幸運とは。

昨年末は怒涛の労働をしつづけ、疲労コンパイで過ごした。むしろ、すがすがしい。

2026年は期せずしてこれまでと全く違った様相を呈してきそう。体力維持につとめまくる所存。

 

昨年末、夫に「年末ジャンボ、買っておいて」と頼まれていた。

正直、こういうのって思い立った人が行くほうが幸運を呼び寄せそうだと感じている。いつも、めんどくさいなあというテンションで買いに行くので「ラッキー」に見放されるのでは。

いつでもいいや、テキトーで、と思っていた矢先、SNSで「今日は最強の開運日!」という情報を得た。がぜん、やる気になる浅はか人間が私だ。出先で、近所の宝くじ売り場を検索した。近くにいくつかあったのだが、それよりも「チャンスセンター」という名称でグーグルマップに現れて、やはり少し笑ってしまう。いつからそんな名前だったのか。何度か足を運んだけど気づいてなかった。

まあよい、最寄りのチャンスセンターに向かった。

 

そこで見た光景にあぜんとした。ものすごい列ができている。この日は日曜日。それも手伝ってか、みなさん「最強のラッキーデー」にチャンスセンターに集っている。

片田舎の売り場だからとなめていた。でもなんとなくあそこに並ぶ勇気がわいてこない。しょせん私なぞ、ダウンを着込んで列に並ぶ皆さまからすれば、中途半端な素人なのだ。

 

もうすこし、田舎に向かおうときびすを返した。

さらに20分ほどかけて別のチャンスセンターへ。夕暮れの景色が心に染みてくる。

 

到着した僻地のチャンスセンターには、もっと人がいた。考えてみれば、こういうエリアこそ、他に選択肢がないから皆さまこちらに向かうわけだ。いろいろ勉強になる。売り場には「ジャジャ、ジャーンボ、ジャーンボ」というあのテーマソングが流れ、皆さま、暮れなずむ夕方の寒さの中、きちんと列に並んでおられる。

 

どうしても、私にはあそこに加わる気合が足りなかった。

さようなら、天赦日、一粒万倍日。私は運気をあえて下げることにします。

 

チャンスセンターを横目に、敷地内のスーパーに入った。宝くじのためだけにここに来たという事実を認めたくないので、何か買って帰ろうという思いだった。その気合、列に並ぶほうに使え。

鮮魚売り場に「あんこう鍋セット」なるものが半額になって置かれていた。あん肝もついている。なんだか美味しそう。購入してみた。帰り際のチャンスセンターはさっきよりさらに人が増えていた。皆さまに幸あれ。

 

帰宅後、時間をかけてあんこうの下処理をし、まあ、宝くじは延期になったけどあんこうの味噌汁食べられるし、ちょっと嬉しいなどとほくそえんだ。食べてみるとなかなかに風味が強くて「これがあんこうか」と思った。ついでにあんこうってどんな魚だっけ?と調べてみた。大きな口をあけたあんこうの画像が出てきて「見なければよかった」と後悔する。見た目はおいしそうには見えないお魚さんだった。

夫の感想は「なんか海の香りがすごくて、あん肝は特にねっとりしてて厳しかった」とのこと。どこまで行っても運気の後退から逃れられない日となった。

 

ちなみにお察しのとおり、宝くじは7等当選でした。おつかれさまです。

猫の心理にくわしい方へ。

近所でいっせいに工事が始まった。こんなことはここに越してきてはじめてだ。

そのうるささにも段階があって、今は「打ち付ける音」が頭に響く。ものづくりというのは大変だなと感じ入る。先週はコンクリートを延々と流し込む音がすごかった。

 

それよりも、この間さすがにギョッとしたことがある。

たぶん、ここ数年のうちではダントツに驚いた&ヒイた。

 

いつも庭に出て洗濯物を干すルートの途中に、何かの実?もしくは枯れ葉のようなものが足元におちていた。あまり気にせず家事をすませてスルーしていた2日後、夫がそれを見つけて言った。

「なんでこんなとこに頭蓋骨があるんだろ。」

きわめて普通のトーンだった。例えるなら「あ、こんなとこにいつの間にか定食屋ができてる。」みたいな。

私は夫の言葉をすぐに理解できず「ズガイコツってなんだ、そんなわけないだろ、なんでわかるんだそんなこと」と、全ひらがなになる程度にはショックをうけてうろたえた。

夫は自然な感じで「え、だってこれどうみても何かの頭じゃん」と部位を指し示そうとした。やめてくれ、ここから逃げたい。

「猫かなあ」と夫がソレを棒でつついた時、ころんとズガイコツが転がってそれとは別にするどい爪のようなものがハッキリと見えた。夫は「ねずみかな」と続け、「そこらへんに放ってきたら?」と私に言った。

