jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

紅白が「MV紹介」になったのは時代の流れなのか--多様化時代にいよいよその歴史を閉じるときかも

2025年の大晦日。例年,テレビでお笑い系の番組を見る家族メンバーが海外に旅行に出たこともあり,音楽番組を見る流れになった。中でも「推し」が出るということでNHKの「紅白歌合戦」を何年ぶりかで見ることになった。

 年末のブログにも書いたが,出場者名も曲名もほとんど知らない状態だった。実際,曲が始まっても,歌詞は聞き取れないし,メロディーも耳で追うこともできなかった。しかし逆に,それがBGMのように聞こえ,聞き流している自分がそこにあった。結局,番組の最初から最後まで,チャンネルを変えることなく,終わったのである。これには自分自身で驚いている。

 紅白歌合戦の視聴率がかつてダントツで,他局が争って大物の裏番組を仕掛けてきた。エンタメ系,音楽系などの大型企画により,若い人の視聴率が他局の番組に流れ,紅白歌合戦の視聴率は年々下がって行った。これに危機感を覚えたNHKは,若者を引き付ける企画として,開始時間を早め,これまでの演歌・大御所路線に新しいアーティストを組み込んだ3部構成にするなどの工夫をしてきたが,回復は鈍かったように思う。

 筆者は逆に,新しいアーティストの楽曲が理解できないことと,大御所系への忖度ともいえる構成に嫌気が差していたので,ここ数年は紅白歌合戦を見ることもなかった。かといって,裏番組のエンタメ系はまったく関心がないので,早々と酔っ払って寝てしまうのが恒例だった。

 ところが2025年末の紅白歌合戦は,もはや「合戦」ではなくなっていた。かつて曲間で登場した「応援団」はいなくなった。出演者がステージの左右にそれぞれ集まって,センターで歌う歌手を応援するという演出もなくなった。

 一方で,かつては大物アーティストのそれぞれが開催するコンサート会場から,その時間帯だけ中継するというスタイルを取っていたが,どうやらそういう調整をするのが難しいと考えたのか,事前に収録したようなビデオ映像を「中継風」にインサートしているように見えるスタイルに変わったように見えた。つまり,MV(ミュージック・ビデオ)を流しているように思えたのである。NHKホールとの間でのやり取りが不自然に思えたのは,そんなカラクリがあったからではないかと思っている。

 かつての演歌系の大御所をトリに持って行くという流れはなくなり,演歌色がほとんど無くなった。ステージでの紅白らしい仕掛けも無くなった。筆者にとっては馴染みのある歌謡曲時代の郷ひろみさんが卒業宣言をしたほか,最後のスペシャルとして松田聖子さんが登場した。岩崎宏美さんも懐かしかった。しかし,昨今の音楽シーンに登場するアーティストを並べれば,ほぼミュージック・ビデオ風になるのだなと感じた。

 残念ながら司会陣も「紅白歌合戦」というコンセプトからすると総崩れだった。かつては,紅組・白組のリーダーの盛り上げ対決にプラスして局アナウンサーがつなぐ形で途切れなく雰囲気を盛り上げてきたと思うのだが,単に男性司会者としての有吉弘行さん,女性司会者としての綾瀬はるかさんと今田美桜さん,そして受け役としての鈴木奈穂子アナウンサーが,それぞれのセリフを棒読みしているような印象だった。さらにネットでは,出演者の紹介も楽曲の紹介もない,とかなりの批判票が見られた。

 今回で76回になるという同番組だが,もはや若者をテレビの前に戻せる時代ではなくなった現在,コンセプトそのものの維持が難しいと感じる。紅白,つまり女性vs男性という考え,さらに女性は赤,男性は白という色分けももはやステレオタイプで問題視されるのではないか。多様化時代,テレビ離れの中で,その使命を終えたと言っていいと感じた。

「孤独のグルメ」(ドラマ版)にはまる--松重豊さんの心の声という演出が絶妙

孤独のグルメ」というテレビドラマが面白い。元々はコミックで,2012年からテレビ東京系でドラマ化されたという。それから12年も経つ2024年まで知らずに過ごしていた。

