折々の記
「出合いの風景」の全記事の中から、おすすめ記事を厳選してみました。カテゴリーを再構成して分類し直しました。各カテゴリーの中からご希望のリンクをクリックしてみてください。
大拙氏の言葉は、仏教の核心である「自己の問題」そのものへとダイレクトに誘います。今、ここに居るわたし、この切れば血の吹き出す人間そのものを直に問題にしているからこそ面白い、そして自分にとって価値がある。それらは、学問でもなく、知識でもなく…
この足が重い。この重さをともなった自然の歩みがあるはずだ。大自然の命がしずかに重く流れているのだ。調子悪いなという自覚を伴いながら、そのままに大自然の命が静かに躍動しているはずだと。/デビッド・D・バーンズの言う「パート法」:”人生は短い時…
宗教の役割は、人間に本当の自由を発明させ、その創造性を思うままに発展させるところにある。/今日の世界に「大悲」 があるかどうか。/かつての世界戦争のもとは力の争いである。自分の力で他を圧しようとするからである。
わたしの車は所謂大衆車です。値段もほどほどで装備も付いていません。車両本体価格に、唯一一番安価なCDプレーヤーを追加しただけのもの。 この大衆車に乗り続けて22年が過ぎました。まだまだ走れそうです。タイヤ交換をこの前の車検で行ったら更に安定感…
この音楽世界は自分自身が創っている世界であり、この自分の宇宙がこの音楽を奏でているとしか思えない瞬間があります。音楽との出合いの時空がイコール、自分自身との出合いの時空でもあるような。
「安心して生きることのできる社会」を/生まれてきた子どもたちが、安心して平和に生きていける世界を。いつ戦争が起こるかわからないような世界にならないように。物騒な世の中、世界にならないように。それが政治家の使命。
テレビのスイッチを入れたら、後期高齢者の母親とその娘にあたる、シニアの女性が食事をしながら話をしていました。その女性が言うには、高齢の母親はついこの間まで「食事を全く受けつけなかった」ということです。 実は、この高齢の母親には、北海道に入院…
今朝、朝食の準備している時、この歌詞をわれ知らずに口ずさんでいた。冬なのに- かつて巷で聴いて時々は口ずさんでいたフレーズである。なるほど、春という季節に関わりなく、「涙」も「ため息」も(喜怒哀楽は)、自然にやってくる。そして、「涙」も「た…
労働者が手を動かし、足を動かし、そこにポエジィを見ることができたら/水を汲み上げて 田んぼへ流す、そこに詩情を見る/それは、「はたらきの裏にあるものを自覚する」ということです。/お前も働く、わしも働くという、そこに一種の民主主義というか、い…
「人間は いとおしい。」仲代のこの言葉が胸に沁みます。「人間の條件」の演技と共に、真に迫るこの言葉が。まさに イノセント! /「戦争の犠牲になるのは庶民。絶対戦争反対を言いながら死んでいきます」。
わたしはYouTubeの動画を音楽記事に貼り付けたり、素晴らしい講演の動画を視聴して感動したりすることもあります。そういう面ではYouTubeはありがたく、大変有用なよいツールだと思っています。 しかし、残念なことに、このような使い方をしている際に、いっ…
わたしには、現代のようなこの時代状況の中にあって、この所感は新鮮に聞こえてきました。石破茂首相のゆったりとした心のこもった語り口から、真実を語り継ぎたいという謙虚で、かつ真摯な姿勢が伝わってきました。/ この所感の内容は、先の天皇陛下の「平…
「放浪者は存在者ですからね。とにかく自分の置かれている地上を歩いて行く。そして、感覚で射止めたものをいたわりながら、それを俳句にして歩いている。それが真実に近いものを提示していたということだと思います。」その存在がうろうろと歩き回り、そう…
歩いて帰ろうと 田舎の夜道を1時間一人歩いて帰った。ただただ1時間歩いているのも さみしく退屈なので、山頭火の句を思い出しながら、一句ずつ何度か口ずさみながら歩い行った。/「あるけばかつこういそげばかつこう」/「けふもいちにち 風をあるいてき…
