
はじめに
いつもの、2025年夏期のアニメ感想総括です。
今期視聴中の作品リストを下記に示します。
- 瑠璃の宝石
- 薫る花は凛と咲く
- フードコートで、また明日。
- Turkey!
- サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと
- その着せ替え人形は恋をする(2期)
- ダンダダン(2期)
- カラオケ行こ!
- 銀河特急 ミルキー☆サブウェイ
- 青春ブタ野郎はサンタクロースの夢をみない (2025.10.18追記)
- 夢中さ、きみに。 (2025.10.18追記)
今期はあまりアニメを集中して観る事ができておらず、感想も遅れ気味です。一部の作品は現在視聴中のため、後日感想を追加します。
今期は、出来の良い作品のレベルの高さが印象的なクールだったかなと思います。
感想・考察
瑠璃の宝石
- rating
- pros
- 鉱物研究というロマンあふれる学術を、美しく分かりやすく魅せきるリッチなアニメーション
- 文芸的にも美しく、レイアウトや絵コンテを含めた演出的にも見る所が多い。
- cons
「おにまい」のスタッフが贈る、鉱物をテーマにしたアカデミックなサイエンス・アニメ。ただし、登場人物はJKとJDと大学院生で、とんでもない巨乳キャラも居るのだが、萌えっぽさと学術っぽさが共存して、いい意味でバグってる。
アニメーション映像の気持ち良さは言わずもがな、難しい理系の説明も綺麗な映像で分かりやすく解説しており、目の前の鉱物の謎に食い下がって行く主人公瑠璃の探求者マインドの成長の文芸性も申し分ない。まさに太鼓判が押せる傑作である。
本作の入り口は、JKの瑠璃がふとしたキッカケで水晶に関心を持ち、鉱物を研究する大学院生の凪と出会って、鉱物についての魅力にハマってゆく。
私の心の目には、瑠璃は小学生低学年男子のような騒がしい元気キッズ、凪は落ち着いたインディージョーンズを連想させるいぶし銀のオジサンに見えていた。これならEテレでも放送可能な教養番組になったであろう。ただし、本作の瑠璃はキンキン声のロリキャラ、凪はシャツのボタンが飛んで行きそうな巨乳キャラである。これは、シンプルにマンガやアニメファンを萌えで釣ろうというフックであると理解した。
主人公のJKの瑠璃が素直で良い子なのだが、序盤にあまりにも駄々っ子的に描かれ、個人的に若干ウザく感じていた。しかし、凪の導きにより、しだいに鉱石集めや採掘に強く関心を抱いてゆく。その過程でミニスカートから調査向きの服装に変化してゆく。こうしたキャラの変化を小道具や芝居で魅せてゆくところは実に丁寧。当初の瑠璃のウザさは、この反転を描くためにあえて強烈に描いていたのだと感じた。
また、先生役の凪の瑠璃への接し方が非常に良い。好奇心を刺激し、結論を急がず、時には遠回りになるがロジカルに可能性を潰して答えを導き出す。学術の何たるかを体験を持って教える事で、学術=楽しいというマインドを育てる。
凪の後輩である伊万里曜子は、現場よりも書物による知識に没頭する本好きタイプであった。しかし、凪たちと現場の体験を通して、今ある事象を想像力を膨らませて、能動的に調査分析してゆくスタイルに変化してゆく。別の言い方をするなら、曜子の目線が過去から未来に向いてゆくような変化が描かれる。
瑠璃の同級生の瀬戸硝子は、幼少期に鉱物に強い関心を持っていたが、両親からは役に立たないと否定され、本心とは裏腹に鉱物研究者への道を諦めていた。しかし、瑠璃を通して曜子や凪と出会い、シーグラスをキッカケに再び鉱物への関心を高めてゆく。シーグラスは明らかに鉱物ではないという意味でまがい物である。シーグラス≒硝子という比喩になっていた。つまり、硝子自身がシーグラスから分析できる土地や歴史の情報に触れてゆく事で、シーグラス≒鉱物であると理解する。すなわち、硝子≒シーグラス≒鉱物であり、硝子自身も鉱物の仲間であり、鉱物が再び身近な存在として研究してゆきたいというマインドに変化してゆく。この7話は、こうした文芸面もレイアウトや絵コンテ的な密度的にも、非常に力の入った満足度の高い回であった。
物語は終盤になると、凪や曜子は研究に忙しく、瑠璃と硝子の二人での行動も増えてゆく。瑠璃が能動的に仮説を立てて情報収集に努めてゆく姿は序盤の駄々っ子からすると随分と頼もしい。硝子にも自分が味わった鉱物への興奮を分かち合いたい気持ちなどの優しさも汲み取れる。硝子は次第に大学の進路を鉱物研究に決めてゆく。
最終話となる13話。ときおり差し込まれる瑠璃の進路が空欄になっている描写。そして、凪と曜子と硝子が研究者たちと、少し離れたところに立つ瑠璃のイメージ映像。瑠璃自身は鉱物研究者の道は選択できないという心境である。この別れのイメージが最終回の視聴者と重なる演出である。
そして、4人で田舎の温泉旅行にゆき、流れ星を観測する。それだけであれば、願い(=鉱物研究者の道)が叶うという比喩でしかないが、小さくて目に見えていない隕石の粒を、雨どいにたまった土の中から学術的なアプローチで探し出しゆくという流れ。この自らの手で流れ星を手に入れるという体験が、瑠璃の願いを叶えるキッカケになって描かれていたと思われる。
ラストシーンで紫色の鉱物の巨大な結晶の前に立つ後ろ姿の瑠璃のシーンで〆られる。実は1年前のティザーPVではこのシーンにJKの瑠璃と凪が立っているのだが、本編では大人の瑠璃が一人だけで立っているシーンに変わっている。その事で、より瑠璃が願いを叶えて鉱物研究者として一人前に成長したイメージで締めくくる。瑠璃は硝子と違って、研究者志望ではない普通の子である。大人になれば生活に追われて学術から遠のいてゆく。しかし、一般の人も広く学術研究の楽しさを知り、身近に感じて欲しい。そうした作者の願望に感じた。
余談ながら、アニメスタッフは「おにまい」でもアニメとしての最終回の意味付けを丁寧に解釈して作り上げてきており、その意味で信頼できると感じた。
全編を通してアニメーションはリッチで肝となる鉱物の美しさは見事という他ない。背景美術となる山中の鉱物の壁や、素足で入る川の流れも、夕焼けに映える海も、みな美しい。キャラクターたちの動きや、アクティブな動きも申し分ない。
テーマに恋愛や家族愛はなく、ロマンあふれる学術に特化していた事が本作の最大の特徴だと思う。その意味では珍しいタイプの作品であり、難しさはあったと思う。しかしながら、見事なアニメーションでストイックにそのテーマを描き切った。個人的には大好きな作品であり、太鼓判を押したい。
薫る花は凛と咲く
- rating
- pros
- アニメとしては珍しいくらいのド直球の恋愛ドラマ。しかもド丁寧な演出でパティシエの高級なお菓子のような感触。食わず嫌いで見ないのは勿体ない。
- cons
- 良くも悪くも、王道の恋愛ドラマゆえに、そこで好みは別れそう。
「明日ちゃんのセーラー服」の座組で贈る正統派青春ラブストーリー。ここまでベタな恋愛ドラマをアニメでやるのも逆に珍しいと思う。
ヒロインの薫子は小っちゃくて元気で朗らかで凛としたところもある、絵に描いたようなヒロイン。対する主人公男子の凛太郎は、見た目は長身金髪ピアスの強面だが、なぜか自己肯定感が超低くて繊細な印象的である。この凸凹カップルが知り合って惹かれ合ってゆく物語である。
こう書いてしまうと、ありがちな恋愛ドラマと思って敬遠してしまうかもしれないが、本作の強みは、ヒロイン薫子の可愛らしさや、凛太郎の誠実さを緻密な台詞や演出で丁寧に積み上げてゆくドラマの良さにある。薫子が単純にニコっと笑うだけのシーンも全力投球で可愛さを描き、見ていてキュンとくる。言うのは簡単だが、レイアウトやポーズも吟味し尽くしてのアウトプットであろう。例えるなら、パティシエの作る高級なお菓子の様な丁寧なドラマ作りを堪能できるような作風である。
もう一つは、凛太郎をはじめとして登場人物の葛藤のドラマを丁寧に描き、彼らの対応の真摯さを信じさせてくれる。凛太郎は薫子の朗らかさに次第に心が開かれ、惹きつけられてゆく。常に周囲に気を使って遠慮がちなところはあるが、友人との交流を経て本心に蓋をしたりせず、真摯に相手に言葉を重ねてゆく。
