2012-11-01から1ヶ月間の記事一覧
都夢
嵐山を象徴する渡月橋に舞妓さん。 亀山上皇が、橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と述べたことから渡月橋と名づけられた。 冬に行くと、ユリカモメが乱舞してエサを放ると空中キャッチして飽きなかった。 渡月橋を嵯峨野に向かっ…
秀吉軍20,000と忍城おしじょう軍500の戦い。 「のぼう」とは、「でくのぼう」のこと。 漢字にすると、「木偶の坊」。 意味を調べると、 ① 人形。あやつり人形。② 役に立たない人。気のきかない人。人のいいなりになっている人。また、そのような人…
瀬戸大橋 帰りの空は、北九州から羽田を飛ぶ。 明石大橋と右上に神戸 大阪上空 伊勢湾と知多半島から突き出た中部国際空港 愛知県蒲郡の竹島と大橋 [ 九州の旅 完 ] おまけは、 旅のたのしい疲れがとれた矢先に、急に頼まれて四国に行くことになり、地上か…
関門海峡を見晴らす手向山たむけやまから、左が下関で右に門司港を望む。 宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島は、濃く見える下関側の突端。山頂に、武蔵の養子・伊織が武蔵顕彰碑を建てた。碑文には武蔵の剣歴と二刀流を生みだす工夫や巌流島の決闘まで…
大宰府天満宮は、心字池に架かる太鼓橋を渡ると絵馬堂が左手にあり、楼門を経て御本殿に進む。 「心」を象った池に架かる御神橋三橋は、手前から過去・現在・未来を表し、三世一念の仏教思想を残したものと伝わる。 ←絵馬堂 楼門 御本殿と飛梅 昌泰4年(901…
アルゴは「R5アール ゴ」ではない。 もちろん「ゴルゴ13サーティーン」でもない。5歳未満が観てもよく、国際紛争の絡む事件はゴルゴ13の東郷トーゴ向きだろうか。 1979年のイランアメリカ大使館人質事件で、大使館を占拠される直前に外へ逃げた数人の…
細川刑部邸 唐破風の大玄関 細川刑部家ほそかわぎょうぶけは、とにかく広い。細川家3代(肥後藩初代にあたる)忠利ただとしの弟・刑部少輔興孝ぎょうぶしょうゆうおきたかが正保3年(1646年)に2万5千石を与え興した。その後、細川一門としての格式を整える…
本丸御殿を天守閣から見下ろした。↑ 熊本城の本丸御殿は、2つの石垣を跨ぐように建てられたため、左のような地下通路になった。御殿への正式な入口であり「闇り通路」と呼ばれる。 このような地下通路を持つ御殿建築は、全国にもあまり例がない。 「鶴之間…
西出丸にしでまるから見た宇土櫓うとやぐらと、奥に天守閣。 戍亥櫓いぬいやぐらは、西出丸の北西(戍亥)に位置する。 二の丸広場から見た熊本城 右端は西大手櫓門 天守閣に重なり合う櫓 つづく
手前の飯田丸五階櫓やぐらは、加藤清正の重臣、飯田覚兵衛いいだかくべえが担当したからその名が残る。南面防衛の要であり、櫓と塀で囲い井戸や台所、鉄砲蔵まで設けている。西面には西櫓門を備え出撃することもでき、飯田丸だけでも小さな城の機能を持って…
有明海と島原駅→ 島原城は1618(元和4)年に松倉豊後守重政が築いた。五層天守閣を中核に、大小の櫓を要所に配置した安土桃山期の築城様式。 島原の乱(寛永14年1637)で、一揆軍が城を攻撃し、この城に籠城したと思っていたが、別にある原城に籠城したのだと…
カーフェリーで熊本港から島原港に向かうと、カモメがエサをねだって人懐っこくついてきた。 着岸前の正面に雲仙普賢岳(1359m)と平成新山(1483m)が重なると思ったが、↓眉山(818.7m)であるらしい。仁田峠に登るも視界不良。 雲仙地獄地帯は、湯けむりが立…
通潤橋つうじゅんきょうは、江戸時代、水の便が悪く水不足に悩んでいた白糸台地に住む民衆を救うため、惣庄屋そうじょうや・布田保之助ふたやすのすけが、安政元年(1854年)に”肥後の石工”たちの持つ技術を用いて建設した石橋。日本最大級の石造りアーチ水路…
神話「岩戸開き」の話の中でたくさんの神さまたちが、話し合う場所がここ「天の安河原あまのやすかわら」。 八百万神の集い、この河原の一角に「仰慕窟」(ぎょうぼがいわや)という大きな洞窟(間口30m・奥行き25m)があり中に鳥居と社が建てられている。…
高千穂峡は、阿蘇火山活動の噴出した溶岩流が、五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出し、急激に冷却されたために柱状節理の懸崖となった渓谷。雨に降られたが、苦にならぬほど真名井の滝(日本の滝100選)をシンボルとした景観はすばらしい。右の太い柱状の岩群にも圧…
「新・くまもと百景」で一位に選ばれた月廻り公園からは、根子ネコ岳の絶景ポイントといわれるだけあって奇観だった。阿蘇の裏側を眺める位置にある。 根子岳はギザギザとした頭が特徴。 根子岳のシルエットは、何故ギザギザなのか? 「むかしむかし阿蘇五岳…
阿蘇山は、世界一の規模を誇るカルデラ火山。冒頭の中岳は、草千里から撮る。 退避壕が立ち並ぴ、噴火した場合はこの中に避難する。噴煙に毒ガスが含まれるので風向きによって退避命令が出る。 噴煙をあげる中岳第一火口は直径600m、深さ130m。火口…
大観峰だいかんぼうから望む阿蘇五岳が、根子ネコ岳(1,433m)、高岳(1,592m)、中岳(1,506m)、烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,321m)と連なる。 この連山は、お釈迦さまが仰向けに寝ているように見えることから「阿蘇の涅槃像」と呼ばれる。左のギザギザ…
阿蘇神社は、肥後国一の宮。 阿蘇山の北麓に鎮座し、全国的にも珍しい横参道で、参道の南には阿蘇火口、北には国造神社が位置する。 左の大楼門は、日本三大楼門の一つ。高さ21mの2階建、十二脚唐門様式(俗に二層楼山門式)。 このような楼門は通常はお寺…
↑ 羽田から熊本への空路は、国東半島を右手に見ながら、別府上空を飛ぶ。右端の海上に大分空港。 別府 阿蘇山 外輪山を感じさせる地形 熊本 九州の旅を、熊本から高千穂、島原、博多、小倉までをしばらく続けます。
落柿舎らくししゃは俳人で松尾芭蕉の門下の一人であった向井去来きょらいが閑居した跡。 「落柿舎」のいわれは、商人が庭にある立木のままで柿の実の買い入れを決めて代金を置いて帰ったその夜、嵐で柿の実が全て落ちてしまったことから、それ以降、この庵を…
九州を旅して、ラストに小倉で鯨を食べた。魚盛りの右上の皿。 食べた部位は、尾の身、ベーコン、さえずり(舌)。鯨の竜田揚げは左下のサザエの隣。 過去1週間の閲覧数・訪問者数とランキング(日別) 日付 閲覧数 訪問者数 ランキング 2012.11.03(土) 2227 P…
向原寺こうげんじ境内にあるこの「立石」の前に釜を据え、盟神探湯くがたちを行った。 裁判制度のルーツといい、神に潔白などを誓わせた後、釜で沸かした熱湯の中に手を入れさせ、正しい者は火傷せず、罪のある者は大火傷を負うと判断された。 こじんまりと…