日本共産党板橋南後援会ニュース7月号に寄せられた投稿を紹介します。
小茂根~「いまは昔」(小茂根・S)
◎地名の由来
「小茂根」の名は昭和40年の新住居表示からで、小山・茂呂・根ノ上の旧3地区の頭文字から名づけられました。一・二丁目と三・四・五丁目の間を環状7号線道路(環7)が通り、二・三・五丁目は石神井川に面しています。
◎茂呂山の“呼び名”は?
5丁目の茂呂山はいまでこそ茂呂山公園として整備され、区民のいこいの場になっていますが、戦中と終戦直後は、緑ゆたかだった木々がほとんど切り倒されて、わずかな雑草だけのはげ山でした。当時、住民は“ばんち山”と呼んでいたそうです。
◎タヌキが出そう道…
一方、その当時の茂呂山通りはうっそうとしたススキや雑草に覆われてタヌキが出そうな道でした。戦後復興にともない沿道に家々が建ち、昭和34年に都立大山高校が開校しました。道路整備がすすむと茂呂山通りは、川越街道と環7を結ぶ短絡路として自動車の通行が多くなりました。
◎石神井川の護岸工事が終わって
水害も多かった石神井川は昭和58年までに護岸工事と橋の架け替えが終わり、見た目もきれいになりました。春には川沿いの桜が咲き、川なかの浅瀬で、羽を休める水鳥の姿までも見られるようになりました。