実際には、ここにお嬢様学校と偏差値の低い底辺高校という身分の違いというスパイスが加わり、気さくな凛太郎の親友や薫子の親友との関りも描いてゆく青春群像劇でもある。最初はとげとげしい敵対関係から、凛太郎と薫子の二人の関係を軸に、最終的には友達も含めてみんなで一緒に遊びにゆくほど距離感を詰めてゆく。
個人的に1番良かったのは、12話の江ノ島海岸の線香花火のシーン。たまたま二人だけになり、線香花火を楽しんでいた二人だが、その線香花火が終わる淋しさから、凛太郎が思わず「好きです」と口にしてしまう。直前まで、薫子の親友の昴のドラマをやっていたから、その急な主役の展開に不意打ちを食らってしまった。悔しいが、こういうのが非常に上手い。
最終回の13話は少し面白い趣向になっていた。これまで凛太郎主観で描かれてきたストーリーではあり凛太郎が惚れている事は手を取るように明確である。薫子も好意を抱いている事は明確ではあったが、凛太郎が薫子を意識するずっとまえから凛太郎に片想いしていた事が視聴者にだけ分かる仕掛けになっていた。そして、薫子は凛太郎の告白を受け入れて〆る。つまりこれは、単なるカップル成立ではなく、これまでの両片想いの巨大な蓄積を経ての恋愛成就、という多幸感満載のエンドである。1クールでかなりキレの良いところで〆てくれた構成も良かった。
恋愛ドラマか……、と本作を食わず嫌いで敬遠するのは勿体ないクオリティと言える。良質なアニメーションが見たい層には、響くところがある作品として太鼓判は押せる。ただし、本作はあくまで恋愛ドラマであり、それ以上でも以下でもない。根本的に恋愛ドラマが苦手で嫌いという人には向かないだろう。
もともと、黒木美幸監督は、「空の青さを知る人よ」などの映画の演出にも携わっており、実写寄りの芝居が得意に思う。CloverWorksのリッチなアニメーションの仕上がりが加わり、王道のエンタメと言っていい仕上がりだったと思う。
フードコートで、また明日。
- rating
- pros
- 二人JKの会話劇のライトコメディというミニマルな作りながら、マンネリ化も感じさせず全6話最後までダレることなく楽しめる脚本と演出のコント的な良さ。
- cons
殆どのシーンは、フードコートの座席での山本と和田の二人のJKの無駄話という、アニメとしては一風変わった作風。テレビドラマでは、古くは「やっぱり猫が好き」のようなワンルームのコメディは存在していたが、それに類する作風と考えて良いだろう。
和田は黒髪ロングの小柄で清楚な見た目だが、中身はちょっと残念な庶民的で小市民感が溢れる内弁慶キャラクター。山本は見た目は金髪褐色巨乳ギャルだが、中身は情に厚いクールなしっかり者。中3で和田が親友と喧嘩した事をきっかけに、二人は急速に仲良くなって意気投合するが、別々の高校に進学することに。高校が離れ離れになってからは、毎日のように地元のフードコートで待ち合わせて、ゆるく雑談をする習慣ができた。
二人ともJK的な表層の馴れ合いや同調圧力は苦手だから、高校でも無理に友達を作らない。友人として互いに強制のない、バカげた他愛のない会話ができるWin-Winの友人関係。和田が沢山喋って、山本が適当な相槌やツッコミを入れる。それが、二人の人生の潤滑油になっている。
少々脱線するが、自分の高校時代を振り返ってみても、この頃の友人とは好きなアニメの話をしたり、客観的に見たら実が無い話ばかりしていたような気がする。大きな野望もない。社会人のようにノルマや生産性向上の義務もない。高校生というモラトリアムな時期を、のんびり自由に平穏に生きていた。その意味でも、個人的には本作にノスタルジーも少し感じていた。
物語についてだが、舞台限定の会話劇の日常系だとマンネリ化しそうだが、飽きる事無く最後まで楽しめた。情報が少しづつ開示されて、その小ネタが少しづつ伏線回収されて二人の関係性が理解できる仕組みになっていた。また、全6話とミニマルな作りになっていた事も、飽きずにすんだ要因の一つであろう。この辺りはシリーズ構成の妙と言えるだろう。
小学時代に和田に対して片想いしていた男子の登場や、和田と山本の喧嘩と仲直りのエピソードを終盤に入れるなど、全6話を通して物語的にもうねりを入れている点は見事。ソシャゲなどの今風なネタや、ワードセンスを含めて、花田十輝の脚本の安定感を堪能できる。
ベースはコントだが、ときおり山本から和田に真剣に助言したり、和田が行き過ぎた我儘を山本に謝罪したりと、いい感じのドラマが差し込まれる。これにより、二人が相互に尊重し合っている事が伝わってくるし、キャラクターを好きになれる。
舞台が限られているという意味で、演出的に絵コンテを切るのは大変そうであるが、本作ではセンス良く飽きさせない工夫がされていたと思う。フードコート内の広告や映画プログラムなど諸々の店舗のカットや、窓からのぞく青空のカットが意味深に挿入されたりしていた。このあたりが、生の漫才や演劇とは異なる映像の強みではあろう。また会話劇と言うこともあり、二人の会話の間などの絵コンテ的なタイミングも丁寧に作られていた印象である。こうしたセンスの良さは古賀一臣監督の持ち味かと思う。
肝心の芝居は、ほとんどが和田と山本の掛け合い漫才になるため、絵の芝居やキャストの芝居が非常に重要になる。新人の宮崎ヒヨリが主人公の和田役に大抜擢されたが、全編喋りっぱなしのハイテンションな会話劇に体当たりの芝居が好印象であった。また相手の山本役の青山吉能は、器用な芝居が持ち味の印象である。山本の持つ落ち着いた雰囲気を掛け合わせることで、芝居に緩急を付けていた。この二人は野球で例えるなら名バッテリーとでも言うか、地味に二人のコンビの芝居の出来の良さが印象的であった。
ここまで書いてきて、最初に触れた「やっぱり猫が好き」との違いについて触れておこうと思う。ワンルームのコメディというのは、脚本自体は緩めで演者のセンスやアドリブや演者同士のセッションを楽しむニュアンスがある。この舞台演劇的なライブ感が魅力だったりする。これに比べると、本作はアニメであるがゆえに、脚本と絵コンテでガチガチに作られていてライブ感が薄くなる、という印象ではある。だから、実際に演者に委ねられる部分はより小さいという意味で「やっぱり猫が好き」の作りとは多少手触りが違うものなのかもしれない。ライブよりも、より映像作品寄りな感じのエンタメである。
少し脱線するが、「化け猫あんずちゃん」というロトスコープという手法を用いたアニメーション映画があった。まず、実写で演者の映像を記録して、それを模倣するようにアニメーションを作画する。絵コンテは無く、カメラマンがいい感じのアングルで演者を切り取りフィルムを作る。個人的には、この映画が究極のライブ感を持ったアニメーションだと思う。とはいえ、私もライブ感=正義と言いたいわけでもない。本作ではこの笑いを、脚本、演出の段階で作り込んでいると思うので、その意味で挑戦的な作風だったと思う。
最後に全6話とミニマルだった構成に触れておく。通常なら、1クールで12、13話が当たり前のところ、本作は半分の全6話。TV放送では、1クールで2周回分放送していた。今期は他にも配信専用だった「タコピーの原罪」も全6話。1クールに同じスタッフで全5話が2作品バーターの「カラオケ行こ!」「夢中さ、きみに。」という例もあった。
アニメ制作自体は膨大な手作業の集積なので、乱暴に考えれば尺が半分になればコストや作業時間も半分になり、クオリティーも担保しやすくなる。物語も冗長を避けてダイナミックに振れる。それでいて、アニメが持つ原作の宣伝効果も変わらない。もちろん、単純に半分の予算でできるわけではないだろうが、製作が破綻する現場も散見される業界なので、こうしたやり方の作品も今後増えてゆくのかもしれない。
色々と書いてきたが、総じて、ミニマルなのに中身は充実。人間関係のドラマも大袈裟すぎない程度にあり、そこに変なストレスはなく気軽に見て楽しめる。絵柄も甘すぎずライトな感じで嫌味がない。それでいて、割と緻密な演出で飽きさせない。個人的にはかなり好みの作風で、他に類を見ない良作だったと思う。
Turkey!
