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隠退牧師 holala によるブログ

過ぎ去った日々を覚えて 金沢元町教会への転任

詩編 143:5
私は過ぎ去った日々を思い起こし、
あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、
御手の業に思いを巡らします。
(聖書協会共同訳)

 神学校を卒業し赴任したのは三重県の鳥羽教会。1981年の4月です。8年牧会し、御殿場教会に赴任しました。1989年4月です。御殿場教会には13年牧会しました。御殿場教会でも会堂建築をしました。献堂式が間近な2001年5月に金沢元町教会に赴任しませんか、との電話を受けました。新しい会堂を建築したばかりなので、他の教会に転任するなんて考えられなかったのですが、即答せず「考えさせてください」と返事をしました。転任することが神の御心かどうか祈りつつ判断したいと思ったからです。

 ある日聖書を読んでいたら次のような文章に出会いました。

使徒 16:6~10
 さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。
 その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。
 パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。

 私は毎日聖書を読むようにしていました。ディボーションのための月刊雑誌があってそれに基づいて聖書を読んでいました。そしてある日、この箇所を読みました。すぐに思いました。金沢元町教会に転任することは神の御心ではないか、と。パウロは幻の中で、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」との声を聞きました。そして「マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至った」と書いています。

 そして2002年4月に金沢元町教会に赴任しました。パウロは「助けてください」との声を聞いたとありますが、私はそのような声を聞いたわけではないので、転任は本当に神の御心だったのかと思うことが時折ありました。

 しかしある時、ひとりの姉妹が「無牧の時、福音を聞きたいと祈っていました」と話されたことがありました。私はそれを聞いて、転任は神の御心だったと安心しました。私が赴任する前の一年半、金沢元町教会は無牧でした。無牧の期間の礼拝は、代務者の牧師が月一回説教をし、残りの日曜の礼拝は、教会の長老の方たちが、説教の役目を担いました。大変だったと思います。

サンシュユの赤い実