
越境捜査シリーズ第8弾。「小説推理」(2019年7月号~2020年7月号)に連載された後、加筆、訂正が加えられ2020年10月に単行本が刊行された。著者は2021年11月に70歳で逝去。晩年の作品の一冊になる。また一人、愛読作家が鬼籍入り・・・・・ 合掌。
警察小説としては異色シリーズの一つ。警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の鷺沼友哉警部補と相棒の井上拓海巡査部長、彼等の上司・三好章係長が、神奈川県警瀬谷署刑事課の宮野裕之刑事とタスクフォースを組み、一筋縄ではいかない難事件に取り組む。警察の管轄領域を越境した捜査活動を正規の手続きをふまずに密かに行うというストーリー。
宮野は神奈川県警では鼻つまみのはぐれ者、札付き刑事。大物が絡む金の臭いがプンプンする事件ネタを見つけては、鷺沼のところに持ち込んでくる。それは警察の管轄領域を超えて広がる事件ネタでもあり、鷺沼たちの他力を頼む魂胆がある。宮野は事件の犯人に通常の捜査結果による送検・法的制裁の前に、犯人に弱みをつきつけ、経済的制裁を加えることに狙いをおく。宮野は捜査の大義を口にするが、本音は犯罪の証拠を材料に金を引き出すこと。強請まがいの行為を気にしない。鷺沼は犯罪の証拠を積み上げて法的制裁を科すことを主眼とする。金を引き出させる行動は犯罪の確証を積み上げる一環ととらえ、常に宮野の行動の行き過ぎを抑制する立場になる。三好係長と井上は徐々に宮野の行動になびきがちな傾向を見せ始めている。
このシリーズのおもしろさは、通常の法的手続きではその事件の真相に相応しい範囲まで、直接の犯人とその周辺の関与者へ法的制裁を適切に行いづらい事件に、どのように決着をつけるかにある。強請まがいの行為が極悪非道に対する対処と制裁という大義で織り込まれて行くおもしろさでもある。このあたりはフィクションの小説の醍醐味といえる。
さて、今回は今までのシリーズとは一味異なる進展になる点が大きな特徴である。
第1章冒頭は、宮野らしき男が府中競馬場内のトイレで、業務用として市販されている特殊警棒で頭部を殴打されて軽症を負ったという警察無線の内容を井上が傍受し、鷺沼に知らせる場面から始まる。これは事件の伏線だった。
宮野が鷺沼にある不可解な事件ネタを持ち込む。当直の夜に緊急通報があり、宮野は現場に向かった。先着していた機捜の班長が携帯電話でかなり階級の上らしき人物と会話をしていた。電話を終えると、通報は間違いで事件は起きていないそうなので引き上げると言う。宮野は車載系無線が使われていない事実に気づいた。機捜は去ったが、宮野は30歳前後と思われるその家の主、片岡にインターフォン越しに聞き取りを試みた。宮野の質問に対する横柄な物言いにピンとくるものがあったという。宮野は事件性と金の匂いを感じた。隣近所の聞き込みで、大きな物音と女性の悲鳴のようなものを聞いたという証言を宮野は得ていた。家の主は片岡康雄。ここ数年で数百億円の資産を築いた若手投資家で、自らSNSで発信し、インターネットの世界では超有名人だという。そこまで宮野は調べていた。
鷺沼は日曜に宮野にせがまれ一緒に自家用GT-Rで片岡の家の張り込みを試みた。片岡はその日BMWのカブリオレで偶然にも外出した。鷺沼は尾行する。片岡の行先は永田町の衆議院議員会館だった。帰路の片岡の車を尾行中に、宮野の携帯に連絡が入る。程ヶ谷カントリー倶楽部の裏手の山林で女の腐乱死体が発見された。宮野はそこは片岡の自宅の裏手になるという。鷺沼は現場付近まで宮野を送る。宮野は腐乱死体の首の吉川線に気づいた。だが、来着した検視官はあっさり自殺で片付けてしまった。さらに不審な扱いが重なってきた。県警がらみで何か隠蔽工作が行われていそうと感じ始める。
神奈川県警管轄の事件だが、三好係長の合意を得て、鷺沼と井上は背景情報の捜査に乗り出す。
そんな余先に、大森署に帳場が立つ。その捜査本部に警視庁捜査第一課としては特命捜査対策室がかりだされ、三好係長以下が担当することになった。総勢50人体制という小規模である。当面宮野の事件ネタからは切り離されたかに思えた。
4日前に、大森西6丁目の空き家で男性とみられる死後4週間ほどの身元不明の不審死体が見つかった。不審死体発見時、病死だという見立てで司法解剖はされなかった。さらに遺体は区役所によりすでに荼毘に付されていた。帳場が立つ前日に、周辺の住民からの通報があり、4週間ほど前の夜半に近隣の住人がその前を通りかかったとき、なかで人が揉み合うような音と激しくやり合う声を聞いたという。この通報の結果、急遽帳場が立つこになった。最初から問題含みの小規模捜査本部の設置。ここにも不審な事象が起こっていた。
死体が発見された民家の所有者は片岡恒彦。本人は5年前にオーストラリアに移住し、空き家になっていた。片岡恒彦は、近くに住む地元の名士と又従兄弟の関係にあるとわかった、その名士とは片岡純也衆議院議員で、今は与党の総務会長になっている。
代議士は警察にとり鬼門。三好係長は難しそうなヤマになりそうと感じ始める。
だが、井上が思わぬ情報を入手した。グーグルマップのストリートビュー機能で表示された事件現場の家を通りから眺めると、カーポートにBMWのカブリオレが写っていたのだ。片岡康雄の車と同一車種。勿論画像にはナンバープレートにぼかしが入っていた。これは片岡康雄の車なのか?