- rateing
- pros
- 意表を突く、JK青春部活モノ(ボーリング部)×シリアス戦国時代モノの組み合わせ
- 真面目な作りの脚本、ドラマ
- cons
- 少々まじめ過ぎるきらいと、逆にシリアスとコメディがお互いに足を引っ張り合うような喰い合わせの悪さを感じたところ
長野県千曲市を舞台にしたJKボーリング部の爽やか青春アニメと思わせて、戦国タイムスリプのサプライズで視聴者を困惑させる芸風である。現代のJK5人と戦国時代の戸倉家の5人姉妹がペアになってドラマを紡ぐ。
戦国時代で生首が飛んだりのハードな描写もあれば、いつもは喧嘩してるくせに何かあれば放っておけないハートフルな友情を描いたドラマもあり、バラエティに富んだ構成になっている。ちなみに、ボーリングのシーンは真面目に作ってるだけに、そのギャップが妙な可笑しさになっていたりした。
演出は割と強めで劇伴や芝居で情感を盛り上げるのが上手い。戦国時代モノという事で刀などの金属的な効果音などでも迫力を演出していた。作画はカロリー控えめでコストを抑えつつ、という感じで突出しているわけでもなく、破綻もない。この辺りは、BAKKEN RECORDの手堅いアニメ作りを感じさせる。
中盤に描かれる各キャラクターが持つ物語だが、この辺り割と好みのタイプである。個人的には7話の七瀬と夏夢のやりとりが良かった。七瀬が持つ「空気」のように周囲に関わらない性格の根っこを夏夢が見抜いてゆく。蒸発した父親の自分勝手さを憎み、自らを縛りつける呪いを自分にかけていると七瀬を諭す。他者への貢献に自分の価値を見出し、束縛のロジックから解放されて自由を掴む。言葉にしにくい心情を丁寧にドラマに落とし込んでいたと思う。
また、度肝を抜かれたという意味では、6話のさゆりと傑里の回であろう。集落を襲う野武士の息の根を止める回が他に類を見ない感じであった。殺されそうになった傑里を護るために野武士に殺意を持って致命傷を与えるさゆり。現代の倫理観を越えた、タイムスリップ物ならではの作劇であったし、ここでも現代の少女の心情を、真面目に描いた。
他のペアもそうだが、戸倉家5人姉妹のキャストは大ベテランを起用して芝居に重厚さを加えつつ、JK5人の若手のキャストもそれに負けない芝居で応えている。
終盤は、戸倉家の5人姉妹を護るためにJK5人組が奮闘しボーリングでその土地の大名と勝負するという展開だが、麻衣のトラウマを乗り越えるドラマに展開してゆく。物語の冒頭の、麻衣の落涙の手紙のシーンに戻ってくるところなど、展開は予想できていたにもかかわらず、感動してしまった。
個人の主観でしかないのだが、この辺りは、脚本の蛭田直美が、演劇、実写畑の脚本家であることと無関係ではないと思う。基本、自分の内面を追い込むような劇が多く、その前後の成長を描く作風に感じた。
この辺りで、ネガ意見を書いておこうと思う。
本作がまじめに作られている事は非常に伝わってくるのだが、JKスポーツ青春モノと時代劇との喰い合わせが悪かったように感じた。本作は、JKのライトなコメディ会話なども織り交ぜつつ、シリアスなドラマの展開がある。これらの相乗効果で良さを感じられれば作品としては成功なのだが、どうしてもこのJKコメディ部分が空振りしているように感じてしまった。具体的には「ボーリングには2投目がある」という擦られていた台詞があるが、シリアスなシーンでこの台詞が出てくると、なぜかギャグになってしまう。本来なら、この台詞はシリアスで立っていなければいけないが、この台詞が作品自身を茶化す方向に働いてしまう。また、僧侶の悪だくみもいかにも物語優先のテンプレ的で、どこか醒めて見ていた部分があった。これは、一例だが、時代劇シリアスとJKコメディが足を引っ張り合っていたような感覚で見ていた。
もちろん、素直に感動できる視聴者も居るであろうが、SNSの観測では微妙という感想をちょくちょく観測していたので、似たような感想を持つ視聴者も一定数は居そうに感じた。ちょうど今期の「ダンダダン」がリッチな作画の勢いもあって、シリアスとギャグの両極端に振り切った作風でも、相乗効果で盛り上げて両立が出来ていた好例である。
だからと言って、ドラマ自体は良く出来ていたし、どうチューニングやディレクションすれば良かったみたいな話は私には到底できない……。が、このことは率直な感想として記しておこうと思う。
総じて、感情を揺さぶるドラマや、巧みなストーリーもあり、素直に見れば感動できるポイントも多い作品であろう。重箱の隅をつつくような事を書いてしまったが、作品自体は良く出来ていたと思う。
サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと
- rating
- pros
- チート級魔法使いでありながらコミュ症な主人公モニカを「ちいかわ」的に愛でる作風
- 学園生徒会のイケメンたちや悪役令嬢的な要素で女性ウケが良さそう
- cons
- コミュ症コメディ、ロマンス、サスペンス、チート魔法などごった煮感溢れる作風で、ごちゃごちゃに感じてしまった文芸
チート級の魔法使いでありながら極度のコミュ症のモニカ。そのモニカが成り行きでセレンディア学園に潜入し生徒会長を務める第二王子フェリクス殿下の護衛の極秘任務に就く。生徒会のイケメン男子や級友女子たちとの交流を通して、ドタバタ喜劇や、第二王子暗殺のサスペンスや、ちょっとしたラブロマンスなど描かれる。こうして書いてみると、劇の風味も含めて女性向け要素が多い作品である。
とにかく、モニカの弱くて強いヒロインとしての魅力が肝である。唯一の無詠唱魔法使いというチート設定がありながら他者との会話が苦手ゆえに、相手にハッキリと意見を言えず幼児のような振る舞いになってしまうところが可愛い。つまりモニカは精神的にはまだ未熟。だからこそヒロインたりえる。
ただし、数字や数学は得意で記憶力も優れている。第二王子の体形を数値的に暗記するなどの変人ぶりも発揮する。結果的にその強みを生かして生徒会会計の役職に就く。モニカに降りかかる同級生からのいじめや、殿下暗殺に忍び寄る影との戦いなどのイベントがありつつ、他者を理解し恩返ししてゆくなどの変化があり、そこに彼女のドラマがある。
また、第二王子暗殺についても状況証拠から冷静に可能性を絞り込み犯人を特定してゆく探偵モノのような楽しさもあり、モニカの聡さもポイントである。モニカの魔法については、なろう系由来のチートな爽快感がある。
アニメーションとしては、「このすば」や「プリコネ」の金崎貴臣が総監督・シリーズ構成を任されており、コミカルなアクションを期待していた。しかし、個人的な感想だが、本作の映像はそこまでのキレはなく、作画は中の上という印象。背景美術に関しては、申し分ない美しさであった。
演出面だが、ヒロインが突然、デフォルメされた可愛いキャラに変化してコミカルに描かれるというのは「薬屋のひとりごと」にも少し似ているかもしれない。ただ、本作ではシリアスはそこまで重く描かれないので、よりライトに感じた。
文芸面だが、劇は勧善懲悪で悪役を憎く描いて制裁を加えて爽快感を得る部分や、モニカの周囲の人間のドラマや、モニカ自身のトラウマ克服など、テイストのごった煮感があり、話の行先の分かりにくさがあった。本作は群像劇でもあったが、魅力的なサブキャラを配置してゆこうとしているのは理解するが、個々のキャラのエピソードにブツ切り感があり、キャラが繋がって世界が広がる感覚は薄い。
もう一つ文芸面でひとつ感じたのは正義と悪の紙一重感。モニカの親友が実は第二王子暗殺の刺客だったり、昔の親友の男子が妬みからモニカをイジメたりなどの、身近な人に宿る正義と悪の複雑さが描かれていたように思う。この構造は、裏切りなどが頻発するミステリーのどんでん返しには重要な要素であろう。ここに文芸の複雑さがあるように感じた。
とは言え、モニカに感情移入のさせる演出が上手いのだと思うが、私は割と多くのシーンでジーンときて涙ぐんでいた。この辺りの泣かせの演出は冴えていたと思う。ただ、演出の上手さでドラマを見せられてはいるが、全体の物語や個々のエピソード自体は若干薄味で散漫気味というのが率直な感想であった。