 グルメ番組には抵抗があり,基本的にまず視聴することはない。何しろ,世界人口の1/3が3食まともにご飯を食べられていない現実で,大盛りだの早食いだの,そして座っただけでウン万円などという高級店などの紹介など,言語道断だと思っている。さらに,手を変え品を変えの奇抜な組み合わせ料理や,味変など,試せる限りを追求し続ける料理人に,異常な思いをしているからである。

 グルメのコミックとして「美味しんぼ」を一時期楽しんでいたが,これも「究極」と「至高」の対決という切り口なので,隠し味を中心に素材の良さを追求した面があり,一般庶民には縁がない印象だった。

 これに対して「孤独のグルメ」は,街中の一般の食堂の普通の(かつ実在する)メニューが対象で,その店選びから始まり,メニュー選びの悩みの場面があり,食べ進めるプロセスに入っても,そのすべての場面が主演の俳優,松重豊さんの心の声のナレーションで埋め尽くされる。

 松重さんの表情のアップ,口元のアップ,そして噛みしめる音まで入っている。昨今のSNSでもなぜか咀嚼音がブームになっているが,松重さんの咀嚼音がとても上品である。しかもその食べ方が美しい。

 輸入雑貨の営業マンという設定なので,スーツに真っ白なワイシャツ,そしてネクタイというスッキリした服装であり,しかもどんなメニューでもワイシャツやネクタイをまったく汚すことなく食べ続ける姿も素晴らしい。

 営業相手と食堂の主人にも俳優を配しているが,さりげない演技に好感が持てる。すべての回が松重さん中心であり,飾らない演技で飽きさせない。派生した「それぞれの孤独のグルメ」では松重さん以外の俳優が主人公になるのだが,心の声も食べる仕草もぎこちなく見えて伝わってこないのが残念である。

 さらに重要なのが,背景に流れる音楽である。哀愁のあるジャズ風の音楽だったり,リズミカルなアップテンポの曲だったりする。これが実に効果的で,コミック本では出せない演出だと評価している。

 テレビドラマは,2012年のseason1から2022年のseason10まで各12話と,2016年から年2回ほどのスペシャル番組などがある。2025年も12/30,31と特番があるほか,大晦日スペシャルも企画されている。例年,お笑いと歌番組,総集編などばかりの中で,楽しませていただいている。現在は,CS放送での放送の録画でしか視聴していないが,2026年以降は時間を持て余す年になるかもしれないので,アーカイブをじっくり見ることのできる環境を整えていこうと考えている。

タウンベア並みに乱暴な窃盗・強盗犯罪が起きている--クマレベルの凶暴さと知性

2025年の今年の漢字は「熊」だった。2025年 クマ被害は過去最悪に 被害を食い止めるための行政と現場の課題とは(2025年12月27日掲載)|日テレNEWS NNN。2025年度の11月末時点で13人の死者を含む230人の被害があったと環境庁が発表している。

 筆者は,自然保護派なので,クマであろうがイノシシであろうがサルであろうが,ヒトと共存すべきだと思っている。しかし国土の狭い日本で高度経済成長期の「日本列島改造論」などにより道路や鉄道の建設,宅地開発などのために森林伐採が平気で行われるようになった。人口も増え続けた。2000年を過ぎた辺りでは,投資のためのリゾート開発や高級高層マンションが乱立。そして現在は再生可能エネルギーに便乗したメガソーラー開発が無制限に行われ,森林伐採から生物多様性の宝庫である湿地の開拓まで,無秩序に行われている。やはり日本人はエコノミック・アニマルだなと思うところである。

 森林が伐採され,人間の居住地が拡大し,野生動物とヒトとの共存がどんどん難しくなっている。緩衝地帯であった里山がなくなり,これに地球温暖化によってドングリの生育が悪くなり,山のクマが街中まで降りてくるようになった。しかもそこには,柿や栗などのクマの好物だけでなく,人間の食べ残しもある。味を覚えたクマは,さらに家屋や納屋などにも侵入するようになる。山よりも効率良く食糧が得られるとなれば,タウンベア化は必然の流れである。カラスがいい例である。

