「詩のボクシング」と“異化効果”
 過剰な同調社会を揺らすために

「詩のボクシング」について、これまで本質を踏まえた議論をほとんど見たことがありません。
多くは感情だけが暴走し、社会的背景や表現の思想に触れることはない。いまの日本の政治やSNS空間そのままです。

もし「詩のボクシング」の核心を語るなら、論点はひとつ── “異化効果”をどう生み出すかです。
わたしがドイツの大学へ留学した理由も、ベルトルト・ブレヒトの異化効果(Verfremdungseffekt)を、自分の身体と言葉の実践で理解したかったからでした。

■ 異化効果とは何か

物語に没入させすぎないことで、観客に 「これは当たり前ではない」と気づかせ、社会の構造を批判的に見つめる“思考の身体”を立ち上げる技法です。
情報が洪水のように押し寄せ、政治も経済も短期的なスローガンで消費される現在の日本では、 距離をつくって考える力そのものが弱体化している。
だからこそ異化効果は、現代社会におけるもっとも有効な「言葉の防災装置」でもあります。
この考え方は、声・身体・日常のリアルを軸にしてきた「詩のボクシング」と驚くほど相性がいい。

▼「詩のボクシング」が現代日本に与える異化効果

● 言葉の“過剰な同調”を解体する、観客を没入ではなく「考える位置」へ戻す。
● 勝ち負けへの過剰な価値づけを疑わせる経済指標や世論数字がすべてを支配する今の社会への批評。
● 朗読の途中で観客に問いを投げ、政治的・社会的思考を揺さぶる「あなたはどう生きるのか?」を声が直接問う。
● 舞台裏・即興・失敗をさらけ出し、言葉が“構築物”であると示す透明性の欠けた政治・行政とは逆の方向へ向かう表現。

「詩のボクシング」は、単なる朗読イベントでも、単なる勝負の場でもない。 社会に埋め込まれた“当たり前”をズラしてみせる装置として、もっと語られうる表現形式なのです。

■ Verfremdung の本質

語源は ver-(離れる・変化させる)+ fremd(見知らぬ、よそよそしい) = 「見慣れたものを、よそよそしいものとして立ち上げる」
これによってブレヒトは、「泣かせる芝居」ではなく “考えさせる”芝居を作ろうとした。 そこには、単なる驚きではなく、社会の構造を“自分の問題として”理解し直すための意識転換(Awareness Shift)という深い哲学がある。

■ 現代日本への接続

政治の言葉が空洞化し、経済は停滞し、SNSの言葉は過剰に攻撃的や生成AIによって「自分で考える」という営みが削られつつある2025年の日本。

そんな時代にこそ、 身体で言葉を投げ、身体で受け止め、 そこで起こるズレや違和感によって世界の見え方を更新する「詩のボクシング」が必要だと考えています。



# by videoartist | 2025-11-16 12:35 | 「詩のボクシング」の意義 | Comments(0)


「詩のボクシング」の貴重な記録です。

「詩のボクシング」を始めた頃の試合についての正確な記録は、公式情報ページにしかありません。

----------------------------------------------------------

日本朗読ボクシング協会・公式情報ページ※開催年を遡りながら記録されています。

第1回全国大会、そして第5回タイトルマッチを終えて、驚くほど数多くの反響をい ただいております。

「詩のボクシング」ファンはますます増えています。
次回の「詩のボクシング」はライブで体感してください。


●2001年11月10日に第5回「詩のボクシング」タイトルマッチが行われました。

サンプラザ中野選手からの挑戦状:
詩のボクシング初出場、作詞界のあしたのジョーことサンプラザ中野です。今回私挑戦者の立場でありながら会場は千葉の柏ということで、私にとってはアウェー ではなくホームです。これは大きなアドバンテージ&プレッシャー。わが青春の町柏で負けるわけには参りません。真っ白に燃え尽き果ててぼろぼろと崩れ行く まで戦い抜きます。どうぞ応援をよろしくお願いします。

チャンピオン島田雅彦:
ボンベイのカシミールは辛いですよ。美味いけど。



11月10日(土)、詩が新たな姿を現わす!第5回「世界ライト級王座決定戦」10ラウンドチャンピオン・島田雅彦(作家) VS. 挑戦者・サンプラザ中野(ミュージシャン)

ジャッジ:俵万智(歌人)、夏目房之介(マンガ・コラムニスト)、八木忠栄(詩人)

闘いの歌:弓削礼子(ゴスペルシンガー)