 

できるわけがないだろうが。今こうして見ているのもしんどいんだぞ。なぜそんなに空気を読めないのか。

でも、もしこれが何かの死骸だとすると、そこらへんに放っておくのはいかがなものか。さすがに気の毒なのでは。というか、誰がうちの敷地内にこんなものを放ったんだよ。猫なのか。

 

時々、地域猫がうろうろしている。庭に入って用を足すのでちょっと困っている。夫は猫が嫌いなのでありとあらゆるいやがらせに余念がない。シャワーで水をかけたりしていたこともある。ひどい。さすがにそれは私が注意しました。

 

猫の心理にくわしい方にお聞きしたい。

これは猫のしわざかなと思っているが、もしそうだとしてどういうメッセージなんだろう。よく動画などで猫ちゃんが飼い主にほこらしげに獲物(おもちゃ)を持ってきて見せたりしているが、あれに通ずるものなのだろうか。

それともいやがらせ、、、マーキング、、、ぐるぐる。

結局、そのご遺体は夫が近くの草むらに移動してくれた。

しかし、あの映像が脳裏に焼きついてしまって、しんどい。ことのほかしんどい。

 

これにくらべたら、近所の騒音なんてかわいいものかもしれない。

今となっては、10時30分に休憩で音がやむので時報がわりにしている。昼は12時すぎから13時まで急に無音になる。音がはじまると「あ、13時だな。」といった具合。たぶん時々、15時すぎにも休憩している感じもある。

いや、気にしすぎ。あんたこそ暇すぎます。

 

 

得意分野さがしの旅。

我ながらネタではないのかと疑うのだが、ワードで作った文書をUSBに保存するのに果てしない時間を要した。

もっとシンプルに一瞬で出来るイメージだったけど「送る」という文言をさがして色んなところをひっくり返してやっと見つけた時は「こんな、まるでこっそり隠れているような場所?あなた、以前はもっとメジャーな場所にいませんでしたか?探さなくてもそこにいる、といった感じで。」とやり場のない疲れを感じました。

きっといないだろう、こんなことに共感してくれる人は。

 

そもそも、ずっと使ってないプリンタを起動したらこれもまたすんなりと動かず、頂き物だし仕方ないよなあと諦めつつコンビニのプリンタで印刷しようとした流れだった。そしてこれまた久しぶりに手にしたUSBには片方の面に「上」とマジックで殴り書きがしてある。差し込むときに毎回、向きをまちがえてムカついた時のことを思い出した。昭和みがすごい。

一事が万事、これ。

 

最近、単発バイトを時々していると以前に書いたけれど、そこでも悲しみの出来事がやはり起こる。普通に業務をこなせる人ってすごいなと考え込んでしまう。結構、営業職の時は自分の能力を「中の下」くらいには思っていたのに、単発バイトでの現場の私は『下の下』である。疑いの余地はない。

 

先日は、通算2回目の店舗に行き「2回目で~す」と言ったものの、機械の使い方をまったく覚えてなかった。まず、電源はどこだったか。つっ立って機械をにらむ私に上司からの助け舟が。「もしかして、おぼろげ?」私は正直に小さくうなずきました。「すみません。」こういったことを繰り返すうちに、もともとほとんどなかったプライドがどんどん風化していくのを感じる。強くなれそう。

 

案の定、2回目なのに、現場では私の周りに人だかりができる。処理が遅いからお客さん、みなさん待っているわけだ。あまりに無心で作業をしているからか、途中からお客さんが励ましてくれるようになった。完了したものを渡すと「ありがとう」とお礼を言われたり。いや、それ普通は私があなたにいうべき言葉だからね。あなた、お客様だから。

 

また、偶然なのかもしれないが、私は人にものをたずねられやすいという事実に気づいた。他のスタッフが近くにいても色んなことを聞かれる。私、新人なので分かりませんと貼り紙をしたい。ここだけの話、カップスープを2つ持ってきて「これ、ミックスして食べたらおいしいかな。」と聞かれたこともある。

自分で考えて下さい。相談しないで下さい。

 

