迷子の日記。行ったり来たり。

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2025年7月17日夜。いつも同じじゃなきゃいけないの?

介護の日々は、穏やかなようでいて、時にふとした瞬間に心が揺れます。
2025年7月17日、母の「いつもと違う」に、私は少しだけ立ち止まりました。


この日の母は、夕食後に横になりませんでした。
いつもなら、入浴前に30分ほど横になるのが習慣です。


前日、母は寝ぼけて「おはよう!」と起きてきました。
私にもそんな経験はありますし、珍しいことではありません。
けれど、朝だと思い込んでいる母の勘違いを正すのは、簡単ではありませんでした。


「お母さん、今はもう夜よ。そろそろお風呂に入らなきゃね」
そう言うと、母は「はあ?朝から?朝は朝ごはん食べて薬飲まなきゃだめでしょ」と返します。


「ねえ、お母さん、見て。ほら、外は暗いでしょう?」
カーテンを開けたり、玄関脇の摺りガラスを見せたり、夕食後に飲んだ薬の空き袋を見せたり。
思いつく限りのことをして、ようやく納得してもらえました。


時計は夕方7時過ぎ。文字盤の時計では、朝か夜かが分かりづらい。
ちょうどテレビでは男子バレーの熱戦が繰り広げられていました。
最近の母はテレビにあまり興味を示さなくなっていたのですが、そのときは何となく画面を気にしている様子でした。


この日は母の洗髪を予定していました。
前日のことを考えれば、できればこのまま起きていてほしい。


「お母さん、今日はシャンプーしましょうね。頭を乾かさなきゃいけないから、いつもより少し早めにお風呂に入りたいんだけど、いい?」
「…あいよっ」


いつの頃からか、母は返事をするときに時々「あいよっ」と言うようになりました。
軽快に、時には右手の人差し指と親指で丸を作って「OK」の仕草をしながら。
最初は「なんで『はい』じゃなくて『あいよ』なのよ?」と聞いたこともありますが、母はくくくっと笑うだけでした。
でも私は、この「あいよ」が好きです。
母がこう答えると、いつも楽しい気分になるのです。


夜8時過ぎには無事に入浴を終え、髪も乾かし、「なかなかいい感じじゃない」と、カットした母の髪を見ながら自画自賛していました。
バレーの試合は対アルゼンチン。1・2セットを取られた後、3セットを競り勝ち、佳境に入っています。


「みんな大きいわねえ」などと言いながら母がテレビを観ているので、
「お母さん、バレー見る?目薬差すのもう少し後にしましょうか?」と訊くと、
「ううん。お母さん眠たい。もう寝てもいい?」と返されました。


「今日はお風呂の前、寝なかったものねえ」
そう言って、いつものように夜の目薬を差し、血圧と体温を測りました。


目薬を差すとき、「寝る前に、それ差すの?」と聞いてきましたが、睡魔のせいだろうと思い、気には留めませんでした。


母は自分で目薬を差さなくなってから、子供のように、私が母の目に薬を入れるのをぎょろりと黒目を動かして見ます。
そうして私と目が合うと、必ずと言っていいくらい「くぷっ」と吹きだすのです。
そのあとはしばらく笑いが止まりません。困ったものです。


目薬を差し終えると、少し目が覚めるらしく、いつも大抵、テレビのことや昔話などとりとめのない話をして、はたと気付いたように「まだ寝ちゃいけないの?」と聞いてきます。


それが、この日は「もう寝るわ」と言うので、少し安堵しました。
まだ9時過ぎ。久しぶりに自分の時間ができる。


私は、はっきりとした理由はありませんが、イギリスの映画やドラマが好きです。
Amazonプライムで、ミス・マープルとかポワロとかシャーロック・ホームズとかを見ていると、なぜか落ち着くのです。


わくわくしながら「おやすみ」と言いました。
寝る前にトイレに入ろうとする母に、「じゃあ、私は2階に上がるわね」と伝えると、右手を上げて「おやすみ。ありがとね」と返してくれました。


普段、私は母が「おやすみ」と言って布団に横になるのを見届けてから、
母が夜中に飲むお水を用意して、エアコンのタイマーをかけ、リビングの電気を常夜灯にして自分の部屋に戻ります。
それが、この日は、トイレに入る母にお休みを言って、いつものルーティンを済ませて上がってしまったのです。


「さあ、これから何を見よう」
Amazonの画面を開いていると、下から母の声が聞こえます。
慌てて降りてみると、リビングをのぞき込んで「何よこれ、もう、真っ暗じゃない、何よこれ」と怒っている母がいました。


「どうしたの、お母さん」
驚かせないように、廊下の電気を点けて、母の背中をそっとさすりながら訊きました。
「まあ、あなた。ここが真っ暗で、お母さん、びっくりするじゃない…」
あとは何を言っているのかよく分かりません。
ただ、母は焦って怒っている。


「お母さん、いつもと一緒よ。真っ暗じゃなくて、一番小さな電気はついているでしょ、ほら」
電気を指さして言うと、「ああ、ほんとねえ。でも、お水」
「お水は、ほら、ここでしょ。いつもと一緒よ。エアコンも自動で切れるようにしてるから、安心して」
「でも、いつもと違う…」


ああ、そうか。母にとって夜の眠りは、いつも私が隣の部屋にいるときにつくもの。
背中に人の気配を感じながら、眠りに落ちるのです。
そう思いつつ、母はこんなわずかなことでも動揺するようになったのか、と愕然としてしまいました。