 筆者も,もはや日本ではクマと共存できる状況にないように思っている。街に出てきたタウンベアは繰り返し出現し,人を襲うことも平気になっているからである。

 一方で,一人暮らしのお年寄りの家を中心に,強引にガラスを割ったりして強盗に入る犯行が増えている。手口が大胆で凶暴になっている。従来は,留守宅を狙う強盗が多かったが,人が住んでいるところに強引に押し入って金品を強奪し,住民にケガを負わせたりする。

 タウンベアのニュースと並べてみると,まるで同じような凶暴さ,大胆さ,そして頭の良さを感じる。逆にクマのレベルまでヒトが進化を逆戻りしてしまっているようにも見える。戦闘の最前線にいる兵士は,精神的に極限状態に追い込まれて平時には考えられない殺戮という行動も取ってしまう。犯罪行為を行う人間も,理性という平時の歯止めが効かなくなり,正常な行動が取れなくなっている。それが,一時的なものなのか,子供の頃からの厳しい生活環境で精神が追い込まれてしまった結果なのか。

 犯罪という行為によっても,収入が得られ,しかも達成感があるとなると,もはややりがいのある仕事みたいな意識になっている可能性がある。多くの性犯罪も,理性の歯止めが効かなくなっている状況である。そこに,仕事は関係なく,なぜか教員や警察官といった理性を求められる人たちが犯罪に走ってしまうのが,残念である。

 クマは悪気があって街に降りてきたわけではない。人に対しての危害も,悪気があるわけではない。しかし,理性がないから歯止めが効かない。したがって,駆除処分するしかない。子熊といえども例外ではなく処分される。犯罪に走った人間も,どこまで更生できるかの保証がない。変に人権重視みたいな考えでは,裁判に時間と労力と税金が掛かるだけなのかもしれないし,再犯の可能性も否定できない。しかし,処分はできない。

 安定した就職ができなかった若者が,楽にお金が入る手段として詐欺や窃盗,強盗などの犯罪に手を染め,また大麻などの麻薬や覚醒剤,そして違法薬物などの拡散に手を貸してしまうケースが多いように思える。正直,真面目に勉強してきた人であっても,まともな企業に就職できるとは限らないし,名前だけ立派でも中身がブラックな企業の可能性もある。転職が容易になったとはいえ,成功例はさほど多くないと思える。どこかで道を踏み誤ったり,あるいは最初から道を間違えたりする若者に,働く生きがいを教えるのは難しい。さらに言えば,学校で学ぶはずの社会性も身に着けられず,もっと根本的な家庭における愛情も受けられない場合も多い。教育に携わる教員すら,サジを投げるような学校の状況である。

 筆者は性善説で楽観論者だったが,今日の社会情勢にはついていくことができないほど,個人的な常識からはかけ離れてしまった。失われた20年とは言うが,ここまで 日本が堕落してしまっては,元に戻すには相当の荒療治をする必要があると感じている。

戦後80年で女性首相誕生の意義を考える--結局はただの混迷の時代の象徴か

2025年が終わろうとしている。年末年始休みに入り,どうやら政治もお休み状態のようである。経済は正月需要の追い込みで商売繁盛,と言いたいところだが,中国からの観光客の減少,円高,商品の値上げなどで苦戦している。国民の6割が,旅行も何もしない正月だという。

 戦後80年で自由民主党から高市早苗氏が初の女性総理大臣となった。かつて,イギリスのサッチャー首相やメイ首相,ドイツのメルケル首相といった世界を動かした女性リーダーと比べると,世界へのプラスの影響力を発揮できる状況にないように思える。そこに日本維新の会と国民民主党がコソコソと自党の国内案件を実現するだけの理由で与党に加わろうとしている。高市政権も国内政治の調整だけで手いっぱいで,国際政治に対して何の布石もできない状況にある。

 2024年には,ノーベル平和賞日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が受けた。折しも,ウクライナ紛争が開始から4年,ガザ紛争が2年,そしてミャンマーとタイの間での紛争が進行中と,世界各地で紛争が継続している中で,「核兵器を無くせば世界は平和になる」という楽観論の団体の受賞から1年経っても何の影響力もなかったことを示してしまった。2025年のノーベル平和賞がヴェネズエラの反体制派指導者マリア・コリナ・マチャド氏に与えられたが,1991年に受賞したミャンマーアウンサンスーチー氏が引き続き囚われの身であることなどを見ても,残念ながら西側,自由諸国側の論理以外の何物でもない。かえって非受賞国側を刺激するだけなのかもしれない。