なんだか、おかしな空気を私が呼びよせているのかもしれない。そんな能力、いりません。だれかに言われた、「なめられやすいんじゃない?笑」笑うな。なめられないためにはどうしたらいいのだ。ふるいたたせて修行の旅にでるしかない。

生まれかわるなら事務ができる人になる。

年末調整の季節。

いつも必要以上に緊張感と絶望感をもってのぞんでいる。

間違ってはいけないという気持ちと、またあの「ううぅぅむ」という時間が始まるのか、というあきらめ。

何がまずいって、これだけ社会人を長くやってきたのに、その仕組みをまったく分かってないこと。知ろうともしない。

ゆえに、現場(記入)の段階でいつも白目をむいている。

 

とあるサイトで「初心者むけ確定申告セミナー」なるものを無料で開催してくれていた。

このままではいけないとずっと思っていたので社会の仕組みを学ぼうとすぐさま予約した。一歩すすんだ気持ちで高揚した気持ちになった。ポンコツこそ学ぶことが必要だ。

予約完了メールに「あらかじめZOOMをインストールしておいてください」とあった。それはそうだ。しかもパソコンでの参加を推奨している。そのほうが映像も文字も見やすいに違いない。

 

どこかで「パソコンと相性悪いんだよな~私は」という一抹の不安もある。さっそくZOOMのサイトへ移動。とっととインストールを始める。かなりの時間が経過したが完了しない。

以前、家族にみてもらった時にPCじたいの容量がきびしいな、と言われたことが脳裏をよぎる。このパソコンは仕事用にあわてて簡単な作業のために購入したもので、そのままのスペックで働いてもらっている。そういうことなんだな。

ためしにiPhoneでインストールしたら簡単にできた。仕方ない、携帯で視聴するか。

 

結果、私は当日に体調不良で病院に行き、それどころではなくなった。待合室からキャンセル処理をした。縁がなかったのか、そのままの君でいいよというメッセージか。

 

これからは世の中に新しい風が吹く気が勝手にしている。

あたらしい総理の誕生、近辺の状況も偶然だけど少しづつ変わってきた。そんな中、またしてもあの色んな種類の申告書を目の前にして脱力する。会社の事務の方が丁寧なマニュアルを添えてくれている。ポンコツのために労力を使ってくださったんだなとじんわりと心が安らぐ。こういう資料って作り手の愛情が伝わりますよね。ゆえに私にはできない偉業なんです。

 

でも、どうしても言いたいのは申告書じたいの文字が小さすぎるだろ、ってことです。

これだけの情報量をA4にむりやり盛り込んで。

申告書おもて面の文字でさえヒョエ~って思うのに、裏返した時の解説の文字の小ささよ。もう、読んでもらう気がないとしか思えない。ところどころで携帯で撮影したものを引き延ばしながら記入をすすめる。30分もしないうちに肩がゴリゴリにこってきた。身体にわるい。

 

この間、iPhoneのデータをUSBにうつそうとして四苦八苦しましたし、根本的にはいつもどおり「お前がダメすぎるんだよ」というゴールになるんだけど。

もう歳だからいろんなことに対応できないんだわって開き直りたくても、まわりの同世代はバリバリに使いこなして活躍してんだよなあ。脳のしくみ、気力、その他もろもろなんですかネ。

だいたい、「バリバリに」って文言使ってる人もういないだろう。「メールとばす」よりはマシかな。

 

「階下で火災が発生しました」の巻

この秋、久しぶりに小旅行に出た。

向かった先では驚くほどに外国人が多かった。街にも、ホテルにも。

ちょっとした海外旅行に行って来たような後味だ。

 

2泊目のホテルは急遽とった施設で、こう言ってはなんだが選びしろがなかった。

画像を見て感じていたより建物はこじんまりしていて、やはりそうだよねと思う。ロビーに入ると、そもそもロビーといえる感じのスペースがなかった。加速する不安。

フロントのスタッフさんは感じよく対応してくれて一応ほっとする。そうしている間もたくさんの外国人の方々が後ろを行き交っている。ちょっと見慣れない感じの風体と、聞いたことのない言葉が印象に残った。どこの国の人なんだろう、知る由もない。

 

疲れていたので外で食事するのもめんどくさくて、ホテルにお弁当と味噌汁、ビールを持ち込んだ。

家族(娘)があとから部屋に合流したいというので、ふたり分を購入して、先にお味噌汁だけひとりで頂こうと部屋の椅子に腰かけた。インスタントのカップの味噌汁を開封した時、ん?と思った。電気のポットがない。机の下、クローゼット、あげく洗面所(あるわけない)まで見たけど、ない。

