雨が降った後のアジサイの庭。
今、こんな感じです。
額アジサイの“Juno"は、
薄ムラサキ色→ほんのり紅色になってきましたよ。
2階の窓から。
✧
ところでここ最近、『ウガンダ』という国名をニュースでよく耳に&目にしますね。
記憶する限り、ウガンダとかウガンダ人が日本のニュースに目立った形で取り上げられるって、ほぼ初めてなのでは?
下の画像は、私が日々キッチンで目にしている、
ウガンダのバスケットと、
紙ビーズのネックレス。
そう言えばブログに書いたことがなかったかも知れませんが、
私は長らく国際協力関係の仕事に従事していました。
今も夏の数ヶ月限定、在宅ワーク限定で、ちょこっと関わってます。
このウガンダのバスケットは、仕事で8ヶ月くらい毎日会っていたウガンダ人から頂いたもの。
ルタヤさん、元気かなー。
穏やかで思慮深く、話も合う人で大好きだった。
だから私はウガンダ贔屓なんです。
ネックレスの方は、その後地元のマルシェで出会って気に入って購入しました。
ウガンダ人にはたった一人しか会ったことがないけれど、
ルタヤさんが良い人だったから、私の中ではウガンダ人=皆いい人!
ウガンダ選手団の皆さん。
日本でのオリンピック参加をどれだけ楽しみにしていたことだろう。
練習に明け暮れ、
ワクチン接種して、
出国前に陰性を確認し、
さて日本到着。
しかし空港で1名、その後もう1名とコロナ感染発覚。
皆さんご存知のように、日本では濃厚接触者の判定について、何の決まりもなかったー。
ってことは恐らく、ウガンダの皆さんには事前に、
日本の水際対策のことも、濃厚接触者の定義についても、濃厚接触者となったらどうなるかも、チーム全員練習が出来なくなることも、何も知らされていなかったのでは?
ワクチン接種が完了しても決して油断してはならないことも、知っていたのだろうか?
事前にきちんと知らされていたなら、と、どうしても考えてしまう。
こんな風に私は、ウガンダ側の立場になって、いろいろ気の毒でならないのです。
だけど今回のことを教訓に、これから入国する選手団についてはきちんとした対策が決められつつあるようなので、何とかなることを希望しています。
しかし本当にドタバタだなぁー。
一年も準備期間があった筈なのに。
アジサイの色が 何色かあって綺麗ですね。
そろそろ終盤でしょうか?
うちの一株あるアジサイは まだ蕾もありません。
アメリカ産の変わった白いアジサイで赤い色に変わります。
最初に知り合った外国の人の印象と言うか 人となりは
ついついその国の印象になってしまいそう・・・・
長い事 外国に住んでいるので 何だか責任大に感じます。
ウガンダのバスケットもネックレスも渋い色で素敵ですね。
紙ビーズと言えば 子供の頃 雑誌の紙を長~い三角に切って
クルクル回してビーズを作ったのを思い出しました。
紙が写真の色付きで お世辞にもシックとは言えませんでしたが
作ったネックレスはしばらく大事に取ってました。
紫陽花がほほ笑んでいるような素敵なお庭、
拝見しているだけで幸せ気分になりました(*^_^*)
オリンピックの対策にはしっかりしてほしいですし、
入国する国の選手にもしっかりと
対策を伝えて欲しいですね。
そういうことなのですか、
junoさんとウガンダとの関係ステキなことですね。
いい人沢山なのですね!(^^)!
拝見しているだけで幸せ気分になりました(*^_^*)
オリンピックの対策にはしっかりしてほしいですし、
入国する国の選手にもしっかりと
対策を伝えて欲しいですね。
そういうことなのですか、
junoさんとウガンダとの関係ステキなことですね。
いい人沢山なのですね!(^^)!
> weierud2さん
アメリカ産の白から赤入りの変わる紫陽花は、日本ではピラミッドアジサイまたはライムライトと呼ばれているものでしょうか?
私のお散歩コースにも咲いていて、いまは赤味を帯びてきています。
外国に長くお住まいなんですね、何年くらいいらっしゃるのでしょう。
私も、仕事上海外から日本に来る方達にとって一番身近な日本人になっていたので、責任大に感じていました^^
紙ビーズはウガンダの手法と思っていましたが、日本にもあるのですね!
世界のあちこちで作られてるのかしら…
ウガンダのビーズでも、色とりどりの紙で作ったようなネックレスもありました。
私はたまたまシックなものを選びましたが、カラフルなものも売られていました。
ビーズにはニスのようなものが塗られていて、一応防水のようです。
アメリカ産の白から赤入りの変わる紫陽花は、日本ではピラミッドアジサイまたはライムライトと呼ばれているものでしょうか?
私のお散歩コースにも咲いていて、いまは赤味を帯びてきています。
外国に長くお住まいなんですね、何年くらいいらっしゃるのでしょう。
私も、仕事上海外から日本に来る方達にとって一番身近な日本人になっていたので、責任大に感じていました^^
紙ビーズはウガンダの手法と思っていましたが、日本にもあるのですね!