 筆者としては,この時期に世界にアピールするための女性首相として別の人物を推してきた。国際問題に明るく,風格も堂々としており,各国のリーダーと対峙しても引けを取らない人物である。かつて,外交に明るい岸田首相に期待したのも,同じ理由だったが,残念ながら暴走してしまった。高市内閣での女性大臣の起用が今ひとつ少ない中にも入ることはなかった。

 高市首相が,就任直後の国会論戦において立憲民主党の執拗な質問に対して思わず答えてしまった一言によって,中国から強い批判が寄せられ,これにロシアが同調した。米中露の微妙なバランスの中にある現在の世界情勢の中で,残念ながら日本が火種になってしまう可能性が出てしまった。これまでの平和主義という名の「日和見主義」だった日本が,一気に軍事国家への道に逆戻りするような印象を与えてしまった。実際,防衛費の増額だけでなく,海外への武器輸出,自衛隊の海外対応など,外から見ればアメリカのトランプ大統領からの圧力を受けて予算を増額したとしか見えないかもしれない。

 残念ながら,トランプ大統領との会談と中国の習近平代表との会談の様子は,一国の代表者のやり方ではなかった。国を背負っているようには見えなかった。

 そもそもの女性首相誕生が,政党の党首としての政治実績や自治体の長としての政治実績に基づかない限り,最終的には足の引っ張り合いになることは目に見えている。そういう意味では,現在で東京都知事10年となる小池百合子氏に期待する面もないわけではないのだが,元メディア人という視点で見てしまうと看板倒れになってしまうようにも思える。

 逆に,戦後の女性の選挙権獲得などの女性解放が進み,男女雇用機会均等法,そして男女の枠を越えた「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」などが制定され,LGBTなど性的マイノリティと言われる人たちの社会的立場を保護するようになった。男性と女性という2分割の世界から,多様性を認識する世界へと変わっていこうとしているのも2025年の流れだったかもしれない。

 世界中も,単に西側諸国対東側諸国という単純な図式ではなく,戦後に世界2位の経済大国になった日本からモノづくり生産力を一気に奪い取った中国と,アメリカの独走に対抗できる経済圏を作り上げたEU欧州連合)など,経済面での多極化に加え,軍事力で主張する北朝鮮,世界最大の人口を誇るインドなど,世界の動きを左右する存在の国が独自の国際戦略を取っている。その中で,日本の位置づけは最終的にはアメリカの傘の下という情けない位置にある。地球温暖化に対する技術発信をすべき立場にあると筆者は考えるのだが,まったく何の動きもない。

 2025年のノーベル化学賞の北川進先生,ノーベル生理学・医学賞の坂口志文先生の受賞で,日本の基礎研究が評価されたと思う。いずれも地球温暖化や病気克服など,まさに人類の将来に貢献する技術である。しかし,その後の日本の基礎研究力は低水準となり,予算も削減されている。現在,研究現場で働いている研究者には励みになったとしても,研究の将来が保証されるわけでもなく,自分たちが生活できるのかも定かではない。さらに,現在の子供たちに「研究職」に進みなさい,と推薦できる環境がまったくない。「末は博士か大臣か」と言われて研究職が先生と持ち上げられた時代は終わった。いまや,大学院の博士課程の半数以上が海外からの留学生が占めている。

 2000年を境に日本の景気が低迷し,企業の経済活動力も低下した。正規社員採用が減り,非正規就業が半数を超える時代である。安定した収入を得られる職業がなくなりつつある。高度経済成長を支えたモノづくり産業も,世界に誇った家電企業も,そして最後の牙城でもあった自動車産業も,すべて落ち目になっている。インターネット企業も,ほぼすべてがアメリカの企業で独占されている。2025年に爆発的に拡大した生成AIも,かつて人工知能研究で世界をリードしていた日本がまったく手も足も出ない状態にある。

