
FIREをして1年以上経過したので、現時点での自分の考えや感想を残したくて記事にした
全般的に個人の感想なので、これが正しいとかそういう話ではない
これからFIREを目指す人や、FIREしている人の参考になれば嬉しい
感想や意見など気軽にコメントしてください
目次
1. なぜFIREしたのか
結論から言うと、もう会社員として働きたくないからである
幼少期から「働きたくない」と思っていた
学校教育では良い会社に入ることが暗黙の正解に思えたが、私は会社について一切の興味を持てなかった
(ちなみに今でも会社に興味はない。おそらく社会性が欠落しているのだと思う)
小学生の頃は「私が大人になったらロボットが働いていて人間は働かなくて良い時代になる」と本気で信じていた
働くかどうかは私が決めることで、社会が決めることではないと思っていた
しかし、大学生になったら現実が見えてきて諦めて働くことにする
自分がどうなりたいとか何がしたいとかまったく分からず、入れる会社に入った
入社2年目にして会社が潰れた
正直働きたくないと思っていたから、辞める理由ができ本心では喜んでいた
実家で1年くらいニートをする
この頃は自分の未来がまだ明るく輝き数多の可能性があると信じていた、若さがあった
2社目以降は、将来的に自分が会社に勤めなくてもよくなるための会社を選び、「数年の勤務→退職→半年〜1年程度のニート→転職」を繰り返した
(手に職をつけらる会社、個人ビジネスに繋がりそうな会社、上場を控えていてストックオプションが貰えそうな会社、などを選んだ)
私の心には幼少期の「働きたくない」がずっと変わらずにいて、自分に嘘をついて誤魔化しながら働いていた
仕事もやりたいことではない、能力もさほど高くない、会社でどうなりたいとかもない、社会性が乏しく集団行動を好まない、など会社で健康的に生きるには難しそうな人物だった
しかし、私は嘘を自分にも他人にも比較的うまくつけていたから、管理職まで出世できたし、友人も何人かできたし、金融資産も質素なFIREが見えてくるほど膨れ上がった
つまり、私がなぜFIREしたかと言えば幼少期からある「働きたくない」というネガティブな理由なのだ
十数年色々な会社で働いてきたが働くのが嫌じゃない日はなかった
会社に行ってしまえば働きたくないことを忘れるが、現実に戻ると働きたくないが現れる
うつ病かと思えるようなヘラってしまう時期もあった(表には出さなかった。紙に書いたりクローズドな解決方法を試していた。自分が無能で社会不適合だから苦しいと信じていた)
「金持ち父さん貧乏父さん」の「誰のために働いているんだ?誰を金持ちにしているんだ?」という言葉を聞いてますます働くのが馬鹿らしくなった
(私は社長を金持ちにするため働いているのか?賢い人生の使い方なのか?逃げたいけど解決方法がわからない。過激に言えば奴隷になった気分だった)
厳密に言えば「働きたくない」(仕事)ではなく「他人の会社で働きたくない」(労働)なのかも知れない
嘘をつきながら会社で働き続けるのはもう耐えられない
(部下に思ってもいないこと(会社のために働くことは素晴らしいみたいなこと)を指導するのはとても辛い。嘘があるとアクセルをベタ踏みできない。競争社会は舐めプで勝ち抜けるほど甘くない。あなたは誰も幸せになれない原因を作っていると自分が責めてくる。)
だからFIREをした
2. 私のFIRE
私のFIREは、リーンFIREである
正直FIREと言えるほど立派な資産はなく、市場が冷え込み続ければ終わりも見えてくる
しかし、自分の精神状況的に嘘をつき働き続けることはもう限界だった
これからの人生はおまけでいつ死んでも良い、だから好きなように生きる
そういうことにした
「1. なぜFIREしたのか」でも述べた通り、私のFIREは逃避である
逃避ではあるが、幸運な事に私の幸せの沸点は低く、質素な生活で幸福を感じられる
それに、娯楽や大衆グルメも溢れていて、随分と自由に生きられている
幸せを感じるメカニズムは「ドーパミン、セロトニン、オキシトシン」という脳内物質が影響しているらしい
ファットFIREで、ドーパミンがこぼれ落ちるほどの幸福もしたいが、青天井になるだろうし、足るを知れば管理できそうだ
