副反応の主要因として、mRNAを細胞に運ぶ**「LNP(脂質ナノ粒子)」、製造過程で生じる不完全な「キャップなしmRNA」、そして想定外に長期間体内に残留する可能性が指摘された「スパイクタンパク質」**の3つが挙げられる。これらの要素が体内で過剰な炎症反応を引き起こし、発熱や倦怠感、稀には心筋炎といった重篤な症状につながる可能性が研究によって示唆されている。
この課題に対し、日本の研究者たちは画期的な解決策を開発している。副反応の一因であるLNPを使用せず、高圧ジェットで「裸のmRNA」を直接細胞に届ける**「ジェットインジェクター」技術や、不完全なmRNAを排除し、ほぼ100%の純度で有効成分を精製する「PureCap技術」**は、次世代ワクチンの安全性と効果を大幅に向上させるものとして期待されている。
さらに、mRNA技術の応用範囲は新型コロナウイルスに留まらない。細菌の毒性を無力化するというユニークな発想で薬剤耐性菌に立ち向かうワクチンの開発も進んでおり、mRNAが持つ医療への広範な可能性を示している。ワクチン技術は絶えず進化しており、科学的知見に基づいた継続的な研究と個人の適切な情報理解が、今後の公衆衛生において極めて重要となる。
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1. mRNAワクチンの功績と顕在化した課題
2020年に始まった新型コロナウイルスのパンデミックにおいて、人類が初めて実用化したmRNAワクチンは、ウイルスの遺伝情報の一部を体内に届けて免疫を構築するという画期的な仕組みにより、重症化予防に大きな成果を上げ、パンデミック収束に貢献した。
副反応という課題
その一方で、ワクチン接種後の副反応が大きな課題として浮かび上がった。多くの人が発熱や倦怠感を経験し、中には長期間にわたり重い症状に苦しむ人々もいる。
日本国内での累計接種回数は4億回に達しており、それに伴い副反応の報告も多数上がっている。
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項目
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数値(2025年10月3日時点)
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14,269件
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同 認定数
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9,310件
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同 死亡認定数
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1,038件
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主な副反応
最も多く使用された新型コロナワクチンの添付文書(説明書)には、以下のような副反応が記載されている。
• その他の副反応: 頭痛(59.4%)、筋肉痛、接種部位の痛み、倦怠感、めまい、悪寒など
特に心筋炎は、通常は稀な疾患であるにもかかわらず、ワクチン接種後の若い世代で発症するケースが循環器内科医によって報告されている。ある20代男性の事例では、心筋の損傷を示すタンパク質「トロポニン」の数値が基準値の90倍近くまで上昇した。
「(ワクチン)摂取して翌日だったり2日後だったりっていうもう本当に摂取直後の反応でしたので、ま、これはあのかなりワクチンとの関連が高いんではないかなっていうのを感じました。」 - 循環器内科医
なぜ副反応が起こるのか。研究者たちは、mRNAワクチン特有の構造にその原因の一端があると考えている。
2.1. 脂質ナノ粒子(LNP)による炎症誘発
• 役割: 非常に壊れやすいmRNAを保護し、細胞まで安定して運ぶための「宅配便の箱」の役割を果たす。
• 問題点: LNPを構成する脂質自体が、免疫細胞によって異物と認識され、炎症を誘発する刺激因子となり得る。この反応が強く出過ぎると副反応につながる。マウスを用いた実験では、LNPが接種部位だけでなく肝臓などにも到達し、全身性の炎症を引き起こす可能性が示されている。
「LNPは支出そのまま使ってるんでやっぱりあの炎症が起きてしまうってのはありますよね。…それが結局全身であの炎症起こしてしまうとま熱が始まってそれがもっともっと激しくなる…」 - 安倍浩教授(医薬品研究開発)
2.2. 不完全な「キャップなしmRNA」の混入
• 役割: mRNAの末端にある「キャップ」構造は、細胞がそれを設計図として正しく読み取るための「指示書」の役割を持つ。