しかし、ラスト2話は文芸的にもちょっと良かった。死者を街に迎え入れるお盆のような冬のお祭りを舞台に、第二王子と仮初のロマンチックなデートや、迫害された亡き父の書き残した禁書を古本屋で入手したり、第二王子が実は沈黙の魔女の隠れファンだった事が判明したりと、随分とモニカを喜ばせるネタで幸福感に包まれて〆られた。この2話は、それまでの活劇感溢れるエピソードとは違い、じっくり温かめの話な点が好みである。これまで学園で触れ合ってきた人たちに助けられ感謝し、恩返しをしてゆきたいと心に誓うモニカを見て、朝ドラのヒロインを感じてしまった。
さて、演技についてはモニカ役のCV会沢紗弥の演技が実にハマっていた。もともと、コミュ症的なキャラが得意な印象だが、テンパってフリーズ気味な芝居、おどおどしながらも力を振り絞って会話する芝居など、やや大げさでコミカルな演技が作品にマッチしていた。
色々と厳しく書いてきたが、総じてモニカを「ちいかわ」的に愛でつつ、学園生徒会イケメンや悪役令嬢的な要素も加えて、チート級魔法使いでギャフンと言わせて爽快感を得る、というごった煮感溢れる作風で、総じて楽しく観れる良作だと思う。
その着せ替え人形は恋をする(2期)
- rating
- pros
- 恋愛とコスプレ愛の全肯定で、見ていてハッピーになれる作風
- 1期からの期待を裏切らない眼福なアニメーションクオリティ
- cons
1期の感想も以前書いているので、よければ下記も参照してほしい。
上出来だった1期から3年半。コスプレの「好き」の肯定と、海夢と新菜の眩しすぎる両片想いの恋愛ドラマが肝の本作。それは2期でも正しくキープ。前半は文化祭を通してのクラスメイトとの関係と立ち位置の確立。後半は大学生のコス仲間ができ、世代を広げて「好き」を共有する仲間を増やした。
アニメーションとしては非の打ちどころがないくらい良い。シャープで動きが気持ち良い作画。レイアウトのカッコ良さや演出の感情の乗せ方。作中のアニメ作品やゲーム作品への世界観の拘り。どの話も期待の上をゆく安定した作り込みである。3年半のブランクを全く感じさせないという事は、結果的に2期のクオリティが1期よりもかなり高いところにあるのだと思う。少なくとも、1期よりも描かれたキャラはかなり増え、クラスメイトや大人も含めた群像劇になってきて、それぞれのキャラが個性を持って描かれているだけでも相当にカロリーは高くなっていたハズである。
本作はコスプレがテーマなので、海夢もテープなどで目の形を変えていたりするのだが、キャラによってタレ目にしたり、さらしを撒いて胸を薄くしたりなどのフィジカルな修正も行い、そのキャラになりきる。1期から通底するこの辺りのコスプレうんちくは、本作の美点の一つである。2期では姫野が男性だから顔の輪郭を隠すために再度の髪を頬に張り付けたり、胸を付けたりで変化を付ける。さらに、カメラアングルなどで慎重をごまかすなどのテクを紹介していて、リアルであり得る範囲でノウハウを描く。さらに、芝居要素として仕草やポーズを女性にしてくる事で可愛く見せる。コスしたキャラは、コスプレイヤーのベースの上にデザインしている。そこに嘘をつかないようにしつつ、キャラクターにらしく変身させるというキャラデザインの加減には、毎回頭が下がる。
今回、海夢はイケメンホストのコスプレをするが、男らしい仕草が足りておらずクラスメイトの男子を参考に立ち方などを変えてゆく。この辺りも、アニメーションの芝居でキッチリ描いているからこその説得力である。余談ながら2期ではジェンダーを越えたコスプレがいくつも登場していた事も興味深い。1期でも心寿が男性キャラにコスプレしていたが、その意味で、多様性を重視した内容に感じた。
最後に物語、テーマについて。
まず、柱の1つである恋愛ドラマについて。23話(2期11話)では恋心で息苦しくなった海夢が新菜への告白を決心。しかし、24話で自分が「最推し」だと生まれてはじめて聞かされ、嬉しさのあまり大興奮。その場では新菜への告白がどーでも良くなってしまってチャラになった。ラストはマンションの玄関まで新菜に送ってもらい、たまらずスマホでツーショット写真を撮るところで〆る。
新菜→海夢は好きだけど高嶺の花で恋愛相手としてはフィルターしている状態。海夢→新菜は1期では恋愛に気付いてしまい、2期では恋愛感情が爆発寸前。2期では恋愛のブレイクスルーはなく、二人の現在の状況が一番おいしい状態のままである。すでに完結した原作漫画のストックもあり、このあたりは原作準拠の展開になっているのだろう。
言ってしまえば、ラスト前に盛り上げて期待させておいて、結局キャンセルして何も起きなかったことにするという手段は、こういう続きが残っている作品ではよくある事。そう、理解していれば、これはこれで楽しい。
そして、もう1つの柱である「好き」の肯定のドラマについて。1期に続き、「好き」で堪らない趣味を、嬉々とした表情で生き生きと描ききる。このポジティブさで、見ているだけでハッピーな気分になれるのが本作の最大の特徴であろう。過去に一部の人間に虐げられた姫野や旭が、仲間と「好き」を共有して共感できて救われてゆく。その意味では、1期にも、13話アバンにも登場した「男子のくせにひな人形」という新菜のトラウマからの解放も、「好き」の肯定である。
文化祭では新菜のコスチューム制作をクラスの全員が期待しており、その期待に応えて魂を込めてコス作りに集中してゆくシーンがあったりする。クラスの全員がコス作りを馬鹿にすることなく真剣に受け止めてくれ、あまつさえ新菜のコスチュームのファンという男子生徒さえ登場する。クラスメイトに理解してもらえないと思い込んでいた新菜が思いがけず、認められ肯定された形である。これもまた「好き」の肯定の1つの形であろう。
2期終盤では、ちょっとした仕込みというか、旭が海夢を明確に避けており、嫌っていると思わせる描写がフックになっていた。本作では「嫌い」を描かないと思っていたので、不穏要素として展開を気にしていた。最終的には海夢が最推しで限界オタクになってキモがられないように欲望を押し殺していた、という120%ハッピーで〆てしまった荒業もお見事。こんな展開が許されるのも本作ならでは、だろう。
色々と書いてきたが、総じて恋愛の恥じらい、「好き」の肯定により、とてもハッピーな気分になれる作風で、アニメーションのクオリティも非常に高い。1期の期待を裏切らない傑作である。3期の話は全くの未確定だが、できるなら、本作はラストまでアニメで観たいと思わせる作品である。
ダンダダン(2期)
- rating
- pros
- 相変わらずのジェットコースター感ある、ごった煮バトルアクションだが、良いモノ感のあるまとまりの良さ。
- cons
- もともとのテイストだが、2期ともなるとドタバタ感疲れな感じも少し…。
細かなテイストは1期から全く変わらないので、手短に。以前書いた、1期の感想も参考にしていただければ幸いである。
本作は、オカルト(宇宙人、幽霊)+バトルアクション+学園ラブコメのノンストップアクションという感じだが、ホラーの気持ち悪さやラブコメの楽しさ、人情味あふれるちょっといい話などが奇跡のバランスで盛り合わせられる。
2期ではジジにまつわる、呪われた家+モンゴリアデスワーム+邪視(じゃし)が中心に描かれる。
これまでの幽霊と同様にジジに取り憑いた邪視の暴れっぷりが狂暴で容赦ない。絶対に勝てそうにない圧倒的な強さを描きつつ、それでも戦ってなんとかしてゆくモモとオカルンたち。こうしたバトルでの優劣や、説得力を持ってバトルを描くのはエンタメとしては非常に高度でな事だと思う。毎回ドキドキしながら視聴していた。
とにかく、次から次にアクションバトルが休む暇なく押し寄せてくるので、ジェットコースターに乗っているような感覚になる。
2期終盤は、新キャラでアニメオタクの金太が登場し、巨大怪獣vs巨大ロボの展開になってゆく。これまた、ハチャメチャながら展開の読めないバトルアクションの応酬だが、2期もブツ切りで3期に続くとの事。
安定したクオリティと、勢いのある作風で3期もゆるく楽しみにしている。
カラオケ行こ!