レフェリー:薮下秀樹
リングアナウンサー:パブロ・サンチェス・松本


●2000年10月9日(月、体育の日)の午後7時に第4回「世界ライト級王座決定 戦」が行われました。

チャンピオン・平田俊子 VS. 挑戦者・島田雅彦

闘いの歌:巻上公一

試合の前に現「詩のボクシング」タッグチャンピオンタイトル保持者、巻上公一の音声パフォーマンスが行われます。

ジャッジ:高橋睦郎(詩人)、川上弘美(作家)、巻上公一(超歌唱家)

レフェリー:薮下秀樹
リングアナウンサー:パブロ・サンチェス・松本

今回も全国からの観戦客がありました。北は北海道 から南は 九州、沖縄まで日本全域を網羅しています。驚くほどの数の観戦客です。

そして、第4回「世界ライト級王座決定戦」は、本当に素晴らしい内容の闘いでした。

1998年のあのゴールデンカード「ねじめ正一 対 谷川俊太郎」を超える内容でした。

ジャッジは、高橋睦郎、川上弘美、巻上公一の三氏です。

判定 (100点満点)は、大接戦の末、高橋(平田93、島田94)、川上(平田93、島田90)、巻上(平田94、島田95)の2対1で作家・島田雅彦が4代 目朗読王の座につきました。

ジャッジ判定が示す通り、どちらが勝っても負けてもよかった試合でした。今回ほど判定が難しかった試合はなかったのではないで しょうか。

平田選手は、世界ライト級チャンピオンの見事な闘い振りを見せてくれました。挑戦者・島田雅彦選手も力技を見せてくれました。

この闘いをライブで見られなかった方たちへ、NHKBSで1時間15分番組になります。2000 年12月8日午後10時30分から午後11時45分までの1時間15分番組「詩のボクシング3-20世紀最後の声の対決-」となりました。NHK-BS2です。


●2000年9月17日(日)にバリオホールで「詩のボクシング」史上初のタッグ マッチが行われました。

※この試合が後の「詩のボクシング」団体戦へと繋がりました。

福島泰樹(歌人)+立松和平(作家) VS. 巻上公一(超歌唱家)+楠かつのり(音声詩人)

ジャッジ:ユニークな職業の方々

リングアナウンサー:杉作J太郎
レフェリー:薮下秀樹

初の「詩のボクシング」タッグマッチ(8ラウン ド)は超満 員の大盛況でした。観戦客には終始、声と言葉の闘いを楽しんでいただけました。2対2のタッグマッチの形式が「詩のボクシング」の 新たな広がりをもたらすものになると確信できました。

結果は、ジャッジ判定、2対1引き分けで、「巻上公一+楠かつのり」のタッグチームが初のタッグマッ チを制し、初代「詩のボクシング」タッグチャンピオンになりました。

今回の タッグマッチの公式試合は、ジャッジをこれまでの詩人や作家、研究者という言葉の専門の枠から外し一般の方々にやっていただきました。

試合後の各ジャッジ のジャッジ評は、素直な感覚で言葉と声を捉えていて、対戦者のみならず観戦客を唸らせました。初のタッグマッチでは、ジャッジもタッグを組んでやっていた だきました。1人より2人での判定も面白いのではないかと考えたからです。もちろん、判定用紙は各タッグジャッジ1枚しかありません。

ジャッ ジは、石神井書林店主、内堀弘さん、月の輪書林店主、高橋徹さんの古本屋タッグジャッジ。日本銀行行員、中村木綿子(なかむらゆうこ)さん、都内の私立高 校生、大西菜採(おおにしなつみ)さんの女性タッグジャッジ。そして、NASAの研究員で宇宙飛行士に挑戦中の三井石根(みついいわね)さん。三井さん は、脳神経外科医でもあるので、つまり1人で宇宙飛行士挑戦者と脳神経外科医という職業をお持ちなので、それぞれの職業の三井さんということでタッグ ジャッジを組んでいただくことにしました。

判定(80点満点)は、内堀+高橋(福島+立松76、巻上+楠77)、中村+大西(福島+立松74、巻上+楠 78)、三井+三井(福島+立松76、巻上+楠76)の2対0でした。


●1999年10月10日(体育の日)詩の朗読による第3回「世界ライト級王座決定戦」、詩の朗読による第3回「世界ライト級王座決定戦」。

詩人・白石かずこ VS. 詩人・平田俊子

年に一度のあの言葉の熱い闘いの日がやってくる。

対戦者は、世界的に詩のパフォーマ ンスで評価されている詩人の白石かずこと、詩のみならず戯曲においてもその面白さに定評のある平田俊子。

1900年代最後の体育の日に、観客は詩の朗読に よる新たなドラマの誕生を目撃することになるだろう。

ジャッジ=島森路子(「広告批評」編集長)、高橋睦郎(詩人)、八木忠栄(詩人)

