ここは板の間

僕はなんでも気ままにかくよ

年末ですね

itanomaです

だいぶほっといたら、いつの間にか年末でした。

書くべきことはない気がするんですが、せっかくなんでダラダラとこの一年をまとめようかなと思った。
そしてまとめるほど何か記憶していることはないな。

このはてなブログで書いている記事を見返すことはあまりしないけど、だいたい病んでるという印象を受けているので、今から書く内容もだいたい病んでいる気がする(予言)

けっきょくこの一年は言葉とか脳の動作についてずっとぼんやり考えていたような気がする。Youtubeでそういった精神や哲学や脳科学や社会や思想や、ついついリコメンドされるものを見て何かわかったような気になる。
何かがわかっても自分の問題が解決することはまずないことなので、ほんの慰み程度のものになる。

ここ最近で考えていたのはやっぱり言葉っていうのは出せば出すほどコレジャナイ感があって、自分に投げかける分にはいくらでも訂正可能なんだけど、人に投げかけようとすると迂闊に言えなかったりするので、人と頭の悪い会話しているときが一番安らぐのはそういうことなんだろうなーと思う。
どういうエビデンスに基づいてなのか忘れたけど、脳というのはあまり複雑に物事を受け取らないとかで、つまり言葉でなにか考えている内容そのままじゃなくてもっとシンプルに快楽や苦痛みたいな一次的な情報しか扱わないとかで、
何が言いたいんだって、だから安らぎたいなら頭の中で言葉を使ってわざわざ苦痛を生み出すのは可能な限りそれに気づけばキャンセルして深呼吸しようみたいな話。

絶賛、私はまだまだなにかに悩み苦痛を抱えている。これはもう慢性的なアレなので…ていってもほんとに慢性的なものならいつか酷い鬱にかかってもおかしくないと思うので、まだまだ耐えられるということなのだろう、辛いね。

いい加減何が辛いんすかということなんだけど、まだよくわかっていない。やっぱ仕事か? とまず思う。とりあえず悪者にしたい筆頭候補である。切っても切り離せないのでやだやだ言ってもしょうがないけど、やだやだ期はまだ終わらない。
実際、仕事が悪いとしても、で仕事の何が悪いのかという話になる。アドラーよろしく人間関係の問題はある。と言っても誰かと仲が悪いとかそんなんじゃなくて、私がやや一方的に人からこう思われてるんじゃないかとかの被害妄想的なものに取り憑かれていることも多い。そういうときに次に考えるのが社会のことで、もうこれ資本主義的な価値観のせいだろ常識的に考えて…社会が悪い!! とか思うわけです。

じゃあ資本主義の何が悪いのん…という話は正直わからない。そもそも資本主義理解してない、資本論とか読めばいいの?(てきとー)。いやつまり、現代は資本主義的世界観の中で人間が育ってきているので、そういった価値観で人間というものが見られるのであれば、生産性をどれだけ発揮できるかが人間の価値に大きく割合を占めるのではないかとか思うわけで、翻っていまいち生産性を上げてない自分はその世界観の中で鬱屈としているのではないかと考える。

この社会がまずまず貢献してくれている人間に対して、生存に不自由しないような仕組みをばっちり仕込んでくれていれば、実はそんなうだうだと考える必要ないのかもしれない。実際、私の不安の中にあるものの1つが、これから先の自分の生き死にである。極端なことを言えば、生きられるのであれば私は怠惰に寝て散歩して、紙にお絵かきでもしながら過ごしてんじゃねーかと妄想する。

ということは、仕事→人間関係→生存のつながりがある。矢印は逆かもしれない。社会は人間の集団が作っている。人間は協力して生きる。みんな何かしら生存のため仕事をしている。仕事しないやつ(生産性のないやつ)は価値が低い。
そういうイメージである。そしてそういう世界から抜けたいと思う自分はいる。もちろん死ぬまで抜け出せない。なので辛い。 いや、その人間の社会的な仕組みそのものはいい。だけど、資本主義社会においてはその価値への比重がだんだんと偏ってきて辛いんじゃないかと思ったりもする。

そういうわけで「あー死にてー」は今年の流行語大賞を受賞した。布団に入ってぐっすり寝て、朝に一回起きて二度寝までの微睡みを楽しんだ後、そのまま目覚めない死に方を所望する。

…ある程度まとまった。

ま、んなこと考えてもしょうがないよ、できるだけ社会やってこうよ。と思わないでもない。何やるかはさておき、今年はランニングがほんとによく続いているし精神病んでるけど昨年より健康なんじゃねーの知らんけど。

