近頃、テレビをあまり観なくなっています。
もともとニュース番組、ドキュメンタリー番組の類しか観ない、というのもあるんですが、とにかくおもしろくない。不愉快な気持ちになることが多かったのです。
そこにさらなる拍車をかけたのが、2023年、BBCの報道によって多くの日本人が知ることとなったジャニー喜多川による一連の出来事を始めとする数々の明らかになっている芸能・芸術関係の不祥事です。人々に夢を与える職責にある人々の筆舌に尽くしがたいほどのその行為の酷さ。
そして、その当事者のほどんどが公衆の面前で謝罪やコメントすらしていない現状。
その中で唯一、今のところまっとうに謝罪したと言えるのは、宝塚歌劇団(阪急電鉄)だけでしょうか。
松本人志、中居正広の2人については、その気配すらありません。それどころか自分の主張を言い張るばかりです。
ほかも旧ジャニーズ事務所を含めて、誠実に謝罪し、被害者に誠実を尽くし救済しているように思えません。
この現状をおそらく市井にいる同じような犯罪の被害者の皆様は、長い間心穏やかにいられていないはずだと思います。
私も同じような経験をしたわけではありませんが、そのような現状で今テレビを観ていると、たとえば旧ジャニーズ事務所のタレントが出てきただけで不愉快になったり、吉本興業の芸人が出てきただけで不愉快になったりします。
関係ないと言われてしまえばそれまでですが、関連しているとどうしても連想してしまうのです。そしてそれを思い出してしまうのです。
それはやはりこれらの問題が社会的に解決されてきたか?つまり被害をさらに大きなものにした、日本社会としての悪しき慣習(特に「事なかれ主義」など)を断ち切るような解決を報道以後してきているか?ということです。
旧ジャニーズ事務所の件も当初から言及していますが、日本社会として、被害がさらに被害を生み拡大していった原因を根本的に解決しなければならない、膿を出し切らなければならないということであり、具体的に言えば、時効になっていたとしても国家権力の介入(警察の捜査)であり、社会的責任は果たされても、この事の大きさ、被害の甚大さから刑事的責任も果たされなければ、10代の被害者もいる中で大人として子供たちに示しがつかないと思うのです。
またどれだけ大きく凄惨な罪を犯してもお金さえ持っていれば何もなかったことにできる。すなわちお金さえ持っていれば犯罪し放題。そのような社会をつくる、前例を作ることに社会全体が加担しているように思うのです。
今一度、2023年のジャニー喜多川の件が明るみになるきっかけになった、BBCモビーン・アザー氏のドキュメントを観ていただきたいです。
彼が当初から重要なこととして何を訴えていたか、あらためて思い返してほしいのです。
罪を犯した人間がそれ相応の罰を受けずにのうのうと何不自由なく生きていける社会。
何も悪いことをしていない人間がハラスメントに遭い困窮を極め今日を生きていくこと自体に苦労しなければならない社会。
もうすでにそれが今の日本の現状と感じています。
悪人個人レベルの問題ではなく、そのような悪人を生んだ背景、それを黙認してしまっている社会。
それが社会全体の問題なのであり、それを社会全体が解決しようとしない。非常に致命的な状態が放置され続けています。忌々しき事態です。
そのような背景がありながら、今日も日本社会はのうのうと何もなかったかのように自分たちのお金儲けを進めていきます。テレビでは今日、毎年恒例の「あの24時間番組」がそれこそ何事もなかったかのように放送されています。社会全体で解決されていないまま、関連のタレントがいわば「善人ヅラ」で「偽善者」のように、24時間チャリティー番組を垂れ流すようなことになっています。私にはその内容に何ら説得力を感じません。
皆様はこの矛盾を少しでも感じられませんか?
これをこのままにしておいて良いと思われますか?
※筆者注:決して「24時間テレビ」を全否定する意図はありません。一連の芸能・芸術関係の不祥事が完全に解決されていない現状で何事もなかったかのように振る舞い続けること、それがチャリティーを主眼とする番組でも続けられても良いのか?また昨年報じられたように番組自体も募金の着服という不祥事があった中で、これまで通りというのも強烈な違和感を感じるのです。
そんな中でも番組の中で様々な当事者の皆様が様々な困難を訴え、それを広く知らせる機会があること、同時にそれを乗り越えて生きる希望を持たせる意義があることは、この番組の重要なファクターであり見逃せません。また高く評価するところではあります。
しかし、年に一度だけではなく、私たちは普段からこの番組でもたらされるような生きる希望や様々な困難の中を生き抜こうとする人達のことを想像し共に生きる考えを持ち続けないといけないはずです。
だからこそ、社会全体で解決されていないことを解決していこうとすること、そして最終的に解決されることが重要なのです。
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