佐々陽太朗の日記

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『入門シュンペーター 資本主義の未来を予見した天才』(中野剛志:著/PHP新書)

2025/08/28

『入門シュンペーター 資本主義の未来を予見した天才』(中野剛志:著/PHP新書)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

「創造的破壊」という言葉を生み、「イノベーションの理論の父」と呼ばれるシュンペーター。本書では彼の理論や、彼の影響を受けた現代の経済学者(ラゾニックなど)の理論について解説し、シュンペーターの理論が今日の資本主義の本質を理解する上でも極めて有効であることを示す。さらに日本経済が長い停滞に陥った理由が「シュンペーターの理論とは正反対のことをやり続けたから」であることを明らかにする。

  • イノベーションを起こすのは「精力的な人間」。「精力的」な人間とは、「快楽主義的」な人間のように、与えられた環境に適応しようとはしない人を指す
  • シュンペーターの『経済発展の理論』が正しければ、主流派経済学の理論が想定しているのは、経済発展もイノベーションも存在しない「静態的」な世界である
  • 資本主義の三要件の一つは、「無」から貨幣を創造する民間銀行という機関が存在することである
  • 主要31カ国の中で、経済成長率が他のどの国よりも低いだけではなく、政府支出の伸び率も他のどの国よりも低い国が、日本である
  • シュンペーターは、「創造的破壊」を起こすのは、起業家ではなく、大企業組織だと論じていた
  • アメリカで、企業の「内部留保と再投資」の戦略・「終身雇用」の慣行から、「人件費の削減と株価の分配」への転換を正当化したのが、1980年代に台頭した「株主価値最大化」というイデオロギーであった
  • iPhoneを生み出したのは、スティーブ・ジョブズの天才性によるものであるが、政府の支援なしには、生み出し得なかったであろうことも否定できない
  • シュンペーターが予見する資本主義の未来ーー資本主義は崩壊して社会主義になるが、それは、資本主義が成功するからだ(そして実は、シュンペーターのいう「社会主義への前進」は、現在もゆっくりと進んでいる)
  • 少子化を予測したシュンペーターーー、合理主義の精神が支配する資本主義社会では、人々は子供をもたない、あるいは一人しかもたないという傾向が強くなる

 

 素晴らしい本です。「創造的破壊」というイノベーションの経済学を現代に残したシュンペーターとその後継のラゾニックの理論を分かりやすく解説し、かつては ”japan as number one" とまで賞された日本経済がここ30年もの長期にわたって低迷し続けている理由を解き明かす。国の政策に大きな影響力を持つ主流派経済学者たちの唱える経済政策がいかにでたらめかを明らかにし、日本がアメリカに盲目的に追従する新自由主義や株主資本主義がかえってイノベーションを疎外している現実を暴く。さらに主流派経済学者や財務省をはじめ健全財政を強く主張する政策担当者や議員が口を極めて否定してかかるMMT(現代貨幣理論)の可能性に言及し、我が国がここ30年間信じ失敗し続けてきた財政・経済政策を改めるべきだと結論します。全く以て納得の解説であり、その論理展開のほぼすべてに賛同します。

 私の心に残った本書のポイントをいくつか挙げておく。(中野氏の文章そのままではなく、私の理解で改変している部分もあることをおことわりしておきます)