この日、この時に、この空間を占めて存在しているこの身体。 この身体が「こうしている」、この不思議。/「吾が然る所以を知らずして然るは、命なり。」* (荘子)/「天命してるんだなあ」 としか言いようがない。
今回は、このブログのアクセス傾向とわたしの「思い」について書いてみます。/わたしにとっての重要記事は、Aグレードの「随筆」・「身体・心・健康」・「俳句・短歌・詩」辺りにあり、Bグレードは、標準的なもので、Cは余興のようなものです。/ところ…
芽吹き始めた山々を眺めながら、春の野を歩く。大自然の「いのち」の真っ只中を生きている。わが一歩。「天命しているなあ」と思えてきます。/これは、とても「自分」だけでできることではない。/感謝の気持ちも自然と湧き上がってきます。
玄峰老師は、「日本はきれいに、無条件に負けることじゃ。(中略)そんな我慢や我執にとらわれておったら、日本は国体を損ない、国家はつぶれ、国民は流浪の民になるぞ」と言い、日本が早くこの戦争を終結させる事を願っていたといいます。 /「力で立つもの…
戦争の悲惨さと平和の尊さを思いつつ/何匹かのウグイの腹が頻繁に光っては消え、光っては消えしていたのでした。わたしはジョギングし、ウグイは腹を銀色に輝かせ、共に「天命しているなあ」。このひと時を。/山頭火に「歩々到着」という随筆がありました…
「バラについた雨粒」「子猫のひげ」などの「ささやかなもの」、「小さなもの」が列挙され、素朴な世界の平和。それらが「I simply remember my favorite things」と歌われます。/サラ・ヴォーン「アフター・アワーズ」。 ”My Favorite Things”では、繊細で…
運命論という必然性からの自由。「必然をどのように捉えるか、そのとらえ方の自由」は一人ひとりの内にある。これは、「運命の中にありながら、自らの内に蔵している命の自由。」「天命しているなあ」という気分。「運命愛」という言葉もあります。
空しさや行き詰まりを感じていた時に、このジョブズの言葉は新しい地平を切り拓いて行くための「きっかけ」を与えてくれたのでした。/ 古稀を越えた今でも、このスピーチは、ひしひしと響いてきます。明日への希望や勇気づけの言葉となります。
「天命する」には、絵を描く必要もなく、詩歌を詠む必要もありません。「天命する」は、日常のごく平凡な行為に伴って、自然に湧き上がってくる気分です。何でもない日常生活の中の行為に、「天命している」気分が溢れ出て来る。これこそ、大自然の創造、大…
運転を始める前に、「さあ、今日も安全運転でいくぞ! 」と。/運転という行為が、わたしに与えられた大事な行いに思えてきたのでした。「これは、天命だな」わたしにだけ与えられた、重要なミッションであるかのように。これは、「言葉」ではなくまさしく「…
玄関を入ると、既に床の間の前の座卓で女性の方が一人、お茶を飲みながら旅館の庭園を眺めて寛いでいました。優雅なこと。/ 「慈光茶」このつめたく冷やされたお茶は、素朴ながら、さわやかな味わいがあり、暑い中散歩してきた喉は潤いました。/ 慈光茶の …
自然はすがすがしい。/ 空へ若竹のなやみなし(山頭火)/ 大自然の手のひらで、若竹が自由にのびるのびる。 ”I am limiting myself” この「自分」という限定の「たが」を外して大空へ。大自然の手のひらはもっともっと広い。
現実の世界はさまざまな尺度で覆い尽くされた「相対世界」です。自他を相対的に観ることを忘れて、「自分」というものを狭く限定して、「我」を絶対視してこの現実をとらえる世界観。これを地獄というのでしょう。「彼と我とを分別して、我を主とする、即ち…
〈火を点したとき、…「無神の旅」の語がとび出す。今も神・仏の存在を信じるが、特定宗教は信仰していない。その意味での無神論者である。(金子兜太)〉 / 本当はわたしも大いなるものの存在をひしひし感じているし、畏敬の念や信頼の念を持ち続け、自分の…
自分の意識と身体の関係については、今までも記事にしてきましたし、ずっと問題にしてきました。そして、今回も「腕立て伏せ」をしていていつも思うことを少し書いてみました。これと関連したことを養老孟司氏が分かりやすく語っているのを聞き、面白いと思…