- rating
- pros
- 動画工房が得意とする実写寄りのテイストで見せる、反社組員の狂児と中3男子の聡実の一風変わった人間ドラマ(コメディ風味もあります)。
- cons
ヤクザの狂児と、中3合唱部の聡実のカラオケを通じた奇妙な友情を描く、風変わりな人間ドラマだが、ちょっとシュールなコメディの雰囲気もある。
原作は同人誌発の和山やま先生のマンガ。実際にはKADOKAWAから単行本出版されているが、個人的には講談社の「アフタヌーン」連載作品っぽさを感じた。
監督は中谷亜沙美、助監督は塚原佑希子、シリーズ構成は成田良美と動画工房制作としては新世代感のある座組である。塚原は直近だと「幻日のヨハネ」の監督をしていた。キャラクターデザインの松浦麻衣はフリーだが動画工房の仕事は作画監督で参加していた事が多いようだ。最近、キーマンを女性で固めるアニメ作品は多いが、本作もその一つであろう。作画やキャラクターデザインに谷口淳一郎が参加しているが、「イエスタデイをうたって」や「【推しの子】」のリアリティあるキャラデザや芝居に通じるところがあると感じた。
キャラクターデザインは劇画寄り。いわゆる服のしわが沢山あったりして動かすのは面倒そうなデザインである。狂児は着こなしもキッチリしており、一見礼儀正しそうに見えるが、暴走したら表情一つ変えずに相手を殴り殺しそうなヤバさを持つヤクザである。聡実は合唱部部長でソプラノを担当しているが、変声期が来ており上手く合唱できない問題を抱えている。
反社の組長主催のカラオケ大会で負けられないため、カタギの聡実を拉致し、聡実はカラオケボックスで狂児のカラオケを指導する事になる。こんな二人に奇妙な友情が生まれるが、聡実の合唱コンクールと狂児のカラオケ大会の前日、ふとした事で聡実が怒り出して喧嘩別れに。翌朝、交通事故を起こした狂児のクルマを見てしまい、動揺する聡実が取った行動は……。という感じの物語である。
映像は実写でもイケそうなリアル寄りの演出で、突拍子もないカットというのはない。魔法も超能力もない地道な映像だが、だからこそ表現できるところもある。カラオケを音痴に歌うシーンや、聡実がラストに歌唱するシーンがあるのだが、上手すぎない歌唱の演技も真面目に芝居しているところが面白い。「紅」のカラオケのオケの映像に合わせて「前奏xx秒」などとテロップが入るビデオ映像など、リアル寄りのコダワリ部分であろう。作画的にも非常に安定感があった。
ただ、真面目一辺倒という訳でもなく、下っ端のチンピラたちの歌唱シーンなどの抜けてる雰囲気や、聡実の皮肉発言のコメディ的な笑いもあり、ちょっとシュールな感じもある。
文芸的にも、本来同じ世界に居ない狂人⇔少年の関わり合いよる心の波紋が肝になっているので、漫画原作でありながら、文芸小説的な味わいも感じる作品である。ドラマは意外と丁寧に描かれていた。もうちょっとBL世界に足を踏み入れるのかと思いきや、そういったドギツイ方に行く作品ではないので、比較的安心して見れた。
最終話である5話は、アニメオリジナル回との事。聡実が大学合格して東京に出てゆくまでの間、姿を見せなかった狂児が何をしていたか、などが分かるエピソードになっている。狂ってしまった狂児の人生だが、聡実の存在で少しだけカタギに寄り添う感覚も取り戻したような、そうでもないような。という感じの、言語化しにくい心の揺らぎなどの丁寧に心情を描いてゆく作風である。
総じて、実写ドラマ的なテイストが強めだが、動画工房のリアル寄りの地味ながら渋めの映像が堪能できる。面白くはあるのだが、突き抜けたパンチ力の様な面白さではなく、実写的なじわじわ来る感じである。なので、視聴者によって好みは別れるかもしれない。
銀河特急 ミルキー☆サブウェイ
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- pros
- 連続ショートアニメというパッケージで魅せる、高密度な自主製作3DCG映画
- 意外とドラマがしっかりしていて見応えがある文芸
- cons
3分31秒のショートアニメで全12話のドタバタSF喜劇。
監督、脚本、キャラクターデザイン、アニメーション制作は亀山陽平。
ルックはリアル寄りの3DCG。キャラはソフビっぽいマテリアルの強化人間や、メカっぽいサイボーグに分れる。宇宙SFだが、婦警は普通に日本人っぽいし、看板などに普通に日本語書いてあり、この辺りは宇宙植民地という事らしい。
主人公のチハル(強化人間)とマキナ(サイボーグ)は23歳の幼馴染のギャル。6人の交通違反者の若者が更生プログラムとして列車の車両清掃の罰が与えられるが、なぜか列車が突然走り出す。若者たちは宇宙空間を暴走する列車を食い止めようとするが……。という感じのヤンキーが活躍する物語となっている。
とにかく、キャラクターの性格の作り込みがマンガ的で丁寧。服装や振る舞いも芸が細かい。チハルは白ニットの肩だしワンピースにニーソ。マキナはスカジャンにデニムの短パンだが、顔がディスプレイになっていて目鼻が絵として表示され、表情に合わせて絵がアニメ的変化するのが面白い。他にも暴走族総長で特攻服のアカネと子分のカナタ。常にダルそうなアメリカンな若者二人組のカートとマックス、の3組6名のペア。
舞台背景もディティールが細かくデザインや質感も凝っていて、その上に遊びを感じる。食堂車両の食品自動販売機のゼリーに天丼味があるとか。女性添乗員型AIのオータムが子供の作った紙粘土細工の人形みたいで、表面にラッカーっぽいテカリ感が出ているとか。セキュリティロボのスーパーファミコン感だとか。妙なこだわりのポイントがイチイチ可笑しい。
作劇はショートアニメならではの独特さがある。登場人物はギャルやヤンキーなのだが、会話がやたら早口で圧縮されている。普通のシーンでも台詞が被るくらいにツメツメだし、5,6人の台詞が被っているシーンもあるが、不思議とそれがクセになってくる。
意外とドラマはしっかりしていて各キャラに見せ場があるのも美点である。過保護なアカネと役立ちたいカナタ。捨て駒のように扱われて現金しか信用しなくなっていたカートとマックス。今回の事件を通して、しだいに信頼関係を築いていく6人。この辺りは、ちょっと映画っぽい手触りであるが、これをショート枠×12話に狙ったようにキッチリ構成している。ただ、物語としてはドタバタ喜劇の範疇であり、やっぱりアクションと楽しさと勢いで気軽に見える作風と言える。
本作はアクションのカッコ良さもある。食堂車でマキナとアカネが取っ組み合いの喧嘩になるシーンとか、カートがセキュリティロボの弾丸を跳ね返しながら前進してゆくところとか、音響も合わせて映画的な気持ち良さがある。
第12話は、作中アイドル曲の「ときめき★メテオストライク」のBGMに乗せてのアクションシーンがあるのだが、アクションを楽曲の音にはめ込んでいたりしていて芸が細かい。この辺りは、三年前の前作「ミルキー☆ハイウェイ」から続く芸風である。
なお、本作はプレスコでキャストの芝居が先との事。キャストの芸の深みを自由に乗せてもって絵が追従することで、映像の芝居の方も広がりを得る、という事らしい。