  • シュンペーターは既存の経済学にとって代わる経済発展を分析できる理論を打ち立てようとした。
  • シュンペーターの『経済発展の理論』は貨幣について極めて重要な議論を行っている。すなわち銀行が貸出しによって預金という貨幣を創造していること。そして銀行は借り手の企業に返済能力がある限りいくらでも貸出しを行うのであって、その貸出しに預金など元手となる資金を必要としない。民間銀行は手元に資金がなくても、預金という貨幣を生み出すことができる。(まさに無から貨幣を創造することができる。(「信用創造」あるいは「貨幣創造」と呼ばれる) 主流派経済学の教科書にある「銀行は貯蓄をしたい人々から預金を受け入れ、その預金を使って借りたい人々に貸出しを提供することを主な業務にしている。(貸付資金説)」は誤りで、主流派経済学者たちは資本主義の根本である「貨幣」を誤解している。
    →これを中野氏は「ガリレオが地動説を明らかにしたのに、未だに天動説を信じているようなものだ」と揶揄します。
  • 第二次安倍政権はデフレからの脱却を目指して大規模な量的緩和政策を実施したが、デフレからの脱却に至らなかった。逆に多くの経済学者が懸念したひどいインフレにもならなかった。銀行の日銀当座預金をいくら増やしたところで、新たに事業を行いたいという企業の需要がなければ、貨幣は供給されず、実物資源が動くこともない。経済が成長するはずもない。貨幣創造について正確に理解していればこのような失敗はなかっただろう。
  • 政府部門の「貨幣供給」は、政府が中央銀行から借入れを行って支出するという財政政策によって行われる。他方、政府は徴税によって強制的に貨幣を回収する。そして政府は徴税によって回収した貨幣をもって中央銀行に対して債務の返済を行う。これによって、貨幣は破壊され、消滅する。
  • 政府は支出にあたって税収という財源を必要としない。中央銀行が貸出しを通じて貨幣を創造し、供給してくれるからである。政府支出が先で、税収が後であって、支出にあったって事前に税収を必要としない。(「信用創造」を理解していれば明らかなこと) つまり税は、財源(貨幣)確保の手段ではなく、財源(貨幣)破壊の手段だということになる。税収を増やして政府債務を減らそうとすつ努力(財政健全化)とは、貨幣を民間経済から引き抜いて破壊することだということになる。結果、財政健全化はデフレ圧力を発生させる。デフレで貨幣の流通量が不足しているようなときは、政府は債務を増やし、赤字財政支出を拡大させたほうが良い。
  • 日本の財政赤字の拡大は、財政支出を過剰に拡大し続けてきたからではなく、逆に、財政支出の拡大が不十分だったからだ。
  • 1960年頃までのアメリカの企業組織では「内部留保と再投資」を行う戦略的管理が行われており、それによって価値が創造されていた。また当時のアメリカ企業には「終身雇用」の慣行があり、労働者は安定的な雇用を享受していた。つまり当時のアメリカ企業は長期的な利益のために資源を配分していた。それはかつての日本的経営も同じである。しかし1980年代には主流派経済学の市場原理によって「株主価値最大化」と「削減と分配」という効率化が正当化されてしまった。
    →株主価値最大化(株主資本主義)はシュンペーターの目指したイノベーションを促進するどころか、開業率が半減(スタートアップ企業がうまれにくくなっている)という結果を生んでいる。
    →日本は戦後シュンペーター的経済政策で成功したにもかかわらず、1990年代に入ってアメリカの失敗(株主資本主義への転換)を模倣し、一連の「コーポレート・ガバナンス改革」を行ってきた。そしてその改革(日本的経営を捨てた)の悲惨な結末が今の日本経済だ。

 以上、私なりに本書の肝を書きだしてみた。最後の部分に関してはアメリカでインターネットやGPS、iPhonなどイノベーションが起こっているではないかという反論もあろう。しかし中野氏はこれについてアメリカは産業政策によって政府自身がインフラや知識への投資を積極的に行ってきた結果だと述べている。産業政策だけではなく、軍事政策上の技術開発投資なども積極的に行っているところも日本と違うところだろう。

 本書を読んで、数年前まである企業で財務・経営企画・株式関係の担当役員をしていた私として、一連の「コーポレート・ガバナンス改革」批判には、まさに我が意を得たりと膝を叩く思いだった。私も当時、アメリカ追従の改革に違和感を抱き、反対の立場であった。しかしそうした考えは少数派で、世間の流れに抗いようもなかったことを悔しく思い出す。自分の意に沿わない仕事をしているむなしさは、仕事を辞めようと考えた一因でもあった。また、今の自民党立憲民主党の主流の考えである財政健全化(増税)が明らかに間違っていると確信する。その政策を主導する財務省、そして財務省の主張をそのまま垂れ流す新聞、TVなどオールドメディアがいかにでたらめかを痛感する。先の参議院議員選挙の結果をみると、国民はうすうす今の政府の欺瞞に気づきはじめたのではなかろうか。オールドメディアの影響力が落ち、変わるメディアとしてSNSが台頭してきたことも影響しているだろう。特に若い人はそうした守旧的勢力にそっぽを向き始めている。私も含め年寄りの責任を痛感する。「老害」もいい加減にしなければならない。