遊心逍遥記

遊び心で本の森を逍遥し、その時の思いを残しておこうと始めました。

『洛中洛外をゆく。』 葉室麟&洛中洛外編集部 KKベストセラーズ

 2017年12月に葉室麟は病気のため急逝した。享年66歳。本書に登場する海北友松のように、まさにここから先10年はさらに心の裡に秘めた思いに生き抜く人の「美」を様々に作品化して欲しかったのに・・・・・。しかし、葉室麟はすべての義務から解放されて鬼籍に入ったのだ。「死もまた、良し」と思っているかもしれない。
 本書には、インタビューに応えたものとして、次の一節が記されている、
「しかし、死ぬということは、生きてきた証。だから、自分自身が『ちゃんと生きてきた』と言えるのであれば、『死もまた、良し』です。私くらいの年齢になると、フッとそう思うことがあります。『もう、このまま何もしないでいいのだ、すべての義務から解放されるのだ』と考えるわけです」(p180)と。

 さて、2017年春に、葉室麟は3年間暮らした京の町のあちこちを編集部の人と訪れたという。葉室麟の代表作といえる『乾山晩愁』『黒龍賦』『孤篷のひと』に登場するゆかりのある洛中洛外の各地を歩き、自著と思いを語っていた。さらに、数回にわたって行われたインタビューで、葉室麟が語り残した記録が本書の素材となり、本書が編集された。
 奥書をみると2018年6月に初版第1刷が発行されている。

 本書の構成の特徴を箇条書き風に列挙してみよう。
1.冒頭に内表紙を含め30ページのグラビア写真が載る。それは小説にゆかりのある洛中洛外の場所や芸術作品群などの写真。本書で描かれた場所空間の視覚化であり、一方で、在りし日の葉室麟思い出写真集となっている。

2.葉室作品を楽しむためにゆかりのスポットを明記した「京都散歩マップ」が見開きのp30-31に載せてある。葉室作品が扱った場所の広がりが一目瞭然だ。

3.三章構成で、各章の最初に人物略歴紹介と該当小説のあらすじ紹介がある。
   第1章 尾形光琳・乾山『乾山晩秋』
   第2章 海北友松『黒龍賦』
   第3章 小堀遠州『孤篷のひと』

4.小説の名場面、エッセンス的な場面が抜粋引用される。それが中軸となり、その引用箇所の理解を深める歴史背景などが編集部により本文に補足説明されている。
 葉室麟の原作を未読であっても、その引用場面を興味深く読み進めることができるだろう。

5.この構成で特に魅力的なのは、小説からの引用場面と関連する形で、葉室麟が自著を語った内容が本文中に「」引用文として組み込まれていること。
 作者による登場人物の考え・思いの解説、小説より引用された文章の背景・構造の解説、小説の題材に取り上げた思い・意図など様々である。
 作品を分析的に理解し解釈する情報がここに提供されている。

6.小説に出てくるゆかりの場所のミニ解説が観光ガイドブック視点で1箇所原則半ページでまとめられている。この本をガイドブックにして、現地で葉室麟の語りと小説の引用箇所を楽しむことも一つの方法としておもしろいかもしれない。

7. 小説の登場人物に絡める場合を含めて、葉室麟の人生論が語られている。冒頭に引用した箇所も、著者の人生論の一部と言える。葉室麟の素顔の一面が垣間見えるインタビューの記録・語りが興味深い。

8. コラムが3本載っている。1つは「琳派始まりの地・鷹峯を訪ねて」と題され、光悦寺の住職・山下智昭さんに対するインタビューでの語りがまとめられている。葉室麟が急逝することなく作家活動を続けていたならば、本阿弥光悦伊藤若冲を採りあげた小説が創作されていたかもしれない・・・・。
 後の2つは葉室麟の文化考として、インタビューの記録から抽出された語りの引用・編集である。そのテーマは、「江戸時代の人にとってお茶とは何だったのか?」「手弱女振りな日本文化と天皇制」である。

9.「巻末特別エッセイ」として作家・澤田瞳子さんが「葉室さんと『美』」を寄稿している。わずか4ページのエッセイだが、葉室麟の代表作と葉室麟の「美」意識について、簡潔適切に記されている。さすがだなと思う。尚、このエッセイの冒頭に、葉室麟に関わる秘話が載っている。そんなことがあったのか・・・・いいエピソードである。

 最後に、本書に記録された葉室麟の語りから、印象深い箇所をいくつか引用しご紹介する。
*だいたい五十代になると、人はみな、ある種の愁いを抱いているんじゃないでしょうか。・・・・・・・深省の場合は、特に仕事は兄との共同作業が大前提でしたから、頼っていた兄の才を失って不安もあった。垣間見える晩年の愁いのなかにいた深省の再出発、そこからの人生を書いてみたかったんです。 p51  (付記:深省とは尾形乾山のこと)
*”ぎなのこるがふのよかと”という水俣地方の方言で、”残った奴が運のいい奴”という意味なんですが、僕はそれを”生き残った奴が運のいい奴”と捉えているんです。・・・・・・・で、それを友松に重ねることができるんじゃないかと考えてみたわけです。内蔵助も死に、永徳も死に、恵瓊も死に、結局生き残った自分が、絵師として生き続けている。まさに、他者から見れば、”ぎなのこるがふのよかと”なんですが、友松にとっては、生き残って良かったという単純なことではなかったでしょう。・・・・・・友松は、死んだ者たちの面影や思いを背負って生きていくことを覚悟したのではないかと、僕には思えるんです。。   p120-121
*僕は、もともと茶人としてではなく、庭を造る遠州に興味がありました。・・・・・・庭を造ることは、自分の思想を表現することだと思ったのです。そこで、小堀遠州について書きたくなった。単なる茶人だけだとしたら、小説を書いていない可能性があります。しかし、庭を表現するときは自己主張がある。その自己主張と、時代に即したものをつくっていこうとする感覚のバランスが遠州にはあり、そこがおもしろいと思いました。 p159

 

 ご一読ありがとうございます。    【覚書 2019.1.24(木) 記 】

 

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【 読書録整理函 】

gooブログで2011年8月から「遊心逍遥記」を開設。10年余続けた時点でログインでミスをして、ブロックがかかってしまい、復旧はできませんでした。それで、「遊心逍遥記その2」を新たに開設して継続。こちらはデータ移設が完了。
旧ブログ記事はその後、問い合わせもしてみましたが、データの移設不可という結論に。
読書感想・印象記は原稿を書いた後にブログ記事を掲載していましたので、当時の原稿はファイルとして残っています。

そこで、愛読作家の諸作品と手軽に参照したいものについて、カテゴリー別に抽出してまとめて、再掲載してみたくなりました。
「読書録整理函」として、私自身の記憶の引き出しづくりをしていきたいと思います。

当時、補遺としてネットで調べた事項を併載していました。それらは割愛し、掲載当時の読後感想・印象の本文だけを掲載いたします。どんな気持ちで読んでいたかの軌跡を残すためにも。再掲にあたり、凡ミス等に気づいた箇所は訂正を加えています。

こちらもお読みいただければうれしいです。

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