年末に向けて,東京ディズニーランドやユナイテッドスタジオジャパン(USJ)のクリスマスイベントなどが華やかに紹介されている。他の遊戯施設も,年々規模を拡大し,さまざまなアトラクションを加えることで,リピート客をさらに繰り返し来場して飽きさせない努力が続けられている。投資と収益増がうまく機能している。
一方,各地でプロジェクションマッピングやドローンショーなどのイベントが行われているのだが,繰り返し実施されることはほとんどない一時的なイベントと思える。おそらく,専門業者が各地を回り,イベントの提案をし,一度盛り上げた後はほぼ2回目のリクエストがない巡回型のイベントなのだろうと思われる。
前者は, 形のあるものを作って提案し,後者は「モノ」が何も残らない。前者はストック型,後者はフロー型と呼ぶことができるだろう。
モノづくりはストック型である。製造設備がなければ何も生まれない。設備投資をし,それを回収するのに見合った製品開発と販売によって利益を出す。設備の設置,労働者の固定など,一定の固定措置が必要になる。
一方,商社はフロー型である。モノの流れを構築し,そのコンサルティングをする。そこに投資するかどうかは,担当する企業次第である。売れそうなものを探してきては市場開拓して定着させる。担当企業と合わせればフローからストックへの変換をしているとも言える。ニーズを新規発掘・開拓してくる視点は重要である。
筆者が仕事をしてきたメディア業界にも,フローとストックがある。フローは日々の情報を発信する新聞やテレビが担っている。雑誌もフロー情報である。一方,ストックは書籍が主に担っている。そのアーカイブをするのが図書館である。リアルなストックとともに,電子的なストックが拡大し,検索が容易になっている。幸か不幸か,このデジタルアーカイブが,生成AIのベースデータとなっており,著作権や肖像権の侵害を助長している。
生成AIは,コンピュータ・システムを構築するという意味ではストック型であり,その利用によって利益を生み出すモデルである。しかし,そこで使われるデータは正当に入手・購入されたものではないし,利用に対するルールがない。「入場料を払えば何をしてもいい」とばかりに,想定外の使われ方をするユーザーが多い。これが著作権や肖像権を侵害し,フェイク情報をして再発信される。このエンドユーザーの利用部分のフロー性については,人間の理性が問われる部分であり,きちんとルールを作らなければならない。フロー情報には,こうした曖昧さがあることが問題である。
もちろんこれまでも,たとえばクルマの購入者がルールを破って暴走したり違法改造するなどの想定外の使われ方はあった。これによって事故が発生し,人命が奪われるなどの不具合はいまだになくならない。ただ,ルールは決められており,そのルールを遵守されるための警察という組織も存在する。しかし,生成AIには今のところルールも警察も存在しない。無法地帯になっている。
日本は戦後からこれまで,モノづくりを中心にストック産業を育て,その生産物を世界に供給して人類を豊かにするのに貢献してきた。人類が制御可能な生産物で世界中の人々が恩恵を受けることができた。しかし今の日本に,明確なストック産業があるだろうか。東京ディズニーランドにしてもユニバーサルスタジオジャパンにしても,オリジナルのアイディアはアメリカにある。日本独自のエンタテインメントではない。かといって,アニメやコスプレなどは万人向けのエンタテインメントではない。「ニンジャ」「サムライ」といった普遍的なイメージを越えられるものではない。
日本は,「モノづくり」を核として労働力を集約し,組織化で結束し,産業用ロボットなど必要な設備を開発してきた。その生産物はハイクオリティであり,人類の生活を豊かにすることに貢献してきた。今,モノづくりの中心となった中国では,ヒューマノイドロボットの開発が爆発的ブームになっているが,モノづくりと直接はつながらない。むしろ,別のストック力につながっているのではないかと疑ってしまう。生産されているWebカメラやドローン,EVなどが,利用先の情報を収集しているといった疑いまで出てくる。人類の平和に貢献しているとは言えないような気がする。
ストック産業が生み出した製品も,フローとして発信されるさまざまな情報も,人類の平和につながることが前提であるということを,日本は発信すべきだと思うのだが,超フローな詐欺などの特殊犯罪が,日本人の特に若者が関与している状況を見ると,やはりきちんとストック産業を育て,そこに人を集め,仕事に誇りと喜びを覚え,さらにその成果に見合った収入が得られるようなシステムが求められる。自由主義経済と言っても,何をしてもいい,ということではない。