闘いの歌=巻上公一

司会=パブロ・サンチェス・松本
レフェリー=楠かつのり

1999年10月10日の詩の朗読による「世界ラ イト級王座決定戦」は、観戦客約500人の 見守る中で行われました。

判定(100点満点)は、島森路子(平田94点、白石92点)、高橋睦郎(平田94点、白石95点)、八木忠栄(平田91点、白 石89点)の2対1で、平田俊子が3代目の世界ライト級チャンピオンの座につきました。

1999年10月20日の日本経済新聞の「文化往来」、1999年 10月17日の「JAPAN TIMES」で記事になりました。


●1999年9月23日(秋分の日)に「詩のボクシング」8ラウンドノンタイトル戦 が行われました。

「歌人・福島泰樹 対 音声詩人・楠かつのり」の異種格闘技です。

場所は、バリオホール(JR水道橋駅徒歩6分、地下鉄丸の内線本郷三丁目駅徒歩3分)。

入場料は、前売り2500円。

時間は、午後6時より。初の「詩のボクシング」異種格闘技戦(8ラウン ド)の激戦は、ジャッジ判定(80点満点)、奥泉光(福島78点、楠77点)、原(福島76点、楠77点)、八木忠栄(福島75点、楠73点)の2対1で 福島泰樹が勝利しました。

この激戦の様子は、TBS番組「ニュース23」1999年10月22日24時0分 頃(10月23日午前0時0分頃)の特集で放送されました。

またトーナメント戦及び異種格闘技戦の様子をNHKBS番組「新・真夜中の王 国」1999年10月5日24時35分(10月6日午前0時35分)の中で特集として放送さ れました。

アンケートでは、この異種格闘技戦は大好評で、観戦客には生の声の闘いを満喫していただけました。「絶叫歌人・福島泰樹 対 音声詩人・楠かつのり」異種格闘技戦の熱戦の様子が、株式会社サウンドシェルフで聴くことができるようになりました。「その他」のコーナー の中の「イベント」にあります。有料ですが、全ラウンドノーカットです。「詩のボクシング」の醍醐味を味わってみてください。


●1998年10月10日に朗読による第2回「世界ライト級王座決定戦」がチャンピ オン・ね じめ正一と挑戦者・谷川俊太郎で闘われました。

ジャッジは、八木忠栄、町田康、平田俊子の三氏です。

判定(100点満点)は、激戦の末、八木(ねじめ 92、谷川87)、町田(ねじめ89、谷川90)、平田(ねじめ88、谷川93)の2対1で谷川俊太郎が2代目朗読王の座につきました。

今回の「詩のボクシング」は、10月12日(月)午後6時、NHK首都圏ニュース、10月16日(金)午後11時、10月18日(日)午前10時、BS2 週刊ブックレビュー、10月17日(土)午前1時、テレビ朝日週刊地球TV、11月17日午後10時、BS2「詩のボクシング」(これは60分枠の番組で す)で紹介されました。また、朝日新聞(1998年10月11日朝刊、10月17日朝刊「批評の広場」)、読売新聞(10月11日朝刊)、日本経済新聞 (10月18日、日曜版)、産経新聞(10月19日朝刊)、「フォト」11月15日号(時事画報社)、東京中日スポーツ(10月11日付)他でも紹介され ました。


●1997年10月26日に日本で初めての「詩のボクシング」、詩の朗読による第1 回「世界 ライト級王座決定戦」が作家で詩人のねじめ正一と女性詩人の阿賀猥とで闘われました。

ジャッジは、谷川俊太郎、平田俊子、八木忠栄の三氏。各ジャッジの判 定(100点満点)は、谷川(ねじめ89、阿賀87)、平田(ねじめ72、阿賀66)、八木(ねじめ91、阿賀92)の2対1でねじめ正一が初代の朗読王 の座につきました。

この模様は、TBS「ニュース23」で放送されました。また、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などでその闘いの様子が報じられました。






# by videoartist | 2025-04-14 05:14 | 「詩のボクシング」の始まりは? | Comments(0)
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある! 2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!_c0191992_05553307.jpg
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある! 2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!_c0191992_05522745.jpg
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある! 2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!_c0191992_05520104.jpg
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある! 2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!_c0191992_05514613.jpg
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある! 2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!_c0191992_05501506.jpg
1.「詩のボクシング」30周年大会、人間vsChatGPTという対戦もある!
2.「アフェクト」を人工知能は内在させることはできない!
3. 26秒は、身体感覚を救い出す時間の流れなのか?

