物思いにふける

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主観的読書感想その5、三島由紀夫『潮騒』。

作者というのは、どうしてこれほど美しい表現が出来るのだろう。

語彙力や表現力、いわゆる文才というものが重なりあって生まれているのだろうか。

私は難しい言葉を覚えると、ついその言葉を使ってみたくなる。でも、いざ使って見ると使い慣れていないせいか、しっくりこない。

やはり、言葉を選び取る感覚と、思考力なども関係しているのだと思う‥。

 

そんなことを改めて感じた、三島由紀夫作品。

今更ながらの読了となった『潮騒』。

美しい物語というのは、きっとこういったもの。

 

 

潮騒

著者:三島由紀夫

(1954年6月10日出版、新潮社、240ページ)

(第一回新潮社文学賞受賞)

 

 

書籍について

文明から孤絶した小島。

そこに暮らす漁師の青年・新治と、裕福な家庭の娘・初江との純粋な恋を描いた物語。

いくつもの困難や障害を乗り越え、純愛が成就するまでを描かれており、自然の美しさと二人の真っ直ぐな感情を丁寧に表現されている。

古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』から着想を得て書かれたとのこと。

 

 

 

主観的感想

私は三島由紀夫作品はそれなりに愛読しているのだが、この『潮騒』に関しては初めての読了。

三島由紀夫作品の中でも珍しいというべきなのか、健やかな若者の恋の物語を一貫して描かれている。

血生臭い描写や反逆性などは全く払いのけられ、平和で静穏な小説。

ですが、これはこれで素晴らしかった。

 

始まりは、「歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。」の一文から。

一里というのは3.927kmほどの長さなのですが、それほどの小さい島の説明がこのように出来るものなのかと。

言い方を変えれば周りくどいといのかもしれませんが、相変わらずの豊かな表現力。

島の情景が思い浮かび、新治と初江の物語がいっそう美しく感じれる。

 

そして新治の人物像が印象的。

多くは語らず、言い訳もせず、ただ自分の仕事と責任を全うする姿には、現代とは対照的だと思ってしまう。

私は物語の中で新治が初江に話す、好きな台詞があります。

「どんな時世になっても、あんまり悪い習慣は、この島まで来んうちに消えてしまう。海がなア、島に要るまっすぐな善えもんだけを送ってよこし、島に残っとるまっすぐな善えもんを護ってくれるんや。そいで泥棒一人もねえこの島には、いつまでも、まごころや、まじめに働いて耐える心掛けや、裏腹のない愛や、勇気や、卑怯なところはちっともない男らしい人が生きとるんや。」

うん、素敵な台詞。

このような思いというのは、現代では最早稀有を通り越し、皆無なのかもしれませんが、この台詞に初江も共感と信頼を込めて頷く。

何て純粋な、そして綺麗な心の持ち主達なのか。

 

その他の登場人物達、新治の弟・宏も可愛らしい。

修学旅行先から速達にて、大きな映画館へ行った話を手紙に書き家族に送るのですが、内容がとても可愛らしく、そして歌島がいかに孤島なのかも分かる。

 

また、東京の大学へ進学し、夏休みに帰郷する千代子。

自身の嫉妬からとってしまった行動を後悔し、出来る限りのお返しを何か出来ないかと考え、そして母親に手紙でとある依頼を送る。

 

新治の母親、初江の父親なども、登場人物の大半が善人で構成されており、本作品は劇的な展開や衝撃的な結末などがあるわけではなく、読み続けていくうちに心が綺麗になるような、そんな感覚が残る作品でした。

 

 

小話

歌島の舞台となったのは、三重県の神島という場所。

三島がその島を選んだ理由は、日本に唯一パチンコ店が無い場所だったからとのこと。

初めて神島を訪れた三島は、

「人口千二、三百、戸数二百戸、映画館もパチンコ屋も、呑屋も、喫茶店も、全て『よごれた』ものは何もありません。この僕まで忽ち浄化されて、毎朝六時半に起きてゐる始末です。ここには本当の人間の生活がありさうです。たとへ一週間でも、本当の人間の生活をまねして暮すのは、快適でした。<中略>明朝ここを発つて、三重賢県の志摩観光ホテルへまゐります。そこで僕はまた、乙りきにすまして、フォークとナイフで、ごはんをたべるだらうと想像すると、自分で自分にゲツソリします。」

と述べている。

<三島由紀夫川端康成宛の書簡」より>

※その他『潮騒』について沢山の小話がありますので、ご興味ある方はWikipdiaなどご覧いただくと面白いかと思います。

 

 

最後に

三島由紀夫の別作品、美を武器に人を壊すことの快楽と空虚さのようなものを描いた『禁色』とは正反対の、純粋な恋愛を描いたこの作品『潮騒』。

出版時の年齢は二十九歳だったとのことですが、本当に表現方法に幅が広い方なのだと改めて感じます。

潮騒』は読みやすく、三島作品の中でも入門編のように捉えられたりもするようなのですが、私は『禁色』や『金閣寺』から入ったものでして。

そのため読み始めると、あれ?と思うような違和感を感じたりもしましたが、幸せな結末含め十分な満足感を感じることが出来ました。

 

改めて、凄い方です。

 

 

本日も物思いにふけるを見つけてくださった方、お読みいただた方、ありがとうございます。

 

 

私は小説で難しい漢字が出てくると、調べることもあれば、勢いで飛ばしたりするのですが、どうするのが正解なのか‥。

とまあこの話はまたの機会に。

 

それではまた。