
Yvonne Smeulers(Vn)
Peter Kuhn/
Brandenburgisches Staatsorchester Frankfurt
GENUIN/GEN 20702
「天国と地上」というもったいぶったタイトルが付いていますが、演奏されているのはベートーヴェンとベルクのヴァイオリン協奏曲です。
いずれも「名曲」として非常に有名な作品なのですが、それらが作られたのは1806年と1935年なのでその間には130年もの隔たりがあります。当然作曲様式も変わってきますから、同じく「有名」とは言われても、その度合いにはかなりの差があるはずです。実際、まさにクラシカルの代表作であるベートーヴェンの協奏曲は誰が聴いてもすぐにそのメロディに酔いしれることはできますが、ベルクの場合は常人が1回聴いただけではとうてい「酔いしれる」というレベルに達するのは困難です。
とは言っても、このベルクの作品は、そのような音楽としてはかろうじて「普通の」コンサートのレパートリーとして親しまれています。ですから、出来るものならベートーヴェンと同じほどの親近感が持てるようになってみたいものだと、こんなカップリングのCDを聴いてみることにしました。
ここでヴァイオリンのソロを演奏しているのは、オランダのヴァイオリニスト、イヴォンヌ・スメウラースです。一見若そうな外観ですが、実年齢は分かりません。というより、この外見から、とても颯爽としたキレのよい演奏を期待して聴き始めたら、なんともジジくさい(いや、女性ですが)もっさりとした弾き方だったので、ちょっと驚いてしまいましたよ。
オーケストラの導入は、なかなかカッコいいものでした。録音会場が教会のようなところなのでしょう。とても豊かな残響でゴージャスなサウンドが楽しめますし、テンポもきっちりとしていて心が高鳴ります。
ところが、そこにヴァイオリンのソロが入ってきたとたん、その景色は一変します。彼女の演奏は、一つ一つの音、そしてフレーズの中のそれぞれの音をとても大事にしていて、まるですべての音に意味を見出して、いるのではと思えるほどの、重厚なものだったのです。指揮者に例えれば、あのチェリビダッケのような、どんな細かいところもおろそかにしないタイプのような演奏なのですね。ですから、当然テンポは非常に遅くなります。ちょっと調べてみたら、今世の中に出ているどんなCDの演奏よりも演奏時間が長くなっていました。
ただ、そんな、のたくったような演奏は第1楽章だけで、2、3楽章になると、フレーズの端々にちょっとしたこだわりが感じられるだけで、テンポそのものは普通に聴くものとほとんど変わっていませんから、1楽章だけがとびぬけて「遅い」のですね。
もちろん、そんなに遅いのはソロが弾いている時だけですから、オーケストラだけのトゥッティになると、まるで憑き物がなくなったように軽やかなテンポに変わるというのが面白いですね。
そんな、まるで地べたでもだえ苦しんでいるような、まさに「Earth」たるベートーヴェンに続いてベルクが聴こえてきたときには、そこに本当に「天国」を見たような気になったのは、まんまとこのアルバムの制作者の術中にハマってしまったからなのかもしれません。
ベートーヴェンではベタベタして汗臭いと思っていたヴァイオリンは、ソロの冒頭の4本の弦の開放弦をすべて含む3オクターブにわたる12音の音列にとても艶めかしい情感を込めていたのです。そして、それが第1楽章の後半のウィンナ・ワルツのような情景に変わるころには、すっかりその音楽の魅力に取りつかれてしまいました。
第2楽章では、その音列の最後の4つの音が、バッハが教会カンタータの中で使ったコラールの冒頭と同じだということで、そのコラールがクラリネット群で演奏されたりしています。そして、そのクラリネット・パートでは、持ち替えでアルト・サックスが演奏されることもあるということで、不思議なオーケストレーションが味わえます。
そういえば、この曲には「Dem Andenken eines Engels(ある天使の思い出に)」というサブタイトルが付けられていたのでしたね。
CD Artwork © GENUIN classics