 年末のテレビを見ると,お笑い,クイズ,エンタメ,そして昭和回顧番組などしかない。もはや筆者はここ何年も見ていない紅白歌合戦だが,出演者の名前も曲もまったく分からない。年末年始休みだからといって,笑って騒ぐだけの日本人は世界からはまったく理解のできない「変な国」だと思われているのではないだろうか。いわゆる日本文化を観光資源化するとともに,エンタメ,コスプレ,ガンプラ,アニメキャラなどのコンテンツと,何でもありの食文化への驚きを求めて,世界から日本にコワイもの見たさで観光客が押し寄せる。変な国なのである。

 外資を稼げるモノづくりなどの企業組織が崩壊した結果,男性が高収入を安定して得られる仕事がなくなった。戦後であれば,一生懸命勉強していい大学に入ればいい企業に就職でき,これらがブランドとなっていい結婚ができ,裕福な家庭を作り,定年まで働いてあとは年金で優雅に過ごす,というのが理想的なシナリオだった。しかし,一生懸命勉強していい大学に入っても,就職先がなく,就職できても薄給で,そのうち定年制度がなくなった。転職が当たり前のように行われるようになり,人材の育成も確保も難しい状態になった。本来ならいい仕事をする環境を与えれば社員は自ら成長していくものだが,福利厚生や給与だけを売り物にした企業も目立つ。2024年以降,ベースアップの動きが報道されているが,それは大手企業が人材確保のためにやむなく取った戦略であり,中小企業はむしろ減額の動きである。結局,社員の給与アップは製品への価格転嫁となり,国民生活を苦しめる結果になっている。

 全国で数千もの子供食堂が開催されている。地域のコミュニティーを支える活動と言われているし,実際に助かっている家庭も多い。しかし本来,このような活動はなくても平和に豊かに生活できる社会が当たり前だと思わないといけない。こども食堂を利用している家族は,多くが母子家庭ではないかと思う。かつてのように男性が給料を稼ぎ,女性が家庭を守る,というステレオタイプな家庭像では,男性が外で働いて給料を家に入れてさえいれば,男性の行動への規制もない代わりに家庭はそれなりに楽しいものになっていた。しかし,男性の収入が不安定になり,家庭を持っても女性も働く共稼ぎ家族が増え,子供が放置されるようになった。この子供たちをサポートする保育園も数が足りないのに加えて,保育士の質が急激に低下し,犯罪行為まで目立つようになった。子供食堂が増えている背景に,こうして置き去りになっている家族や子供がいるという貧しい日本の現状を示している。こんなことがあるような社会であってはいけないと思うのである。

 ウサギ小屋と嘲笑された日本の家も,住めば都だった。しかし,戦後80年経っても,日本の住宅事情はあまり変わらず,話題となる高級マンションは転売のための投資目的となり,ここに中国資本が大量に入っているだけで,日本全体には還元されない。

 女性の社会参加の時代だ,とも言われるが,残念ながら女性がリードしている社会はごく限られている。育児休暇を男性にも強制的に取らせて,男性の視線を家庭にも向けようという動きはあるが,そもそも男の子の教育の中に「子育て」「家庭」という要素がまったくないと言っていいのに,休みを取って子供の面倒を見ることに戸惑う男性も多いだろう。結局,至らない部分を女性がサポートすることになり,かえって手間が増えるような気もする。さらに言えば,子供への手の掛け方が減ることで,健全な子供が育たなくなる家庭が増えているように感じる。これは将来への負債である。

 女性の立場を尊重し,社会的マイノリティーと言われた人たちの人権を意識し,障害者もサポートする,そのような多様性を重んじる社会は,建前の上では自由主義を標榜しているが,秩序や規範,法律など,人類が大きな「社会」を維持するための知恵を適用するのが極めて難しくなる。こちらを立てればあちらが立たなくなる,ということが起きるし,少数派の意見が大きく取り上げられて不公平感が深まる可能性もあるからである。

 さらに,組織としての集中力,求心力というものがなくなり,結束力がなくなる。すでに,学校という社会も崩壊しつつあるし,会社も崩壊,家庭も崩壊する。個人芸や個人の意見発信がインターネット経由でできるようになり,マスメディアの意味がなくなる。ここに生成AIが加わると,会社に出社してまともな仕事をしようという人がどんどん減っていく。エッセンシャルワークと言われる医療,介護,教育,保育,物流などへの人材が減り,さらに社会サービスを提供する公務員(地方自治体,警察,消防など)などの仕事もブラックとして敬遠されるようになる。