 

館内設備のリーフレットがあったので拝読してみる。どうやら1階に電子レンジとポット=お湯が設置されているらしい。

メイクを落として館内着に着替えていた私、仕方なくまた着替えてノーメイクなので眼鏡をかけてごまかしてみた。

1階につくと真っ暗な食堂らしきスペースの一番奥に電子レンジの姿は見てとれた。あそこまで真っ暗な中をつきすすんで行ってお弁当をあたためるのか…しのびない。

案の定、電気ポット=お湯はありませんでした。

フロントに戻ろうとしたとき、通路の脇にいくつかの電気ポットが洗われてさかさまになっている様子が見えた。ポットはフロントで貸し出しできます、と書いてあったのを思い出した。うむ、ポットをフロントで借りるのはワシは初めてじゃ。それはそれで面白くて良い。

 

娘が合流して、シャワーも浴び、ふたりでワイワイと話していた矢先、大音量の警告音が部屋に鳴り響いた。あっけにとられるとはこのこと。一瞬なにが起きたのかわからない。

「5階で火災報知器が反応しました。職員が確認中ですので次の指示をお待ちください」とのこと。ここは7階だ。え、たまにある間違いなんじゃないかな?などと話している間に同じアナウンスが2回続いた。

「のんきにしてないで、とりあえず、服に着替えなよ」と娘。私はまだ館内着でビールを飲んでいた。サントリーの生を。

それはそうだ、と思い、服に着替えた。娘が廊下に出てみると、宿泊客が廊下に何人か出ているようで「心配ですよね」などと声をかけあっている。そういえば、さっきフロントにおりる時たまたま、避難経路はあっちかとエレベーターを待ちながらなんとなく確認したのを思い出した。預言者モード発動か。

「5階で火災が発生しました。おちついて避難してください」

いきなり、次の指示アナウンスが来た。驚きすぎて思考停止。そういえばさっきシャワーで失敗してびしょ濡れにしたタオルが2枚ある、と突然思い立ち手につかんだ。避難経路にそって階段をおりる。後ろのお姉さんが部屋にあった懐中電灯で足元を照らしてくれた。しごできお姉さんだ。そのお姉さんに、濡れタオルを持ち出したことをほめられた。こんな時だが普通にうれしかった。

階段をおりながら5階あたりを見る。外から見るぶんにはなんの変化もない。こういう時って上の階に煙やにおいが届いているものじゃないのか。さっき7階の廊下を走ってきたけど全く異変はなかったなあ。

 

終始、私はどこかで落ち着きはらっていた。なんなら、1回目のアナウンスのあとに「5階で出火していたら我々はもう助かるまい」などと口走り、娘に睨まれもした。1階に着くころには「残ってたビール持ってくればよかった。でもこんな時に避難しながらちびちび飲んでるやつなんて絶対いないし、やるべきではない。」と思っていた。

消防も警察も来ていて、宿泊客は1階の屋外に集まりガヤガヤしていた。やはり外国人が多すぎる。ちょっとした万博みたいな。だから、不謹慎をやめろ。

「もう泊まれるところないから、うちに来たらいいよ。というか心配だからうちに来て。」と娘が言っている間、こうなった以上は宿泊料金は返金されるだろうなと考えていた。

だが、見上げるホテルにはなんの変化も異変もない。

「申し訳ありませ~ん、スプリンクラーの誤作動でした!」と突然オーナーらしき人がみんなの前で明るく頭をさげた。片言の英語で「シャワー、ミステイク!」などとジェスチャーを交えて笑っている。笑うんじゃない。この場合は笑えないだろ。

 

終始、命の危険を感じず余計なことだけを考え、落ち着いていられたのはきっとご先祖様、守護霊様のおかげもあるかもしれない。急すぎるけどそう感じた。チェックインの時に後ろにいた見慣れない外国人の方々は避難している時には見かけなかった。夜の街にくりだしていたのか。どうでもいいことばかり気にしている。

雷神と老婆。

もう、人のことを悪く言うのはやめよう、と痛感した。

先日UPした、町内会の掃除のお話。当日はなんとなく和やかに作業は終わり、熱中症になることもなく無事、帰還しました。

9月12日のブログで口を荒らしていたことを後ろめたく感じていたところ・・・・

 