セロトニンやオキシトシンは、リーンFIREでも達成可能そうだ
「マズローの欲求5段階説」や「幸福の資本論」では、金や人間関係や自己実現などが重要な関心事らしい
きっと全項目満点は取れないから、シーズンごとに気になったジャンルを向上させるように付き合おうかと思う
できることなら、私だって社会的な成功をして贅沢したい
富・名声・権力などを振りかざしたい。社会的な価値観に合わせた幸福に浸かりたい
(出世、結婚、子ども、タワマン、スーパーカー、浮気、ペルシャ猫、ワインなどして派手に楽しみたい。ステータスに酔いしれたい。
全てを経験した上で「そのような娯楽は大したことない、それよりも生きていることだけで尊いのだ」などの説教を垂れたい)
しかし、それを得るためには勝利が必要だ。戦って奪う必要がある。戦いの螺旋に参加しなければならない
欲しいけど私は戦いにフルベットできない。自分の人生を賭けるには狂気が不足している
それに勝利は一部の強者にのみ訪れることも私は知っている。そしてその少数派に私が入れるかも甚だ怪しい
敗者になり惨めな気分を味わいたくないし、惨めな椅子に座り続けて自分の勝利の番が回ってくるのを祈り続けるほど忍耐強くもない
だから、あわよくば富がおとずれるかもしれないような場所でゲームをするように気軽に道中を楽しむように生きる
(勝っても良いし負けても良い、結果を重視しない。定言命法スタイル)
これが私の選んだ道
3. FIREの日常
余りある時間で何をしているのか
私は「読書、模写、ゲーム、漫画制作、動画制作」をしていることが多い
週2日は完全自由時間でレジャーなど好きなようにしている
ざっくりした1日のスケジュールとイベント詳細内容は次の通りである
1日のスケジュール
| 時間 | イベント | 備考 |
|---|---|---|
| 5~8時頃 | 起床 | |
| 日中 | 読書 or 漫画制作 or 動画制作 | 午前中は読書、午後に制作が多い。週2回はスポーツジムが入る |
| 夜 | ゲーム、模写、動画視聴 | |
| 23~1時頃 | 就寝 |
イベント分類分け
- 消費:読書、模写、動画視聴、ゲーム、レジャー
- 生産:マンガ制作、動画制作
- 健康:スポーツジム、ジョギング、散歩、睡眠
消費
- 学習系
- 読書・・・月に1~3冊読む、美術や創作関係の本を読むことが多い、年に1~2冊くらい哲学関係の本も読む(本を読んでも忘れるから増やすより繋げるような使い方にしていきたい)
- 模写・・・モルフォや画集などの模写(絵の練習)
- 娯楽系
生産
- マンガ制作・・・読切マンガの制作(2作品完成)、将来的に商業誌に掲載できたら嬉しい
- 動画制作・・・紙芝居系の動画の制作(8本完成)、創作の訓練、将来的に収益化できたら嬉しい
健康
- スポーツジム・・・健康のため週2回通う(マッチョになりたいわけではない)
- ジョギング・・・健康のため週1回近所を30分くらい走る
- 散歩・・・気晴らしに近所を歩く(半年前までは週3で30~60分くらい歩いていたが、最近はジョギングを始めたので全然歩かなくなった)
- 睡眠・・・眠りたいだけ眠る(3時間のときもあれば9時間のときもある、7時間くらいが多い)、昼食後に15分くらい昼寝することが多い
4. FIREの感想や利点
概ね幸せである
楽しいことが世の中に溢れている
今日の楽しさが明日も明後日も続くと思えるとつくづく幸せである
得たものは「圧倒的な時間」と「自由」
古代哲学者の教えを使えば、リーンFIREでも楽しめている
賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める(アリストテレス) 隠れて生きよ(エピクロス)
働いていた頃の金曜の夜のワクワクした感覚が毎日訪れる(休日が日常になっているが、ふと幸せだと呟いてしまう)
美味しいご飯、温かい布団、眠くなったら眠る、起きたくなったら起きる、天気が良い日は散歩する、好きな本を読む、など質素な事柄で十分に幸せを感じられる