1.
ChatGPTがさらに進化していけば、人間は過去の知識ではなく、これまでの経験だけでもなく、今生きているこの身体をどのように使うかが大切になると思います。
そして、「詩のボクシング」のように声と身体を使って表現することが必要とされると思います。ご存知のように「詩のボクシング」には、声と言葉のスポーツというキャッチフレーズがあります。これはスポーツ感覚で行い楽しむ表現のことであり、勝ち負けもあります。ただし勝ち負けによって優劣を決めるという表面的なことではなく、参加した者も観戦者も勝ち負けを経験することで勝ち負け以上の人間存在の価値観をそこに見つけ出すことができるのです。
実際に行われているサッカーやバスケットボール、バレーボール、野球などなどいろんなスポーツありますが、それらがなぜ多くの人たちをの関心を持って見られているか、また多くの子供たちがそのスポーツを身体を動かして楽しみたいという思いになるのか。その根底には勝ち負けというインセンティブ以上に自分の未知なる姿と可能性を知りたいという衝動があるからではないでしょうか。
今のところChatGPTのような人工知能は、身体をもっていません。ネット上に存在する人工脳のようなものです。しかも身体を持っていないが故に、人間のように脳と身体の働きによる不具合なバランスを調整して生きる必要がない。逆に考えれば、人間の面白いところは、脳で考えたことがそのままストレートに身体に反映されない、あるいは身体が受け付けないことが起きる矛盾をどう受け入れるかを考え出すところです。ここにとんでもない発想やアイデアが生まれるのです。
いずれにしても脳と身体の矛盾を楽しめる場でもある「詩のボクシング」は、より進化したChatGPTのような対話型AIとも付き合って行くことができるでしょう。
そこで2027年の「詩のボクシング」30周年大会では、人間vsChatGPTという対戦を一つ用意し、新たな表現の可能性を見つけ出すことができればと考えています。
2.
添付した2枚の画像は、わたしが谷川俊太郎さんの助手をしたことで学んだことを書いています。文中にある「アフェクト」は、言葉にできる前段階の意識であり、言葉にできないから理解されることもないというのが、まさしく人間が脳と身体を使って生きることの矛盾から派生しているものだからではないかと思います。また脳と身体にはイコールで繋ぐものがないことの証ではないでしょうか。
3.
26秒は、映像詩集『ペーパービデオ・インスタレーション』に収録されています。この映像詩集は、ビデオ映像のワンフレームを静止画像にし、そのワンフレーム画像をプリントアウトしたものを紙面上でインスタレーションし、その紙上インスタレーションに言葉を貼り付けた内容です。→https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=222875145





# by videoartist | 2023-03-11 05:57 | 「詩のボクシング」 | Comments(0)

コロナ以後、言葉だけではなく、言葉以前の身体と声でコミュニケーションする場とした「詩のボクシング」の在り方も変わる


-----------------------------------------------------------


2008年不況下の「詩のボクシング」と新型コロナウイルス不況との関係


-----------------------------------------------------------


新型コロナウイルス(covid-19)によって引き起こされたパンデミックによって、世界同時的にこれまでの日常生活を大きく制限され、日本では緊急事態制限が解除されたといえ、(人類が初めて経験するパンデミックということもあり)各国それぞれに政治経済の対処療法的(言い換えれば場当たり的)な対策をする流れの中で、わたしたちはこの先の生活に新たな生活様式(ニューノーマル)という抽象的な言葉を具体化する生活を見つけ出して行くことが強いられるといっても過言ではないでしょう。


経済状況に対してよく例に出されるのが、2008年のリーマン・ショック(2008年9月、アメリカの有力投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻し、それを契機として広がった世界的な株価下落、金融不安[危機]、同時不況の総称)です。もちろん、今回の新型コロナウイルスによって引き起こされたパンデミックによる不況とリーマン・ショック不況とでは、その原因、内容、規模において大きく異なります。ただし、貧富の格差という点においては、共通した問題があることが見えてきます。