 高市首相の失言により,日中関係が難しい状況になっている。ここで日米関係を強化すると,台湾を巡る情勢が一気に緊張を増し,自衛隊との衝突の危険性も高まる。ロシアとの交渉も滞るだろう。ここで懸念している北朝鮮のミサイルが一触即発の事態を引き起こさないとも限らない。現在の連立政権も世界情勢には何の答えも出せない。2026年がどんな年になるのか,正直まったく読めなくなっている。

 筆者も2026年後半に今の出版社から退職することを決めている。特にその後をどうするかは決めていない。マスメディアの力を信じて,基本的には思った情報発信ができたことに誇りを持っているが,残念ながら力不足に終わってしまいそうである。

過去のドラマの「不適切な表現」を若い人たちは理解できるのか--そもそもテレビを視ないから関係がないのかもしれない

CS放送は,通信衛星(Communication Satellites)を使った放送で,BS(Broadcasting Satellite)という放送衛星を使った放送とは異なったプログラムで放送されている。BSは電波の出力が強く,主にテレビ放送会社が電波の割り当てを受けて放送しているのに対し,CSは電波が弱く,当初はケーブルテレビ会社が大型アンテナを使って受けて,有線ケーブルで地上配信してきた。アンテナの性能が上がり,個人が取り付けた衛星アンテナでも直接受信できるようになった。

 CS放送の番組は,チャンネルによって特徴のあるプログラムを放送している。映画だけのチャンネル,スポーツだけのチャンネル,時代劇だけのチャンネルなどがある中で,ドラマだけのチャンネルもある。昭和世代の筆者は,最近のドラマがよく分からないので地上波のドラマはほとんど見ない。その分,CSのドラマチャンネルは非常に重宝してきた。インターネットのYoutubeでも多くのドラマがアップロードされているが,大部分は無断アップロードであり,著作権違反である。そこにさらに広告を挟むなどして「フルコピーしてませんよ」とアピールしている動画が多いが,意味が分からないし,そこに広告料金を払う広告主の意識も理解できない。

 さて,昭和時代のドラマは,平成・令和時代の常識からすると,男尊女卑,セクハラ,パワハラ,差別が当たり前のように出てくる。そこで放送の頭に「この作品には不適切な表現が含まれていますが,作者の意図を尊重して,原作のまま放送します」という注釈を付けていることが多い。ストーリーが男性中心で家庭は女性が守るという設定そのものを変えることはできないし,セリフも変えることはできない。ピー音を加えるのも変なので,そのまま流すしかない。昭和時代と現代の男女の立場や言葉使いについて筆者は認識しているので,「今だったらこのセリフはNGだよね」とか分かるのだが,若い人はそれすら理解できないのではないだろうか。

 まあ,昭和ドラマを見る若者はあまりいないし,そもそもテレビすら見ない,極端にはテレビを持っていない若者も増えている。映画でも最新ドラマでもアニメでも,アーカイブからの配信を楽しんでいるケースが多い。

 筆者の場合も,CS放送はケーブルテレビ契約したところに付いてきたチャンネルだった。地理的な関係でNHK教育テレビ(3チャンネル。現在のEテレ)がアンテナでは入りにくかったため,子供のためにケーブルテレビ契約をした。そうしたら,アンテナなしでもBSやCSが見られるようになった。筆者はドラマチャンネルや,海外番組の吹き替えチャンネルを主に視聴していた。子供がCSのチャンネルを視ることはほとんどなかったが,ディズニーチャンネルなどの有名作品は専用チャンネルで視たりしている。

 地上波放送局が制作したドラマが多いので,最近ではサブスクリプション型のオンライン配信でいつでも見ることができる。それでも,いちいち検索して視るよりも,番組表を見ながら録画予約して後で楽しむというビデオ録画世代の楽しみ方がまだ続いている。

 それにしても,キーワードで自動予約していると,同じ番組が毎月のように繰り返し流されていることが分かる。チャンネルを維持するのも大変だと思うが,もうしばらくはケーブルテレビのCS系番組を楽しみたいと考えている。オンラインサブスクでもいいのだが,スイッチを入れればすぐに大画面のテレビで視聴できる方が,テレビ世代人としては性に合っているからである。