苦痛は取り除くようにしている(鼻中隔彎曲症の手術、自動化できる機械を買う、適度な運動で肉体と精神の健康を回復させる、など)
暇と退屈の累型(暇と退屈の倫理学)から考えると、私は「暇がある X 退屈していない」の状態が毎日続いている
| 暇がある | 暇がない | |
|---|---|---|
| 退屈している | 退屈の第一形式 | 退屈の第二形式 |
| 退屈していない | 暇を楽しそうに過ごしている人 | 忙しく働く、充実した生活を送っている人 |
健全でいるには、退屈にしないことと適度な運動が重要な気がする
だから私は、創作活動で退屈をなくし、スポーツジム・ジョギング・散歩で適度な運動をしている
5. FIREの課題や欠点
会社員を辞めたことで失ったものが3つある
それは「安定収入」「コミュニティ」「肩書」である
この中で私が失って一番困ったことは「肩書」である
「肩書」がないことで知り合いに会いたくないと思ってしまう
知らない人との世間話も気後れする
「何の仕事をしているんですか?」
この言葉に緊張感が生み出される
つまり、無職のただのおじさん(おばさん)でいることは、自尊心を曇らせる
他人にどう思われるかが気になるし、自分のアイデンティティや尊厳が傷つけられることを恐れている
悟りを開いて気にしない精神にしたり、論を作り知人にいちいち説得するなどの方法もあるが、それに労力を当てるのは有意義な時間に思えない
(幼少期からの教育の賜物で私は資本主義的価値観にマインドコントロールされている。きっと他人もその価値観を持っている。その価値観は日本では共通言語だと思う。)
こうして、コミュニティからも距離をおき孤立していく未来が見える
(孤立自体は平気な方だが、孤立していない状況も欲深く欲してしまう)
だから私は、何かしらの仕事と呼べるものを作っていきたい
もはや「RE」(早期リタイア)しないために務めているのかもしれない
「RE」しないような活動が、社会でまともでいられる接点な気がする
(でも結局仕事が作れたら、今度は子どもが欲しくなったり、永遠が始まってしまうかも知れないが。。。)
具体的には、創作物で収入を得たいと考えている
評価されるかわからない創作物に情熱を注ぎ続けられるのは、好き以外に社会性の確立という側面があるような気がする
(そもそも「RE」の定義や仕事の定義を明確にしないと意見が分かれそうな観点。私の定義は自分のリソースを使って金銭を受け取ろうとする活動すべてと考えている)
また競争の螺旋に自ら飛び込もうとしているのかも知れない
できれば競争とは無縁で生きていきたい
そういった意味では「FIRE」は幸せなのか疑問である
「FI」(経済的自立)は手放しで歓迎できるが、「RE」を受け入れるには試練がある
具体的には「肩書」と「圧倒的な時間」の2つの試練があると思う
「肩書」は、余りあるほど金があり、いつでも金を生み出せる能力があると自分も他人も思えていれば「RE」も楽しめるのかもしれない
(肩書がなくても尊厳が保たれる状態)
もしくは、悟りか論を作り出すことで対策もできるが、きっとその対策を打ち破ろうとするものが現れる
(もしくは表面上は納得している様子だが本心には否定される)
「圧倒的な時間」は、退屈を潰す才能が必要である
おそらく、多くの人は消費だけでは耐えられない、生産をしないと持て余す気がする
また、ストレス耐性も減っている気がする
なぜなら、日常でのストレスがほぼゼロなので、小さなストレスでも目立つのだ
ただ、時間が無限にあるのでストレスの解決も用意だし、休養も好きなだけとれるので大した問題ではない
おそらく一番のストレスは「肩書」がないことだと思う
もちろんお金の不安もあるが、最近は市場が好調なため現時点では大きな問題にはなっていない
(この問題も創作物で収入を得ることで解消できる)
6. まとめ
私は、働きたくないからリーンFIREした
FIRE後は、読書、模写、ゲーム、漫画制作、動画制作、などをしている
質素な喜びと創作と運動で、概ね幸せに過ごせている
肩書がなくなったことで、孤立への不安を感じている
そのため、創作活動で解決しようと励んでいる
FIREは全員におすすめできるわけではない








