎・源吾などの黄金の世代、源吾らの次世代-与市・燐丞・銀次・沖也など-が既に中堅の火消となり、その後に、新之助・牙八・宗助あたりの世代が続く。火消番付を介して源吾の想念は、い組の慎太郎、め組の藍助、に組の慶司など気骨のある新人が増えていることに及ぶ。
その慎太郎と藍助が切絵図を頭に叩き込むために、町を歩いて見て回るという自主的な行動をとっている場面へとスムーズにストーリーが転換していく。勿論、慎太郎は「すぐに番付火消になってやる」と意気込んでいて、そのための行動なのだ。若者の意識は世代を巡るというところか。
蕎麦屋に居た二人は、何かが遠くで爆(ハ)ぜるような音を聞き、きっと火事だと店を飛び出しす。中根坂の上に広がる尾張藩上屋敷から一筋の煙が上がっていた。二人は火事場をめざす。尾張藩上屋敷の広さは7万8144坪。その中の屋敷の一つが凄まじい火勢で燃え上がっていた。その屋根から傲然と火柱が飛び出している。
この火事は定火消八家の会合が市ヶ谷定火消の屋敷で行われている最中に発生した。
慎太郎は屋敷内に救助に入ろうとするが、藍助が引き留める。藍助は「何か・・・・・炎がおかしい。喜んでいるみたいだ」(p57)と感じたのだ。
その場に八重洲河岸定火消頭、進藤内記が現れる。内記が平然と救助に入る。慎太郎は内記に続く。室内の状況を見た内記はもはや無理と判断し、姿勢を低くして畳を注視した後、慎太郎を促し退却する。そして内記は慎太郎と藍助に告げる。
「これは火付けだ。まだ続くとみて間違いない。この火付けには近づくな。死ぬることになる」(p71)と。
源吾は教練中に半鐘の音を聞く。武蔵と20人ほどを先発として送り込み、後に後詰めとして新庄藩火消は番町に展開することに。源吾はこの火事にいやな予感を抱く。
勿論、源吾は事後にこの火事の様子を新之助と武蔵に探らせる。火元は尾張藩2000石、西田兵右衛門の屋敷。火元と思しきところで兵右衛門の屍が見つかった。
これが始まりとなる。
新之助と武蔵の調べてきたことを聞き、源吾は宝暦3年から宝暦6年に発生した火事のこと。大学火事での父の殉職の話を新庄藩火消の主立った者に伝える。『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』を先に読んでいれば、源吾が語った内容が何であるかがリアルに理解でき、イメージが湧き、ストーリーの奥行きがぐんと広がって行くことを請け合える。
まずは新之助と武蔵には火事場の検分、源吾は慎太郎、藍助、内記への聞き取りを始める。藍助からの聞き込みは重要なヒントとなる。源吾は星十郎の力を借りる必要を痛感する。
源吾は加賀藩火消大頭、大音勘九郎に働きかけ、一方、長谷川平蔵を介して田沼の了解を事前に得る。府内の名だたる火消たちを集めた会合が勘九郎の呼び掛けで開かれる。狙いは、市ヶ谷で起きた火事を契機に、江戸火消の連合を再開させることにある。そして、尾張藩上屋敷での火事の手口を考え、火消になって3年目までの者は出さないようにという方針を立てる。これは宝暦年間の思考と同じ、火消の若手層を未来の江戸の火事対策として温存したい考えだ。連合の系譜が繰り返されることを意味する。『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』を読んでいると、この連合の意義が、二重写しに重なってきて、事の成り行きのイメージが膨らむ。事態は繰り返される・・・・・。
会合が終わった後で、町火消に組の副頭宗助が源吾らに思わぬことを告げる。己の聞き違いかも知れぬと言いつつ語ったことがは衝撃的だった。源吾には、その事実を、に組の先代卯之助から確認する必要が出て来た。
源吾は教練中に遠くで鳴る陣太鼓の音色を耳にする。それは麹町の火事を意味した。尾張藩中屋敷のある所だ。加賀鳶七番組頭「風傑」の仙吉が、現場に着いた源吾に言う。屋敷が爆ぜた火事で、炎が何かおかしいと。
爆発は異なる場所で二度、三度と起こる。五つ目の爆発が起こった。
五番目の爆発が起こり炎上する屋敷の屋根上に、気絶した女中を抱えて、火消羽織を着た男が現れた。死んだはずの伝説の火消が再来した!!
源吾の問いかけに対し、その男は言う。「この火付けは俺が止める」(p337)と。
このストーリーの面白さは、火付けの下手人は誰なのかが、ここで混迷し始めることになる。男はその場の言い逃れをしただけなのか。男の言ったことが本当なら、下手人は誰なのか。その狙いは何か。この2ヵ所目の尾張藩中屋敷での爆発から、爆発原因が解明できるのか。
加持星十郎は源吾に言う。「如何なる瓦斯かを突き止めることは肝要です。しかしそれ以上に考えねばならぬことがあります」武蔵は思い至っていた。源吾が言う。「如何にして火を付けたかということだな」と。「はい。これが極めて難しいのです」(下・p32)
このストーリーは、源吾が長谷川平蔵を巻き込んでいくことから、一層その展開がおもしろくなっていく。長谷川平蔵の推理と探索力及び火消の思考枠とは異なる視点が、尾張藩に関係する重要な事実を炙り出していく。
さらに、進藤内記の立ち位置と行動がストーリーの進展の中で重要な要となっていくところも興味深い。「菩薩」の内記が示すしたたかさとその反面で見せる陰り、そこがおもしろい。源吾と内記の関係は微妙である。火消組の頭としては、思考や行動において対極的な位置にいる存在なのかも知れない。
神無月(10月)27日の巳の刻(午前10時)、教練中に、源吾は微かに何かが爆ぜる音を耳に捉えた。火元は戸山にある尾張藩下屋敷とわかる。
火消の連合が総力を結集していく様子がますます緊密になっていく。読者は一層ストーリーの進展に引きこまれて、一気に読み込んでいくことになる。
源吾の心境と彼がここで取った行動に、読者はますます思いを重ねていくことになるだろう。ネタバレは回避しておこう。
さらには、独自に行動する慎太郎と藍助に、声援を送りたくなる。慎太郎の働きかけで、慶司までが加わってくる。若者の行動力が突破口を生むことに・・・・。
さらにこの後、どのような展開になっていくのか。それは本書でご確認願いたい。
クライマックスで、伝説の火消が本然を発揮するとだけ述べておこう。
最後に大音勘九郎が源吾や与市に語った印象深い言葉をご紹介しておきたい。
*あの日の己たちが間違っているとは思わぬ。同時に父上たちが間違っていないことも今ならば解る。いつの時代も若い者が切り拓く。だがそれが今かどうかは、誰にも判らぬのだ。我らは我らの信じた道を行く。 下・p20
この言もまた『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』のストーリーと重なる。重ねると一層、その意味が重みを増す。
ご一読ありがとうございます。