帰宅後、朝食をのんびりとっていたら、なんとまたインターホン+玄関ドンドン!攻撃が始まったのです。南隣の例のおばあちゃまは実はここのところ自宅にはいらっしゃらない。他にも、いたんだ「玄関突撃」界隈の方が。

ドアを開けると、北隣のおばあちゃん。

 

先日回ってきた回覧板が、初めて見る「老人会のお知らせ」というもので、回覧済み、と記入する私のスペースだけなかった。間違えてうちのポストに誰かが入れたのだなと思いつつ、回覧板がらみで間違えられることが最近増えて、もう3回目になる。仕方なく、ふせんにメッセージを残して発送元の北隣のおばあちゃんへ返したのが昨日のこと。

北のおばあちゃんは「たぶんこれ、〇〇さんが間違えてお宅のポストに入れたんよ、さっき注意しておいたから!」と鼻息荒く報告してくれた。

なるほど、上げ足を取られたと感じたんだなあと思った。私としては「関係ないけど一応見ましたよ、対応を間違っていたらゴメン」くらいの軽~い気持ちだった。どんな温度で注意したのだろう。考えたくない。

 

まだ家にいた夫と「玄関殴打」タイプが多いな~、この町内!などと言い合った。これもまあ、カテゴリーとしては陰口だな。

 

不思議なことにその日からなんとなく体調が悪くなり、倦怠感がしばらくとれず、内心「南と北のおばあちゃん」の呪いかな、などと笑っていた。ありえなくは無い。

 

数日後、夕食をとったあと、急激に眠くなり、ベッドに入った。時々、こういうことが増えてきた。血糖値の問題でしょうか。

うとうとしていると、遠くに雷鳴が聞こえてきた。最初、花火かなと間違いそうな重低音だった。雷は嫌いではないので、ぼんやりする意識の中で「このあとここらへんにも来るかもね」と思っていた矢先、突然「だが、まさか停電なんて勘弁してくれよ」と思いついた。

その2分後くらいに真昼のように明るい光があたりをつつみ、ばっっっきーーーん!!!という轟音が響いた。心なしか、家ゆれた?と感じた。雷の音といえば一般的に「ゴロゴロ」とか「バリバリ」だと思うが、この音は最上級の破壊力をもったシャウトだった。飛行機でも落ちてきたのか、と起き上がった瞬間にエアコンが、すーーーんと停まってしまった。この夏、お迎えしたばかりのエアコンが・・・・

完全に、近所に落雷した。「停電」なんてパワーワードを脳裏によぎらせた私のミスだ。言霊はほんとうに怖い。というか、意図せず「預言者」になっている。

 

電力会社のアプリを入手して、被害状況と復旧のめどを探した。思ったより広範囲で暴れ回っているようだ、この雷。被害のボリュームから言うと、うちの町内はダントツにレベルが高い。悪い癖で「おばあちゃんツインズの呪い」について考えてしまう。

いや、北のおばあちゃんは我が家と同じく被害をうけているはず。こっそりと北側の窓からご自宅を覗き見る。真っ暗で無音。まあ当然か。思えば、北のおばあちゃんは就寝時間が早く、早い時間から家じゅうが真っ暗なうえ、難聴の方なのだった。もしかしたら、この惨事に気づかず、お休みになっておられるかもしれない。

そう考えると、その強さに一瞬、憧れた。

 

スマホの明かりで階段をおり、スマホの明かりで懐中電灯とろうそくとウチワを探した。スマホ、わが心の友よ。

冷凍庫にある保冷剤を、冷蔵庫のチルド室に移動する。まっくらな冷蔵庫の中、久しぶりに見た。暑くていられない。まだ大量に残ってくれている氷を黒豆茶に入れて飲む。余計に汗が出て不快になる。

アプリを5分おきに見てしまう。「調査中」の文字を皆で嘆き、復旧予定時刻が徐々に遅くなるのを皆でおおいに悲しむ。

この準備の悪さ、無力な感じ、もうだれかの呪いではなく、自分がダメなんだとうっすら気づく。

昨今、これほどまでに災害がおおいのに、最低限の備えしかしていない。こういう具体的な不便を体感したのはむしろよかったのだ。

ありがとう、おばあちゃんツインズ。

復旧は4時間後でした。ご参考までに。

闇は細部に宿るもの。~燃えろ、クリーン作戦!~

あまりにも気が重いことを抱えているので、今日は、ここで話して事前に供養しようと思う。

これまでの人生で、修羅場というか「気が重いなあ」と思うことはむろんたくさんあった。仕事がらみにしても、人間関係にしても。だれでもそうだと思っている。

 

