永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

わかりやすい聖書ガイドヨハネの黙示録発売中。肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

明日に希望を誇りは禁物 箴言27:1

『27:1 明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。 箴言27:1新改訳2017』

「明日のことを誇るな」を読むと次の箇所を思い起こします。

『12:16 それからイエスは人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。12:17 彼は心の中で考えた。『どうしよう。私の作物をしまっておく場所がない。』12:18 そして言った。『こうしよう。私の倉を壊して、もっと大きいのを建て、私の穀物や財産はすべてそこにしまっておこう。12:19 そして、自分のたましいにこう言おう。「わがたましいよ、これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」』12:20 しかし、神は彼に言われた。『愚か者、おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』12:21 自分のために蓄えても、神に対して富まない者はこのとおりです。」 ルカ12:16-21新改訳2017』

明日まで命があるのか? 人間にはわからないという視点を意識しておきたいですね。

しかし、明日の準備をしなくても良いと言うことにはなりません。

この箴言は、自分のエネルギーの配分に関しての警告だととらえています。

集中するべきは「今ココ」です。

そして、「過去を宝にし、未来に希望を持つため」の配分です。

過去に、上手く行かなかった記憶に、取り憑かれるのは、大きなエネルギーの損失です。

でも、過去を一切、忘却してしまうのも、モッタイナイ事ではないでしょうか?

少しは、過去の経験から、教訓という宝石を発掘しておきたいですね。

そして、「今ココ」は、課題、楽しみ、ゆとりなども合わせて満喫したいです。

あまり、無理をせず、背伸びもほどほどにして、リラックスをできる範囲を探りたいと考えています。

「何があっても大丈夫」と構えられるように、自分自身を磨いていきたいですよね。

最大の課題は、明日への備えです。

ルカ伝12章に、「心配しすぎ」に対する警告が記されています。

これは、「あーでもない、こーでもない」という堂々巡りのループに陥らないようにというイメージだととらえています。

堂々巡りほど、エネルギーを激しく消耗するものはないのではないでしょうか?

最低限の備えをして、「今ココ」に戻れば、もっとエンジョイ出来る可能性があるのに、実にモッタイナイと思ってしまいます。

でも、自分の衣装を引っ張り出しながら、コーディネートを考えたりする「一人ファッションショー」などは、有意義な時間の使い方だと思います。

人生には、悩むこともありますが、堂々巡りの無限ループに入るよりも、「考える」「選択肢を挙げる」「決断する」というシンプルな思考を優先した方が良いと考えています。

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