いわせんの仕事部屋

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場所を選ぶ。

オフィス近くにある2階にいく階段をのぼっていくと、その踊り場で2年生の2人が今日も作品を書いている。国語の「作家の時間」。自分の集中できる仕事場を選んで書いていいらしい。オフィスではたらくスタッフを見ながらのこの席は2人のお気に入りのようだ。
自分の場を自分で選ぶ。学校では簡単なようで難しい。
教室にいるか・いられないかの2択を迫られがちだ。
その点、風越の校舎はまるで街のよう。やりたいこと、学んでいることに応じて、流動的に自分の居場所を変えていく。
理科室で実験をしていたと思ったら、ライブラリーに本を探しにいく。ちょっと理科室が狭いなと思ったら、「創造の広場」という共有スペースに移動することもできるし、図工室に材料を取りに行くこともある。
以前、見学に来たある研究者が「ここにいると、次どこ行こう、とまるで街を歩いているような気持ちになる。持ってきた上履きが壊れた時に、『ラボに行ってなおそう』と自然に考えていて、そんな自分の思考にびっくりした」とおおよそこんなことを話していた。
自分の「〜したい」から、行き先、居場所を選んでいく。
自分をつくっていくプロセスで、実はかなり大切なことなんじゃないか。
教育学の世界では、「自分で選ぶこと」が学びの自律性や内発的動機づけを高めるとされている。どこで学ぶかを自分で決めることは、小さなようでいて、大きな自己決定の経験でもある。子どもたちが「ここが落ち着く」「ここなら集中できる」と自ら場を選ぶことは、自分の感覚に耳をすませ、自分の学び方をつむいでいく過程でもある。環境を選ぶ自由は、学びへの責任と結びつき、学習者としての自己をかたちづくっていく、といったらおおげさだろうか。
この考え方は、レッジョ・エミリア・アプローチが強調する「環境は第3の教師である」という思想とも重なる(ちなみに第1の教師は子ども自身、第2の教師は保育者(教師)である)。教室や廊下、ライブラリーや階段の踊り場さえも、学びを支える場となりうる。子どもは空間との対話を通して、自分自身や世界へのまなざしを深めていく。教室という固定された枠を超え、空間の選択そのものが「教育」になっている、ともいえる。

 

2人のすがたを、よくここで見かける。2人にとっての仕事場だ。
「作品完成したら読ませてね」と声をかけて場を離れた。f:id:iwasen:20250508202322j:image