クルマは自分でメンテナンスすべき--タイヤ交換,油膜取り,異常音への対応。天候にも敏感に

関越道67台絡む事故、トラックから遺体 死者2人に、負傷は26人 [群馬県]:朝日新聞 (2025/12/26)。年末の帰省ラッシュの時期である。今季最大の寒気が到来し,一晩に数十センチもの積雪の予想もあった。

 おそらく,まだ渋滞は発生しておらず,どのクルマもかなりの高速で走っていたと思われる。そこに積雪があり,スリップして衝突したクルマに,後続車が次々と突っ込んだのだろう。

 まず,天気予報では急な積雪が予想されていた。この1週間前の土日は,都内でも寒気が入り,ひょっとしたら雪の可能性もあった。筆者はこのときにスタッドレスタイヤへの交換を家で行った。実際はその週は気温が上がり,1週間早かったかな,と思ったものだが,この年末の積雪の可能性に対する準備はあらかじめできていた。関東地方で積雪になるのは数年に1回程度なので,スタッドレスへの履き替えは無駄になることも多いが,気持ちの上での安心感があるのである。

 筆者は,家族を持って自家用車も所有するようになってから,毎年季節になればスタッドレスへの履き替え,およびノーマルへの履き替えを自分でしている。翌日,雨から雪に変わるという天気予報があれば,雨の中でもタイヤ交換はしてきた。それが当たり前だと思っていた。

 ところが,この話をディーラーにしたところ,「えっ? ご自分でタイヤ交換されてるんですか」と言われた。正直,びっくりした。クルマを所持している限り,自分のクルマが万全でなければ,乗るのを躊躇してしまう。タイヤ交換やフロントガラスの油膜取り,足回りの異音など,いつもと違う状況になった際,いつもよりも神経を払ってきたつもりである。たとえばワイパーの効きに対応したり,エンジンや足回りの異音なども気になる。次に乗るときに,異常のまま乗りたくないからである。

 今回の事故でも,事前にスタッドレスタイヤへの交換をしたり,雪が積もった段階でチェーンを付けたりすれば,スリップは避けられ,追突も避けられたと思う。67台のクルマにおけるスタッドレスタイヤの装着状況をぜひ公表してほしいものである。

 自家用車はともかく,トラックなどの業務車なら,事前に天気予報から判断してタイヤ交換などをしておくべきだろうし,ドライバー自身も対応すべきだろう。しかも,トラックのノーマルタイヤを見ると,ほぼ溝がすり減ったツルツルのタイヤで走っているものが多い。スタッドレスに事前に履き替えるという意識のある業者,ドライバーは少ないように思われる。

 今回の事故では火災が発生し,消火に7時間以上もかかった。道路の開通復旧の見通しが立たない状況だという。年末・帰省・高速,という状況で,迷惑を被っている人は何万人いるだろうか。それほど,罪は重いと思うのである。

 自家用車だと家を出る前,業務用車だと仕事に出る前に,少なくともエンジンの起動音,乗り込んだときの車体のキシミ音,そして少し走り始めたときのタイヤ音やブレーキ音,そして身体の揺れなどに注意を払うべきである。いつもと異なる異音によって,ネジの緩みやエンジンの不調,タイヤのキズや異物などの存在を疑うことができ,大きな事故につながるのを未然に防げる可能性が高まる。

 天候についても同様で,雨になりそうだったらウォッシャー液のチェックやワイパーのチェック,フロントガラスの汚れなどをチェックすべきだし,今回のような雪が予測されるような場合は,至急でスタッドレスタイヤへの交換やタイヤチェーンの用意,その他,長距離の場合は水や非常食,毛布,スコップなども用意するほか,随時,天候と道路状況のチェックが必要である。

 さらに,走行中も車間距離を取る,スピードを出さない,そして前方の状況をいち早く察知してスピードを落とすなどの対応が必要である。

 今回の事故・火災も,複合的な要因が重なって大事故に拡大してしまったと思われる。運転者,そして会社の運転管理者の意識が低すぎるのではないだろうか。

 筆者も,発進時のタイヤの異音でタイヤのナット外れに気づいたことがある。前日に同じクルマに乗ったドライバーは,ナットが外れたまま走っていた。場合によっては大事故につながっていたと思うので,気がついた自分を褒めてやりたいと思っている。

