永遠の幸福マインドで今ココを生きる diary

わかりやすい聖書ガイドヨハネの黙示録発売中。肉体的せかいのおわりを乗りこえる方法 幸福を科学ではなく実感するチャレンジ イエスをメシアと信じることから始まる平安体験の探求と気づきメモ by Davi Blackstone

ヴィクトール・フランクルからの問いかけ03

『彼女はこう書いています。「私の人生が豊かになったのはいつだったでしょうか。それは、私(彼女は簿記係でした)が他人の役にばかり立っていて、やらなければいけないことだらけで自分を見失っていたころでしょうか。それとも、さまざまな精神的問題と格闘し、さらには死の不安を乗り越えようと格闘してきたこの数年間でしょうか。死の不安は私を悩ませ、私を急かし、追いかけました。それは考えられないほど厳しいものでしたが、このことだけでも、 私には一ダースもの完璧な決算表より価値があるように思えるのです」。
 彼女の人生は「より豊かに」なったのです。このことは私たちにとって手がかりになります。というのも、苦悩するとは、成し遂げること、成長することおよび成熟することだけではなく、より豊かになることでもあるからです。人間は、すでに述べましたように、苦悩しながら自分自身へと成熟していくのですが、これは、人間が真理に向かって成熟していくということです。苦悩には倫理的価値があるだけではありません。苦悩には形而上学的重要性もあるのです。苦悩は、人間に、ものごとを見抜く力を与え、世界を見通せるようにします。存在は透き通ってきて、形而上学的な次元が見えてくるのです。
 この知がデーメルの詩に表現されています。

ここに泉あり、その名は苦悩
澄める至福の流れ出ず
されど、あだに泉を見ば
おそろし
そのはるけき水底を見入らば、
己が後き影、闇に縁取らる
いざ飲まん、さらば影は流れ去り
光わき出ずるらん

「いざ飲まん」――それは苦悩をみずからに引き受けることです。「光わき出ずるらん」―それは存在が透き通って見えてくることです。人間は存在を見通し、存在はみずからを苦悩する人間に開示します。つまり、根底への展望が開かれるのです。深淵の前に立って、人間は深みに見入ります。そのとき人間が深淵の底に見て取るもの、それは現存在の悲劇的構造です。そこで人間に開示されるものは、人間存在が最深かつ最終的に受苦であるということ、人間の本質は苦悩ずる人間、苦悩人(Homo patiens) であるということです。苦悩する人間がこの開示を体験するのは、善悪や美醸の彼岸においてです。人間はそれを非感傷的に、感傷も恨みもなく体験するのです。真理の単純かつ純粋な直観が生じるのです。苦悩する人間は、まさに真理のすぐ近くにいるのであり、たやすく真理に気づくのです。彼は真理の中に立っているのです。しかも恨みつらみというものがありません。こうしたことはすべてとっくに克服されているのです。p132-133』

 

「他人の役にばかり立っていて、やらなければいけないことだらけで自分を見失っていたころ」とあるのは、私にも思うところがあります。人生のある時期、優先順をはき違えていました。自分の事から課題をしていく必要があるのに、「他人のために仕えることが僕の姿」という幻想に囚われていたのです。それは、事実誤認であり、自分自身の課題にある程度目途をつけてから、非常に、精神的に楽になり、優先順位を基本にして、他人のためにも役に立てる部分が増えてきたように感じています。

「苦悩しながら自分自身へと成熟していくのですが、これは、人間が真理に向かって成熟していく」とは、成長ではなく、成熟という表現が的確だと感じます。成長期を過ぎた大人が、真理に向かう姿をイメージするからです。その真理に向き合えるために苦悩を受け入れる人は、可能性が開けてくるのではないでしょうか?

「「いざ飲まん」――それは苦悩をみずからに引き受けること」これは、デメールの詩の解説です。その強い決意が伝わって来ます。

「人間はそれを非感傷的に、感傷も恨みもなく体験する」とは、人間は極限状態でも冷静になる一面がある事、自分や他人の誰も傷つける事なく、問題解決ができる可能性を示唆しています。

「苦悩する人間は、まさに真理のすぐ近くにいるのであり、たやすく真理に気づくのです。彼は真理の中に立っている」とあるように、孤立無援の状況をイメージせざるを得ない苦悩という状況下で、そのすぐそばに真理があるというのは、励ましを感じる言葉です。そして、真理の中に立っているというのは、苦悩の受け入れ方や向きあい方に対する報いのようなニュアンスも感じるのです。

「恨みつらみというものがありません。こうしたことはすべてとっくに克服されている」というのは、そこまで、憎悪などから解放されたという精神性の高さを感じます。「罪を憎んで人を憎まず」と言いますが、殺人や傷害、または、詐欺などの被害に見舞われた当事者からすれば、理解し難い内容かも知れないと思います。それは、当然だと感じる部分もあります。いつの時点かで、心理的な転換点が訪れる事によって、解放感を味わえると良いですね。

参考文献
Viktor Emil Frankl Homo patiens : Versuch einer Pathodizee
『苦悩する人間 V·E· フランクル著 山田邦男・松田美佳[ 訳 ] 春 秋 社』

 

わかりやすい聖書ガイド
ヨハネの黙示録スタディノートブック
Amazon Kindle版 ペーパーバック版好評発売中

※紙の印刷版は、ペーパーバッグ版を選択して下さい。