色々と書いてきたが、キャラクターの作り込み精度の高さ、設定の芸の細かさ、映像の密度の高さが印象に残る。文芸面も申し分なく、個人的にも満足度が高い作品である。文芸と映像を一人で創作したというのが驚きだが、なんと言うか、漫画家的なカバー範囲の仕事なのかもしれないと感じた。
才能あるクリエイターが作り込んだ世界観を発表するのにとりあえずショートアニメという事例はよくある。その次のステップとして、40分の短編映画とせず、3分30秒×12話の連続ショートアニメという選択肢は、出来の良いキャラクターを好きになってもらうにはベストチョイスだったかもしれない。
連続ショートアニメ自体はこれまでも存在していたが、ほぼ個人の自主製作レベルでこのスタイルは珍しい。とは言え、過去に「PUI PUIモルカー」の例もあるので業界初というわけではない。よくよく調べたら両作品ともシンエイ動画が嚙んでおり、個人アーティストを伸ばす風土があるとの事。
11言語で全世界配信を実質タダで利用できるYouTubeというプラットフォームで配信している。第1話のYouTubeでの再生回数は625万再生、チャンネル登録数は83万人(2025年11月時点)。作品を作る事自体は大変だが、作品提供の敷居はずいぶん低い。TVアニメをタダでTV局に渡していた頃に比べれば、YouTubeだけでもある程度収益が取れる状況であり、むしろ好ましい。とりあえず本作の総集編的な映画を作成中とのことだが、後は確実に本作のIPを育ててゆくのだろう。今後の亀山陽平監督の作品も要注目である。
青春ブタ野郎はサンタクロースの夢をみない(2025.10.18追記)
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- pros
- 1期同様に、トリッキーなプロットと、ドラマを丁寧に見せる作風と、迫真の芝居。
- cons
咲太が大学1年生になり、麻衣と同じ大学に通いはじめるが、そこでも思春期症候群の新しいヒロインたちが次々に登場する。そして、咲太が持ち前の優しさで、ヒロインに関わって思春期症候群を治してゆく流れは1期と変わらない。また、「霧島透子」というキーワードで麻衣に危険が迫る展開があり、咲太は麻衣を守るためにも前のめりに奔走してゆく。
ぶっちゃけ、アニメーションのテイストは7年前の1期から変わらないが、このディレクション自体は間違っていないと思う。本作はSF要素を用いたトリッキーな物語と人間ドラマが肝である。複雑な物語ゆえに、個々のシーンは物語に必要な情報を吟味して丁寧かつ分かりやすく描いてゆく。余計なノイズになりそうな遊びは少ない。芝居や音響も非常に情報が整理された感じで、それは画面も音響も芝居にも言える。いつもは落ち着いた口調の咲太が、いざという時に感情を爆発させて大声で叫ぶというような、ピアニッシモからフォルテシモまで使った芝居もキッチリコントロールされている。特に赤城郁実のケースでは、パラレルワールドで違う体験をしてきた二人の郁実がいて、後悔やストレスの原因が異なるため、台詞を使い分けて二人の違いも出してゆかねばならない。また、岩見沢寧々もネチネチした芝居から、ラストの爆発までの感情のグラデーションが凄かった。そのグラデーションを味わうためにこそ、映像や芝居には余計な情報は載せないストイックな作風である。
今回のヒロインは下記の4名。
広川卯月は、誤解を恐れずに言えば、知的障害を思わせる幼児のような感性が彼女の輝きになっていた。その牽引力で、駆け出しのアイドルグループ「スイートバレット」でも中心的人物でもある。
卯月はピンの仕事のオファーを一度は断るが、アイドルグループ内で他のメンバーに気を使ってよそよそしくしたり、目標の武道館コンサートに対して不安になったり。その事で逆にメンバーが卯月を心配してぎくしゃくする。この手の問題は、バンドの引き抜き同様に、キャリアアップが第一目標なら他のメンバーも脱退を止めにくいというのがある。で、最終的には、何のためにという活動理由やポリシーに行きつく。卯月はその迷いの中、二日連続のコンサートの1日目に声が出なくなり病院へ。翌日のコンサートは残り4人のメンバーでこなすことに。最終的な決断は、咲太に即される形で、観客席に来ていた卯月に託される。
卯月が持っていた不安は大人になる事の不安でもあり、キャラクターが卯月だからこそ表現しやすいテーマだったと思う。結局、卯月は自分でステージに上がって4人と一緒に活動する事を決めた。つまり、今まで通りのキャラで良いという結論である。成長や変化を促すドラマもあるが、敢えての現状維持。しかし、ポリシーに乗っ取った現状維持なので、不安定さはない。どちらの道を採っていても、責任をもって選択する事に意味がある。今回の場合、スイートバレットの人間の繋がりを大事にするポリシーだから、自らその列車を途中下車しないという卯月らしい決断である。
赤城郁美は真面目な優等生キャラ。細目の眼鏡にボブカットに青いナース服(コスプレ)。自らボランティアを立ち上げての慈善活動を行う。
郁実は二人いるので便宜上、こちらの世界の郁実を郁実A、あちらの世界の郁実を郁実Bと定義する。ややこしいが、本作に登場するのは4月の入学時にあちらの世界からやってきた郁実Bが先である。
郁美Bは、あちらの世界で中3の時に咲太が思春期症候群を自己解決してしまったため、良い子を自負しながら何も解決できなかった自分の無力感に打ちひしがれ、その後は学業もおろそかになり大学受験に失敗して浪人になる。こちらの世界に来て、郁実Bは中3の時に咲太が救われずクラスメイトから変人扱いされて終わる世界線である事を後に知る。郁美Bは「#夢見る」で起こる不幸に対して自己犠牲してまでも人助けしようと奔走する。それは、人助けできていない自分を責める自己否定が原動力になっていた。しかし、その人助けを続けていて自身の体が傷ついてゆく。個人的に郁実Bが意地悪だと思うのは、(a)咲太の事を忘れられたら、(b)咲太が中3のアルバムになんて書いたか思い出せたら、(a)(b)のどちらかで思春期症候群が治ると咲太に言った事。(a)は自己完結はするが非現実的。(b)は咲太に救いを求めているという意味なので、やはり咲太なら助けてくれるかもしれない賭けであり、この難解な問題を咲太に救って欲しいという無言の心の叫びでもあったのだろう。理想の人助けができる強い人≠現実の人助けも何もできない弱い人、このギャップが郁実Bの思春期症候群である。果たして郁実Bは、11月27日同窓会の日に「#夢見る」の投稿を見て来た夕方の高校の教室で、待ち合わせていた咲太と合って会話する。当初、郁美Bはあちらの世界での中3で人生転落しなかったこちらの世界に居続けてもいいと思った。しかし、郁実Bは郁実Aに成りすましても、周囲の人も分からない。成功した郁実Aも、失敗した郁実Bも同じなら、郁実が理想とした郁実の価値はどこにあるのか。そもそも、成功した郁実Aの居場所に図々しく居座っていいのか、という自問自答。こうした迷いの思考で動けなくなっていた。その気持ちを咲太が受け止め共有して、郁実Bは気持ちを整理して、郁実Bの思春期症候群は解決した。郁美Bは咲太に惚れていたが、その気持ちにもケリがついて向こうの世界に帰って行く。