 昨今のクルマは,何でも自動化とコンピュータ化であり,メンテナンスをドライバー自身がすることもほとんどない。タイヤ交換もディーラー任せ,さらにタイヤの管理もディーラーに預けると聞く。定期点検に合わせて雪が降るわけではない。タイヤ交換ぐらいは自分でするぐらいの意識がなければ,クルマに乗る資格はない,とまで言うのは言い過ぎかもしれないが,正直,意識の低いドライバーが多すぎるように思う。

 逆に高齢ドライバーは,運転経験が長いだけに過信し過ぎであり,そこに昨今の電子化されたクルマの操作に慣れないうちに事故を起こすケースがあると考えられる。

 かつて「クルマは凶器」と言われた時代がある。歩行者に対しても凶器なら,クルマ同士の事故でも双方がケガをしたり死に至ったりする。ようやく「危険運転致死」の数値基準が提案されたが,事故時点の速度認定で罪の重さを判定する以前に,危険運転車を随時チェックするようなセンサー,画像解析技術,そして可能なら人工衛星からの画像解析ができるようになることを望みたい。

中国西部やアフリカの砂漠の拡大防止策は現実的で応援したい--太陽電池パネル設置のために山や国立公園を切り開く愚策をする日本

MSNタクラマカン砂漠での大規模な砂除去-彼らは何の準備をしているのか」という動画を見た。中国西部に植栽をして砂漠の侵攻を抑えるプロジェクトだという。ほかにも,アフリカのサハラ砂漠での緑化活動の話題も提供されている。

 地球全体が二酸化炭素などによる温暖化が進行していることは話題になっているが,これに伴って砂漠化が進行していることについては,イメージはあったものの特に日本では実感できていない点だった。冬から春のかけて中国から飛んでくる黄砂が厄介だ,という印象はあっても,これが地球の砂漠化と関係しているとはイメージしにくい。この動画では,北京も砂漠化の影響を受けていることを示している。

 植林や緑化,そして農業生産などの努力が行われているとすれば,これは素晴らしいことである。かつて日本の大手メーカーが,砂漠の緑化のために地中に吸水樹脂の層を作る技術を紹介していたが,その後実際はどうなのだろうか。二酸化炭素を出さない再生可能エネルギーの利用ばかり宣伝されている(実際は太陽電池パネルなどの製造のために大量の電力を消費し,その電力は化石燃料の消費で作っているので,二酸化炭素を大量に放出してしまっていると考えられる)が,砂漠化を防ぐ緑化を進めれば,二酸化炭素の吸収も進められるので,こちらが重要にも思える。同時に,食糧生産量も拡大できれば,人類にとっては有益な方法である。

 折しも,日本では太陽電池パネルを使う大規模発電施設(メガソーラー)の設置についての制限を進めることになった(メガソーラー、新規事業の支援廃止へ 国と自治体の連携強化も 政府が対策パッケージ決定 - 産経ニュース 2025/12/23)。大量の太陽電池パネルを新たに設置するために,山の斜面の森林や北海道の湿地帯の自然を開墾するという愚策が日本各地で進められている。自然を破壊しておいて“再生可能エネルギー”と言うなど笑止千万なのだが,これが実際には普通に放置されて進められてきた。おかしな国である。

 アフガニスタンで砂漠に水路を作って農地に転換した中村哲医師の話は,たびたび伝えられる(【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】奇跡 砂漠で田植え 死の谷に命吹き込む水 | 中村哲医師特別サイト「一隅を照らす」-西日本新聞)が,島国日本にいる限り,地震に怯えなければならないものの,水は豊富に使えるという恩恵を当たり前と思うのが日本人だろう。災害で停電,断水があっても,それが復旧するのが当たり前,という意識が抜けない。

 技術は一流でも,実行力がないのが日本人なのだろうか。井の中の蛙であるとともに,ゆでガエルでもある。海外に出るのが詐欺グループだけとも見える現実が情けなく思う。せめてもっと技術をアピールできないものだろうか。