二つの事件はリンクするのか? 宮野は片岡康雄の周辺捜査を継続していく。一方、鷺沼・井上は捜査本部の事件を追跡捜査しながら、捜査本部には内密に、片岡康雄関連の事件の捜査にも取り組んで行く。勿論、状況は逐一、三好係長に報告しその都度捜査方針を決めていくことに。
地道な捜査が少しずつ状況証拠を累積する。そこから事件が見え始める。
一方で、警察組織内部での捜査データの隠蔽工作が発生していて、なぜかタイムリーな捜査妨害が発生していることも明らかとなる。捜査本部の状況・情報すら漏洩している節も見え始める。背後にはどこから強い影響力が警察組織に及んできている・・・・それを感じ始めることに。
本書のタイトルは「相剋」。相剋とは「対立(矛盾)する者が相手に勝とうとして争うこと」(『新明解国語辞典』三省堂)を意味する。
警察組織の幹部クラスに働きかけ、警察内部で隠蔽工作をさせてでも事件性がないと方向づけようとする犯人側と捜査活動で状況証拠を累積し、さらに確固たる証拠の発掘を模索する捜査本部、並びに、隠密捜査の積み上げで片岡康雄を犯人とみて対処しようとするタスクフォースとの争い。ここにタイトルが由来すると思う。
二つの事件のパラレルな捜査の過程で、片岡純也と片岡康雄が父子であることが判明する。この小説のタイトルには、代議士・片岡純也と著名な投資家・片岡康雄の父子の関係が、連帯から相剋に転じて行く様相をダブルミーニングとして含ませているのではないかと感じた。さらに、代議士片岡純也と、彼の背景につながる政界の一群との関係が相剋の状況を呈し始めたことの暗示を含めているのかもしれない。
2つの事件は解決する。そこには意外な要素が役立つことになる。そして意外な結末を迎える。勿論、鷺沼の目指す警察組織内部の浄化という側面で、大きく一石が投じられる結果も出た。
さらに、ストーリー展開でおもしろい点を3つ挙げておこう。
1つは、三好係長、鷺沼、井上が捜査本部に入ったことにより、捜査本部での情報共有と、密かに行動するタスクフォースとしての情報共有を如何に切り分け、それぞれをパラレルに進行させるかという局面を盛り込むというおもしろさにある。
捜査本部としての事件解決の成果を目指すのは必須である。だが一方で、タスクフォースの方もうまく進めたい・・・・というところだ。ここにも相剋があると言えようか。
2つめは、井上の恋人となった碑文谷署刑事組織犯罪対策課の山中彩香巡査が、特技とする変装術を活かしてタスクフォースに参画してくること。さらに片岡康雄に対する経済的制裁の段階で、重要な福富が役割を担う形で参画するところがおもしろい。
3つめは、この小説のエンディングでのオチのつけかたである。これ以上は語らない。
ご一読ありがとうございます。 【覚書 2022.12.8(木)記】
【付記】 第9弾『流転』が著者の急逝によりこのシリーズの最後となる。
『流転』はGOOから正規のデータ移転処理でブログ記事掲載ずみ。
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【 読書録整理函 】
gooブログで2011年8月から「遊心逍遥記」を開設。10年余続けた時点でログインでミスをして、ブロックがかかってしまい、復旧はできませんでした。それで、「遊心逍遥記その2」を新たに開設して継続。こちらはデータ移設が完了。
旧ブログ記事はその後、問い合わせもしてみましたが、データの移設不可という結論に。
読書感想・印象記は原稿を書いた後にブログ記事を掲載していましたので、当時の原稿はファイルとして残っています。
そこで、愛読作家の諸作品と手軽に参照したいものについて、カテゴリー別に抽出してまとめて、再掲載してみたくなりました。
「読書録整理函」として、私自身の記憶の引き出しづくりをしていきたいと思います。
再掲にあたり、凡ミス等に気づいた箇所は訂正を加えています。
こちらもお読みいただければうれしいです。
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