郁実Aは、咲太を呼びつけて、11月27日同窓会に現れた。中3のときに、思春期症候群の咲太を変人扱いしていたクラスメイト全員を糾弾するために。この場は、咲太の機転で芝居じみた自慢話で笑い飛ばしながら退場し、話題を切り替えさせる。夜の歩道橋で咲太と郁実Aは会話する。郁美Aは中3の時に咲太を救えなかった事で自分を引きずるほど責めていた。大学入学の時に咲太は完全に吹っ切っていたのに、自分は今も過去の失敗を引きずり生きている。咲太に合わせる顔が無い。自分がみじめだと思ったら郁実Bと入替っていた。あちらの世界では咲太が中3の時に問題を解決していたので、その罪を背負わない世界である事が幸いだった。で、郁実Bと入替るタイミングでこちらの世界に戻って来たという経緯。郁実Aは、立ち直った咲太にどうしたら自己否定せずにカッコ悪い自分を受け入れ許せるか質問する。ただ毎日生活を繰り返せばいつか忘れられる、いつになるかは分からないけど。今日その事が分かったから良かったじゃないか。咲太の優しさに救われる郁実A。
という感じで郁実Aも郁実Bも中3の咲太の事件がきっかけで自己肯定感ゼロになり、自分を責め続ける人生を送っていた。ただ、その二人が入れ替わり、事件の結末が違うifの世界に行っても、本人の苦しみが変わらなかったというのが皮肉というか、宗教っぽいというか。未来はなかなか変えられない「シュタインズゲート」的な重みを感じさせるという意味では、曲げられない自然の摂理というか、SFっぽいと言ってもいいのかもしれない。郁美というキャラクターは、真面目で自分で背負い込み過ぎで大人しい性格である。自己肯定感ゼロの薄幸さも、か弱くて可憐な雰囲気を醸し出していた。それでいて強がりな一面はあるのだが、だからこそ迷いを独白したり思わず泣きだしてしまうシーンのギャップで、守ってあげたい可愛さを非常に感じさせる。双葉とはまた別な意味で大人しめの美少女キャラである。
なんとなく、郁実は、映画の「ディアフレンド」でも大活躍しそうな予感である。あちらの世界の郁実Bとこちらの世界の郁実Aはテキストでやりとりできる貴重な通信手段であるから。郁美自身もその事で咲太の力になりたいと思っているフシがある。きっと、咲太を助ける事で今の自己否定の呪いが解除される展開になると予想している。
姫路紗良は咲太の学習塾に通う女子高生。異常に男性にモテるが、咲太に近づき咲太を誘惑する。
もともと幼馴染の高身長男子が学習塾の先生の双葉を好きになった事で発症した「千里眼」という思春期症候群。強く接触した人の意識を遠隔で共有し、相手の見聞きした情報や思考を覗き見る事ができる。これで、相手の男性をその気にさせて自分に惚れさせていた。少なくとも咲太の前に二人の塾の先生が紗良に本気になり塾をクビになっている。小悪魔的とも言えなくもない。その行動の本意は私には良く分からないところも多いが、紗良自身が人の愛し方を知らず、自分だけが愛される事を欲していたのかな、という気がした。大人の男性をターゲットにしたのは、愛される延長線上に愛し方を知る手掛かりがあると思ったからかもしれないが、これは妄想でしかない。客観的に見れば、男を弄ぶ悪女でしかない。実際に、いくつかの家庭は壊れているのだろう。それに、相手の男性が本気になったら、たいして好きでもない相手からの貞操の危機になるかもしれないし、捨てたら捨てたで反転アンチになって報復されるかもしれない。いろいろリスクもあったのではないか。だから、紗良の心理は読めないのだけど、シンプルに小悪魔的でかく乱させる可愛い美少女としてキャラクターを立てたかっただけ、という作劇場の意図なのかもしれない。
紗良がクリスマスイブの日に「千里眼」で霧島透子の心を覗くことと引き換えに、咲太と紗良は鎌倉デートをする事になった。紗良は咲太を鎌倉デートで落とそうとするが、予定外に一緒に来た麻衣から語られる咲太への愛情の太さに圧倒され、咲太を断念する。結果的に麻衣が正妻の威厳を持って愛する咲太を守った形である。その場を逃げ出した紗良は「千里眼」の能力を失っていた。心配して追いかけてきて優しくする咲太。咲太先生の役にも立てず酷い事もしてきたのに、優しくされたら余計に惨めになる。咲太先生の事をもっとちゃんと好きになれば良かった、という台詞は咲太を受け入れ完全に信用した、という事だろう。一方、咲太の方は相変わらず、麻衣ファーストにブレはない。結局、霧島透子の心を覗き見する作戦は徒労に終わった。
個人的には紗良が「千里眼」で犯した罪を考えると、紗良というキャラを好きにはなれない。ただ、それは劇中でも女子に嫌われるヒロインという描かれ方をしていたところもあり、作者の狙いでもあるのだろう。立ち位置としては、朋絵に近くて、年上の咲太に惚れた妹分なのだが、今後咲太にどう関わりどう恩返し(=貢献)してゆくのかは興味深い。
岩見沢寧々は、ミスコンもグランプリに輝いた美人だったが、4月から周囲から認識されなくなった。以来、ときどきミニスカサンタの衣装で大学構内を出歩いていた。寧々を認識した咲太には、自分を霧島透子だと名乗り、思春期症候群をばらまいていると言った。
寧々が認識されなくなったのは、麻衣のケースに似ている。認識されなくなった理由は不明。美東美織の推察では、より美人の麻衣が大学に復帰したことで、今までチヤホヤされた存在から反転、蔑み嘲笑されて惨めになり何者でもない自分を世間から隔離してしまいたくて認識されなくなったのではないか、と語られていた。恋人の福山にも認識されなくなり、途方に暮れる。透明人間になった寧々は、多分麻衣と同じ理由でミニスカサンタ姿で認識してくれる人を探していた。と、当初は想像していたのだが、麻衣の警察署長イベントに押しかけた認知されないサンタクロース姿の人たちを考えると、霧島透子≒サンタクロース姿という事だったのかもしれない。寧々の交通手段はクルマを利用していたが、公共交通機関などではICカードで認知されなくても行けそうだが、人間の密集度を考えると電車はやはり困難なのだろう。
1話の時点で、卯月の思春期症候群を疑う咲太とのどかの後ろにミニスカサンタ姿で居て、3話で咲太にはじめて認識される。実際には寧々に思春期症候群をプレゼントする能力はなく、当てずっぽうで言っていた可能性が高い。卯月や郁実のケースとは異なり、紗良の思春期症候群については学外ゆえに知らない、と語った。霧島透子を名乗りながら、動画配信サイトにMVを公開したり、ライブ配信をしていたりする。寧々だと認知されないが、実態のない「霧島透子」という存在になることで、ギリギリ認知される。寧々が自分を見失い、自分がという存在が何もなく、「霧島透子」というブランドにすがるという構図である。1月30日に咲太の提案で、福山の誕生日プレゼントのマフラーを羽田空港で手渡そうとするが、福山に認知されずショックを受けてその場から消える。後日、寧々の自宅に呼び出された時には、完全に自分を霧島透子と思い込み、寧々は自分と過去を捨てていた。入れ違うように、寧々のミスコングランプリの盾を見て記憶を取り戻す福山。一日警察署長イベントに出かけようとする寧々のクルマの前に飛び出し、寧々と話し合いを試みる福山。「負け犬」として完全に自己否定していた寧々の存在を、福山の愛の力で取り戻すというロジックだが、咲太の「福山に愛されているのだから、負け犬は思い上がり」という台詞が刺さる。
