関西万博批判をしてきているが,とにかく筆者は「列に並ぶ」のが嫌いなのである。人が集まるところも苦手である。したがって,有名店に行くこともほとんどない。それでも衣食住は足りて,ほぼ健康な人生を送ることができている。
列ができるような場所は,たいていが雑誌やテレビで紹介された店だったりする。ほかにも商品の紹介や,健康にいい食品の紹介などがあると,翌日のスーパーマーケットではその商品が品切れになる。これにSNSからの情報も加わると,もはやコントロール不能な社会になりつつある。混雑が予想される事態は静観して,騒ぎが収まってからゆっくり手を出す。そんなことだから,ティラミスもタピオカもまだ口にしないうちにブームが去ってしまったのだが,なんの後悔もしていない。
他人のマネをしないという意味で,かたくなに拒んでいるのが,iPhoneスマホであり,その仲間のiPadやApple Watchなどである。現在,筆者以外の家族はみんなiPhoneユーザーであり,Apple Watchも2人が所有している。パソコンのことなら何でも相談に乗る筆者だが,iPhone関係は一切面倒をみない。すべてを息子に委ねている。おそらくマニュアルを見たり,ネット検索すれば解決策は出てくるのだろうが,一切関わらないことにしている。家族割があると言われても断っている。
Androidスマホはベースはgoogleなので,基本的には信頼している(というか,情報を吸い上げられるといった辺りはもうあきらめている)のだが,ある意味でオープンなので,誰がつながってくるのか,誰がアプリを開発するのか,ほぼノーマークなので,ひょっとしたら危険な面もあると思っている。実際,アプリをインストールしたら情報が他国に筒抜けになるといった怪しいアプリも存在する。Play Googleはいちおうチェックはされているようだが,時限爆弾的に悪い機能が働きだすといったアプリもあるようだ。ただ,玉石混交で,中には実に素晴らしいアプリも存在する。インストールしては削除し,を繰り返して自分に合ったアプリに出会ったときは嬉しいので,ついこのはてなブログでも紹介してきた。
iPhoneは日本人の2/3が使っているというし,アプリは厳密に管理されている。Androidでも使いたいアプリが先行して開発されるし,悔しいと思うこともあるのだが,なんだかAppleに縛られている気がして仕方がない。みんなが使っているから自分も使う,というのではなく,あえて使わないという選択をしている,と言い聞かせている。
資格がモノを言う時代であることは分かっているのだが,筆者は普通運転免許証以外の資格を持っていない。資格を取ると,その関連の仕事はできるが,逆に専門家としての責任も取らなければならなくなる。また資格に必ずついて回るのが法律であり,法律を勉強するのが極めて嫌いな筆者としては,あえて資格を取るための勉強もする気がしない。そういう意味では,無責任ではあるが,ブログは楽しい。
投資も苦手である。どうしてマネーゲームを推奨するような日本になってしまったのだろうか。不労所得を得ることがステータスのようになっており,小学生から投資の勉強までさせられる。投資は現実的に金銭に関わるが,あくまでもバーチャルなゲームに過ぎない。ゲームにうつつを抜かしている間に,おそらく日本は何もできない国になってしまうと思ってしまう。モノづくり,エネルギーづくり,そして食料づくり,環境づくりに,もっと汗を流して働かなければ,冬になって寒さに凍えるキリギリスになってしまう。