ここまでで一旦書くの止めるけど、実はまだまだ上記以外にも自分の悩みはある気がしているので、それはまた別で書いていこう。

今年もお疲れ様でした。来年もよろしく。

近況

itanomaです

元気でしょうか。しばらーくサボっていたのですが、簡単にでもまた続けようかなと思いつつ、下書きだけ書いて投稿しないとかやっていました。

あ、そういえば自分はSpotifyPodcastを配信していて、これは自分がPodcast聴くのが好きで、油断すると喋るという行為を仕事以外ですることもないので一人でなにかしら考え事とか映画の雑な感想とかを喋っているだけの特別誰かに聴いて欲しいとか、いや結果的にすごい聴かれたら嬉しいけど、とりあえず続けられるだけ続けようとしているものです。

open.spotify.com

文章だと伝わりきらない感情的な部分を出せたら自分の語りが変わったりするかなとか、そういう遊びです。

さて、ここのところすごい疲労感に襲われていて、頭が重い。あまりに披露していたのでコンビニでコーヒー…はいつも飲んでいるけどユンケル買ってみて今はユンケルスターとかユンケルファンティとか効果あんのかなとか考えている。その前にまず睡眠時間取れよって話ではある。食事もあまりいいとは言えないけど、ランニングはなんと週5日続く日もあるぐらいには継続できている。健康のためにやっていることだけどまさかそれが原因だったりするだろうか。

前々から自分が好んでいたゲーム、アニメ、映画その他諸々やる気になれないとか言っていたけど、そういうのとは別にこの締め付けられるような脳の疲労感を抱えたままだとやる気以前の問題という気がする。あ、ちなみにやる気とか言っているけど、やる気なんてものはないというのが持論。

えーそれで、話のネタとしては自分に刺激を与えるために実はあれこれと買い物をしていてそれはPodcastで配信していることではあるんだけど、カメラ買ったり、キャンプ道具買ったり、PCモニタ買ったり、バトルフィールド6を性懲りもなく買ったりしてはいるので、ちまちまPodcast録ったり文章書いたりしていきたいなとは思っている。

久しぶりに苛立った

itanomaです

今日は久しぶりに何かに自分が苛立ちというか、怒りのようなものを抱いたので記念に文章にしようとした。
最近は孤独なPodcastを配信しているのだけど、生の感情は今この瞬間文章として書いたほうが一番ダイレクトに表現できると思った。

正直、感情的になる理由はだいぶくだらないことではあると思うけど、それが正しいとかどうとかはどうでもよい。
私は基本的に理屈があってそれが正しいと思えば相手の言う事を聞く方だと思っている。だから途中までは良かった。

しかし、いまいち理由のわからないことでネチネチ言われるのだけは堪えきれない。いや堪えている。いるけどここに漏れている。

苛立ちの理由がいまいちくだらないので、自分に対しても少し苛立っている。苛立ちに対して素直に受け止められない自分にも苛立っている。
苛立ちが苦しいので少し死にたくなっている。でも死にたくない。

なんでこんなに苛立つのか不思議だ。苛立ちが先にきて私はあとから言葉にするなら、この言葉をそのまま受け止めていいものかわからない。
私が苛立ったという点のみ確かなことで、言葉で納めなければきっとよくない表現方法でそれを示すだろうと思う。

そういう意味で、舐められたら殺すみたいな大昔の価値観はきっと存在していたんだろうなと思う。(実際にあったかは知らない)
実際のところ現代で暴力を示したところでお縄につくだけなので、苛立った自分という波が落ち着くまで耐えるしかない。

私は悪いのか? できることをやってそれが足りないからってこの仕打ちなのか。酷くないだろうか。
指摘することがあれば指摘してもいい、できる限り修正もするし改善もする。それでもこんな苛立ちを与えられるほどに間違ったことをしただろうか。

私はこれから先も何かしらこうしたことで耐え続けるのだろうか。それともなんとかうまくやっていくんだろうか。クソ面倒くさい。

言葉でつらつらと書いているけど、こんなに言葉を尽くしてもこの苛立ちを表現しきれない。しかし言葉にしなければ何か間違いそうで嫌だ。
言葉にしたって間違っているのに、言葉にしなくても大きく間違えるなら言葉にするしかない。

もはや他人とかどうでもいいレベルで苛立ちだけが膨らんでいく。他人なんてものはただのきっかけにすぎない。
仕返しをしたいとかはたぶん何も解決しないし逆効果だと思う。ジョン・ウィックぐらいやりすぎればいいかもしれないが無理だ。

何ならジョン・ウィックに頭をぶち抜いてほしい。俺を殺してくれジョナサン。

外行き虚脱性

itanomaです

外行き虚脱性と名付けよう。と思ったのも、人とコミュニケーション取るようなイベントが重なってかその場その場で外行きの自分が出てしまい、外行きの自分はけっこうエネルギーを使うので疲れて何もやる気になれない日曜日を過ごした。

このようなことは何度かある。特にお酒の席ではテンションがいつもの倍近く、後半スタミナ切れを起こしてオーバーヒートする。
朝はいつもどおり起きたが、あれこれやること自体はあるのにやる気になれずベッドの上で過ごした。寝すぎたせいか頭痛がするぐらいだ。

