もののはじめblog

笑撃・メルヘン・歴史・数・映画 etc

2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧

* 25日から今日まで出かけており予約投稿していました。明日からはコメントできます。失礼しました。 都夢

一乗寺下り松

吉岡一門数と決闘

春の花

気分転換にどうぞ。これで妖精たちの春夏秋冬は、一巡しました。 つくし ふきのとう→ 菜の花 梅 梅 れんげ 藤→ たんぽぽ すみれ ポピー チューリップ [ 秋の花 ] [ 冬の花 ] [ 梅雨の花 ] [ 夏の花 ] 都夢

石清水八幡宮

石清水八幡宮は、平安時代の清和天皇のころに行教律師が豊前国大分県の宇佐宮にこもり熱祷を捧げると、八幡大神が「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との託宣を得、男山の峯に神霊を奉安したのが起源。 清和天皇の嫡流である源氏一門は八幡大神…

時代祭

神幸列しんこうれつ 時代祭は、祇園祭、葵祭とともに京都三大祭の一つ。 明治28年(1895)、平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建され、記念事業として時代祭が始まった。毎年、10月22日開催。 正午、京都御所建礼門前を山国勤王隊を先頭に出発、烏丸通…

芙蓉

夏は暑くて遠ざかっていた県立麻溝公園を散歩した。 いちばん惹きつけられたのが芙蓉の花で、ご覧のように紅白がうまく混ざり合っていた。 あるいは、酔芙蓉かもしれないと、ホムペの友の晴れおとこさんにご指摘をいただいた。朝に咲き始めた花弁は白いが、…

能の笛

能は、薪能くらいしか観たことがない。 「シテ方」と呼ばれる主役と、「ワキ方」と呼ばれる役者に、音楽を担当する「囃子はやし方」、ナレーションを担当する「狂言方」によって展開される。舞台を見ながら寝てしまっても良く、眠っていても何かを感じるので…

ビデオのデジタル化

家族を録ったビデオのデジタル化をすすめている。 はじめは、家の中の沢山な両親等のアルバムをデジタル化して、室内をすっきり整理した。 次は、若いころに集めたレコードを聴きたくなってアンプを買い替え、古いプレーヤーを甦らせ音域幅の大きい高低音に…

御堂筋パレード

御堂筋パレードは、大阪のメインストリート御堂筋を舞台にしたダイナミックで華やかなパレード。 フロート、マーチングバンド、世界のおまつり・日本各地の郷土芸能、民謡や子どもみこしなど約1万人が大集合するパレードだったが、 2007年をもって終了したと…

ボーンレガシー

ジェイソン・ボーンの「トレッド・ストーン計画」と同じ時系列に起こっていたCIAの特殊工作員のお話。今回の主人公は「ハートロッカー」「アベンジャーズ」のジェレミー・レナー。 ボーンシリーズ第2弾『ボーン・スプレマシー』をテレビ「日曜洋画劇場」…

四天王寺

四天王寺してんのうじは、推古天皇元年(593)に建立された。 『日本書紀』では、物部守屋もののべの もりやと蘇我馬子そがのうまこの合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫り「この戦いに勝たせていた…

大聖勝軍寺

叡福寺えいふくじを上の太子と呼ぶのに対して、大聖勝軍寺を下の太子あるいは太子堂と呼ばれる。 587年、崇仏派の蘇我馬子そがのうまこ軍と廃仏派の物部守屋もののべの もりや軍が戦い、戦況が一時不利になったが、馬子軍に属した聖徳太子はこの地の椋ムクの…

叡福寺

聖徳太子廟 聖徳太子が自らの廟と決めていたこの地に、推古天皇が推古28年(620年)に墓所を造営。 太子が病死した翌年に、太子の母 の穴穂部間人あなほべのはしひと皇后が死去したのでこの墓に葬り、更に推古30年(622年)には太子の妃の膳部大郎女かしわべのお…

談山神社

談山神社たんざんじんじゃは、多武峰とうのみねに建つ。 法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会けまりえがあったとき、中臣鎌子(後の藤原鎌足)は中大兄皇子(後の天智天皇)にまみえることができ、 大化元年(645)の5月、二人は多武峰とうのみねの山中に登って、 …

ミニコンサート

はあとふるサロンのミニコンサートをたのしんできた。 宮川彬良氏の講演では、童謡の「赤とんぼ」、「海」、「ふるさと」の考察と、氏のピアノ伴奏に我々を巻き込んでの合唱。「海」では、隣の人と手をつないで歌おうと、氏の提案のままに気恥ずかしく思うこ…