だいたいのことは、とにかくその場を乗り切ればあとは何とかなってくれるものだ。後をひくことはあまりない。

 

だが、私の前に立ちはだかるひとつの案件がある。

もう何十年もなくならず、定期的に私を暗~~い気持ちにさせる、忌むべきイベント。

それが、町内大そうじだ。

 

しょうもない、と賢明な皆さんは思われるだろう。

私じしんも、なぜそんなに気持ちの負担になるのかわからない。そうじ自体は嫌いではない。

 

毎年、秋に開催されるそれは、早朝から始まりおよそ2時間ほどで終わる。

エリアによって作業の大変さは異なり、終了時間には差が出てくる。

 

まずもって、私は近所に「話せる」人がいない。

というのも、今の自宅が完成した時期と、大規模な転職をしたタイミングがきれいに重なったからだ。

入居してすぐに、会社では新人研修をうけているような流れだった。自宅近辺のあいさつ回りもそこそこに、日々朝から晩までかけずり回り、寝るためだけに帰宅する。引っ越しの荷物もたしか、半年後の長期休暇の時まで片づけられていなかったと記憶している。む?夫はなにをしていたのか。

 

加えて、私の家の周りのお姉さまがたはほとんど20~30歳年上で、かつ専業主婦の方が多かった。

この事実はあとから知ったことだが、これにより、私とはどことなく価値観がちがう人々とのご近所つきあいをすることとなった。

 

引っ越ししてすぐに超多忙になった私、しばらくの間、庭の倉庫のあたりにたたんだ段ボールをまとめて置いていた。すると、ある日の夕方、帰宅後に夕食の準備をしていたら玄関のドアがガチャガチャと音を立てた。なんだ?と思って玄関に向かうと、だれかがインターホンを鳴らさずに直接ドアをあけようとしている。

こわすぎる。

南隣のおばあさんだった。専業主婦歴は約60年の御大。ドアをあけると「ああ、やっと、いたわ。いつ来てもいないから。」と言われる。えーっと、親族でしたかね、あなたは。

「あのね、庭に段ボール、いつまで置いておく気なの?放火とか、物騒なことにならないかと気になってね。」

放火、ですか。確かにそれは物騒です。して、この辺りでは放火が頻発しているのでしょうか。

という思考をいったん封印して「ああ、すみません、月末の資源ごみ回収日に出そうと思っていたんですが。」とにっこりとほほ笑んでみた。目は笑っていない。

 

それからも

「ずっとご主人の車があるけど、入院でもされたの?」

とか

「回覧板がどこかのお宅でとどこおる事が多い、と言われたんだけど、ここにはどれくらいで回って来てる?」→(あんたのとこで止まりがちだから速攻で回しなさいよ※意訳)

とかさまざまなお姉さまから、いろんな心配をしてもらっていた。

車を買い替えようものなら「儲かってるのねえ」とかね。

 

こうして羅列すると「いじめ」の構図にも見えますが、私は思うんです。やはり、専業主婦さんは家を守るのが仕事、近隣の異変にも常に注意をはらっているのだろう、と。たぶん、私なんかは慣れない仕事に手いっぱいで、近所の動向なんて気にする暇もなく、なんなら回覧板なんて緊急のもの以外、ウチは飛ばしてほしいと思っていたくらいだ。だめな人の思考ですね。

 

これくらいのエピソードを披露してみたら、だいたい察してもらえるだろうか。

大そうじの際は、この方たちが、なるべく作業量のすくない箇所を陣取って、最新のご近所情報を熱心に交換しながら「ああ。腰が痛い、明日は筋肉痛だわあぁぁ」などと笑いあうのです。

私の居場所などない。

いつからか私は担当エリアを毎年じりじりとずれていき、今やとなりの班の領域に入り込んで掃除をするようになっています。朝イチ、彼女たちの横を「おはようございま~す」と通りすぎ、他のエリアでもくもくと作業をしております。心の安定のためには致し方ない。

ちなみに、「放火心配症おばあちゃん」は今まで一度も大そうじで会ったことがなかったが、専業主婦さんチームが言うには「どこか他の場所を掃除してるみたいよ」とのこと。細部にいたるまで、闇が深すぎてもう無理。