• 問題点: ワクチンの製造過程で、このキャップがない不完全なmRNAがどうしても混入してしまう。キャップなしmRNAはワクチンとして機能しないだけでなく、体内で異物とみなされて強い炎症反応(「嵐」)を引き起こす。この炎症は、正常なキャップ付きmRNAまでも分解し、ワクチンの効果を減弱させる可能性がある。
2.3. スパイクタンパク質の長期残留という謎
• 従来の認識: ワクチンによって体内で産生されるスパイクタンパク質は、免疫応答を誘導した後、通常2週間程度で消失すると考えられていた。
• 新たな発見: イェール大学の岩崎明子教授らの研究により、接種後700日以上経過しても血中からスパイクタンパク質が検出されるという驚くべき事例が報告された。
「まさかそんなに長い時間が経ってるのにスパイクが出るわけないじゃないのって思って。」
• 専門家の見解: 東京大学の石井健教授は、この現象を「我々にとっても衝撃の事実」と表現。スパイクタンパク質が長期間体内に残るメカニズムや、後遺症とされる症状との関連性は未解明であり、今後の重要な研究課題とされている。
3. 次世代mRNAワクチン開発の最前線
副反応の原因とされる課題を解決し、より安全で効果的なワクチンを創出するための研究が日本で精力的に進められている。
3.1. PureCap(ピュアキャップ)技術:不純物の排除
• 技術概要: キャップ構造に特殊な「タグ」を目印として付け、それを頼りにキャップ付きの完全なmRNAだけを効率的に選別する画期的な製造技術。これにより、副反応の原因となるキャップなしmRNAをほぼ完全に除去し、純度を約100%まで高めることが可能になる。
「ほぼあの100%に近い純度のRNAを作ることができるという技術ですね。」 - 安倍浩教授
• 開発者: 内田サトシ氏
• 技術概要: 副反応の一因であるLNPを全く使わないという逆転の発想。高い圧力のジェット噴射(ジェットインジェクター)を用いて、「裸のmRNA」を壊れる前に素早く皮膚内の細胞へ直接送り届ける。
• 実証された効果: マウス実験では、従来法と比較して全身性の炎症反応を6分の1にまで抑制することに成功した。
• 将来性: PureCap技術と組み合わせることで、ワクチンの安全性と効果の飛躍的な向上が見込まれる。5年から10年以内の実用化が目標とされている。
4. mRNA技術の広がる可能性:薬剤耐性菌への応用
mRNA技術のポテンシャルは、ウイルス性疾患の予防にとどまらない。
新たな脅威への挑戦
抗生物質が効かない「薬剤耐性菌」は、世界的な脅威となっており、日本では年間約8,000人が亡くなっている。この問題に対し、mRNAワクチン技術を用いたユニークなアプローチが開発されている。
澤智裕氏の革新的アプローチ
• コンセプト: 細菌そのものを殺すのではなく、細菌が持つ「毒性」を無力化する。「毒を制する」という戦略。
• メカニズム: 多くの細菌は、注射針のような器官を使って細胞に毒を注入する。この「毒針」の先端にぴったりと嵌まる「蓋」の役割を果たす抗体を、mRNAワクチンによって体内に作らせる。これにより、細菌は毒を注入できなくなり、感染しても重症化を防ぐことができる。
• 成果: 薬剤耐性菌の一つである緑膿菌を用いた動物実験では、このワクチンを事前に接種したマウスは、致死量の菌に感染しても50%が生存するという劇的な効果が確認された。
• 応用範囲: この「毒針」を持つ細菌は、病原性大腸菌、百日咳菌、赤痢菌など約150種類存在するとされ、広範な細菌感染症に対する新たな治療戦略となることが期待されている。
5. 結論と今後の展望
継続的な研究と評価の重要性
mRNAワクチンは、3万人〜4万人規模の臨床試験を経て実用化されたが、数百万、数千万人規模の接種が行われる中で、心筋炎のような稀な副反応が明らかになった。これは、ワクチンが世に出た後も継続的に安全性を監視し、課題を解明して次世代の技術へと繋げていくことの重要性を示している。厚生労働省も、品質、有効性、安全性は継続的に審査されていると回答している。
「研究者だけじゃなくて、一般の方々とか、え、行政の方とも一緒になって考えていかなくちゃいけないかなっていう風に思います。」 - 石井健教授
個人に求められる姿勢
新型コロナウイルスワクチンは現在、重症化予防を目的とした高齢者などへの定期接種と、それ以外の任意接種に移行している。様々な情報が溢れる中で、個人が科学的根拠に基づいてリスクとベネフィットを正しく理解し、自らの意思で接種を判断することが一層重要になっている。
未来への期待
mRNA技術は「終わった技術」ではなく、日々進歩を続ける「これからの技術」である。副反応の低減に向けた研究は着実に進んでおり、数年以内に臨床試験が開始されることも期待される。感染症対策のみならず、薬剤耐性菌やこれまで治療が難しかった他の疾患への応用など、医療に革新をもたらす大きな可能性を秘めている。