遊心逍遥記

遊び心で本の森を逍遥し、その時の思いを残しておこうと始めました。

朝井まかて

『秘密の花園』   朝井まかて   日本経済新聞出版

本書は「秘密の花壇」というタイトルで日本経済新聞夕刊(2020年1月4日~12月28日)に連載された後、「秘密の花園」に改題され、単行本が2024年1月に刊行された。 朝井まかてさんの小説を読み継いでいるので、近作の本書を事前情報なしに手に取って読み始め…

『洛陽』  朝井まかて  祥伝社

明治という時代を改めて考える材料になる小説。 本書は平成28年(2016)7月に書き下ろしにより単行本として出版された。 何気なく読み出し、読み進める内に本書のテーマが何かが理解できてきた。 大きく捉えると、明治時代とはどういう時代だったのかを見つ…

『類』  朝井まかて  集英社

類は名前である。姓は森。森類は森鴎外の二男で末子。 (漢字「鷗」は環境依存文字なので「鴎」で代用する。ご容赦いただきたい。) この小説は、森鴎外の末子・類の人生に焦点をあてながら森鴎外ファミリーを描いた小説。巻末に「なお、本作品はフィクショ…

『グッドバイ』  朝井まかて   朝日新聞出版

嘉永6年(1853)6月末日、阿蘭陀(オランダ)の商船が長崎に入港する場面から始まり、明治17年(1884)4月、お慶が中庭の彼方の空を見上げ、遠くで海の音が鳴るのを聴いている場面で終わる。お慶とは、長崎の油屋町で菜種油を商う大浦屋を継いだ女主。 この小説…

『落花狼藉』  朝井まかて  双葉社

奥書を読むと、「小説推理」2018年2月号から2019年4月号の偶数月号に連載された同名作品に加筆修正を加え、2019年8月に単行本が刊行された。 この小説は、次の文で締めくくられる。本書のタイトルはここに由来するようだ。 「いつか、この傾城町に桜を。 媚…

『阿蘭陀西鶴』 朝井まかて  講談社文庫

西鶴とくれば、即座に井原西鶴の名が浮かぶ。 この小説は西鶴とその娘おあいの人生を描いた伝記風時代小説。井原西鶴の名と代表作の書名のいくつかは知っているが、西鶴の伝記を読んだこともなければ、その代表作を読んだ事もない。概説紹介文で知る程度。な…

『恋歌 れんか』  朝井まかて  講談社

手許にある高校生向け学習参考書『クリアカラー国語便覧』(数研出版・第4版)を見ると、「樋口一葉」についてまとめた1ページに、樋口一葉が明治19年(1888)14歳で歌塾「萩の舍」に入門したという記述がある。一方、「近現代文学の流れ」というチャート…

『眩 くらら』  朝井まかて  新潮社

「この世は、円と線でできている。」という一行から始まる。絵師が5つの幼い娘を大きな胡座の中に坐らせて、真剣に「画法」を説きながら絵を描いている場面。苛立った娘は父親を見上げて「おやじどの」と呼ぶ。絵師の号は北斎。弟子や版元からは葛飾親爺と…

『ちゃんちゃら』   朝井まかて   講談社文庫

主人公の名は「ちゃら」。江戸・千駄木町にある「植辰」の辰蔵親方のもとで修行する庭師。なぜ「ちゃら」という奇妙な名前なのか。 それは、辰蔵との出会いにある。ちゃらは浮浪児だった。辰蔵の目の前で茶店の握り飯を掠め取り、逃げ、神社の楠の天辺に上っ…

『藪医ふらここ堂」  朝井まかて  講談社文庫

神田三河町に天野三哲という小児医が住んでいる。自宅兼診療所の前庭に大きな山桃の木があり、三哲は娘・おゆんの幼い頃に、自ら板を削り、2本の綱を通して、山桃の枝に吊るし、ふらここと称する遊具をこしらえた。今も子供たちがそのふらここで遊ぶ。そこ…

『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』  朝井まかて  講談社文庫

著者のデビュー作がこれだと知り、遅ればせながら読んだ。 文庫本の解説の冒頭を読むと、本書が著者のデビュー作、しかも初めて書いた小説だったという。小説現代長編新人賞奨励賞を受賞した作品である。 当初、2008年10月に『実さえ花さえ』の題で単行本が…

『悪玉伝』   朝井まかて   角川文庫

「行くで。どこまでも、漕ぎ続けたる」が本作末尾の文。その少し手前に、「わしこそが亡家の悪玉やった。欲を転がして転がして、周りの欲もどんどん巻き込んで、江戸まで転がったわ。けど、これこの通り、生き残った。しかも船出するのや。惨めな、みっとも…

『ボタニカ』  朝井まかて  祥伝社

NHKの朝ドラ「らんまん」は人気があるらしい。朝ドラは見ていないので内容は知らない。NHKのウエブサイトを見ると、連続テレビ小説であり、「春らんまんの明治の世を舞台に、植物学者・槙野万太郎の大冒険をお届けします!!」の後に、「高知県出身の…

『朝星夜星』  朝井まかて  PHP

大阪の中之島に、かつて「自由亭ホテル」があったということを、本書を読み初めて知った。1881(明治14)年に開業し、1895(明治28)年に改築し「大阪ホテル」と改称された。明治・大正時代に、大阪の最高級の格式を誇り、当初は外国人が大阪市内で唯一宿泊…