他人が好きだとか嫌いだとか最近はあんまり考えない。どちらかといえば疲れるか疲れないかだ。
そんな物差しなので、それなりにお互い付き合い長くて慣れた状態の相手以外はとにかく疲れる感じがする。

私としては仲良くやっていきたいとは思っているが、それは相手次第というのもあってやはり面倒くさい。

そういうわけなので、相手の事情とかを気にすると何も進まない感じがして最近はややマイペースに自分勝手する意識がでてきた。 けっきょくのところ相手次第なので、礼儀は守りつつ押すところは押す。

で、そう言いつつ慣れないことやるとドーパミン切れで動けない。

今はもうなんか焼き肉とかうまいもん食いたいぐらいしかない。あと会社行きたくない。そんなもんだ。

ちょっと新しいことやってた

itanoma です

ここ最近はブログを更新していなかったけど、実はSpotifyPodcast配信をやっていた。
え、なんで急に? と思うかもしれない。正直自分でもよくわかっていない。ただ、文章をつらつら書くのとは別の方法でなにかを語ったりすることに興味はあった。

人に聞いてほしいわけじゃないので特に宣伝もしない。むしろ自分であとで聞くために録音している。要するにライフログみたいなものである。

とはいうものの、話す内容がないとなのでメモ帳開いて考え事をメモしたり、ネタ集めがちょっとした習慣になってはいる。

ブログを更新しない4ヶ月間、まぁ相変わらず人間というのはそこまで変わりもせず、いつも通りうだうだとなにかに答えもだせずに生きている。

最近は変なクセというか、「あー死にてー」と言ってみてから「いや、まだ死ねないか」と一人ツッコミをし始めた。
あとちょっと辛い感じになると死について考えていて、「いやーでもなー、まだ死ぬほどでもないかなー」と今のふわっとした辛さと死を対比して、なんとなくまだ大丈夫かな。とか考えている。

ちょっとよくないのでは? と思う。でも死を思うとほんのちょっと今が楽になる一面はある。もうちょっとした口癖なので止めるのもなにかきっかけが要りそうだ。

最後に、今日はめちゃくちゃ天気が良くて17時頃の夕焼けの赤と青空のコントラストが美しいことを書いて一日が良かったことにしておく。

言葉の上っ面

itanomaです

あけましておめでとうございます。

酒を飲んだ帰り道、冬の雨が冷たく身体を打つなか、言葉というものの面白さというか上っ面さのようなものを考えていた。
自分の身体が感じたこと、感覚を言葉にしてもけっきょくは全て伝わりきらないし、自分も含め他人の感覚はわかりようもないのであれば、言葉というのは現象の表面をなぞるものでしかないのかと考えた。

いつも自分は答えのでない事を考えているけど、別にきっとなんだって答えは出てなくて、答えだと思ったものはそうだと自分が信じているだけのことだった。信じられるならまだよくて、自分はその瞬間答えにたどり着いたと思ったら既に何かが違うと思い始めている。

数十年、そんなことを無限に続けている。

価値観が重要なんだろうと思った。自分にとって大事なこと、価値を感じるということはそれが自分にとって力になるということなんじゃないかと思った。わかりやすく言えばお金とか暴力とか、漫画の読みすぎかもしれないけどそういうことだと思う。

お金は全世界的に通用する力である。他者に影響を及ぼすことができる。それをみんなが価値あるものだと信じて共有するから通用する。

いろんな価値が存在するはずだ。自分だけが信じられる価値あるもの、他者と共有される価値あるもの。

信じることが価値であるなら、自分は何を信じているのかと考える。正直なところ、今この瞬間、自分は何も信じていない。でも次の瞬間にはお金がかけがえのないものだと思うだろうし、健康とそれを維持するための運動が信じるに値するものになったりする。

しかし、どの価値も感覚的には瞬間的にしか信じることができなくて、随分長い合間は虚ろな気分でいる。こういう感覚を誰もが感じているのだろうか、自分だけだとひどく寂しくて苦しい。

例えば、くだらないかもしれないけどFPSの対戦ゲームをしているときの自分は相手に勝つために興奮していて、束の間は虚無から抜け出すことができる。ランニングに出ているときもいくらかマシかもしれない。いつも自分は言葉で遊んでそれを持て余して自分が無能なのだと思い知らされては自分を責め落ち込んでいるのではないか。言葉をうまく使いたいのに、言葉が上っ面なのではなくて、言葉を使う自分が上っ面なのだと思いたくないだけではないのか。

また無限に答えのでないことを繰り返していく。

くそが、こんなもん酒で調子が悪くなっているだけのことなんだ。寒さに打たれて、仕事が嫌なものだと条件付けられて憂鬱になっているだけの話で、さっさと寝るのが一番なのである。今はそれを信じる。