世界のあちこちで作られてるのかしら…
ウガンダのビーズでも、色とりどりの紙で作ったようなネックレスもありました。
私はたまたまシックなものを選びましたが、カラフルなものも売られていました。
ビーズにはニスのようなものが塗られていて、一応防水のようです。
> rabbitjumpさん
毎年あまり変わりばえのしない紫陽花の庭ですが、今が一年で一番華やかです♪
はい、ウガンダの方はとっても良い方でした。
逆にちょっと変わった方に出会うと、その方のイメージがその国にベッタリと(笑)
そういう私も日本のイメージを落とさないようにと一応心掛けておりました^^
毎年あまり変わりばえのしない紫陽花の庭ですが、今が一年で一番華やかです♪
はい、ウガンダの方はとっても良い方でした。
逆にちょっと変わった方に出会うと、その方のイメージがその国にベッタリと(笑)
そういう私も日本のイメージを落とさないようにと一応心掛けておりました^^
外国生活は 今年で50年になります
ずっと専業主婦でしたので
長いだけで 何もなした事はなし・・・・
> weierud2さん
外国に長く住まわれて、
ご家庭をもつ、それだけで大仕事です^^
そうそう、今朝、買っておいたクリスプブレッドというのを開けたのですが、
ノルウェー産と書いてありました。
身近に感じてしまいました。
外国に長く住まわれて、
ご家庭をもつ、それだけで大仕事です^^
そうそう、今朝、買っておいたクリスプブレッドというのを開けたのですが、
ノルウェー産と書いてありました。
身近に感じてしまいました。
juno7777さんからウガンダの方のお話が出てくるとは…
ちょっとびっくりです。
海外協力のお仕事って?どんなお仕事かしら?
私が最初に親しくなった外国人はタンザニア人でした。
1970年の大阪万博の「アフリカ祭り」の
イベントに一緒に出演していたタンザニア
の学生達一行と親しくなりました。
それがきっかけで翌年には単身タンザニア
に短期留学‥・その後Tanzania大使館に勤めたり‥
そんな関係で同じ東アフリカの在日ウガンダ大使館の方とは親しかったし…
留学時代ウガンダの友人もいましたよ!
カリブチャイはスワヒリ語で「お茶をどうぞ」ですから‥その時から東アフリカとの
関係は続いています…今は紅茶を通して。
思わぬところでjuno7777さんとの共通点が
ありました!
嬉しいです。
私も東アフリカの人って…温厚でいい人が多いと思っています。
ちょっとびっくりです。
海外協力のお仕事って?どんなお仕事かしら?
私が最初に親しくなった外国人はタンザニア人でした。
1970年の大阪万博の「アフリカ祭り」の
イベントに一緒に出演していたタンザニア
の学生達一行と親しくなりました。
それがきっかけで翌年には単身タンザニア
に短期留学‥・その後Tanzania大使館に勤めたり‥
そんな関係で同じ東アフリカの在日ウガンダ大使館の方とは親しかったし…
留学時代ウガンダの友人もいましたよ!
カリブチャイはスワヒリ語で「お茶をどうぞ」ですから‥その時から東アフリカとの
関係は続いています…今は紅茶を通して。
思わぬところでjuno7777さんとの共通点が
ありました!
嬉しいです。
私も東アフリカの人って…温厚でいい人が多いと思っています。
> karibu-chaiさん
まぁ!タンザニア人との出会いがきっかけとなり、単身留学されるとは、すごいご縁ですね。
その後大使館にご勤務され、東アフリカとは今もご縁が続いているのですね。
私の場合は、最初のご縁はネパールでした。
会社勤めをしていた時期に国際交流の会に入っていて、たまたま「ネパールの夕べ」のような催しに参加した時にネパール人やネパール好きの人々と出会い、すっかり仲良くなってしまいました。
そのとき、ネパール大使館の方の他、JICAの研修員も数名参加していて、
なんだかどんどんそっちの方向へと引っ張られ、会社を辞めてイギリスへ語学留学。
帰国してからJICA研修に関わる仕事に突入です(笑)
少し流れがkaribu-chaiさんに重なるかしら?
ウガンダのルタヤさん。講義室でいつもその隣に座っていたのはタンザニア人です。確かザンジバルの方だったと思います。そのまた隣にはケニア人がいました。あとはバングラデッシュやフィリピン、モンゴル、パキスタン、それからアフガニスタンの人がいました。
みんなすごく楽しい人たちで、羽目を外してばかりでしたが、ワイワイと賑やかな思い出です。今から10年ちょっと前のことです。
まぁ!タンザニア人との出会いがきっかけとなり、単身留学されるとは、すごいご縁ですね。
その後大使館にご勤務され、東アフリカとは今もご縁が続いているのですね。
私の場合は、最初のご縁はネパールでした。
会社勤めをしていた時期に国際交流の会に入っていて、たまたま「ネパールの夕べ」のような催しに参加した時にネパール人やネパール好きの人々と出会い、すっかり仲良くなってしまいました。
そのとき、ネパール大使館の方の他、JICAの研修員も数名参加していて、
なんだかどんどんそっちの方向へと引っ張られ、会社を辞めてイギリスへ語学留学。
帰国してからJICA研修に関わる仕事に突入です(笑)
少し流れがkaribu-chaiさんに重なるかしら?
ウガンダのルタヤさん。講義室でいつもその隣に座っていたのはタンザニア人です。確かザンジバルの方だったと思います。そのまた隣にはケニア人がいました。あとはバングラデッシュやフィリピン、モンゴル、パキスタン、それからアフガニスタンの人がいました。
みんなすごく楽しい人たちで、羽目を外してばかりでしたが、ワイワイと賑やかな思い出です。今から10年ちょっと前のことです。
by juno7777
| 2021-06-27 12:17
| zakka・たいせつ・好き
|
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