2008年といえば、「詩のボクシング」は10周年を記念した大会が行われた翌年になります。つまり、2008年以降の「詩のボクシング」の大会は、リーマン・ショック後の不況下で行われていたことになります。翌年の2009年には、新型インフルエンザ(コロナではありません)の発生が宣言されています。この時もマスクが不足しているとか、医療機器が足りないとか報道されています。そして翌2010年の国内の出来事としては、「尖閣沖で中国漁船衝突」、「大阪地検で証拠改ざん。検事、元特捜部長ら逮捕」、「小惑星探査機[はやぶさ]が7年ぶりに帰還」、「記録的な猛暑、熱中症による死者多数」などが挙げられます。そして、2011年には、東日本大震災があり、日本経済は再び大打撃を受けます。


2020年以降に起こることをどこか暗示しているような気がします。2020年は、パンデミックと大不況が同時にやってきているので、大地震による災害と地球温暖化による台風などの被害が重なって起きるかもしれません。


新型コロナウイルスは、人々を分け隔てなく平等に襲いますが、その襲い掛かるウイルスを払いのける手段は平等ではなく、そこに経済的格差が歴然として存在します。これから冬を迎える南半球、中でもアフリカや中南米では手を洗う水すらない地域もあります、治療のための医療器具不足については言わずもがなです。


わたしは、コロナ以後、言葉だけではなく、言葉以前の身体と声でコミュニケーションする場とした「詩のボクシング」の在り方も変わるざるを得ないと感じています。


ところで、2008年に三者鼎談と題した講演会を行っています。2020年以降、わたしたちの生き方を考えるときに参考にさればと考え、紹介します。この鼎談の背景には、2001年から2006年までの小泉純一郎内閣は、新自由主義名のもとに構造改革を行います。これによって、今に続く経済格差が引き起こされたといわれています。この三者鼎談には、「詩のボクシング」全国大会のジャッジを担当していただいた雨宮処凜さんも参加してもらっています。そして、佐高信さんにも参加していただいています。

コロナ以後、言葉だけではなく、言葉以前の身体と声でコミュニケーションする場とした「詩のボクシング」の在り方も変わる_c0191992_16564899.jpg
http://www.jrba.net/talk.pdf




# by videoartist | 2020-05-26 16:58 | 「詩のボクシング」
今こそ根本を見直す、「詩のかくれ場所」を共有することが大切。

インターネットを利用できるようになった1995年にhtml言語を使ってホームページを作り、詩の実験をいろいとやっていました。その時、糸井重里さんとスクロール機能を使った共同詩を創ったこともありました。

それが縁で、『ほぼ日刊イトイ新聞』に「詩のかくれ場所」として投稿コーナーを作ってもらいました。

「詩のかくれ場所」というのは、糸井さんの銘銘ですが、詩そのもの表現に行き詰まりを感じていたわたしは、詩のかくれている場所に詩を感じる感受性が宿っていると思い、すぐに連載投稿を引き受けました。その後、「詩のボクシング」で忙しくなり連載投稿を終えましたが、今、新型コロナウイルスの禍中で、改めて詩を新しく作るというよりも、詩が生れる場、つまり、詩を感じる土壌が豊かであるのかどうかを再確認する必要があると思っています。

豊かな土壌があれば、さまざま植物が芽を出し、成長しますが、そうではなく荒れた土壌であれば植物は、芽を出し咲く花はありません。詩を花に喩えるとすれば、今は荒れた土壌でむりやり花を咲かさせようとしているかのようです。だから、口ずさむ詩が生れないのではないか。

つまり、詩情(ポエジー)を感じられる感受性に栄養を与えることができれば、そこに詩は芽を出し、育つと言い換えることもできると思います。

だから、「詩のかくれ場所」をみなさんと共に探し、その場を耕すことができればと考えています。いかがですか、いっしょにやりませんか。

今こそ根本を見直す、「詩のかくれ場所」を共有することが大切。_c0191992_16004231.jpg

ところで、谷川俊太郎展が、熊本市現代美術館で2020年6月27日から9月6日まで開催されるということで、美術館からわたしと谷川さんの共同制作作品『ビデオサンプラー』の著作権使用の承認依頼書が届きました。クレジットには、出演:谷川俊太郎、楠かつのり、音楽:谷川俊太郎、制作・いまじん/1986とあります。いまじんは、わたしが発行・編集責任者として世界初のビデオ映像による雑誌の名前です。このいまじんで、谷川さんと遊び心で当時は珍しいビデオ映像で楽しく遊んでいました。

遊び心が、ビデオ映像での表現の場を豊かなものにしてくれていたと思います。



# by videoartist | 2020-05-11 16:08