昨日(正確には放映は今日未明)、たまたま観ていた、news23。
ふと私と同じような母と息子の2人暮らしの親子の話。
息子が母に頼まれて自分の母親に手をかけて殺してしまった結末。
この結末しかなかったのか?
このような結末を選ぶほかない、この日本社会の現実。
私も今、母親と2人暮らしであり、自分の将来を見ているようで身につまされました。
そして、この息子さんを「犯罪者」とは到底思えず、私は「(8年間の介護を)よく頑張りましたね」と声をおかけすることしか思い浮かびませんでした。
具体的な介護の状況を聞いていると、私からすると想像を絶するような内容で、それでも献身的に母親を支えていた息子さん。
「寝食もそんなに惜しまず、介護する形にはなってしまいますよね。善いとか悪いとかの問題じゃなくね」
という言葉に胸に迫ってくるものがあります。
息子さんは何度も行政に相談していたようですが、この現実に、ニュース記事は、「介護をする人が助けを求められる仕組みがあれば」と結んでいます。
このブログでも以前から何度も、それこそ何度も、「自己責任」という言葉から始まる日本社会の「寛容のなさ」、もちろんのことながら自分の意志に関係なく助けが必要な弱者になり、誰にも頼れず必然的に追い詰められていき、やがて「絶望」し、このような最期を迎えるケースを取り上げてきました。
そのたびに、行政や政治の、この時こそに必要な役割を訴えてきました。
今回のニュースでは取り上げられていませんでしたが、「アウトリーチ型支援」という取り組みがあり、助けを求められない必要な人に支援側が積極的に働きかけ、訪問などの手段を用いてサービスや援助を提供するものがあり、一部は実際に行われています。
今回は母親が支援を拒んだようですが、何かうまく説得してこのようなアウトリーチ型支援で介入できていればと思います。
さらに充実させるためにも、普段から私たち社会全体が、将来的に自分もそのような状態になることを想像し自分事として捉え考えていかなければならない問題と思います。
そのためにも「自己責任」という言葉ですべてを済ませる自己中心的な考えではなく、バランスが取れた「寛容」を持つ社会にすることこそが、様々な社会問題の理解と解決のためにまず必要なことだと、私は強く思うのです。
関連リンク。========