当初は誰が演技しているかは意識せず見ていたが、後で上田麗奈さんが演じていた事を知り、改めて上手い芝居だと思った。普段は高飛車で意地悪な態度だが、福山のイイところの会話の優しさや、羽田空港で福山にプレゼントを渡そうとしたときの不安で弱々しい芝居、福山が説得する際の「霧島透子」になりきって拒絶し、その後感情が爆発するところ。これだけ、感情の起伏が大きく繊細なキャラクターを見事に演じ切っていた。個人的には、寧々の何者かになりたいけどなれない自分を自己否定する、というところまで自分を嫌いになった事はないので、この感情は分からない。ただ、姫路紗良よりも、キャラクターの心情はロジカルなので、寧々の方が共感できた。
原作未読ゆえ、先の展開を知らないので、映画の『ディアフレンド」に続く謎や伏線も少し整理してく。「霧島透子」という実態が無い、誰でもない「型」みたいなものがあり、寧々が自己否定してそこにハメ込んでゆくという構図。今回の卯月や郁実も、自己否定だから共通するところがあるような気がしている。紗良は、愛し方を知らないから、愛を欲するとするとこの構図からはやや外れる例外である。4人のヒロインとも4月に思春期症候群を発症し、1年後に麻衣の野外ライブに繋がって行くとなると、全ては麻衣を通して繋がっている可能性がある。ただ、美織の見解だと、霧島透子の曲をカバーして認識されなくなった人の時期は様々という事で、透明人間化と4月は直結していない。クリスマスイブの「#夢見る」で麻衣が野外ライブで「私が霧島透子」発言をするのは、未来ではなくパラレルワールドの可能性というのは双葉の意見だが、『ランドセルガール』から始まり、郁実も行き来したあっちの世界が絡んでる可能性も高い。1話アバンで、ループの全ての記憶がある牧之原翔子が、今回初めて「霧島透子」が登場したという発言。多分、咲太と麻衣は沖縄の翔子を訪ねる事になるのだろうな、とか。それから、思春期症候群が治るタイミングでちょくちょく登場するランドセル姿の小学生麻衣。美織と咲太はどうして寧々を含めた透明人間を認識できていたのか、咲太と美織の繋がり(=接点)は何か。いろいろな謎、伏線を全て巻き取るであろう映画の『ディアフレンド』に繋がって行くのだろうが、今回のように備忘録を作っておかないと、いろいろ置いてけぼりになるような気がしてならない。公開時には、また配信などで予習が必要そうだが、個人的に青ブタシリーズの中で一番好きな『夢見る』を越えられるか、今から楽しみではある。
夢中さ、きみに。(2025.10.18追記)
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- pros
- シュールなギャグに徹しつつ、クスっと笑えて視聴後にちょっとだけ気分が軽くなる、絶妙の作風
- cons
「カラオケ行こ!」とセットで制作された、和山やま先生の原作漫画のアニメ。絵柄のタッチは「カラオケ行こ!」と同じだが、こちらは連作短編小説のような構成である。
真面目な顔をして風変わりな行動ばかりする男子校の生徒の林。近づくだけで不幸になると信じられている高校生の二階堂。そして、彼らに関わる人間たちのドラマが紡がれてゆくが、それぞれにクスっと笑えるエピソードがあり、視聴後になんだか少しだけ楽しい気分になれる。1話から3話が林編、4話から5話が二階堂編である。
男子高に通う林は、真面目な顔をしてクラスメイトの江間にだけ「僕ってかわいい?」と事あるごとに聞いてくる。この掴みで本作の笑いのテイストは伝わると思うが、これは林特有のジョークのようなもので、林の掴みどころの無さにまず戸惑う。そして、実は体育祭の借り物競争で江間が「かわいい人」として障害物競走の網に絡まっていた林を借り物として選んだ事をネタにし続けていたとか、林の思考パターンが次第に分かってくる。色々とエスカレートして、最終的には林がパンダの着ぐるみを着て江間宅に押しかけ実家の中華料理店の割引券を渡し、しばらくして江間が「かわいい」と思わず呟いてしまうオチである。
林は他にも、他校の文学女子高生に惚れられたり、中等部の生徒から絵画のモデルを頼まれたり、中等部のイジメの現場に遭遇したりする。林と関わった人間は、真面目に片想いや絵画展の落選やイジメ被害に、悩んだり落ち込んだりしているが、林の突拍子もない行動に自分の悩みが馬鹿馬鹿しくなって、少し気持ちが軽くなる。そうした効能が視聴者にもあるから、楽しく観れるのだと思う。
目高は2年生のクラス替えで、不幸の権化である二階堂の前の席になる。意を決して会話してみるが、やはり人間を避けている。後に幼馴染の女子高生から二階堂が中学時代にアイドル並み人気者だったという話聞き、卒アルの写真を入手してからは、俄然二階堂に興味を持つ。女子を嫌い人間を嫌ってワザと人を近づけないために、近づきがたいオーラをまとう二階堂の昔の笑顔を見てみたい目高。一方、二階堂は人を近づけさせないオーラを参考にしたのが、入学当時の粗暴な目高だった事に気付き、目高への距離が少し近くなる。少しだけ惹かれ合う男子生徒二人だけの秘密でありBL風味も感じさせる。
人間を拒絶した二階堂の笑顔を取り戻したい、という文芸的にも綺麗なベースがあるから、シュールな笑いに徹していても、作品が下品になり過ぎずバランスを保てるのだと思う。
原作漫画は未読だが、アニメを見ていてもマンガ的表現が連想できてしまいそうな感じで、アニメーションとしての押し出しの強さは感じさせない作りである。これはこれで正しいディレクションだったと思う。
総じて、男子高校生のおもしろ実態をベースにちょっとだけBL風味も感じさせるシュールなギャグ作品ではあるが、文芸的に光る部分があるので軽すぎず重すぎず、ちょっとだけイイものを観たような気分にさせてくれる作品だったと思う。個人的には「カラオケ行こ!」よりも本作のテイストの方が好みである。
おわりに
個人的には、瑠璃の宝石が今期の中では一番お気に入りだった気がします。萌えと学術の見事な融合。アニメーション的にも見どころだらけで、今期の太鼓判を押せます。
着せ恋2期は、2期だから相対的に評価が下げてしまっている部分はあるが、1期よりも手が込んでいて群像劇やら情報が増えたにもかかわらず、とにかく丁寧な作りでで勢いがあったと思います。同じく、CloverWorks制作の薫る花もリッチで、最終話で告白と受け入れを描いて、交際が開始するという滅茶苦茶1クールを上手く使うシリーズ構成に唸りました。
フドあすは、今までにないワンルームのコメディに類するコメディ寄り作品だったと思いますが、コントを脚本と演出でセンス良く作り込むこと自体、アニメとしては新感覚でした。
ミルキーサブウェイもショート枠ながら新感覚な部分がありました。個人的には文芸がカチカチにショート枠×12話にハメ込まれていて、構成力の高さとプレスコの自由な芝居に唸りました。
王道的な作品はよりハイクオリティになりつつありますが、フドあすのような変化球も多く、広く作風を楽しめたクールだったと思います。